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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第二話 天上人たち



 状況が変化したのは南部から出発して8時間ほどが経過したとき。


 山脈を抜け、グラノリュース下層が目前に迫ったときに、それは現れた。


「団長! 前方に敵影確認! 数は5、距離1500! ……空を飛んだ人間、天上人だと思われます!」

「きたか」


 地上より遥か上空、雲よりもわずかに下の位置を飛ぶ飛行船団のもとへ、普通なら考えられない5人の生身の人影を確認した。


 まず間違いなく天上人だ。

 数は5ということは、おそらくこれが敵の天上人の大半のはず。

 すぐに各艦に指示を出す。


「各艦にいる独立部隊員を出撃させろ。甲板上からでいい。敵を寄せ付けず、飛行船を守ることを徹底させろ」

「はっ!」


 理由はわからないが、グラノリュースは上空を飛ぶものを察知する何かがある。恐らく結界があるはずだ。

 その結界があるからこそ、オスカーとソフィアと3人で中層に行ったとき、俺たちの動きはバレた。

 そしていま、その何らかの方法により俺たちを察知した天上人が飛んできたのだろう。


「アグニータ、指揮は任せる。手筈通りだ」

「了解しました。何かあれば無線で」

「ああ」


 それだけ言って転移でブリッジから飛行船の上部に出る。

 飛行船は機体をつめるバルーンがあり、それを金属装甲が覆い、耐久性を高めている。

 天上人と戦うために、バルーンの上に人が出られるようなまっ平らな部分がある。


 転移した途端、最初に感じたのは体を吹っ飛ばさんとする猛烈な風。


「この中で戦うのは少し骨が折れる。他の奴らは対応できてるかな」


 風が吹きすさぶ甲板上で他の艦の様子を見る。

 鋒矢状に展開した飛行船団、矢印の矢の部分に当たる前方の船の上には、幾人かの人影がちらほらと見える。


 作戦通りに独立部隊員たちはちゃんと出撃できたようだ。


 ベルに関しては甲板上ではなく箒にまたがり、自力で飛んでいる。俺もそうしようかと考えたが、最初に接敵するのは俺だ。無策で飛ぶわけにはいかない。


 フードからアグニに作ってもらった装備を取り出す。鎧はすでにつけていてその上からクロスを被って鎧の構造がわからないようにしている。


 準備を終えると遠くに見えていた豆粒のような人影が徐々に大きくなり、それが明らかに人だとわかる位置まで来た。



 体の奥底からふつふつと何かが湧き上がる。



 不安か、恐れか、怒りか、高揚か。



 僅かに荒れている心を、無理やり口元を歪ませることで士気に変える。


「さあ、同郷の奴らはちゃんと歓迎してくれるんだろうな」




 ◆




 グラノリュース天上国王城。

 最上階にある王の間にて。


 上座に1人の人間が座り、向かいには5人の人間が地べたに跪き、頭を垂れていた。

 5人と1人の間は僅かに透けたカーテンで仕切られていたが、発せられた一人の男の声はしっかりと5人に届く。


「ワシらの国に、無遠慮に入ってこようとする不届き者がおる」


 しわがれながらも腹に響く重い声。


「ワシらの国は世界の最上、天に座したる至上の国よ。しかしその不届き者はワシらの領域である空を穢し、犯そうとしておる」


 淡々とカーテンの奥の男は語る。


「この罪、許しておくべきか?」


 男の問いに、跪いていた五人の中心にいる、燃えるような赤毛を逆立てた男が頭を下げたまま答える。


「いえ、許されざる蛮行。我らが祖国、天の国を穢そうとする身の程知らずの悪魔どもには鉄槌が必要かと」

「然り」


 カーテンに遮られ、シルエットしか見えない男は鷹揚に頷く。


「天上から降りし天上人たちよ。我らが楽園を穢そうとするものに天罰を」


『はっ』


「地に落ちたものに無限に降り注ぐ天の慈悲を」


『はっ!』


「さあゆけ、天の威を知らしめに」


 その言葉を皮切りに跪いていた5人の男女は立ち上がり、統率された動きで退出する。


 残ったのは上座に座る男のみ。


 この国の王ただ一人のみ。


「哀れよのう、惨めよのう。過去を忘れた者どもにはお似合いの結末となる」


 誰もいない部屋で、男は嗤う。

 その声は、誰もいない、豪華でありながらも冷たい空虚な石畳の部屋に寂しく響いた。







 王の間から退出した5人の男女。

 彼らは天上人と呼ばれる異世界から呼ばれた者たち。


 その中で先ほど言葉を発した赤毛の男が伸びをしながら、楽天的な声を出す。


「うあぁ、疲れたー! まったく、王さまは毎回難しい言葉ばっかりで答えるのが大変だぜ」

「ちょっとそんな大きな声出したら聞こえちゃうでしょ」

「大丈夫だよ。何年いると思ってんだ。このくらいじゃ中には聞こえないことくらい把握してるっつーの」


 赤毛を短く切りそろえた男は呆れたように答える。

 注意をしたのは、つやのある紺青色の髪を背中まで伸ばした女性だった。


 彼女は溜息を吐き、男に指示を仰ぐ。


「はいはい、それで最年長の天上人さんは今回の件どうするつもりで?」

「どうするっつっても今まで通り、飛んで落としてはいおわり」

「そううまくいく? 今回は見たことない乗り物に乗っているらしいじゃない」

「いつだったかなぁ、80年くらい前にも似たようなことがあったけど、蚊を潰すより簡単だったぜ。今回も同じだ、この世界の連中の見たこともないものなんて大したことないって」


 赤毛の男の言葉に、青髪の女性は納得できるところがあるのか、とくに反論することもなく頷いた。

 代わって、仏頂面で、見た目だけなら5人の中でももっとも年上に見える大柄で禿頭の男が、腕を組みながら話に加わる。


「それで具体的にどうする。全員で飛んでいくのか? せっかく外からやってきてくれたんだから遊びたい気分だ」

「お、それいいね! じゃあ、誰が一番落としたか競争すっか?」

「はいはーい! それなら僕も参加する! あ、でももし相手にかわいい子がいたら連れて帰りたいんだけど、それはどう?」


 小柄で軽い口調の糸目の少年が、坊主頭の男の陰から顔を出し、手を挙げながら発言する。

 赤毛の男はやれやれと肩をすくめるが、その顔は喜色満面だった。


「じゃあ、こうしようぜ。一番落とした人が勝ちで、価値のある捕虜をとらえた奴にはその分ポイント加算ってことでさ!」

「よっしゃ! 絶対に負けないからな!」

「仕方ないわね。のってあげますよ」


 リーダー格の男の提案に緑髪の少年はガッツポーズをして喜び、青髪の女性もなんだかんだで乗り気なようだった。

 黙っていた坊主の青年は止めることなく、勝敗が決まった後のことについて尋ねた。


「勝ったらどうするんだ?」

「勝ったらかー、そうだなー、じゃあ全員が捕らえた捕虜を好き放題できるってことで!」

「ちょっと待ってよ! それじゃあ負けたら自分が捕まえたものも取られるってこと!?」

「そうだよ、その方が面白いだろ?」


 糸目の少年はつまらなそうに口をとがらせるが、赤毛の男のいうことには逆らわなかった。女性も坊主の青年も異論はない。


 最後に赤毛の男は唯一沈黙を守っていた一人に確認をする。


「それでいいよな? マリア」


 呼ばれたのは、黒髪で凛々しい目つきでありながら、表情が死んだまだ幼さがわずかに残る少女だった。


「別にいい」


 短く愛想のない返事でも、赤毛男は満足そうに頷き、廊下を進む。


 天上人である5人は我が物顔で場内を闊歩する。すれ違う兵士たちはみな彼らを見ると廊下の端により、頭を下げる。


 誰もが道を譲る中、5人の前に堂々と廊下の真ん中を歩いて近づく男が一人。

 その男が近づくと5人は立ち止まる。近づいてきた男は釣り目であり、人にきつい印象を与える東洋系の若者だった。


「マルコス」

「あぁ? さんをつけろよ負け犬野郎。確か強秀英(ジャンシュ―エイ)だったか、負け犬が何の用だ?」


 声をかけたのは、かつてウィリアムとその腕を競った男、強秀英。

 秀英にマルコスと呼ばれた赤毛の男は、その顔を不快に歪める。


「ヴァレリア、カベザ、フリウォルにマリア。5人そろって何をしていた?」

「てめぇに関係ねぇよ。俺たちゃてめえと違って忙しいんでな」


 吐き捨てるようにマルコスが言い、5人は立ち止まったままの秀英の横を歩き去る。


 すれ違いざま、5人の最後尾にいるマリアに秀英は尋ねた。


「何があったんだ」

「……外から何か飛んできたからそれの迎撃。空を飛べないあなたには無理な話」


 それだけ言ってマリアは再び4人のもとに行く。

 残された秀英はマリアの残した言葉から何が来たのか、直勘した。


「帰ってきたか、ウィリアム……!」


 秀英の顔は変わらない。だがその声には高揚がにじんでいた。




 ◆




「けっ、相変わらずいけすかねぇ野郎だ」

「気にする必要なんかないわよ。何もできやしないんだから」


 空を駆けるマルコス達天上人。

 5人はそれぞれの飛び方でグラノリュース上空を飛んでいた。

 秀英の文句を吐き捨てるマルコスに、青髪のヴァレリアが空飛ぶ絨毯に乗りながら宥める。だが緑髪の糸目少年フリウォルがマルコスに賛同する。


「そうは言うけど生意気じゃん。国に逆らうような真似しておいて、王様が恩情で残してもらえてるくせしてでかい顔して歩いてるんだよ。あんなのが同じ天上人だなんて虫唾が走るよ」

「全くだよな! フリウォルの後に入ってきた天上人はまじで碌な奴いないぜ。おっと、もちろんマリアは除くぜ」

「たしかソフィアにオスカー、ウィリアムだったか。揃って国賊になり下がるとはとことん見下げ果てたものだ」


 2人に続いて坊主頭のカベザが問題のあった天上人の名を挙げる。

 ヴァレリアも文句を言い出した3人に同意するように肩をすくめ、マリアに同情する。


「マリアもかわいそうね。自分たちの先輩がそろいもそろって無能だったんだから。まあでも、そのおかげで、こうして可愛いマリアがちゃんと天上人として成長してくれたんだから、いいことかもしれないわね」

「お? そう考えると確かに悪くないな。マリアは天才だし、あいつらに毒されなくて本当に良かったぜ」

「……」


 ヴァレリアの言葉にマルコスは賛同する。当の本人であるマリアは黙ったままだ。

 その後も4人は雑談を続ける。そこには戦う前にもかかわらず緊張感なんてものは一切なく、ただ年頃の若者が遊びに行くような空気が漂っていた。



 しかし、やがてその空気も標的が見えてきたことで霧散することになる。



「お、見えてきたな。ってなんだありゃ、たった10隻しかないじゃないか」

「ねぇ、マルコス。以前は100近くいたって言ってなかった?」

「確かにそうだったんだがなー。前回の反省踏まえてもっと大群で来ると思ったんだが」

「もしや先遣隊かもしれん。あとから本隊がくるという作戦もありうる」

「あっそ。なら本隊に合流するまえに潰しちまおうぜ!」


 マルコスが速度を上げる。負けじと男2人も速度を上げる。

 溜息を吐きながら、ヴァレリアはマリアに声をかけて速度を上げる。


「ほら、マリアも行きましょ」

「うん……なにか嫌な予感がする」

「? なにか言った?」

「なんでもない」


マリアの発言は、速度を上げて飛んでいる2人にあたる空気と共に、後ろに流れていった。








次回、「火力馬鹿達」

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