プロローグ
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません!
年内更新、間に合った!
全編通して最長章、グラノリュース編、始動です!
ありがとう
―――マリナ・ノーナミュリン
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統一された服を身にまとった多くの人間が、大きな乗り物に吸い込まれていく。
黒を基調としながらもところどころに青いラインが装飾された軍服を一様に身にまとう集団、しかしながら、その者たちの姿形は様々だった。
平均的な容姿と体型、寿命を持つ人族。
低身長で寸胴のようながっしりとした体形の頑丈な長寿種族ドワーフ族。
すらりとした長身で容姿端麗、敏捷に優れた精霊と通じ合う長寿種族エルフ族。
戦いを生きがいとし、屈強な肉体と高い魔法耐性を持つ竜人族。
獣の特徴をその身に宿し、人族よりもはるかに優れた身体能力を誇る獣人族。
大陸中の部族が一堂に会するこの場は、大陸広しといえど、特務師団基地フィンフルラッグでしか見られない稀少な光景。
すべての種族がそれぞれに割り当てられた、これまた広い大陸でもここにしかない巨大な飛行船に次々と乗り込む。
その光景を眺めるは竜を模した仮面の男、周囲には11の人影があった。
「緊張してるのか? ルシウス」
仮面をつけたウィリアムに声をかけられたエルフ、ルシウスは目の前に広がる飛行船とそれに乗り込む兵士たちの光景を片時も目を離すことなく見つめ続ける。
「まさか。ただひたすらに高揚しているよ」
答えるルシウスは視線を動かさずに目元を細めて微笑む。その目は太陽の光を反射したのか、普段よりも輝いているようだった。
「大陸中の種族がこのように一堂に会し、肩を並べる日が来るとは、思いもしなかった。長生きしてきたと思っていたし、今更驚くことはないと思っていたが。いやはや、人生とは何が起こるかわからないものだ」
「爺みてぇなこと言ってんなよ。まだまだ生きてもらわないと困る。俺だけじゃない、あいつらに会うまではな」
「そうだな。フェリオス、オルフェウス、サーシェス。彼らに会うまでは死んでも死にきれない」
「その意気だ」
ルシウスはグラノリュースに閉じ込められた自らの息子フェリオスとその友人たちを想い、覚悟を固める。
ウィリアムは満足そうに仮面の奥の目を綻ばせる。
ウィリアムとルシウスの会話がひと段落したところで、身長の低い葡萄茶色の髪の少女がウィリアムに告げる。
「団長。この場にいるものを除き、すべての将兵の乗船が完了しました」
「そうか。異常はないな、アグニータ」
「すべて順調です。兵士にも飛行船にも異常ありません」
「上出来だ。ご苦労だった」
報告を行ったのはウィリアムの補佐をする立場である参謀長、ドワーフの姫であるアグニータ。
状況と異常がないことを伝えたアグニータはキリっとした表情を崩し、わざとらしくふてくされる。
「……愛称で呼んでくれてもいいんですよ?」
「公務中だろ? この戦いが終わったらいくらでも呼んでやる」
「いいましたね。約束です」
アグニータは先ほど浮かべたわざとらしいふくれ面を一転して綻ばせ、一礼して下がる。
続いてウィリアムが話しかけたのは、一際大柄で大剣を日ごろから肌身離さず持ち歩いている竜人の男。
「ジュウゾウ、わかっているな」
「おうとも! この団の砲はすべて完全に理解している! 今からあの砲を使えるとなれば武者震いが止まらぬ!」
「士気が高くて何よりだ。だが使い時は――」
「わきまえている。強き力は正しく使ってこそだとも。それこそ我ら竜人の矜持なのだからな!」
「ふっ、期待してるよ」
竜人族のジュウゾウ。彼は特務師団の砲兵連隊を率いる連隊長。
戦いを生きがいとする竜人族の中でも一際腕の立つ男であり、戦場での判断も的確なために高い火力をもつ砲兵の指揮を任されている。
次に話すのは金髪で容姿端麗、厚手の軍服の上からでもスタイルの良さがわかる女性。
「アイリス、お前たち歩兵連隊の働きが非常に重要だ。頼んだぞ」
「任せてよ。団長たちがボクたちを届けてくれるんだ。その働きを無駄にするようなことは決してしない。大船に乗ったつもりでいなよ」
「今まで乗ったことのない大船だな」
冗談を交わして笑い合ったのち、歩兵連隊長であるアイリスは一礼して下がる。
連隊長並びに幹部たちへの声掛けを終え、彼らはそれぞれ自分たちの割り当てられた飛行船へ向かう。
残ったのは、ウィリアムと付き合いの長い特務隊。
「カーティス、ヴェルナー、ライナー、シャルロッテ。準備はいいな」
「無論だ」
「いつでも準備はできてんぜ」
「今更準備不足するような無能はいませんよ」
「心身ともに万全です」
くすんだ銀髪と眼鏡、口ひげを蓄えた初老のカーティスと白髪のぼさぼさ頭のヴェルナー、金髪で柔和な笑みを浮かべるライナー、そして青みがかった銀髪を一房まとめ、きりっとした顔のシャルロッテ。
いつも通りの気負うことない4人を見て、ウィリアムは満足げに頷く。
「お前たちは今までよく訓練に耐え抜いた。以前とは見違えるほどに強くなった今なら、心置きなく任せられる」
彼らの顔は自信に満ち、冷静なようにも今にも駆け出しそうな子供のようにも見えた。
「引きこもりの卑怯者どもに、俺たちの技術をとくと見せてやろう」
『はっ!』
4人は一切の乱れなく、整った敬礼をした。
ウィリアムも返礼する。
お互いの動きはとても洗練され、装いとは裏腹に見るものが惚れ惚れするほどの一糸乱れぬ見事なもの。
そして4人は各自の配置に向かう。
ウィリアムは残ったものの内、1人落ち着きなく辺りを見回している少女を向く。
頭からは犬のような耳、腰のあたりからは触り心地が良さそうな黄金色の毛に覆われた尻尾を生やした金髪ボブカットの獣人の少女。
「エスリリ」
「はいっ」
「待てとお手ができるようになったのは偉いな」
「えへへー、ありがとう! 褒められて嬉しいな!」
冗談半分に口にした言葉を、犬狼族のエスリリは真に受けて心から喜んだ。
ウィリアムはそれに対して呆れるような息を一度こぼすも、すぐに気を引き締める。
「これから、今までとは全く異なる過酷な戦いが待っている。覚悟はできているな」
「当然だよ。私たち犬狼族は戦いと忠義の一族。絶対に逃げないし、あなたのために最後まで戦うよ」
問いかけにエスリリは先ほどの笑顔を引っ込め、力強い視線を返す。
その視線を受けて、
「そうか、ありがとう。すごいな、エスリリは」
ウィリアムはエスリリを褒める。
彼女は尻尾を勢い良く振り、上機嫌になる。そして先に向かった者たちと同様にウィリアムに敬礼して、自分の持ち場に向かう。
その後ろ姿は、一人の立派な軍人だった。
最後に残ったのは2人の少女。
「ベル、マリナ」
「なに?」
「……ん」
尖がり帽子と黒を基調とするひらひらしたローブを身にまとった、艶のある銀髪と吸い込まれそうなほどに澄んだ瑠璃色の瞳の少女。
指定の軍服を一切崩すことなく着こなし、背中まで伸ばした白髪交じりの黒髪、眠たげな瞳に強い意志を宿した少女。
ウィリアムとはグラノリュースにいたころから、ずっと一緒にいるウィルベルとマリナ。
出会った頃より心身ともに大きく成長した二人。
今更3人の間に殊更にいうことはない。
だからウィリアムは一言だけ言った。
「勝つぞ」
「当たり前でしょ」
「……絶対」
それだけ言って同時に敬礼をする。
3人は別れ、それぞれの持ち場に向かう。
やがて、全員が乗り込んだ10隻の飛行船は次々と飛び立つ。
いよいよ、ウィリアムの悲願を叶える戦いが始まる。大陸中の平和を叶える最初の戦いが幕を開ける。
――その先にあるのが、希望か絶望か。
1人の男が始めた戦い、その火蓋がついに切って落とされる。
次回、「空の旅」