幕間13:理尽と理不尽3
◆ある師団長の驚き
こんな風に竜人とエルフが手を取り合うとは思わなかった。
まさか、愛を通して理解を深めるとは。
互いに戦ってばかり、引きこもってばかりというだけではないと理解した彼らは、そうそういがみ合ったりはしないだろう。
しかし、まあ、その発端となったのがベルへの恋心とは。
あごが外れる思いだ。
あんな爆発させるだけの彼女を見て、やべーヤツ以外の感想を抱くとは、ジュウゾウの頭の中はよほど荒んでいるに違いない。
ベルの行動はちょっと容認できないが、まあ二人の仲を取り持ったとすれば結果オーライか。
「ウィルベルさんってモテるんですね」
「あれはジュウゾウがおかしいだけだ。たぶんあの中に王女が入って暴れたら、きっともっと団結するぞ」
「そ、そんなことないですよっ!」
アグニが少しだけ顔を赤くしながら、胸の前で小さく手を振る。
客観的に見て、仕草一つとってもアグニの方が女性的な魅力はあると思うが。
実力に関しても、確かに魔法が使えるベルには負けるかもしれないが、魔法を抜きにすれば、彼女の実力は師団でもトップクラスだ。
もしかしたら、ジュウゾウもアグニに乗り換えるかもしれない。
ま、そんなことはどうでもいい。
「ジュウゾウとルシウスの団は大丈夫そうだな。連隊長が二人もいながら、一番手間取るとは情けない」
「でもその分収穫は大きいと思いますよ。竜人とエルフの融和への道の第一歩なんですから」
アグニの言う通り、マイナスともとれる二種族間の険悪な関係が一気に手を取り合う関係になったのだ。十分にいい結果だ。
だが、俺としては、もう一つの団が挙げた成果が一番うれしい。
「ヴァルドロはすごいな。あっという間にまとめて、喧嘩させることもなく最適な用兵を見つけ出すとはな」
工兵連隊長のヴァルドロがいる師団。
そこが一番魔獣退治や陣地作製で成果を上げている。
「建築に優れるドワーフの補助に力に優れる竜人を付け、鼻の利く獣人と精霊がいるエルフで索敵。確かにこれなら迅速に敵を見つけて対処できますし、同時に陣地も迅速に設営できるうえに防御ができる。人間は手の回らないところへの補助と伝達。なるほど、これはいい組み合わせですね」
「今後の編成や運用へのいい参考になるな。思い付きから始まったとはいえ、やっぱりこの訓練は狙い通りいいものだ」
今回の遠征訓練の目的の一つは、任務別の最適な種族の組み合わせを見つけ出すこと。
索敵、戦闘、建築、伝達エトセトラ。
任務ごとの定石チームを策定することだ。
これができれば、連隊長以下の指揮官がとっさに部隊を編成するときの指標になる。
俺自身もいくつか考えてはいたが、何分幾通りもある組み合わせすべてを試すには時間が足りない。
だからこそ、今回は実戦を経験しつつ各連隊長に編成を任せ、一度に幾通りか試してみようと思ったのだ。
これだけでも、十分すぎる戦果だ。
といっても、まだまだ始まったばかり。
「それにしても全体通してドワーフは優秀だな。多少喧嘩はしているが、やるべきことはやってるな」
「ドワーフは過酷な環境に慣れていますから。これに似た『鉱山合宿』というものを全員が経験していますから」
「『鉱山合宿』?」
聞きなれない言葉。
聞けば、なんでもドワーフは成人の儀として、ある鉱山最奥に目隠しして連れていかれ、丸腰の状態で放り出されるらしい。
そこから何日もかけて魔物を退治して武具を作ったり、食料を調達したりして脱出するのだそう。
一人で無事に脱出ができて、ようやくいっぱしのドワーフの戦士と認められるらしい。
「過酷な環境を戦いを知ることで一皮むけて、大抵の逆境に立ち向かえるようになります。あの地獄を潜り抜けたという事実が自信と誇りになり、支えとなってくれるんですよ」
「なるほど、ドワーフが優れた戦士というのは、体だけでなく心まで頑強だからというわけか。いいことを聞いたな。なら今からこれは『鉱山合宿』ならぬ『魔境合宿』だ」
この遠征の名前も決まった。
予想外の成果も見込めそうで、思わず鼻歌を歌ってしまいそうだ。
上機嫌な俺を見て、アグニがそういえばと尋ねてきた。
「ウィリアムさん、すでに結構な成果を挙げていると思いますが、この訓練はいつまで? すでに夕刻を過ぎようとしていますが……」
「ん? あまり考えていなかったが、まあ全員が集まったら終わりにしようと思ってた。幸い、すでにアイリスが半分ほどまとめた。あいつ、度胸あるな。陣地作製もほどほどに、精霊を使ってぎりぎりまで合流に費やしたようだ」
「偶然か計算か、すでに拠点と呼べるほどの物を作れた部隊と合流できたみたいですね。結果的に被害は一番少なそうです」
眼下に広がる集団はすでに三つに減っている。
さらにそのうち二つは今にもくっつきそうなほどに近い。一つは少し離れているが、まあ数日中には全員合流できるだろう。
「ひとまず、初回としては上々か」
「ええ、死者も出ていないようでよかったです。……ん? 初回?」
アグニがぎょっとした目で俺を見てくる。
肩をすくめる。
「これ一回で終わるわけないだろ? 今回は俺が守って魔物を誘導して、挙句開けた場所がある場所にわざわざ転移したんだ。これじゃあ『鉱山合宿』には遠く及ばない。もっと厳しくやってやるさ」
「え……」
アグニが固まったまま、俺を見つめてくる。
見るのはよせやい、照れるであろう。
しかし、思った以上に順調だな。うん、飽きてきた。
……そういえば、今日は飛竜を見てない。ちょっとせっつきに行ってやろうか。
◆ある連隊長の恐怖
フィンフルラッグに帰ってこられたのは、およそ一週間後。
もう、本当に、へとへとだぁ。
「ルチナベルタ大佐。お気を確かに」
「ああ、うん。大丈夫だよ。ありがとう、ギレスブイグ大佐」
隣にいるヴァルドロもわかりにくいけど相当疲れているみたいだ。目に元気がないし、自慢のひげも気のせいかしぼんでいる。
連隊長であるボクたちですらこんななんだから、一般兵たちはもっとひどい。
「ああ、やめろ、来るな、来るな……」
「もう竜はヤダ、竜はヤダ、竜はヤダ」
「へへっ、知ってるか? 飛竜ってうまいんだぜ……?」
辺りには屍山血河を乗り越え、死屍累々の兵士たち。……いや、死んでないけど。
もうろうと幻覚にまで襲われるほどのストレスを受けた彼ら。
いや、本当に大変だったんだ。
初日は混乱こそしたものの、団長のしそうなことだと思って、ひとまず合流を急いだ。必ず拠点を作っている部隊がいるはずだから、まず合流して、拠点づくりを支援しながら広げてもらおうと思ったからだ。
あの意地の悪い団長のことだから、数日はこのままってことは十分にあり得る。そうなった場合、ろくに食料もないボクたちはケモノを狩って凌ぐしかない。幸い水はエルフがいるから精霊に頼んで何とかなった。植物も未開の魔境だから豊富にある。
だから、数日凌ぐくらいはきついけれども何とかなった。
うん、でもウィルはそれだけじゃ終わらなかった。
夜中、誰もが疲れて見張りを除いて眠っていた時に、飛竜をつついておびき出し、ボクらを襲わせたんだ。
さらに師団員全員が合流したとわかった瞬間に、せっかく作った通信設備をすべて破壊したんだ。
そのせいで指揮系統は混乱したし、いくつか貯蓄していた食料も団長が奪っていった。
おかげでみんな、軽いパニックに陥った。それでもどうにか、真っ赤に充血した目で必死に声を張り上げ、足を動かし、腕を振って迎撃した。
一歩間違えれば、死人が出てもおかしくなかった。
「まあ、天上人の代わりのつもりなんだろうけどさ……もうちょっと順序ってもんを踏んでくれないかな」
「確かに、あんな存在に唐突に襲われればひとたまりもない。八十年前、アクセルベルク軍が全滅したのも納得というものだ」
「空飛ぶ敵に一般の兵がいかに無力か思い知ったよ。まあ退避の仕方を学べただけでも良かったと思うよ。……というか、あんな魔境をあの三人はよく生きて抜けたよね、ほんと」
初めて魔境に足を不本意ながら踏み入れたけど、いかにあそこが魔獣が多いか、険しい地形が多いかを思い知った。
あんなところを徒歩で、それも当時はまともに動けなかったマリナを背負ってだなんて無謀にもほどがある。
つくづくあの二人が規格外なことを思い知らされる。
でも、もう終わった。
一週間、日数感覚がおかしくなりそうな中でもちゃんと一週間耐えたときに、急に現れた団長が楽しそうに高らかに言った。
『諸君、大変長らくお疲れさまだ! 今回の遠征はこれくらいにしよう! 飛竜の肉をもって帰るとしようか!』
その言葉が終わるや否や、また浮遊感に襲われて、気づけば来た時と同じく、第一訓練場に放り出されていた。
見慣れた訓練場。
認識したとたんに、疲労困憊の兵士たちはみんな糸が切れたように倒れこんだ。
ボクも倒れそう。この一週間満足に寝れてない。
それでも兵を率いなければと、フラフラの体に鞭打って立ち続けると、
「おや、みんなまだ終わってないぞ! 帰還の指示が出て自分の足で部屋に帰るまでが遠征だ!」
いつの間にか上空にいたウィルが声を上げた。
途端に、ボクらのすぐ真上にいくつもの爆発を巻き起こし、倒れていた兵士たちを無理やりにたたき起こした。
……これはひどいな。
みんなは鼓膜を守るために口を開けて叫びながら、互いに手を取りあって必死に立ち上がる。
ボクも吹き飛びそうになるのを、震える足を必死に踏ん張って堪える。
「絶対、殴る。こんな理不尽な目に合わせた団長は絶対仮面が割れるまでぶん殴る」
こんなに殺意がわいたのはいつぶりだろう。うん、東部の海で死にそうになった時以来かな。
だっておかしいじゃないか。
確かに各種族が喧嘩するのは困ったことだけど、彼らだって休憩時間で食堂で迷惑にならない程度でしか喧嘩してない。
怒るのは当然かもしれないけど、まったく関係ないボクらまで巻き込んで、死ぬかもしれない魔境に放り込まれる。
いつ終わるかもわからないし、団長は頑張るボクらを嘲笑うかのように邪魔してくる。
しかもボクらを追いやる一方で、本人は誰にも見える位置でのんきに優雅にお姫様とティータイムだ。
理不尽だ。
目的や意図もまったく明かさず、突発的な今回の件。一見してただのいじめにしか思えない。
みんなはもう、とっくに限界を超えていた。
「ふざけんな! 俺らがなにしたってんだ! 毎日必死に訓練してんだぞ!」
「そうじゃそうじゃ! 一部の奴らが休み時間にバカしただけで、なんで関係ないワシらまでこんな目に遭わなきゃならんのだ!」
「死んだらどうするんだ! アァ!? あんたの気まぐれ一つで転がせるほど俺たちの命は安いんか!」
「英雄様はそんなに偉いのか!? 救ったから殺していいってか!? そんで自分は俺らを嘲笑って王女と楽しくお茶の時間か!?」
次々と文句があがる。
訓練場全体が殺気に満ち溢れ、がちゃがちゃと武器が打ち鳴らされる。
あろうことか、自分たちの団長に向けて。
狂気に満ち始めた空間で、ボクは徐々に血の気が引いていく気がした。
背筋に冷や水を浴びせられたかのように体が強張る。
ああ、まずい。このままでは――
団長が怒る。
次回、「幕間13:理尽と理不尽4」