幕間13:理尽と理不尽2
◆ある師団長の愉悦
懐かしい場所だ。
何か月もいやというほど魔獣と戦い、歩き続けた過酷な場所。
魔境。
昔は地上をただ歩くしかできなかったが、今は違う。
師団員が慌てふためく様子を尻目に、上空に椅子と机を浮かべ、紅茶片手に優雅にティータイムを楽しんでいる。
隣には、魔法で飛ぶ感覚が落ち着かないのか、そわそわしているアグニがいる。
「あの、大丈夫なんですかこれ。落ちないでしょうか」
「落ちても骨は拾ってやるよ」
「骨になる前に拾ってください!」
座っている椅子は、普段仕事で使っている背もたれもある安定感のある椅子だ。少しふわふわするかもしれないが、普通にしてれば落ちることはない。
頬杖を突き、眼下を見下ろす。
「さすが、俺のことをよく知ってるアイリスは対応が早い。もう現状把握して部隊を集めているな」
どの部隊も何が起きているかわからずに右往左往している中、アイリスは動きが速い。すでに周囲の部隊を集めて指示を出している。
初動はどんなときも非常に大事だ。
指揮官がすぐに理解し毅然と指示を出せば、部下達は安心して仕事が出来る。
アイリスはごく簡単な陣地の設営に入ったようだ。
彼女たちに持たせた第一級は遠征用装備。
なぜこれを選んだかとというと、配属された部隊ごとに遠征に必要な道具がわずかに異なるからだ。だから一つの部隊だけで集まっても有効な陣地は構築できない。
おのずと他種族とも協力しなければいけないというわけだ。
「う~ん、眼下で苦しむ部下を眺めながら飲む紅茶はうまい」
「あぁ、私はとんでもないことをしてしまったのかもしれません……」
アグニが頭を抱えているが、何を心配することがあろうか。
「大丈夫だろ。立てもしない少女一人背負いながら、まだ若い少年少女二人でも踏破できるんだ。こんだけの人数の軍人がいるなら平気だろ」
「いや、それはウィリアムさんたちがおかしいだけで、普通の人なら死にますから! それも唐突に連れてこられて、死者が出てもおかしくありませんよ!」
「平気だろ、ほら」
地上のある場所を指さすと、青い顔をしているアグニはあっ、と息を漏らした。
そこでは師団員の約四分の一、およそ千五百ほどの兵がすでに集まり、陣地を作っていた。
さらにその陣地の中央には、なにやら細長い鉄がH状に組み合わされ、塔のように屹立している。
「あれって、確かまだ試作段階の……」
「そう、試作段階の遠距離通信機。まだ原理の確認の段階だから、あんなに大仰な設備が必要だけど、魔法陣と錬金術を使えば、もっとずっとコンパクトにできる。まあ、それはともかくだ。あれがあれば、遠くにいる師団員たちも集められるし、遭難者もぐっと減らせる」
アグニが胸を小さくなでおろす。
まだ顔は青いままだが、少しだけ安心したようだ。
ちなみに、俺も別に遊んでいるわけではない。優雅に茶を飲んでいるようにみえるが、その実、頭はこれ以上ないほどにぶんまわっている。
なぜか。
「あ、くそ。防ぎ損ねた。あ、そっちは危ないから行くな。お前はまだ早い!」
盾をいくつも使って、魔物たちを誘導しているからだ。
いくらなんでも俺とて、何の下準備もせずにこんなことはしない。転移する際にあらかじめ開けた場所がある地点を何か所か探して、その周囲に兵士たちをばらまいたのだ。
転移直後、急に景色が変われば、分かっていても無防備になる。
即応の訓練は積んでいても、目の前に巨大ぐまが出れば、さすがに死ぬ。
「これは俺の訓練も兼ねてるんだ。盾三つだけじゃ心もとなくなるだろうから、もっと多くを動かせるように体に盾魔法を染みつかせてるんだ」
「なるほど、時折変な速さと動きでちらちらしてるのが見えるなと思ったら、それだったんですか。でも、盾はせいぜい三つと少しですよね? カバーしきれなくないですか?」
「そりゃもちろん、剣はないが、俺が使える装備は盾だけじゃない」
「というと?」
疑問に答えず、指を一本立てる。
アグニが首をかしげるがそのとき。
辺り一帯から爆発音が鳴り響いた。
*
◆ある錬金術師の叫び
「クソ団長がぁああ!!」
両手に持った小銃で次々と木々を薙ぎ払い、爆音にも負けない叫びをあげるは白髪の少年。
ヴェルナーだ。
彼の起こす爆発に巻き込まれ、巨大な熊、迫りくる猪、サルの群れがまとめて薙ぎ払われる。木々は倒れ、一斉に鳥たちが鳴きながら飛び立っていく。
ひとしきり打ち切り、硝煙あげる銃口を上げ、マガジンを地面に落とす。
忌々し気にゆがめられた顔は、惨憺たる周囲には目もくれず、上空高く、ある一点を見つめていた。
そこには遠目に優雅に茶を飲む師団長の姿。
「朝早くにたたき起こされて急に連れてこられたと思ったらよォ。武器全部準備しろっつうから楽しみにしてきたのに、壊すのが雑魚ばっかりかよ」
唾を吐き捨てる。
「そもそもンだこりゃ! なんでオレが隠れてお守りなんてしなくちゃならねぇんだよォ!」
持っていた銃を投げ捨て、背中のコンテナのようなバックパックから新たな銃を抜きざまに発砲する。
「ギギャ!」
上空から迫ってきた、鋭い牙が乱立した鳥の魔物が貫かれ地に落ちる。
「ケッ、雑魚を撃っても飽きがくらぁ。……ならいっそ――」
上に向けた銃口をそのまま、優雅に茶を飲むウィリアムに向ける。
引き金に指をかけたそのときに、
『ヴェルナー! 至急だ! 南西B地区に向かってくれ! 魔物の群れが現れた! このままだと合流しようとした中隊規模の兵が襲われる!』
コンテナ上部に取り付けられた道具から声が鳴る。
「ああ!? シャルロッテ、テメェが行けや!」
『行けるものなら行っている! こっちは東で手いっぱいだ! 魔物の群れが上空からやってきて、引き付けるので精一杯なんだ!』
「ライナー!」
『自分で行ってください! 子供じゃないんですから! こっちは人の苦労も知らずに馬鹿みたいな喧嘩する連隊長二人のフォローで大変なんですから!』
「クソが! 団長は絶対ぶっ殺す!」
銃を下げ、気炎を吐きながらヴェルナーは駆け出した。
上空にいる自らの団長の思い通りになっていることを、忌々し気に噛みしめながら。
◆ある師団長の感心
「なるほど、独立部隊が支援に回るということですか」
「転移配置も事前に考えてある。さぼらなければ被害が出ないようにな」
思い立ってから、夜までしっかり考えていた。
師団を大まかに四等分、各種族が均等になるよう割り振った。転移する配置も四か所ある開けた場所を囲うようにばらけさせ、さらにその外周を覆うように独立部隊を配置した。
もっとも、十人足らずの独立部隊でカバーしきれるとは思っていないが、そこは俺の盾の出番だ。
「なるほど、昨晩急に言い出したので行き当たりばったりと思ったのですが、ちゃんと考えていたんですね」
「それは俺が考えなしの馬鹿だといいたいのか?」
「……いえ、そんなことは」
「おい、こっち見て言え」
明後日の方見て、意外に上手な口笛を吹くアグニをにらみつける。
こうしている間にも、俺の頭は常に盾を動かすのでフル回転し続けている。ぶっちゃけすごくしんどい。
盾の数は今は五。三つなら同時に動かすのはできるが、五つとなると、つい一つか二つ遊ばせてしまう。
戦場を見渡していると、
「あ、ウィリアムさん! あそこ見てください!」
「ん?」
アグニが何かを指さした。
それを見て、
「へぇ!」
感心の声を上げる。そこにあったのは――。
*
設営された陣地は全部で四つ。
そのうちの一つは、幸か不幸か、ルシウスとジュウゾウがそろっていた。
「まず陣地を構築することが先だ! 兵を休めなければ、いずれ戦えず果てることになるぞ!」
「だがその前に敵をあらかた始末しなければなるまいよ! 建築中に襲われれば、それこそ無用の被害を生むものだ!」
方向性の違いにより、同等の立場を預かる二人が言い争い、それが伝播し、集まった部下たちも剣呑な空気に陥った。
だがそんな事態に陥れば当然のごとく、
「地竜だ! それに悪魔もいるぞ! 中位の悪魔が地竜をあおってこちらに向かってきているぞ!」
「ならば今すぐ防備を固めろ! 通信で周囲の味方から支援を要請するのだ!」
「何を悠長なことを! 支援を待つ間に敵が来たらどうするのだ! 今すぐに空いているものを集め、迎撃の準備だ!」
敵が来たときに混乱に陥る。
相反する指示に、兵士たちも混乱する。
竜人は敵を撃つために、陣地のことを放り出して敵のもとへ向かい、エルフたちは防御を固めるために陣地内をせわしく駆け回る。
そこに種族を超えた協調はない。
険悪化する二つの種族に挟まれ、人間、ドワーフ、獣人たちは右往左往してしまっていた。
人が集まり切っていない集団では、防御も攻撃もばらけていては手が足りない。
かといって、残った人間や獣人、ドワーフたちもトップが争っているこの場ではとるべき行動がわからない。
最適な行動をとることができない集団は、あまりにも脆い。
迫ってきた悪魔と強力な地竜という存在を前に、
「まずいぞ! 手が足りぬ! 獣人たち! 手伝ってくれ!」
「待て! 陣地の設営に人手がいるのだ! このままでは、お前たちは退避できなくなるぞ!」
判断遅く、対応もできない。
手が足りずに竜人たちの部隊を突破した悪魔たちが不完全な陣地に迫り、無防備な兵士たちに襲い掛かる。
「――っ!」
一人のドワーフに地竜のアギトが襲い掛かる。
もうだめだ、そう兵士が思ったとき。
「ああんもー! なんでここはこんなにおっそいの! 世話が焼けるわね!」
地竜と悪魔の群れが、上空から降り注いだ剣に貫かれ、爆ぜる。
次々と、雨のように白熱した剣が降り注ぎ、不完全な陣地周囲の敵を森ごと焼いていく。竜人たちが相手していた悪魔ですら、魔法に耐性のある竜人ごとまとめて爆発していく。
突如起こった現象に、ジュウゾウとルシウスは思わず顔を上げる。
「っ! ウィルベルではないか!」
「ウィルベル卿!」
そこには、口をへの字に負けながら、ほうきを駆るウィルベルがいた。
ウィルベルは連隊長である二人を見つけると、
「あんたたち何やってんの! 仲良く喧嘩なんてしてないで、とっとと仕事しなさい! あたしの仕事が増えるでしょーが!」
「あ、ああ……」
「再起不能になんてなったりしたら、承知しないんだからね! いい!? このあたりの魔物は一掃したげるから、とっとと陣地作って態勢を整えること! いい!? 返事は!?」
「は、はい!!」
有無を言わせぬ険しい剣幕に、ジュウゾウは背筋をピンと伸ばし、はきはきと、若干上ずった声を上げる。
ウィルベルがさらに周囲に魔法をばらまき、去った後もジュウゾウは彼女がいた方向を見つめ続けていた。
「う、ふつくしい」
「……だ、大丈夫か?」
気炎吐く激しい表情が一変して恍惚とした表情へと変化したジュウゾウに、ルシウスは戸惑う。
そして唐突にジュウゾウは自身の顔を強く殴る。
「ぐふっ」
「ど、どうした!? 乱心したか!?」
「いや、平気だ! このジュウゾウ、目が曇っておった!」
ルシウスに向き直り、乱暴にその手を握る。
「彼女の心を射止めるためならば! エルフとも手を結び、ほかのどの団よりも成果を上げねばならぬ! でなければ並び立つことなど不可能だ! 団長に負けてなどいられぬぞ!」
「あ、ああ……あ?」
「しからばルシウス殿! お前に協力しよう! 陣の構築にわれらも協力する! 敵が来たらばわれらに任せろ! ただ獣人は借りるぞ! 彼らは索敵に優れるでな!」
「お、おう……ん?」
ついていけないルシウスを置いて、ジュウゾウは悪魔の迎撃に出向き、ウィルベルのおかげで帰ってきた竜人たちに歩み寄り、次々とエルフに協力するように指示を出す。
それを見て、ルシウスは気づく。
「ふふっ、そうか。竜人たちも愛に生きることは同じだな。……ならばエルフとして、力にならぬわけにはいかぬな」
フッと、いつもの彼らしく余裕ある笑みを浮かべ、近くにいるエルフたちに指示を出す。竜人たちと手を取るようにと。
一致団結したエルフと竜人によって、右往左往していた人間やドワーフ、獣人たちもやるべきことを見つけ、率先して動き出す。
こうして二人の部隊は、瞬く間に戦果を挙げだすのだった。
次回、「幕間13:理尽と理不尽3」




