幕間13:理尽と理不尽1
◆ある師団長の嘆き
大陸初の全種族混合師団。
字面だけ見れば、それは大層すごいものだ。
だが実際はどうだろうか。
「エルフの作った飯など食えるか! 豊富だからと食材を無駄にしよって!」
「竜人と肩を並べて戦えるものか! 奴らは我らを害することしか考えておらん!」
「ウヲォーン! おやつおやつ!」
「なんじゃこの知性のかけらもないケモノたちは! こら、よせ! ワシの飯じゃ!」
兵舎食堂はカオスの一言。
竜人とエルフはまだいい。いや、よくはないが、想像できたことだ。
だがまさかドワーフと獣人が仲が悪いとは思わなかった。厳格なドワーフは自由奔放な獣人にどうにも怒り心頭なようだ。
「われらエルフの食事にケチをつけるとは言語道断! このまろやかさにアクセントを加える香辛料のかぐわしい香り! 野蛮な竜人にはわかるまい!」
「辛いだけの料理を称えることが文化だと? 詫び寂びのきいた組み合わせこそが至上! 軟弱なエルフに理解できるわけもなし! 表に出ろ! 野草の煮びたしのごとくしなびた根性叩き直してくれる!」
屋内なのに短剣と刀を抜くエルフと竜人。
「もう辛抱ならん! 我慢というものを知らんのか! ワシの家のポッチですら、待てとお座りができるというのに! 規律も忠誠もなき戦士など飾り物にも劣るわい!」
「グルルゥ! お手もおかわりもできるわ! あんたの家のポッチより上だ! 鈍重で道具を使わなければ戦えない手足の生えた樽なんて戦場で何の役に立つ!」
肉を引っ張り合い、歯をむき出しに威嚇しあうドワーフと獣人。
穏やかに飯を食うことすらままならないとは。
これじゃあ、種族混合で部隊を組んだら戦う前に喧嘩で全員病院送りだ。
……仕方ない、これだけはやりたくなかったんだが仕方ないな!
「ウィ、ウィリアムさん? 何をするおつもりで?」
たまたま一緒に食事をしに来たアグニが、立ち上がった俺を見て怪訝な顔を浮かべてくる。
安心させるように微笑んで、
「静かにさせるだけさ」
「え、ちょ、まさか――」
指を鳴らした。
途端に、
「「「「ああああああああああ!?!?!?」」」」
紫電が散り、食堂にいる全員が叫び、痙攣しながら倒れた。
あんなに騒がしかった食堂が一気に静かになる。給仕のおばちゃんたちもぽかんと口を開けている。
「これで落ち着いて飯が食えるな」
「死屍累々の食堂で落ち着くなんてできないです……」
*
アグニと共同の執務室に戻り、先ほどの件について話をする。
「仲悪すぎるだろ。誰だよ、全種族から支援をもらおうなんて言い出したやつ。ここに連れてこい。一発あの喧嘩の渦の中に殴り放り込んでやる」
「ディアークさんとウィリアムさんですけれど……」
アグニが何か言っている気がするが、気のせいだ。俺のせいじゃない。
ともかく、師団が正式に発足してから二か月ほど。編成に関しては暫定的ではあるものの大方決まったところだが、どうにも各連隊、いや、各部隊の足並みがそろわない。
これでは、全種族混合であることが大きな足かせとなってしまう。
だがちょっとやそっと説教をしたくらいでは、連中の足並みをそろえるのは不可能だ。
もはや師団全体に、喧嘩はするものだとばかりの雰囲気が蔓延してしまっている。
一応さっきので、食堂で喧嘩していたやつらは全員療養所送りになったので、多少は沈静化したと思うが、どうせまたぶり返す。
「そうは言いますが、多少は仕方ないと思います。無理に押さえつけても、いずれたまりにたまったものが爆発しかねません。ここは時間をかけて、彼らに対話の機会を設け続けるしかないと思いますが」
「そんな時間はない。たったの一年しかないんだ。一年でも仲良くなれるか怪しいのに、その上仲良くなったからハイ終わりじゃないんだ。喧嘩しなくなって、そこからちゃんとした連携をとれるまで、何年かかるか分かったものじゃない」
この師団の敵は悪魔じゃない。
連携を取り、魔法を使える天上人が率いるグラノリュースだ。悪魔のように各種族が頑張るだけで戦えるほど、質も量も甘くない。
一師団で一国を確実に打ち破るには、どうしたって全種族がいるというアドバンテージを生かす必要がある。
「でも具体的にどうしますか? 正直、私は種族の特色を活かして連隊ごとに区切って運用するしかないと思いますが」
アグニの言うことももっともだ。それが一番手っ取り早いし確実だ。
でもそれは、なんというか。
とてももったいない気がするのだ。しかし、だからといって、有効な種族の組み合わせがどれかと思いつくわけでもない。
……あ、そうだ。
「なあアグニ。すでに全部隊、基本の訓練は受けて装備も支給されてるんだよな」
「はい、本採用の装備はまだですが、各国が持ち寄った装備がありますので、実戦にも対応できるほどの装備は整っています」
「……俺の装備は整ってないのにな」
「あ、あはは……」
なんともむなしい話だ。
ま、いい。
忙しさのせいで装備を新調できないむなしさも、兵団員たちに埋めてもらおう。
「アグニ、全部隊に通達しろ。明朝〇九〇〇に第一級装備で第一訓練場に全員集合と」
「え、はい。わかりました。……何をするおつもりで?」
「なに、元気が有り余っているようなら、発散させてやるだけさ」
さあ、楽しい楽しいピクニックだ。
ちょっとけが人は出るかもしれないが、まあ若い少年少女三人が生きて帰れるんだから、大丈夫だろう。
「……とっても嫌な予感がします」
アグニがなんか言ってるが気のせいだ。だって俺は、これ以上ないほどの笑顔を浮かべてるんだもの。
◆ある連隊長の恐れ
うーん、やっぱり南は日差しが強いね。おかげで朝はシャキッと起きられるけど、日中に訓練をすると汗が噴き出して仕方がないよ。
うん、まあ、今汗を大量にかいているのは、暑さのせいじゃないんだけど。
「師団員諸君! みんなどうやら食事中でもバカ騒ぎがしたくなるほどに元気が有り余っているようだね!」
ようやく完成した特務師団基地フィンフルラッグ最大の訓練場。
そこに所狭しと並んだ全師団員を見下ろす上空、朝焼けの光を背にしてたたずむは、一人の仮面の男。
ウィルだ。
「ルチナベルタ大佐……嫌な予感がするのは私だけだろうか」
ボクに話しかけたのは、背が低くてひげを生やしたドワーフの戦士。
工兵連隊長のヴァルドロ・ギロ・ギレスブイグ大佐だ。
彼は話しかけておきながらも、その顔はボクをむいてはいない。
「父から聞きました。……師団長が笑う時は、何かあるときだと」
「うん、団長を知ってるボクから見ても、その見解はあってるよ」
かくいうボクも、彼の顔は見てない。
ただひたすら、仮面の口が上下に裂けるほどの大口を明けて、愉快そうに目を細めるウィルを見ている。決して見とれているわけじゃない。
昨夜、いきなり遠征戦闘用といわれる第一級装備をして訓練場に集合なんていわれた時から、嫌な予感はしてたんだけど……。
「昨日、食堂で喧嘩してた人たちが全員療養所送りになったのは、団長のせいか」
「道理で、誰も何が起きたのか理解できなかったわけですな」
「相当怒ってるんだろうなぁ」
自分で言うのもなんだけど、ボクは人にあまり腹を立てることはない。
だけど、今だけは思う。
昨日食堂で喧嘩したやつ、全員しばく。
「楽しい楽しい遠足だ! 日頃の訓練と喧嘩の成果! 存分に見せてくれ! あと知性と理性を身に着けろアホどもが!」
ウィルが最後に本音をぶちまけた、その直後。
ボクたちは、どこか覚えのある浮遊感に襲われた。
*
「団長! ウィル! 覚えてろぉおおおお!!」
叫ぶ。ただひたすら叫ぶ。
叫びながら必死に剣をふるう。
次々と襲い掛かってくる、毛むくじゃらで牙をむきだしながら襲ってくるサルを切り捨てる。
周囲は訓練場とは一転して、緑と茶色しかないうっそうとした森。
木々を伝い、三次元的に群れを成して襲ってくるサルどもを相手に、ボクたちは陣形を組んで迎え撃つ。
「連隊長! どうなってるんです!? さっきまで我々は訓練場にいたはずでは!? 近くに森なんてありませんよ!?」
顔を青くしながら、噛みついてくるサルを殴りつける部下。ボクは怒鳴りに似た声を上げる。
「決まってる! 団長の精霊の力だよ! ボクたち全員をバラバラに転移させたんだ!」
「転移ですって!?」
視界の悪い森の中、なんとかして周囲に視線を巡らせるも、訓練場にいた兵士たちの十分の一も見当たらない。
十分の一どころか百分の一がせいぜいだ。
見えはしないが、声は聞こえるから、そう遠くないところに何部隊かはいるはずだ。
「これで、終わり!」
最後のサルを切り捨てる。周囲はむごたらしい血の海。
なんとかしたいけど、今はそれ以上に部隊の安全確保が最優先だ。
「い、いったい何のために……」
部下の一人が荒い息を吐く。
「決まってるじゃないか。連帯責任、罰と実戦を兼ねてるのさ。……もっとも、一番の理由は別だろうけど」
最後だけは聞こえないように言いながら、風の精霊に呼び掛けて周囲の状況を探る。
……うん、やっぱり近くに結構な数の部隊がいる。種族もばらばらだ。となると、やっぱりウィルの目的の一つは。
「団長は種族間の諍いを荒療治で無くしたいんだろうね。ここなら実戦も積めるし、敵がいる状態でそう喧嘩する暇なんてないだろうしね」
「そういえば、昨日食堂で喧嘩が起きたんでしたね。それでか……。でもそんなの我々には関係ないじゃありませんか。それに、ここはどこなんですか?」
「決まってるじゃないか」
アクセルベルク最南端に位置する特務師団基地近くの森。
それも、実戦を積むのに必要な敵には事欠かない場所といえば。
「グラノリュースとの間に広がる未開の地。魔獣はびこる魔境だよ」
次回、「理尽と理不尽2」