幕間12:いたずら
過去一ふざけてます。
「明日休日だってさ……」
「ボクは仕事だけど……」
「私も……お休み」
「じゃあ明日はあんたとあいつだけお休みなのね。なんかむしゃくしゃするから一泡吹かせてやるわ」
「私もやってもいいですか?」
「んー、そうね……なら手伝ってもらおうかな」
「私もやりたい……久しぶりに潜り込みたい」
夜中、月明りも部屋の明かりもない暗い部屋で、こそこそと話し込む数人の人影。
その人影は暗闇でもわかるほどに、瞳が怪しくぎらついていた。
*
全師団員が集まり、正式に師団が発足してから数週間。
ようやく俺にも休みができた。
いやホント忙しすぎる。訓練に指揮、飛行船開発に用兵、予算の分配、etc。
発足仕立ては特にやることが多いから、ここ数週間はまったく休みが取れなかった。まあ、半日休みとか、一日仕事でも合間にちょくちょく休みを取ったりしていたから何とかなっているが、それが無ければ俺はとっくに過労で倒れるレベルだ。
この世界には労働基準法というものが無いから、文句をどこに言えばいいのかわからない。いうならディアークだろうが、彼も南部を治める領主としても将軍としても働いているから、強く言えない。
もしかしてアクセルベルクが聖人を各領のトップに据えているのは、頑丈だからいくら働かせても死なないと思っているからではないだろうか。
もしそうだとしたら、俺は今すぐにこの政治体制を作った奴をぶん殴りに行く。そして全部の領を統治させてやる。
まあとにかくだ。
そんなくそ忙しい日々だけど、明日は一日まるっきり休みだ。
休みをもらってもやることは実はないけど、仕事じゃなくてのんびり鍛錬とか魔法の修行をするのも悪くない。
いい気分転換になる。
働くのも大事だが、いい成果を上げるにはいい休みが必要だ。明日は一日ゆっくり休もう
――そして翌日の朝。
目覚めはよかった。休日だからと、薬を飲んで早めに休んだおかげで体に不調は無い。
さあ、起きて早速――あれ?
「体が動かない?」
おかしい、手足がまるで動かない。
まさかこれは、金縛りか!? この世界にも金縛りという概念があるのかは知らないが、こんなことは初めてだ。
落ち着け、確か金縛りは日々の疲れが出ているだけという説がある。それだけ日頃疲れていたということか。
それならば、もう一度寝直すとしよう……ん?
「……アァ~……アァ~……」
どこかからか、異音が聞こえる……。
いや、これは、声? まるで幽霊のような、力のない、されど怨念がこもったようなそんな声。
いや、まさか。この世界にも幽霊がいるのか? マナがある世界だからおかしくないかもしれないが、でも今日に限ってここで?
異変はそれだけにとどまらなかった。
前の世界でも聞いたような、弦楽器をヒィンヒィンと鳴らしたような、シャワーシーンで殺人鬼が出てきそうな音楽が聞こえてきた。
おいおい……まさか元の世界に帰りたいがあまりに、俺の記憶がホラー映画で俺を殺しに来てるのか?
死ねば帰れるなんて、なんて恐ろしいことを……ん?
「お金を~……よこせぇ~……」
……金をよこせ? そんなお化けいたっけな?
妖怪金霊か? いやでも、あれはお金を恵んでくれるいいお化けで……。
そこまで考えて、ふと気づいた。
俺の懐に何かいる。なんか暖かい何かが俺の体に抱き着いている。
恐る恐るそこを見ると――
黒髪の女がこっちをじっと見つめていた。
座敷童だああーー!?
声を上げるのも忘れた。
逃げようにも体が動かない! くそ、俺はここまでか。
ごめん父さん。俺は最後座敷童に呪われて……ん?
「何してんだ、マリナ」
「おはようウィル……良い朝だね」
……よく見れば座敷童じゃない、マリナだった。
体が動かないのも金縛りじゃなくて、両手足が鎖で縛られているからだ。
なんだ、金縛りじゃなくてよかった――って、んなわけあるか!
なんで物理的に縛られてんだよ! 金縛り以上に怖いわ!
「ベル! いるんだろ! 何のつもりだ!」
縛られているせいで周囲をあまり見渡せないが、確実にいるはずだ。
叫ぶとベッドの端からひょっこりと、見慣れた銀髪が目に入る。
隠れていたベルがいたずらが成功したかのような笑みを浮かべながら顔を出した。
「どう? 怖かった?」
「怖かった? じゃねぇよ! 言いたいことが山ほどあるわ! 何で縛ってんだ、なんでマリナが潜り込んできてんだ、なんで俺の部屋に入ってきてんだ!?」
「なんでって、あんた今日お休みでしょ? 腹立つからみんなで起こしに来たの。優しいでしょ?」
「腹立つからって言っちゃってんじゃないか。こんな最悪な起こされ方は初めてだ。つーか、いい加減鎖ほどけよ。どっから持ってきたんだ」
俺が鎖を引っ張ってじゃらじゃら鳴らすと、隅っこからまた別の頭が出てきた。
葡萄茶色のボブカット。
「鎖は私が準備しました! 錬金術で作ったので、ウィリアムさんでも壊せませんよ!」
「アグニータ! お前王女だろ! 外聞気にしろよ! 男の部屋に忍び込んで鎖で縛ったってどんだけ変態なんだよ!」
「ち、違います! これはその、ウィルベルさんに頼まれて!」
言われてやっと自分がしたことに気づいたのか、アグニが顔を赤くして首を勢い良く振りながら言い訳していた。
まあ、彼女が自分からこんなことするとは思ってない。頭お花畑王女だが、常識はある。
箱入りだから、大方ベルの口車に乗せられたとか、そんなところだ。
だが問題はもう一人いる。
「アイリス! お前止めろよ! 何楽器使って本格的に怖い曲流してんだ!」
「あ、ばれちゃった? 前にウィルが怖い音楽があるんだって弾いてたからさ。ボクも弾きたくなったんだ」
「勝手にどっかで弾いてろよ! ここで弾くなよ!」
俺の頭の方から顔を覗き込むようにアイリスが笑いながら現れる。その手にはヴァイオリン。正確にはヴァイオリンという名前ではないが、俺がそう呼んでいるからアイリスにも伝わった。
前の世界のホラーの名曲をアイリスが知っているのは、東部にいたときに練習として俺が悪ふざけで弾いたからだ。
それを覚えてたんだろうが、こんな状況で弾かれるとシャレにならない。
俺が怒鳴っていると、ベルがあきれたような目で見てきた。
「朝からそんなに叫んで疲れない?」
「誰のせいだよ!」
なにが悲しくて、やっと迎えた休日の朝にこんなに疲れなくちゃいけないんだ。
ていうかマリナはいつまで俺のベッドにもぐりこんでるんだ。
やってることは可愛いかもしれないが、正直彼女が一番怖かった。マジで妖怪かと思った。
落ち着くために一度深呼吸をしてから、再度ベルを見る。
「もういいだろ? お前ら仕事あるんだから、外して出てけ」
「そうですね。それじゃあウィルベルさん。鍵はここに置いていきますね」
「じゃあボクも行ってくるね。団長、連隊はしっかり鍛えるからね」
そういって比較的常識人二人は帰っていった。
だが問題児二人がまだ残っている。
「おい、お前らも仕事あるだろ」
「といってもあたしたち独立部隊だから、時間に融通きくの。研究所に行くのだって、やることやれば何時にだって行っていいし、戦闘訓練だってあたしの相手できる人なんていないし」
「ヴェルナーたちがいるだろ」
「こないだやったばっかりだから、武器の調整がまだだって。だから今日は仕事だけど暇なの」
「私も今日は休み……だから久しぶりに一緒に寝たい」
「いや、俺もう起きるから。ていうか一緒に寝ようとしてくんな」
体を起こそうと手足を動かすが、鎖がガチャガチャなるだけでびくともしない。
クソ、なんでこんなもんに無駄に錬金術使うんだよ!
寝起きだからか、体に力があまり入らないし。
俺がもがいていると、何かに気づいたのかベルが言った。
「……これ、いまなら好き勝手できるんじゃないかしら」
その言葉に、背筋が凍り付く思いだった。
ベルは笑みを一層深め、俺に馬乗りになりながら怪しい顔をした。
「ふっふっふ、普段は人にとやかく言うんだから、自分がやられる覚悟はあるわよね?」
「おいこらふざけんなよ。とやかく言ってんのはお前も一緒だろうが。おい、今なら許してやるぞ。いいからとっととこの鎖外せ」
「わっはっは! それはあたしの台詞! 許してほしければウィルベルさんちんちくりんといってごめんなさいと言いなさい! そしたら鎖を外してあげるわ!」
「……」
……仕方ない。これは俺なりの慈悲だったのに。
ベルが俺が謝るのを今か今かと期待した目で見てくる。
謝ったら謝ったでよし、そうでなければいたずらでもする気だな。無抵抗だから好き放題できると思ったんだろうが、甘いな。
「あれ……手錠が外れてる」
「え?」
俺に寄り添って寝転がっていたマリナが気づいたようだ。でももう遅い。
馬乗りになっていたベルを逆に押し倒して今度は俺が組み伏せる。
一気に形勢逆転になったことで、ベルが目に見えて慌てだした。
「い、いやあのこれはそのほんの出来心で!」
「さっきあんなに勝ち誇ってたよなぁ?」
「あーもううっさい! こうなったら実力行使よ! あたしの恐ろしさを教えてあげるわ!」
「上等だコラァ! せっかくの休日の朝を台無しにされた俺の怒りを思い知れ!」
結局最後はこうなる。
怒声と共に俺の安くない寝室にいくつもの紫電と爆発が巻き起こった。
「やっぱり二人は仲良し……でもちょっとやりすぎかも」
視界の隅で、マリナが何か言っていた気がしたが、耳に入ってこなかった。
目の前のいたずら魔女に手いっぱいだったから。
次回、「幕間13:理不尽と理尽1」