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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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幕間11:参謀長の憂鬱



 特務師団が南部で順調に訓練を積んでいるある日。


 ウィリアムと同じ執務室にて、アグニータは書類と向き合っていた。

 否、書類が置いてある机に顎をついて、ある場所を見ていた。


「お前、また宝石買ってきたのか?」

「だって、純度が高くて珍しかったんだもの。こんないいものなかなか見られないんだから、買うしかないじゃない」

「その金出してんの俺じゃないか。まあ、俺も研究させてもらうから、別にいいけどさ」


 自分をのけ者にして、目の前に広がる二人の空間。

 さっきまでは自分とウィリアムだけの空間だったのに、そこにとんがり帽子とつま先がとがりあがった靴、黒い服に身を包んだ銀髪の少女が現れたことによって、その二人だけの空間はあっさりと終わってしまった。


 そのことにアグニータは頬を膨らませる。


「それで、その宝石はどうするつもりなんだ?」

「触媒として有効だから、新しい魔法の発動の媒体にしようと思ってるの。箒とか杖じゃなくて、指輪みたいなの」

「指輪? どうして?」

「小さくて取り出す手間がいらないし、かわいいから」

「そんな理由かよ……」


 目の前でアグニータにはよくわからない魔法の話をする二人。遠慮なく言い合う二人は、どことなく気心が知れているように見えた。


 初めて見るその瑠璃色の瞳の少女をアグニータはじっと見る。一体ウィリアムとはどういう関係なのかと。

 机に顎を置きながら見つめてくるアグニータに気付いたウィルベルは、ウィリアムに何者か尋ねる。


「ねぇ、さっきから頬を膨らましてるその子は?」


 ウィルベルに指をさされたアグニータは顔を上げて姿勢を正す。

 ウィリアムがアグニータを紹介する。


「あー、彼女はアグニータ。師団の参謀長で、いうなれば俺の補佐みたいなものだ」


 シンプルな紹介を少しだけ不満に思いつつ、アグニータは紹介に合わせて礼儀正しくお辞儀をする。


「アグニータ・ルイ・レオエイダンです。よろしくお願いします」

「ふーん、アグニータね。あたしはウィルベル、ウィルと同じ、特務隊の最初の一人。よろしくね!」


 溌溂と挨拶をするウィルベルを見て、アグニータは思い出す。

 ウィリアムに匹敵するほどの実力を持つ隊員がいるという話を。


 その人物はウィルベルという名で、ユベールにて勉強をしているのだと。

 想像した以上に幼い印象を受けるウィルベルを見て、とてもアグニータは彼女がウィリアムと肩を並べられるほどの実力者とは思えなかった。


 でもそれ以上に気になることがあった。


「ウィリアムさんと同じ最初の一人、ですか……」


 ウィリアムと付き合いが長い。その一点につきた。


「あの……お聞きしたいんですけど、二人はどういったご関係で?」


 ウィルベルとウィリアムは顔を見合わせる。

 そして――


「「腐れ縁」」


 揃って言う二人にアグニータは困ったような顔を浮かべる。

 いい意味なのか悪い意味なのか、いまいち理解できなかったからだ。


 その理由は、ぱっと見では仲が良さそうに見えるものの、実際の会話の内容が酷いから。


「俺が腐れ縁て言うのは当然だとしても、お前が腐れ縁て言うのはおかしいんじゃないか? いろいろ面倒見てんだから、お世話になってるとか、言えないのか」

「何言ってるのよ。あたしのおかげでここまで来れたといっても過言じゃないんだから、あんたの方こそあたしにもっと感謝してもいいと思わない? 魔法が使えるようになったのは誰のおかげ?」

「最初のことをいつまで言ってんだよ。俺のおかげでまともに生活送れてることを理解してるのか? 今となっては俺に魔法を教わることもあるくせに」

「電気だけじゃない。まだあたしが教えることの方が多いし、そもそも生活の面倒見るって言ったのあんたじゃない」

「ああ?」

「おお?」


 口喧嘩し始める二人。身長差がある二人が顔を近づけてメンチ切り合っているのを見て、アグニータは困惑した。

 あまり気心知れた友人というものを知らないアグニータは、この二人がどういう関係か測りかねていた。


「確認ですけど、お二人は、その……恋人とかではないんですよね?」


 その言葉に二人は目を見開いて、再び目を合わせる。

 二人そろって激しい剣幕を見せ、否定した。


「そんな関係になるわけない。こんなちんちくりんに思うことなんて何もねえよ」

「こんな人に顔も見せられないような不審者を好きになる人の気が知れないわ」

「ああ?」

「おお?」


 また揃ってメンチを切り合う。

 もはやこれはこれでとても仲がいいのではないかと、アグニータですら感じ始めていた。

 ただ二人にその気がないことに密かにほっと息を吐く。


「ま、いいわ。それじゃあたしは研究所行ってくるから。あ、そうそう、こないだ言ってた、らじお? だっけ。いい具合にできたわよ」

「へぇ! それは凄いな。それなら無線通信もできそうだな」

「やたら気合の入ったロッテが作ってるから、もうすぐできるんじゃないかしら」

「楽しみだな、何かあったらまた連絡してくれ」


 そのあともいろいろありながら、ウィルベルは部屋を退出していった。

 ウィリアムと二人きりになったアグニータは、膨らんでいた頬をしぼませて、意気揚々とウィリアムに話しかける。


「ウィリアムさんはウィルベルさんとはとても仲が良さそうでしたけど、本当にただの腐れ縁なんですか?」


 この質問に、ウィリアムは仮面の下で眉根を寄せる。


「軍人なんだから、ただの腐れ縁かといわれると微妙だけどな。少なくとも深い関係じゃないよ。ただ付き合いが長いだけだ」

「そうなんですね。よかったです」

「?」


 ウィリアムは疑問符を頭の上に浮かべながらも、特に言及することなく再び席に着き、仕事を再開した。



 しばらく仕事をしているうちに、ウィリアムがある一枚の書類を手に取る。


「え?」


 書かれていることを見て、小さく声をあげた。


「どうかしましたか?」

「いや……」


 アグニータが声をかけるも、ウィリアムは何を言うでもなく、あごに手を当てて考え込む。

 彼女は首をかしげ、気にしつつも自分の仕事を行っていく。


 その後も沈黙が続いた。

 ただただアグニータがペンを走らせる音だけが室内に広がる。


 その間も、ウィリアムはずっと顎に手を当てて考え込んだまま。


 そんな中、執務室に来客を知らせるノックの音が鳴る。


「入れ」

「……失礼します」


 入ってきたのは、白髪交じりの黒髪の眠たげな瞳をした少女。


「マリナ、どうした」

「ちょっと……相談があるの」


 マリナが入ってきた途端に、ウィリアムは椅子から腰を上げ、彼女に近寄ってゆく。

 マリナに話しかけるウィリアムの声音は心なしか、他の誰よりも優しげだった。


「相談?」

「そう。もっと強くなりたい……でも今のままの訓練内容だと、物足りない」

「物足りない?」


 仮面の下、ウィリアムの目が険しくなる。

 机の上、さきほどまで睨みつけるように見ていた書類をマリナに見せる。


「アイリスから報告が来てるんだ。マリナの訓練内容が常軌を逸して過酷すぎるって」

「アイリスが……?」

「なあ、何をやってるんだ? あまり訓練を見てやれてないけど、怪我がないから大丈夫だと思ってたんだ。でもそうじゃないなら――」

「大丈夫だよ……怪我はしてない。それに、怪我しても私の加護があるから、すぐに治る」


 マリナの加護は治癒の加護。それも半聖人であるマリナの加護であるため、欠損未満の怪我なら大抵は治すことができる。

 だが、加護とは大抵不安定であり、確実に発動するものではない。人の感情や意思に大きく左右されるため、もし怪我をして、そのまま意識を失えば加護が発動せずに死ぬ恐れがある。


 そもそも加護を安定して発動させられるなど、よほど発動条件が緩くなければならない。

 条件が緩い加護ならば、重い怪我を治せない可能性がある。


「加護をアテにしすぎるなよ」

「うん、でも大丈夫……自分の加護について、だいぶわかってきたから」


 平気だと、マリナは首を横に振り、精一杯の笑顔を見せる。

 それでもウィリアムの顔は優れない。


 理由は――


「この短期間で、随分と聖人に近付いてる。……いいことかもしれないが、そのために危険なことをしているとなると、放置はできない」


 マリナが急激に聖人に近付いていること。

 マリナはウィリアムたちと出会ったとき、わずかとはいえ、その身の一部を神気で構成した半聖人となっていた。

 それがこの南部に戻って、師団として訓練を始めてから、急激にその体から放たれる神気の量が増え、聖人に近付いていた。


 最近になって、ようやく聖人として完成したウィリアムにあっという間に並び立たんとするかのように。


 ウィリアムの言葉にアグニータまでが声をあげた。


「どういうことですか!? マリナさんまで聖人に? 一体どうやって!?」

「通説じゃ、聖人になるには数え切れないほどの過酷な戦いを経験しなければいけないはずだ。それでも聖人になれるかどうかわからない。それがこんな短期間でそんなに近づくなんて普通じゃない……答えろよ、マリナ。いったい何をしてるんだ」


 脅迫じみた真剣なウィリアムの声に、マリナは観念したかのように目を伏せて話し出す。


「私がやってるのは、真剣での斬り合い……だから何度も怪我したし、死にそうになった時もある」

「真剣だと? そんなことをして――」

「聖人になるには、たくさん怪我をしてたくさん加護で体を治さなきゃいけない……それさえすれば、だれでも聖人になれる」

「――!?」


 マリナの言葉に、ウィリアムとアグニータは目を見開き固まった。


 衝撃だったから。


 聖人になる方法はずっと明らかにされていなかった。それをマリナは明らかにし、あまつさえ実戦して証明して見せた。


 師団が発足してまた一か月足らず。にもかかわらず急激に聖人になっている彼女を見て、彼女の説が正しいことは明らかだった。


「なんでそんな無茶を……」

「そうでもしないと二人に追いつけない……いつまでも守られてばかりはいやだから」


 マリナはウィリアムの目をまっすぐに見つめる。

 ウィリアムの目が一層険しくなる。


「そもそもマリナは軍医だ。聖人になる必要はないだろ?」

「聖人になれば加護が強くなる。そうすれば、みんなを助けられる……聖人になれば、ウィルと一緒に剣を振るえる」

「……はぁ」


 溜息を吐き、ウィリアムは頭を抑える。

 再度マリナをよく見る。


 軍人であるアイリスから見ても過酷すぎるほどの訓練を行っているにもかかわらず、マリナの体には目立つ傷は見当たらない。

 それほどまで完璧に加護を掌握し、体を癒している。そしてさらに聖人としての膂力をも得つつある今、彼女がただの軍医に収まる器ではないのはウィリアムも理解していた。


 ましてやマリナの訓練内容は、ほとんどがウィリアムが考案したもの。真剣による斬り合いは聖人になりたがったマリナが独断で行ったものだが、それ以外はウィリアム指示の下でやっていた。


 だからこそ、マリナの実力はウィリアムも知っている。

 

 渋々と、腹から絞り出すような低い声で、ウィリアムは言った。


「わかった。でも頼むから真剣での斬り合いはやめてくれ。そこまで聖人に近づけたなら、あと少しだ。軽症くらいで十分だろ?」

「でも……」

「でもも何もなしだ。軍医であるマリナに怪我されたら困る。治癒の加護が強まっているならなおさらだ。物足りないなら、これから訓練は俺が見る。それでいいな」


 ウィリアムの命令にマリナは少し考え込む。

 でもすぐに顔を上げて、顔を綻ばせた。


「うんっ……ウィルと一緒だね」

「ああ。物足りないならその分しごいてやるからな。覚悟しろよ」

「わかった……楽しみにしてるね」


 ウィリアムの脅しの言葉にも、マリナは動じず、嬉しそうにして小さく手を振りながら退出していった。

 静かになった部屋で、ウィリアムは盛大にため息を吐く。


「はぁ~……なんだってあんな危ないことするんだか」


 机に力なく持たれるウィリアムに対して、アグニータは椅子から腰を浮かしたまま、ずっと口が開いたままだった。

 聖人を最も重要視するドワーフにとって、マリナの放った言葉は常識を覆すほどの衝撃を持っていた。


「マリナさんって、すごい人なんですね。聖人になる方法を明らかにするだけじゃなくて、自分の身で証明してしまうなんて」

「凄い、か……」

「ウィリアムさん?」


 マリナの素直に感心するアグニータとは反対に、ウィリアムはずっと複雑な表情を浮かべていた。

 アグニータは首をかしげる。


「どうかしましたか? 凄いことですよ? 公表すれば、きっと聖人が増えて悪魔との戦いも有利に――」

「それは絶対にダメだ」

「え?」


 有無を言わさぬ強い口調。

 アグニータは面食らう。

 ウィリアムは机から離れ、扉へ向かいながら言った。


「怪我をして加護で癒せば聖人になれる。それを信じれば誰しもが実戦する。だが加護は安定しない。治療が追い付かないような大けがを率先してやる馬鹿が大量に出れば、純粋に戦って傷を負った軍人たちの治療が追い付かない可能性がある。事故や事件が多発するだろうな」

「あ……」

「マリナは自分の加護を十全に理解している。彼女が聖人になれるのは、確実に自分を癒せるからだ。その土壌がない一般民衆に知れれば、勝手に実戦して、失敗した連中に誰かしらが恨まれることになる」


 救えなかった神官や軍医か、はたまた情報を流した誰かか。

 マリナが見つけた聖人になる方法は、多くの人が求めた物。だからこそ、安易に公表はできない。

 してしまえば、大きな混乱を招くことにもなりかねないと。


「アグニータ。このことは内密にしろ。ドワーフ王族に知らせるのは構わないが、危険性と情報統制はしっかり理解させろ」

「は、はい!」

「あともう一つ」


 扉に手をかけ、部屋から出る直前にウィリアムは振り向く。


「マリナの名前は絶対に出すな」


 その言葉を最後に扉は閉まる。


 部屋にはアグニータ一人になった。

 浮いていた腰を椅子におろし、彼女は深い深いため息を天井目掛けて吐き出した。


「信じられないことの連続ですね。……特務隊ですか……ヴェルナーさんたちでも驚きだったのに、ウィルベルさんもマリナさんも凄い人ばっかりです……霞んじゃいます」


 今日だけで、見ていて理解した。

 ウィリアムがもっとも大事にしているのは、今日訪れたあの二人だと。


「マリナさんの名前は出すなって言いましたけど、言われずとも言えません。絶対にお母様は何かしら手を打つでしょうし、そうなったらもしかしたらお兄様がやってくるかもしれません。……ウィリアムさんに恨まれます」


 恐ろしい未来を想像し、身震いする。


 ずっとレオエイダン王家で過ごしていたアグニータは、南部にやってきてから毎日が驚きの連続だった。


 自分はまだまだだなと、何度もため息を吐く。


 しかし、何も悪いことだけではない。


「あれだけ親密に見えますけど、二人ともただの部下なんですよね……まだまだチャンスはありますよね!」


 精一杯前向きに、ウィリアムに振り向いてもらおうと、彼女は今日もまた仕事に励むのだった。






次回、「幕間12:いたずら」

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