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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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幕間10:みんなの顔



 師団発足して間もないころ。

 大体どういう人員がいてどういう配置にするか決めるには、当然部下たちの情報を知る必要がある。


 部下の情報とは、経歴や功績、種族や兵科といったもので、大抵紙一枚か二枚にまとめられている。

 師団の人数はおよそ六千、そのすべてを俺が目を通すわけではないが、指揮系統や管理系統の構築、およびそれを行う人間の選抜は俺がやらなければならないために、結局かなりの書類に目を通さなければならなくなる。


 まあ、それはいい。仕事だからな。

 めんどくさいけどやるしかない。


 でもそんな俺の仕事への意欲、正確には兵の情報を確認する作業のやる気を著しく削ぐものがある。


 それはなにか。


「なあ、この似顔絵っているのか?」

「それはもちろん、その情報が本当に本人のものか、その兵士が誰かわかるようにするには必須ですから」


 答えてくれたのは、仮の司令部で一緒の部屋で仕事をしているアグニータ。愛称はアグニ。

 人事や情報を扱う参謀をまとめる立場であるため、一緒になって師団員の情報が書かれた書類に目を通している。


 俺の疑問にも疑問を持つことはないのか、アグニは特になんでもないことのように仕事を進めていくが、反面俺の手は全く進まない。


「必要なのはわかるんだけどさ、この似顔絵じゃもう意味ないだろ。むしろこれじゃ逆に誰かわからないだろ」


 そう、それは部下について書かれた紙にある似顔絵が原因だった。


「確かにこの似顔絵は少し似てませんよね。仕事中ですけど、つい笑ってしまいます」


 アグニが王女らしく口に手を当ててクスクスと笑う。

 俺はげんなりと手元にあった書類の一枚を持ち上げる。


「この似顔絵、それなりに絵心があるやつが描けばまあいいんだけど、そうじゃないやつが描いたものは酷いぞ。もはや化け物じゃないか。俺の師団はたしかに全種族混成だが、コオロギまでいるとは聞いてないぞ」

「コオロギ?」


 俺の例えに興味を持ったアグニに、持っていた紙を魔法でふわりと投げ渡す。受け取ったアグニはその兵士の似顔絵を見て、


「ブフッ!」


 吹き出した。

 顔を背け、肩を震わして笑っている。アグニから紙を回収して改めて見ると、それはもう酷いものだった。


 描かれていたのは竜人族のジュウゾウの似顔絵。

 これを描いた奴は竜人をよく知らないのか、それとも描く気がないのかわからないが、竜人特有の角はまるで触角のように線一本で表され、先端が垂れている。

 竜特有の縦に開かれた瞳孔を表現したかったのか、その目はまん丸で縦に一本だけ線が入っているだけ。

 一部しかないはずの竜の鱗は全身に細かく書きすぎてインクが滲み、ただの黒光りする昆虫だ。竜の羽なんてないのに描かれているから、まんまコオロギだ。


 もしこれがコオロギのスケッチをしろという課題だったら、俺は間違いなく秀評価を付ける。


「絵を描くのに時間も手間もかかるから、その辺にいるやつに描かせるのは仕方ないと思うが、こんなのじゃ描かないほうがいいと思わないか?」

「でもそれだと、実際に兵を招集するとなったときに、本当にその人物かわからなくなってしまいます。似ていないですけど、ないよりはいいんじゃないですか?」

「……いや、これは無いほうがいいだろ、コオロギに似てる奴なんか一人もいないよ」

「……ふ、フフフッ」


 思い出したのか、またアグニが笑いだす。

 前の世界で言う証明写真のような似顔絵は全部手書きだ。

 誰が描くかも決まってないからムラがひどすぎるし、中には笑いを抑えるので大変なものもある。


 そのせいで、書類仕事に集中できない。


 ……仕方ない。今ならまだ取り返しがつく。


「ちょっとアグニータ。書類仕事は中断して、ちょっと付き合ってくれ」

「付き合って!? わかりました! 今すぐ両親に連絡して――」

「そういう意味じゃねぇよ!」



 *



 勘違いを正したアグニを引き連れて、俺は錬金術師たちがいる研究所に訪れた。

 すると現れたのは、白髪にぼさぼさ頭の目つきの悪いアイツ。


「んだよ団長、デートかぁ?」

「んなわけあるか、仕事だ仕事。仕事中に笑うのを抑えるための仕事だ」

「何言ってんだァ?」


 そう、ヴェルナーだ。

 ヴェルナーはちょうど休憩らしい、ついてくるかと聞くと面白そうだからという理由で付いてきた。

 ちょっとアグニが不機嫌になった気がするが、俺としては彼がいてくれた方が助かった。

 といってもまあ、これから作るものはヴェルナー向けじゃないから退屈かもしれないが。


「そんで団長、何するつもりなんだよ」

「兵士の情報書類に何か不満があるみたいですけど」

「あの書類の似顔絵だと正確性に欠けるから、どうせなら正確なのを作ろうと思ってな。技術に詳しい二人なら、いい意見が聞けるかと思って」」


 歩いてある部屋に入る。そこは俺の部屋。研究所にも一応俺が研究するための部屋がある。といっても、ヴェルナーたちほどいるわけじゃないから、そこまで大きな部屋じゃない。


 部屋の真ん中に置かれた大きな机の上、そこに一枚の紙を置いて、作ろうとするものについて説明する。


「カメラっていうものを作ろうと思う」

「カメラ?」

「きゃめら?」

「アッコか」


 馴染みのない二人に説明する。

 カメラとは、簡単に言えば光を紙に焼き付ける道具で、自然界の光景を忠実に移すことができる。

 これがあれば、変な似顔絵で笑う必要はないし、事前にもらった紙面での情報と実際に会ったときの兵士を簡単に一致させることができる。


「外の光を集めて像を作って、それを紙に焼き付ける。そんで現像すれば、似顔絵なんかよりもよっぽど正確なものが作れるぞ」

「光を集める? 現像?」

「似顔絵なんざなんだっていいじゃねぇか。それが何だってんだ?」

「大事だぞ? オマエだって、自分の似顔絵くらい見たことあるだろ? 信じられないほど悪人顔だぞ。犯罪者だろってくらいだ」


 当然、独立部隊の編成にあたって、全員の情報が書かれた経歴書にも目を通している。全員の似顔絵を見て一晩中笑ったのを今でも覚えているし、中でもヴェルナーは一二を争うくらい面白かった。


 まあ一番面白かったのは、間違いなくベルだけど。


 さて、カメラを作る方法だが、実はそんなに難しくない。中学でもやったような光の虚像と実像を作る実験と似た原理だ。


 光が入らないような四角い箱を作って、一か所に穴を空ける。

 その穴にレンズを嵌めて箱の大きさとレンズの焦点距離を調節すれば、それだけで箱の中に外の景色が鮮明に映し出される。


「おぉ、確かに箱の中身に綺麗に部屋の中が映し出されてます!」

「確かにそれなりに面白そうだけどよ、これで本当に絵になんのかよ」

「まさか。さすがにこれだけじゃ写真……あーカメラでできる絵のことだけど、写真はできないぞ」


 写真を作るには、光に反応する特殊な薬品が塗られた感光紙が必要だ。

 まあ、これに関してはレオエイダンに行って研究した際、たまたま光に反応する液体があったので、それをそのまま使おう。


 いやー、錬金術ってとっても便利。


 そんなわけで、錬金術で作られた光に反応する薬品を手頃な紙に塗って乾かし、さっき作った箱の中に入れる。


 そのまま十分ほど待つ。


「なぁ、今何起きてんだ?」

「写真を作ってる」

「なにもしてねえだろ」

「何もしなくていいんだよ」

「はぁ?」


 ヴェルナーがしびれを切らしだしたので、とりあえずはいいかと思い、感光紙を取り出すと……。


「おおぉ! 紙に絵が描かれてます!」


 アグニが手のひらに乗るサイズの写真を手に、目を輝かせてじっと見つめていた。

 描かれているものはただの研究室の一角、なんの面白みもない絵だ。

 でもその精密さは似顔絵とは比べ物にならない。


「光をあてる時間はもうちょっと長くてもいいかな。できれば数分に短縮したいけど、それは光をもっと集光すればイケるだろうから、まあすぐにできるか」


 若干ボケてはいるが、まあ部屋の様子がなんとなくわかる。

 うんうん、即興の割にはいい出来だ。

 俺が密かに満足していると、ヴェルナーがあきれたような目で見てきた。


「相変わらず団長の頭ン中ってどうなってんだ? よくこんなもん作ろうと思えんな。つうかなんですぐに作れんだよ」

「そりゃ昔一回自由研究で作ったからな」

「自由研究?」


 懐かしいな、自由研究。

 親に何かいい題材は無いかと聞いたら、カメラを作ろうと言われたから、自分で調べて作ったことがある。それがまさかここで役に立つとは思わなかったし、存外に覚えてるもんだな。


「さあ、アグニータ。これで師団員全員の経歴書を作り直すぞ。全員見れる顔にしてやる」

「え? 全員ですか?」

「何か文句あるのか?」


 アグニが困ったように眉根を寄せる。


「でも今から全員となると、途方もない時間と手間とコストがかかりますよ? 紙だってただじゃありませんし、兵士たちの経歴書作成の時間は訓練時間から差し引くことになって、訓練計画に支障が出ますよ。何よりカメラ一台しかないじゃないですか」

「…………」

「え、ウィリアムさん……まさか……」


 アグニが疑ったような目でじっと見てくる。気まずいので視線を逸らす。

 するとヴェルナーが――


「馬鹿な団長だな、ガキでも作り直すのは手間だってわかるぜ? 一兵卒からやり直したほうがいいんじゃね?」

「うるせぇー!」



 *



 結局、カメラなんてものを作っても、活用する機会もなく師団の編成が終わろうとしていた。

 まあ、どうせ無駄になったのはほんの数時間だし、たいした苦労でもない。ちょっと……いや、結構残念だったけど。


 ただまったくの無駄というわけでもなく、あのあとカメラに感動したアグニが個人的にもカメラを作って改良していたらしい。


 さすがドワーフの王女様、原理を理解したらあとは勝手に改良してくれた。

 出来上がったカメラは自信作だったらしく、元気いっぱい笑顔満点で改良したカメラをプレゼントしてくれた。


 いらないと断ることもできなくて、なし崩し的に受け取ってしまった。


 もらったカメラを手に取って、ぼんやりと眺める。


 前の世界の物に比べれば、ゴツイし時間はかかるし写真も綺麗じゃない。


 ……でもどこか嬉しかった。どうしてだろう。


 俺が思い付きの即興で作ったものをもとにしたもの。

 自分で作ったわけでもないのに、もらったカメラは大事にしたいと思ってしまった。


 私室の机の上にカメラを置く。

 特に誰か被写体がいるわけでもないのに、写真を撮る。


 しばらく待って吐き出された写真は、ただの部屋の写真。

 見慣れた自分の部屋の本やベッド、椅子、机が肉眼で見るよりもぼやけた写真。


 いつかこの写真を見て、今を懐かしむときがくるのだろうか。


 湧いた雑念を頭を振って追い出す。

 いけない、これはこの世界に対する雑念だ。

 元の世界に帰る、それにはこの感情はただのお荷物だ。捨てなくてはいけない。


 ……これを見て感傷に浸るなんて、俺も焼きが回ったな。


 アグニには悪いが、このカメラは物置にでも――


「ウィル……いる?」


 カメラを片手に立ち上がろうとしたとき、マリナが部屋にやってきた。

 遅い時間というほどでもないが、既に日は沈んでいる。

 何の用だろうか。


「どうした?」

「今日はベルが帰ってきたから……せっかくだから、三人で話したいと思って」

「あたしは別にマリナと話せればいいんだけどなぁ」


 開いた扉の奥、マリナの後ろからベルの声も聞こえた。

 どうやら二人で来たらしい。


 マリナの言う通り、今日ベルがユベールから戻ってきた。帰ってきて早々、ベルがユベールへの賠償なんてとんでもないものを持ってきたから、確かに三人で話す時間は短かったと思う。


 でもこんな時間に俺の部屋に来ずとも、いつでも話せるだろうに。

 俺は基本、私室に人は入れない。


 ……でも、まあ、この二人ならいいか。


 渋々二人を中に入れる。

 入ってきたとはいっても、二人とも特に用事があるわけではないらしい。適当に部屋の中を物色して、お菓子やらお茶やらを食べ始めた。


 山賊かお前ら。


「ウィル……それなに?」


 俺があきれていると、マリナが俺が持っていたカメラに興味を示した。


「ああ、これ? カメラっていってさ、精巧な絵が描けるんだ。こんなふうにさ」


 ちょうどよく先ほど撮った部屋の写真を二人に見せる。


「へぇ~確かに結構綺麗ね。でもこれ、なんに使うの? 軍に使えそうなもんでもなさそうだし」

「もともとは経歴書の似顔絵をなんとかしようと思って作ったものなんだけど、いろいろあってやめた。でもアグニータが改良してくれたんだ。軍用ってわけじゃないよ」

「でもこれがあれば、正確な情報が伝えられそう……軍用としても使えると思うよ?」


 マリナがカメラの軍事への転用を提案してきた。確かにそれは考えなかったわけじゃない。


「難しいな、一枚の写真を撮るのに数分待たないといけないから、常に動く戦場では使いづらい。まあ、この辺は要改良だな」

「といっても、動かなければいいんでしょ? これで絵を出して売れば、結構儲かるんじゃない?」


 ベルがカメラを使った金儲けを考え出した。

 金の亡者め。

 でも確かにベルが生んだ多額の賠償の補填にはなるかもしれないな。


「そうだな、ベルのあられもない姿でも取ればマニアには高く売れるかもしれないな。ありがとうベル、自らの身を犠牲にして金を生んでくれるとは」

「ちょっとまって! あたしのあられもない姿って何!? そんなの絶対いやだかんね! この変態!」

「うるせぇ! お前の多額の借金を肩代わりしてるんだ! そのちんちくりんな体でも使って返しやがれ!」

「だれがちんちくりんよ! あたしの写真にかなうものなんてこの世界のどこにもないのよ! このカメラ使ってあんたの痴態を英雄だなんて言ってる人たちに見せれば、さぞがっかりするでしょうね!」


 俺とベルがアホみたいな喧嘩をしているそのとき――


「いいのが撮れた……二人とも仲いいね」


 マリナが言った。

 掴みかかってきたベルを抑える手を止めて、マリナを見る。

 マリナの右手にはカメラがあって、俺とベルに向けられていた。そして左手にある写真を見て、マリナが微笑んでいた。


 その写真に映し出されていたのは、


「ベルもウィルも喧嘩してるのに楽しそう……カメラってとても楽しいね」


 俺とベルがつかみ合い、至近距離でにらみ合ってる姿だった。


 楽しそう? これが?

 お互い歯をむき出しにして唸っているじゃないか。


「ウィル、この写真……もらってもいい?」

「え、ああ、いいけど」

「へぇ、この写真はちょっとアレだけど、こういう使い方はなんかいいわね!」


 ベルとマリナが撮った写真を見てはしゃいでいる。

 まあ確かに、カメラなんて軍用よりも日常的に使う方が正しい使い方な気がするし、そうしたほうがいいか。


「そのカメラ、マリナにやるよ」

「え、いいの? ……アグニがくれたんでしょ?」

「マリナが持ってる方が有効活用できそうだし、俺が持ってても机の引き出しの中で埃被せるだけだからな。アグニもそれよりはマリナが持ってる方がいいだろ。なんなら貸してるってことにすればいいさ」

「そっか……わかった、大切にする」


 マリナがまるで宝物のようにカメラを抱える。

 あまり俺は写真を撮るのも撮られるのも得意じゃないけど、マリナなら平気だろう。


 それはそうと、もう遅い時間だ。


「ほら、もう寝る時間だろ。部屋に帰れ」

「それもそうね、じゃあマリナ、帰りましょ」

「その前に、三人で撮ろ? ……三人分」


 マリナの提案に、俺とベルは一瞬目を合わせて、力なく笑って頷いた。


 あまり写真を撮られるのは得意じゃない。

 ましてやこの世界で自分がいたことを、写真なんて記録に残したくない。


 でも、断る気にもならなかった。



 ――あまりにもマリナが楽しそうに、嬉しそうに笑うもんだから。





次回、「幕間11:参謀長の憂鬱」

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