第十六話 戦う理由
「この町に来たのはな、ここが戦場になるからだよ」
オスカーがそう切り出す。
アメリアがこの町の状況をどこまでつかんでるかわからないので、最初から説明する。
中層と下層が結託して武装蜂起を起こそうとしていること、軍が対処するためにこの町に向かっていること、ギルドがここで迎え撃とうとしていることなどを諸々を話した。
そして僕たちがこの町に来た理由も。
「俺たちはソフィアの頼みでこの町にいる人たちを助けに来たんだ。全員は無理でもせめて見知った人たちだけでもってな」
僕とオスカーがここに来た理由やソフィアの状況をざっと説明すると、彼女は期待するような目で僕たちを見る。
「そんなことになってたんですね。戦いが始まることは知ってましたけど、もうすぐだなんて……で、でもお二人は私たちの味方なんですよね!一緒に戦ってくれるんですよね!?」
思ったより状況がよくないことを理解したのだろう、若干顔が青くなりながらもすがるように僕らを見る。
確かに僕らは軍の動きを知っているし、一兵卒よりも強いからそれなりに活躍はできるだろう。でも戦況を一変させるほどじゃない。
そもそも僕らの目的は軍の相手じゃなく、友人たちを助けることだ。
「それは……」
「僕たちは軍とは戦わない。相手には僕たちのことを知っている人がいる以上、戦えば僕らは帰ってからの立場が悪くなる。軍人でありながら軍に敵対すれば死刑だってあり得る」
「そんな、じゃあここへは何しに来たんですか!?助けてくれるんじゃないんですか?」
期待を込めた瞳と問いに、オスカーが答えづらそうにしたので僕が代わりに答える。
「僕らは君たちを避難させるために来たんだ。今回の戦いでどっちが勝つかわからないけど、長期戦になれば勝つのは軍だ。今回だけじゃなく第二陣が来ることも決まっている以上、ここで確実に勝てるわけじゃないなら避難するべきだ」
「それでもこの町が勝つかもしれないじゃないですか!町の人達は勝つ気でいます!お二人が加われば確実に勝てるかもしれないじゃないですか!?」
「よしんば僕たちがここで戦って勝ったとしても、次は僕らは戦えない、今回だけだ。決着がつくのが少し遅くなるだけだ。ギルドが始めた戦いだ、幕引きは彼ら自身でやるべきだ」
「そんな……」
これから見るのは過酷な戦いだ。そんな中に淡い夢を持たせたまま臨ませるわけにはいかない。僕らの立場とギルドの立場、責任の在処をはっきりさせなければならない。
「僕らがきたのはアメリア、君たちのことをソフィアに頼まれたからだ。彼女は今軍に召集されてここに攻めてくる。それは彼女の本意じゃない。だから軍が来る前に避難してほしいんだ」
ショックだったのか、アメリアが俯き、しわになるのも厭わずにスカートを握りしめる。
「……私たちはみんな、覚悟しています。この町に住むときから戦うことはわかっていました。今回の戦いだって始める前にギルドは逃げてもいいと言ってくれました。」
その話は知っている。理由はわからないがこの町は戦うためにでき、住民はみなそれをわかっているのだと。
きっと彼女も戦いたいのかもしれない。
慕っていたソフィアが敵にいると知ってショックだろうし、僕らが戦わずに逃げろといって複雑な気持ちになっているに違いない。それでも僕らは彼女たちを逃がすしかない。
「ギルドの人もこの町の人もみんな優しいんです。とても楽しいんです。でも軍はそんな私たちにひどいことをしてきました。私が生まれる前、私のひいおばあさんがこの町を作り始める前は下層も今ほど発展してなくて軍の略奪の矛先はここ、中層でした」
彼女が語るのはこの町マドリアドができる前、下層が今ほど発展する前の話。
今は下層で主に略奪が行われているが以前は中層で行われていたらしい。その後、中層が発展し、中層を覆う防壁ができてからは、防壁の外に開拓を始めた。それが今の下層。
「下層開拓に乗り出してからもしばらくは中層のいくつかの町は徴税という名目でいろいろ奪われました。抵抗した人はみんな見せしめとしてひどい目にあわされてきたそうです」
ひどい話だ。
上層の町を見てきたがみんな幸せそうにしていた。裕福な人が多くてこの国は豊かなんだと思っていた。
だがあの豊かさは中層以下の人々から奪っていたが故のものだった。
「下層には中層で貧しい暮らしをしていた人が連れていかれました。下層へ行けば作ったものはすべて自分たちのものにしていいって言っていました。それならばとついていった人たちは大勢いました。でも実際は違います」
そこから先は僕たちが見てきた通り、軍は約束を守らず、できた作物は餓死しないぎりぎりの半分以上が持っていかれ、外からやってくる魔物や悪魔から守ってももらえなかった。
挙句中層へと通じる門は軍が管理し、中には入れない。
そんな過酷な環境に耐えながら、下層は発展してきた。
「発展してもなお、徴税は続きました。中層も下層も迫害を受けてきました。当然反発する人はどこにでもいました。そんな軍に対抗するために中層からは人が集まりこの町、マドリアドができたんです」
中層、下層と非道を続け、各所が恨みを募らせてその思いを一身に受けて出来上がったのがこの町。下層とはやり取りできないので中層だけではあったが隠れて下層には物資や手紙を放り込んでいたらしい。
そのため、下層も中層に自分たちの味方がいると理解し、希望を持って必死に生きてきた。そして立ち上がる時がついに来たと。
「やっとなんです。やっと戦えるときがきたんです。曾婆さまはつらい思いをずっとしてきました。お婆様は私たちにつらい思いをさせてごめんねって、まだ幼かった私たちに泣いて謝りながら逝かれました」
「「……」」
「それは他の人たちも一緒なんです。この町に住む人たちはみんな代々、つらい思いを知って、自分たちの子供だけはって立ち上がろうとしてるんです」
彼女は涙を流しながら、切実に語る。
彼女はどんな思いだったのだろうか。
つらい時期を共に過ごした家族が、泣きながら死んでいく。
自分を守ってくれた親が志半ばで、謝りながら子供に希望を託していく。
幼いころからその光景を見てきた彼女に僕たちはどう声をかけていいのかわからなかった。僕の人生なんてこの一年半、上層の城、最も裕福な場所で過ごしてきた記憶だけだ。
そんな僕が彼女に言えることなんて、何もない。
「だから私は、私たちは戦います。最後の一人になっても絶対に戦います。この状況を変えられるなら死んだっていいんです」
「生きることだって戦いだよ。君たちが全員死ねば他に戦う人はいなくなるかもしれないよ」
「いいえ、例え私たちが死んでも戦ったことは他の町にも伝わります。そうなれば私たちの思いは誰かに伝わります。たとえ今回は負けてもまだ私たちは負けてません。最後に勝てばいいんですから……だから私は逃げません。あなた達とはいけません」
そう言って彼女は部屋を出た。残った僕らは何も言えずに沈黙が落ちた。
思った以上にこの国の問題は根深かった。僕らは何も知らなかったのだ。
ここにきて何をすればいいのか、どうすれば救えるのかわからなくなってしまった。ソフィアの言う通り彼女を避難させても、きっと彼女は僕たちを恨むだろう。
だからと言って見逃せばきっと彼女は死ぬ。そうすればソフィアは悲しむし、僕らはきっと後悔する。
「オスカー、僕たちはどうすればいいんだろうね」
「わからねぇ、助けたいとは思う。でも彼女の気持ちも理解できる。」
「僕にはわからないよ。どうして国がこんなことをするのか。どうしてこの町全員が死んでも戦おうとするのか……負けて死ぬことがわかっても戦うなんて僕にはわからないよ」
「彼女たちはな、死に場所を求めてるんだよ。きっとな……このまま生きても何代も継いできた思いを無駄にすることになる。自分を育ててくれた人たちの心からの悲願が、彼女の生きる意味なんだよ」
少ない人生経験しか持たない僕には理解ができないことだった。
僕には家族がいない。だから家族のためにとかがわからない。ソフィアやオスカーのためを考えても勝てないならまず生きることを考えると思う。2人が死のうとしているなら全力で止めるから。
でも彼女たちは僕たちとは背負ってるものが違う。
「帰るか?ウィリアム。事情を知ればソフィアだって諦めるかもしれないぜ?誰だって彼女を止めるのが無理だってわかるだろうよ」
「できるの?ソフィアは悲しむよ」
「だろうな。でも無理に止めても二人の間に溝はできるだろうよ。一緒に戦いたかったってアメリアちゃんは一生思うんだろうな。最悪知らないところで死なれるかもな……結局始まる前に詰んでるようなもんだ」
「……」
「ウィリアム、お前は帰れ」
「え!?」
オスカーの言葉に驚く。
確かに厳しい状況だけど僕だけ帰るなんてできない。帰るならみんな一緒にだ。
「どうしてさ、オスカー!?僕じゃ頼りないってこと?」
「違うよ。お前は頼りになる。この上なくな。俺一人じゃこんなに情報を集めることはできなかったさ。役員と話をするのだって、そもそも最初に情報を集めようとすら思わなかったかもな」
「ならどうして」
「お前には未来がある」
何を言ってるんだ。未来なんて誰にでもある。オスカーにもソフィアにも。むしろ彼らは全部終わらせて告白するんだから。
今よりもきっと楽しくなる。それに比べ僕には何もないんだから。未来どころか過去だって。
「そんなのみんな一緒だろ!オスカーにもソフィアにも」
「これは俺たちが言い出したことだ。ソフィアが言い出して俺が乗った。お前はそれについてきただけだ。今ならまだ引き返せる」
「そんなの関係ない、僕だってソフィアの頼みに乗ったんだから」
「俺がお前を殴ったからな。お前は頭がいいからこれからやるべきことをちゃんと考えられる。それは俺にもソフィアにもできない。だからお前は城に戻って、そこで国を変えるんだ」
「オスカーはどうするのさ」
「ここでもうちょっと頑張ってみるさ、でなきゃソフィアに顔向けできないからな」
「それは僕だって同じだよ」
「いいや、俺たち二人は軍を抜ける」
僕は固まった。
それはもう、2人には会えないということ。2人が軍を抜けたらきっと追われる立場になる。たとえ僕が残ってもそれは変えられない。
この国を変えるのはそれこそ数十年単位だ。一人で戦えというのか。
「僕に一人で戦えっていうの?一人じゃ何もできないよ……地位だってどんなに上がっても国の運営にかかわれる立場にはなれないよ」
「だとしてもだ。ここに二人いてもしょうがないじゃねぇか。だったら責を負うのは一人でいい」
結果が変わらないなら責任を取るのは俺だけでいいという男らしいオスカーを見て、一瞬迷ってしまった。僕だって本当なら追われるような立場にはなりたくない。悪いことはできない質だと自分でも理解している。
だけど二人に責任を押し付けて逃げるなんてこともしたくない。
「不純な動機だがな、俺がこの世界で生きてきたのはソフィアがいたからだ。彼女がいたから鍛錬も頑張ったし、必死に勉強もした。勉強はあまり身にならなかったがな」
苦笑しながらオスカーが自分が努力してきた理由を語る。ソフィアのためにずっと頑張ってきたらしい。一途なオスカーらしいとも思った。
そしてオスカーが引かない理由も僕だけ返そうとする理由も理解してしまった。
彼は不純な動機で僕を巻き込んで申し訳ないと思っているのだろう。だからソフィアのために引けないと、そして僕を逃がそうとしているのだろう。
僕はどうだろうか、何のために今まで鍛錬を必死に頑張ってきたのだろうか。
僕は騎士になりたかった。軍人の中でも優れた武勇を持つ人のこと。アティリオ先生が騎士とは何かを教えてくれたんだ。
曰く、騎士とは民を守るもの
曰く、騎士は人のために命を捧げるもの。
僕はそんな騎士にあこがれた。
アティリオ先生は大切な家族を守るために騎士になったのだという。先生は厳しいけども本気で鍛えてくれるのがわかるし、ここにだって手を尽くして送り出してくれた。
だから僕も、そんな騎士になりたいと思ったんだ。そんな僕を先生は民のためになると信じて、僕が下手を打てば先生にも責任が及ぶとわかってもなお、送り出してくれた。
それを思い出した今、オスカーの言う通りに帰るわけにはいかない。
「いやだね、オスカー。ソフィアのためだけじゃなく、僕は僕のために民に尽くす。だから逃げないよ。この町の人のために、僕は戦う」
「本気で行ってるのか?人を避難させるならともかく戦うとなれば話は違う!その場で殺されるぞ!」
「そんなの軍に入っている以上一緒さ。敵に打たれるか味方に殺されるかの違いじゃないか」
自分がなぜ鍛錬を必死にやったのか思い出したから、不思議と迷いも恐怖もなくなった。そうだ、今は生きてきた目的のために戦うのだから迷いなんてあるはずないのだ。
ふとこの町の人たちはこんな気持ちなのかと思う。必死に生きてきた理由を果たせるのだから、逃げないんだろう。
「本当にいいんだな?戦うとなれば軍にも戻れないし引き返せないぞ」
「それこそオスカーが拳と一緒に言ってきたじゃないか。極刑なんか知るかってさ」
思い出したのか、オスカーが困った顔をした。
それを見て僕が笑うとつられてオスカーも笑う。ひとしきり笑うと2人ともすっきりした顔で言う。
「じゃあ決まりだな」
「戦おうね。僕はこの国の人々のために」
「俺はソフィアのために」
やることも覚悟も決まった。明日からは戦の準備、初陣だ。気合い入れていこう!
次回、「準備」