エピローグ~死団~
師団結成から一年。
星暦950年、春。
ついに師団の全訓練課程は終わりを告げた。
いよいよ、俺の悲願だったグラノリュースを落とす。
この一年はとても濃いものだった。
各連隊は順調に訓練を重ね、各種族の特徴を活かし、垣根を超えた連携が取れるようになり、単一種族よりもはるかに優れた部隊へと進化した。
軍隊だけではなく、俺自身や独立部隊に関しても同様だ。
間違いなく、この師団は最強だ。
そして、この師団を最強足らしめるのは、兵士たちだけじゃない。
「飛行船は全部で十隻か」
進化した飛行船はさらに速度と頑丈性を向上させ、積載量も増加した。
飛行船の型式は大きく三つ。
「特攻艦、護衛艦、輸送艦。すべて抜かりないな?」
「はい。どの飛行船も完璧に整備を終えています。弾薬、食料、装備等抜かりなく」
「上出来だ」
新設された司令部で、幹部達から報告を受ける。
師団が結成された当初は、南部軍服が似合わない連中ばかりだったが、一年もたてば、全員が見事に着こなしている。
発足当初はどうなるか心配だったのに、変わるもんだな。
「あぁ……楽しみだ」
「ウィリアムさん?」
つい口から漏れた言葉をアグニが拾う。
彼女も、最初は少しばかり嫌だったが、今は参謀としてこれ以上ないほどに心強い。
なんでもない、と肩をすくめる。
「作戦の確認をする」
見渡すと、全員が鷹揚に頷いた。
仮面の下、自然と口角があがっていく。
部屋の中心にある大きな円卓に広げられている地図、そこに飛行船や部隊の模型を置き、一つずつ確認する。
アグニが模型を指示棒で差しながら、
「グラノリュースへ向かう際の陣形は鋒矢。先頭は旗艦、後列を特攻艦、護衛艦で組みます。そのさらに後ろを輸送艦が縦に列を組んで侵攻します」
「ほう! 突破力重視の陣形か! これは面白い!」
説明を受け、ジュウゾウが声を上げる。
筋骨隆々の体にぴったりと吸い付くように、軍服がかわいそうなことになっている。
彼の言う通り、取った陣形は突破力重視、矢印のような形をした鋒矢という名の陣形だ。
なぜこの陣形を取るか。
「第一段階は、まず国内に侵入することだ。そのために飛行船の速度は常に最高速、目的地にたどり着くまで一切緩めない」
「敵の防備を突破するためにこの陣形ということか。なるほど、わかりやすいね」
アイリスが腕を組み、頬杖を突くように顎に手を当て頷いた。
「輸送艦には長期間の遠征に必要な物資がごまんとある。一隻たりとも落ちるわけにはいかない」
「輸送艦に限らず、各艦には師団の一割以上の兵士が乗っている。彼らを失えば、今後の作戦に大きな支障が出る」
輜重兵連隊長のルシウスと工兵連隊長のヴァルドロが険しい顔で発言する。
そう、飛行中に一隻でも落ちれば、中にいる物資も人もすべて犠牲になってしまう。国に入る前にそんな被害は到底容認できるものではない。
ただでさえ、たったの一師団しかない。
その一割ともなれば、勝ったところで占領などは不可能だ。
「当然、飛行中、決して敵を飛行船に取りつかせる気はない。そのために、前方に戦闘艦を配置して、独立部隊を待機させる」
連隊長のほか、部屋にいる連中に視線をやる。
どれも随分と見慣れた顔。だけど、昔より体も顔つきも変わり、安心して任せることができる。
「旗艦には俺が乗る。特攻艦にはウィルベル、ヴェルナー。その後列の護衛艦にはライナー、シャルロッテ、カーティスだ。対空装備があるのは、たったこれだけだ。決して敵を後ろに通すな。通した瞬間に、数千の兵士が死ぬことを忘れるな」
『はっ!!』
打てば響くきりっとした声。
この声からも、彼らの士気の高さがありありとうかがえる。
これなら、心配はいらないな。
「お前ら、装備不良なんて起こすんじゃないぞ?」
「ハッ、たりめぇだ! ようやく始まんだ! そんなつまんねぇことするわけねぇ!」
「ここまで来てそんなことをする間抜けはいませんよ」
「すべて万端抜かりなく」
「フッ、無論だ」
錬金術師四人は、本当に強くなった。
彼らの顔には自信が満ち、笑みがこぼれている。そりゃそうだ。
あんだけ理不尽な目に遭って、そのたびに乗り越えてきたのだから。
「エスリリ、マリナ。二人は支援になる。旗艦ですぐに他の艦の応援に行けるように準備しておけ」
「はいっ」
「わん!」
返事と共にすっかり板についた敬礼が返る。
そしてもう一人、師団の虎の子を見やる。
「ベル、やつらが出てきたら好きに暴れろ」
「ふっふーん、任せなさい!」
ベルはこの一年で、体も実力も大きく成長した。彼女が勝てない相手がいたら、もう諦めるしかないと言えるほどに。
とかく、これで幹部全員の役割は周知した。もうやることは多くない。
「敵国に入る際、まず考えられるのは天上人の襲撃だ。なぜかはわからないが、連中は国内の状況を鮮明に把握している。前回の戦争でもそうだったように、奴らはやってくる。奴らの相手は独立部隊が相手をする。目的地に到着するまで、無理に攻めず、守ることだけを考えろ」
「承知しました。地上に降り、全兵員が迎撃できるようになるまで、ということですね」
シャルロッテの確認にその通りと相槌を討つ。
次にむっつりと、ヴァルドロが声を上げる。
「では、上中下とある層のうち、外縁にある下層に着陸するという認識でよろしいか」
「ああ、天上人に襲われた場合、一刻も早く着陸する必要がある。不利な空中戦は避けたいからな。だがもし、状況に余裕があり、下層から奥に進めるのであれば目標を変える」
「その場合はどこに?」
「ここだ」
アグニから指示棒を受け取り、飛行船の模型を一気に進める。
進めた先にあるのは、下層を抜けた先にある町。
グラノリュースのことをほとんど知らないアクセルベルクが作った、大胆なグラノリュースを中心とした地図のど真ん中。
――中層にある交易とハンターの町、マドリアド。
「ここはグラノリュースに反旗を翻したハンターたちによって興された町。今もまだ顕在かはわからないから、マドリアドから距離を開けた場所に基地を建設し、そこを拠点に制圧を始める」
「つまり、マドリアドの町に協力を求めるということですか?」
「そうだ。あくまで俺たちは一師団でしかない。俺たちが持ってる情報は古いし少ない。彼らがいればあの国の現状を知れる上に、人手も増える。戦闘に役立つとは思わないが、彼らの協力があれば、占領後の活動がやりやすくなる」
「それが第二段階ということですか」
ライナーは頷くが、どことなく不安げだ。
それもそうだろう。
ハンターなんてただの一介の狩人が一国に反旗を翻すなんて、アクセルベルクを始めとした国々ではあり得ない。
役に立つかが不安なんだろう。足手まといはたしかにごめんだ。
だが無視するには、この町の影響力は大きい。中層に入れるのであれば、最初に接触するのはこの町しかない。
俺の情報はすでに古い。もう三年前だ。新しい情報が欲しい。
……そうか、もう三年も経っているのか。
長かったような、短かったような。
彼らにグラノリュースについて話しているうちに、いろいろなことを思い出す。
あの国で、記憶を失い、言われるがまますべてを奪った連中のために戦っていたこと。
大切なソフィアを失ったこと。
家族を、友人を、人生を。
あの国に奪われたこと。
今でも許せない。必ず思い知らせる。
そのときは、もう目前だ。
体の底から、得も言われぬ熱を持った感情が湧き上がる。
体が震え、全身に鳥肌が立つ。
武者震いか、それとも別の何かか。
自然と口が歪んでいく。
「ウィリアムさん、そろそろお時間です」
「ああ、わかった。……さあ、行くぞ。真に天上に座すは誰か、奴らにとくと教えてやるぞ」
彼らを引き連れ、部屋を出る。
司令部を出て、飛行船が並び、師団員全員が集まる空港へと足を進める。
外に出た途端に目に飛び込んでくるのは、さらに発展した飛行船群を背に整列する兵士たち。
体格も身長も生まれも育ちもばらばらの師団。
だがその顔と一挙手一投足、視線はすべてそろい、壇上の上に姿を現した俺たちを射抜く。
長かった訓練期間は終わり、戦いが始まる。
――今日は、平和の終わりを宣言する日。
多くの人が集っていながら、一切のざわめきも聞こえない。
ただひたすらに、彼らは言葉を待っている。
ここにいる兵士たちのいったいどれだけが、再びこの地を踏めるだろうか。 再び家族に会えるだろうか。
――少なくとも、俺はもう踏む気も帰る気もない。
息を吸い、音を乗せて吐き出した。
「諸君、この一年を、よく耐え抜いた。理不尽にもてあそばれ、食事も睡眠もとれず、死が目前に迫る極限の日々。そのすべてを耐え抜いた諸君らは、間違いなく精鋭である」
心の底からそう思う。
「かつて奪われた尊厳を、友を、家族を、取り戻す時が来た。俺たちは今日、この日を以って、平和を得るために平和を捨て去り、死地に赴く。多くの技術を、時間を、命を捧げて死にに行く。……お前らにその覚悟はあるか?」
これまで何度も問いかけたこと。
今更、違えるものはいない。
「すべてを捧げた先にあるのは、この大陸の悲願。どの国も叶えられなかった、悪魔を排し、平和を手にする悲願への第一歩を、ほかでもない、俺たちが踏み出す」
言葉は徐々に熱を帯びていく。彼らの顔に決意が満ちていく。
「世界にあだなすあの国に、鉄槌を下すのは誰だ? 正義を教えるのは誰だ? 天から引きずり落とすのは誰だ?」
手を広げ、息を大きく吸い、
「俺たちだ!!!」
叫ぶ。
「この世界に平和をもたらすのは、ほかでもない! 俺たちだ!! 最強である我らが師団!! その実力を、あの国の連中に刃とともに刻み込んでやるのだ!!」
拳を突き上げる。
将兵全員がこぶしを突き上げ、地をどよもす大声が上がる。
全員が大地を踏みしめ、地鳴りが起こる。
万馬奔謄、竜驤麟振。
ここにいるのはひたすら最強の兵士たち。
彼らの命には、一価千金の価値がある。
その命を、俺のために使ってもらう。
「この師団にはすべてがある! 種族も諍いもすべてを超えた友がいる! 仲間がいる限り、俺たちの意思は決して消えない! 戦いは終わらない!!」
自分の胸に手を当てる。
そこにあるのは、特務隊の紋章。
俺たちを象徴する最強の証。
「俺たちが背負うのは、空を駆ける竜の紋! 天を彩る知恵の紋!! 天下を統べるは万夫不当の俺たちだ!!!」
歓声はやまない。地を震わせ続ける彼らの叫び。
種族間の諍いはもはやなく、ただ一つの目標に向かって突き進む最強の軍団があった。
この師団は何のために生まれたのか。
決まっている。
記憶を取り戻したあの日に、俺は誓った。
どれだけ時間がかかっても、何を犠牲にしたとしても。
俺は必ず、元の世界に帰ってやる。
彼らはすべて、俺のために生きてきたのだ。
だから、全員――
「さあ、天上で偉そうにふんぞり返る、くそったれのグラノリュースを! 地の底に叩き落としに行くぞ!!」
――俺のために、死んでくれ。
次回、「幕間10:みんなの顔」