第十七話 集結
『憎たらしく底意地の悪いウィルへ』
あなたは多少人間的な能力を身に着けたと思っているようですが、それは周囲の人たちができた人たちということで、あなたの器の大きさを示すものではありません。よしんばあなたの言う通りだったとしても、あたしの足元にも及びません。残念でした。
あとエスリリが腹を下したのをあたしのせいにしないでください。呪いますよ。
あとボッチじゃありません。あたしがいれば誰もが振り向き声をかけてくるので、ボッチなんてありえません。
『鏡を見たことのないかわいそうなベルへ』
エスリリはあなたが出した手紙のせいで腹を下したので、あなたのせいだと思います。
あとみんなが振り向き、声をかけてくるのは、お子様が町をフラフラしているのをみかねているからです。
それを自分に気があると勘違いする様に、私は涙が出るほど悲しく思います。
『オタンコナスのウィルへ』
残念でした。こう見えて何度も男性からデートのお誘いを受けたことがあります。うらやましいですか? うらやましいですよね。かわいそうなウィル。
それと鏡は毎日見てますし、そこに映っているのはとても愛らしくきれいな銀髪をした絶世の美女が映っています。あなたが毎日見ている鏡の向こうとは違うのです。
『アホンダラのベルへ』
そのお誘いは大抵、迷子の少女を騎士のもとへ案内するためのお誘いだと聞いております。
というかいい加減帰ってこい。直接話せや。
『器の小さなウィルへ』
女の子が多少待ち合わせに遅れても笑って受け入れてくれないとだめですよ。男の器が知れてしまいます。
いけない、女性と付き合ったことのないウィルにそのようなことを言うのは酷で――
「ゴラァ!」
「うわぁ! なになに、おばけ!? モンスター!? ぎゃぁ! 竜だァ!?」
手紙ばかりで帰ってくる気がないので、仕方なく迎えに行くことにした。
これでも一応女だから、すぐ近くに転移して見られたくないものを見るのは忍びないと気を使っていたがもういい。
催促する手紙を出したが相変わらず手紙で返事してきやがったので、ベルのすぐ近くに怒鳴り込むように転移した。
逃げようとするベルの首根っこを掴んで、そのまま転移門に放り投げる。
「やーー! 食べられる!」
馬鹿みたいな叫び声を上げながら、転移門の向こうに消えていったベルの後を追う。
ベルの荷物も一緒に放り込んだあと、俺も中に入って南部の自室へ転移する。
一瞬の浮遊感の後、数分ぶりに再び執務室に戻ってくる。
先に放り込まれたベルはうつ伏せで床に伸びていた。伏した小さな体を覆わんばかりに、上には彼女の大量の荷物。
「ふぎゅう……」
「いつまで伏してんだ。蹴り飛ばすぞ」
ベルは荷物の山からがばっと勢いよく顔だけ出した。
絵に描いたようなふくれっ面。
「ちょっと、久しぶりに会ったのにこの対応はあんまりじゃないかしら」
「久しぶりに会ったのにふざけてばかりだからこの対応だ」
顔だけ出した彼女に手を伸ばすと、荷物の隙間から小さな手が伸びてきた。手を握り強引に引っ張りだす。がらがらと荷物の山が崩れる。
彼女は膝を払い、仕切り直すように咳払いをする。
「こほん、とにかく……ただいま」
「ああ、お帰り」
向かい合うようにソファに座り、互いの詳細を報告する。
「あたしはひとまず優先的に読まなきゃいけない本は読んできたよ。さすがに全部読むことはできなかったけど、十分な成果はあったわ」
「その成果がこの鈴か?」
「そ。これがあればどんなに遠くにいても連絡がとれるの。あんたの転移と組み合わせればすぐに位置もわかるしね」
ベルが釣り鐘型の鈴、『親愛の鈴』を手に取り、わかりやすく音を鳴らす。
涼やかな音が部屋に響くと、輪唱するようにもう一つの鈴が鳴った。
「原理としては魔法の術式化ってやつを使ったの。要するに魔方陣ね」
「なるほど、新しい魔方陣を使って刻んだのか。こんな小さい鈴によく刻めたな」
鈴の内側には、わかりにくいが内側に複雑な魔法陣が彫られている。細かい陣であり、それを湾曲した難しい形状に彫っている。とても難しい細かい作業なのに、めんどくさがりなベルがよくやったものだ。
感心していると、ベルはあっけらかんと言った。
「エルフって凄いわよね。さすが文化に長けているだけあって彫刻もお手の物だったわ」
「なんだ、自分で作ったんじゃないのか」
「当たり前じゃない。設計はしたけど、製作は任せたわよ。だってめんどくさいし」
……ま、いいか。
彼女らしくて安心した。
この鈴、遠くのものに干渉できるということは、この技術をうまく使えば通信機とか、いろいろなことに流用できるかもしれない。
小さくシンプルだが、かなりすごい代物だ。
鈴片手にいろいろ考えていると、ベルは意外に上品な仕草で紅茶を一口含む。そして今度は自分の番とばかりに質問をした。
「それでこっちはどうなってんの? 忙しいって言っていたけど、どうなの?」
「ああ、ちょうど各国から六千の兵士が集まったところだ。仮の配属も完了して、これから本格的な練兵が始まる。当然ベル、お前もな」
「えぇ? あたし、銃もって突撃なんてしたくないんだけど……」
「誰もそんなこと期待してねぇよ。ベルに関してはほとんどいつも通りだよ」
ベルは数少ない魔法使いだ。そんな彼女を一律に扱うことはできないから問答無用で独立部隊だし、ほかの隊員は特務隊上がりがほとんど。変わることは特にない。
これからの訓練は対天上人を想定した訓練をひたすら行う、と説明を終えると、ベルは自慢げに薄い胸を張りながら言った。
「ならあたしはやることないわね。現時点で最強なんだし!」
なんかカチンときた。
「何言ってんだ。どう考えても俺だろうよ」
「何言ってんのよ。あんたに魔法を教えてるのはあたしなんだから、あたしの方が強いに決まってるじゃない」
「ああ?」
「ええ?」
顔を近づけ、至近距離で睨みあう。
流せばいいとわかっているのに、なんか腹立つ。
しばらくメンチ切り合っていると、扉からコンコンとノックの音が響く。
扉が開き、入ってきたのはマリナだった。
マリナの姿を確認すると、ベルは先ほどのにらみ合いが嘘のように顔を綻ばせ、駆け寄った。
「マリナ! 久しぶりね、ただいま」
「おかえりなさい、ベル。……エルフの人たちに迷惑かけなかった?」
マリナもとても嬉しそうだ。二人とも仲の良いこって。
邪魔をするのも悪いし、自分の部屋だけどちょっと席を――
「大丈夫よ。ちゃんと謝ったから」
「……え?」
外そうとして固まった。
何気ない雑談のつもりだったのに、予想外の返答にマリナも眠たげだった目をわずかに大きくして固まっている。
「えへっ」
ベルはウィンクして、帽子から一枚の紙を取り出して渡してきた。
近くに寄ってきたマリナと一緒に内容を見る。
『ウィルベル・ウルズ・ファグラヴェール
器物破損、詐欺行為の賠償、および未払いの食費の支払いをここに請求する。
請求額 金貨百枚と銀貨二十四枚』
「……は?」
それは賠償請求書。
驚き口をあんぐり開ける。
「……っ……」
マリナですら絶句した。
直後、怒りで思わず紙をくしゃりと握りしめる。
「なぁ? これは一体どういうことだ?」
「ウィ、ウィル? 話せばわかるわ、だから落ち着きましょ? これは必要経費だったのよ」
「じゃあ、ゆっくり聞かせてもらわないと……私がすぐ横で聞いてあげる」
「マリナ、いつもみたいにウィルの隣でいいんじゃないかしら。あたしのそばにいなくてもいいわよ?」
ゆっくりと逃げる準備を始めたウィルベルを逃がさないように、マリナがすぐに彼女の横に移動し、手を掴んで動きを封じる。
逃げ道を塞がれたことで、ベルは冷や汗を垂らす。
横に座ったマリナがベルの耳に口を近づけ、
「大丈夫……何かあっても治してあげるから」
つぶやいた。
「うわーん、ごめんなさーい!」
日も沈んだ時間、師団長の部屋から少女の悲鳴が司令部中に響き渡った。
*
「相変わらず、ウィルベルは馬鹿なことやってんだなぁ」
「まったくだ。ルチナベルタ家からもらった予算を、こんなアホなことに使うとは思わなかった」
「うぅ、だって学んだら使いたくなるのは仕方ないじゃない。ちゃんと許可は事前にもらってたのに」
昨晩、ベルが帰還したことを部隊に伝えた。
当然、彼女が起こした問題も一緒にだ。
なんでも本から学んだ攻撃魔法を試したかったとのこと。一応エルフにも許可をもらって、比較的開けた場所で使ったらしいが、エルフが予想した以上の魔法に辺りは大きな損害を受けたらしい。
損害賠償を請求されて、彼女自身の少ないポケットマネーから出そうとしたが当然足りなかった。どうしようかと思ったところ、占い師の物まねをして金を稼ごうとした。
その真似事がほとんど詐欺行為だったのだ。
具体的には誰にでも当てはまりそうなことを言って法外な料金を吹っ掛けたり、その辺で売っている安物をラッキーアイテムだといって押し付けたり。エルフではできないような、たいしたことはないけど不思議な現象を起こして信じ込ませたりだ。
結局バレて全額没収され、かつ慰謝料も請求された。
結果、彼女では払えないので、請求書が俺のところに回ってきたということだ。ちなみに食費は単に高級な物ばかり大量に食ったから。
「お前は金を溶かす天才だな」
「うぅ、反省してるから勘弁してください…」
「まあできたモン試し打ちしたくなる気持ちはわかるけどよぉ。場所は考えなきゃダメだろ」
爆発仲間のヴェルナーがベルを笑う。
こいつもしょっちゅう自分の成果物を使って爆発やら損壊を起こしているから、気持ちはわかるらしい。
そんな共感いらねぇよ。
それに場所を考えろといっているが、どこでも爆発なんてされたらたまったものじゃないんだが。
「始末書としばらくの給料から天引きさせてもらうことで話はついた」
「妥当だな」
「え、待って。始末書は聞いてたけど給料から引かれるなんて聞いてないんだけど」
「何言ってんだ。当たり前だろ」
ベルが絶望したような顔をしているが、軍の予算を個人の賠償になんて使えるわけない。まあ、器物損壊と食事に関しては多少融通できないこともないが、詐欺行為に関しては完全にアウトだ。
今は全額、俺が立て替えて払っている。
昨日、すぐに転移でユベールの王城に行って一括で支払ってきた。
久しぶりに会ったレゴラウスのあの生暖かい目は忘れられそうにない。
あんな恥ずかしい再会はこれから先もないと断言できる。
「そんで、団長はこんなところに何しに来たんだよ。オレたちゃ武器の作成で忙しんだ。馬鹿みてぇな要求してくる上司に応えるためにな」
今はヴェルナーたち錬金術師がいる研究所。もちろん遊びに来たわけじゃない。
「そうか、新しい技術を提供してやろうと思ったけど忙しいならやめとくか」
「あぁ? 待てコラ、新しい技術があるなら話は別だ。とっとと見せろや」
およそ上官に対する態度ではないが、公的な場ではちゃんとしてくれるので特に咎めることはしない。俺自身歳の近い彼に偉そうに接する気もない。もちろんへりくだる気もないが。
興味津々なヴェルナーに見せるのは、ベルの作ったファミリアコールという鈴だ。
「んだァ、これ」
「ベルだよ」
「あに?」
「いやお前じゃねぇ」
紛らわしいわね、というウィルベルは置いておいて、『親愛の鈴』について説明する。どんなに遠くでも対となるベルもとい鈴が鳴ればもう一方も鳴るというもの。
ベルが即興で作ったにしてはとてもいいものだ。改良すれば通信機もできるかもしれない。何より大事なのはこれを作る際に使われた技術だ。
それは魔法を魔方陣化するというもの。これにより俺たちが使える魔法を誰でも使えるようにすることができる。
もちろん何でもかんでもというわけではないが、これだけでも新たに強力な武器や設備を作ることができるかもしれない。
「へぇ、そいつぁ面白そうだな。団長やウィルベルが使うものを俺たちも使えるようになるってことか! ハッハー! いいぜ、夢が広がるなぁ!」
「そんなわけで、これからこの研究施設はベルも利用する。互いに協力してくれ」
「ウィルはどうするの?」
「俺? 団長としての仕事があるからな。時間があればもちろん俺もここに顔を出すけど」
師団長として各連隊の様子を見たり、指揮官としての勉強もしなければならない。訓練内容等は事前に計画を立てているから、連隊長から連絡がなければいじることもない。
どれくらい時間を作れるかはわからないが、俺も自分の武器や研究を行うつもりだ。
魔法技術と錬金術が組み合わされば、もっと優れたものが作れるに違いない。
もしかしたら神器級だって作れるかもしれない。
「神器級の物が作れることを期待してるぜ」
「おう、楽しみにしてろよ」
そういって二人と別れる。
部屋から出て廊下を歩くと、向かいから一人の初老の渋い男が歩いてきた。
カーティスだ。
「よう、カーティス。順調か?」
「無論だ。予算が潤沢にあるのでな。久しぶりに充実した時間が過ごせている」
「それは何よりだ。ウィルベルが来てまた新しい技術が入るからよろしくな」
「ほう、それは楽しみだ。早速向かわせてもらおう」
カーティスが足早にヴェルナーとベルがいる部屋に向かおうとする。
ふと、別れ際に彼にも一言、励ましのつもりで先ほどと同じ言葉を言った。
「神器級のものができることを期待してるぜ」
途端に、カーティスは足を止め、顔を険しくした。
「……神器、だと? そんなものを作りたいのか?」
発した声には、怒りすら滲ませていた。
理解できず、怪訝な顔をしながら確認する。
「なんだよ。知らないのか。最高の武器の代表格といえば神器だろう」
「最高の武器だと? フン、あんなものが最高の武器など笑わせる。神器は錬金術において禁忌ともいえるものだ。そんなものを作りたいのであれば俺は今すぐにでも軍を抜けさせてもらう」
「……どういうことだ?」
神器に対するカーティスの考えは、今まで会ってきた人の中で極めて異質だった。
神器に対しては誰もが畏敬の念を持っていた。
古代の英雄たちが作りし、伝説の武器。現代では再現不可能の高度な力を秘めた宝具。
だがカーティスは忌々しそうだった。
「わからんのか。そもそも千年近く前の武器がいまだに再現できていない。こんなことがありうると思うのか」
「そりゃ今は失われた製法があるとかじゃないのか」
「たとえそんなものがあったとしても、今はかつてなかった錬金術が発展している。にもかかわらず古代の武器がいまだに頂点に君臨しているのだ。何よりあの神器ができたのは物語に語られる戦が起きたとき、その終戦間際か以降のことだ」
「つまり神器の製法が失われる理由はないと?」
そうだ、とカーティスは終始不機嫌そうに語る。
あの神器ができたのは物語に出てくる悪しきものどもとの戦いだ。多くの神器はその戦いの終盤に登場する。中には戦いが終わった後に出てくるものもある。
俺が悩んでいると、こんなこともわからないのかと、カーティスはあざけるように鼻を鳴らし、去っていった。
俺は廊下に立ち尽くした。
彼の言葉がぐるぐると、頭の中で駆け巡っていた。
*
「神器、錬金術……禁忌」
夜、仕事を終えて執務室に戻ってもカーティスに言われたことがずっと気になっていた。
「どうしたのウィル……悩み事?」
なぜか部屋にいたマリナが声をかけてくる。
「神器についてだ。カーティスは神器が錬金術によってつくられたといった。そしてそれは禁忌に触れるものだと。だから製法は失われた。単純な技術力で進歩している現代でも再現できないのはそのせいだとな」
「禁忌? ……禁忌ってなに?」
「さぁな。禁忌といってもいろいろだ。文化風習倫理。本当にいろいろだ」
この世界で禁忌とはなんだろうか。
この世界では人の命は軽い。地方によっては人間の命より家畜の命の方が高いくらいだ。
単純に考えれば生命を弄んだりすることだ。だがもとより人の命を奪うのが武器だ。命に関する禁忌だとは思えない。
前の世界でも大勢の命を奪い、血を吸った武器は切れ味が鋭くなるなんて考えがかつてあったくらいだ。となればやはり他の禁忌だろうか。
「文化とか風習じゃないと思う……竜人もエルフも持っているくらいだから」
「そうだな。何もかも違うあの二種族が持っているなら文化や風習の面で禁忌ってことはないか」
平和主義と実力主義。エルフと竜人じゃ物や文化、人生に関する価値観が違う。
レオエイダンにも神器があると聞いた。見たことはないがアグニが言っていた。彼女の使う武器は自国の神器を模したものだと。といっても彼女は見たこともないらしい。ただこういったものがあるというのを聞いただけだと。
他にも見たことも聞いたこともないが、恐らくアクセルベルクにも神器があるのだろう。
ということは世界共通の禁忌というわけだ。
「考えても仕方ないか。どのみち作れないなら意味がない」
「……」
俺は頭を切り替えて、夕食を取ろうと席を立つ。
だがマリナは黙ったまま、動こうとしなかった。
「マリナ? 飯行くがどうする」
「あっ……行く」
声をかけてやっとマリナは俺が立っていることに気づいた。
俺はとくに気にすることなく、部屋を出て二人で食堂に向かった。
次回、「エピローグ~死団~」