第十五話 消えない軌跡
幹部たちの現状の実力を把握するために仕合った日の夕方。
錬金術師三人の実力はもちろん、エスリリとアグニの実力も知れたのはいいことだ。
いいことだけれども。
アグニの持つ剣。
アレには本当に驚かされた。
剣が銃に代わり、発砲されたときは死ぬか思って、冷や汗が止まらなかった。どうにか平然を装ったが、バレていなかっただろうか。
自室のイスに深く腰掛け、もたれる。天井を見上げ、深く深く息を吐く。
「レオエイダン怖すぎるだろ。あれ当たったら死んでたぞ」
昼間感じた不安を吐き出すようにつぶやいた。
状況に応じて変化させることができる武器。
あの後も戦ったが、盾や銃以外にも、槍や槌に変化した。
どうやら一つの剣につき、三形態持っているようだった。
それぞれ決まった形にしか変化できないが、遠近攻防ともに最高水準。何よりそれを使いこなすアグニの腕がすさまじかった。
銃に変化させてすぐに発射、それを顔すれすれを射抜けるほどの腕前だ。
剣状態の二刀流は形状も重さも異なる両手の剣を巧みに操っていた。俺の戦い方とは相性が悪かっただけで、対悪魔となれば、あの戦闘スタイルは有効だろう。
何より驚いたのが、あの武器は砕けたとしても破片を集めれば即座に再生可能という異次元みたいな力があったことだ。
聞けば、神器も似たようなものらしい。いや、神器の方が上らしい。
神器はそもそも刃こぼれしない。欠けたとしても徐々に再生するらしい。
だが神器の一番の脅威は、他にはない特殊な力を秘めていることだ。
ユベールの精霊の祭壇にあった神器《精霊賛歌》は武器ではないから再生するかは確かめられないが、あの宝玉には精霊を司るというとんでもない力を秘めていた。
あれに似た力が武具にも宿っているということだろう。
まったくもって、神器は他の武具とは一線を画す最上位の代物で脅威の一言だ。
その神器の力の一端を錬金術で再現してしまうとは、さすが戦士ドワーフの王女。
錬金術の腕もそうだし、剣の腕前だったら俺よりも上かもしれない。魔法を使えば話は別だが、それでも簡単には勝たせてくれなさそうだ。
「予想以上なのは嬉しいな。できれば彼女は引き抜きたいが、そうすると参謀がいなくなる。兵站、人事、情報統制をする人間がいないと困る」
自室で思考の海に深く沈み、気づけばひとりでに口が動いていた。
だから、仕方ないのかもしれない。
「独り言か? 寂しくなったものだな!」
部屋に入ってきた人物に気が付かなかったのは。
「っ! ……あぁ、なんだディアークか。ノックくらいしろよ」
声のしたほうを見ると南部司令官のディアーク中将がいた。
彼は驚いた俺を見て、珍しいものを見たと言葉以上に雄弁に肩をすくめる仕草をする。
「したとも。だが返事がなかったのでな。鍵も開いていたから入ってみたらぼそぼそとしゃべっているではないか。もしやウィリアムは俺には見えないものが見えるのか?」
「うるせぇ、独り言くらい言うだろ。それで何の用だよ」
「ああ、残りの団員について合流の見込みが付いたのでな。知らせに来た」
ディアークに椅子に座るように促し、俺は立ち上がり、紅茶を淹れる。
彼と向かい合うように座って続きを聞く。
「残りは直に到着する。一か月以内に着くだろう。内訳はエルフの兵が千五百、竜人と獣人の混成が千だ。これで合計が六千の大師団になるわけだ」
「多いな。最初は五千って聞いていたのに」
「竜人たちから協力を得られるとは思っていなかったのでな。正直エルフたちも怪しかったのだが、貴殿らが彼らに恩を売ってくれたおかげで、こうして無事に協力してくれた。礼を言おう」
「礼ならエルフに言え。俺たちはたいしたことしてない。誇り高いエルフの恩情に感謝しないといけない」
「ちがいない!」
ディアークが手を叩き、大口開けて笑う。釣られるように俺も目を細める。
ようやくだ。
これでようやく全員が揃い、大陸初となる全種族が集結する師団になるわけだ。
凄いことではある。
が、いいことばかりではない。
前例がないということは、最適な編成を自分たちで一から考えなければならないというわけだ。
正直、めんどくさい。
まあ、数は少ないが竜人と獣人なんて強力な種族が協力してくれるのだ。
エルフの精霊魔法もドワーフの錬金術も非常に役に立つ。うまく使えば、数は少なくとも軍団に匹敵する強力な師団になりうる。
「師団全部が揃えば、訓練も本格的に始められるな。今の仮配属もちゃんと編成しなおさないといけない。はぁ、めんどくさい」
「そういうな。師団の編成は面白いぞ? どうすればより強い軍団になるか腕の見せ所だからな! 何より貴殿の師団は全種族が揃う極めて異例の師団だからな。各種族を活用するなんてとても面白そうだ。できれば俺がやりたいくらいだ」
お、チャンスだ。
「じゃあ、よろしく頼む」
「ひじょ~に残念だがそれはできないな。こういうのはちゃんと師団長が編成するべきだ。レオエイダンもユベールも竜人、獣人も貴殿だからこそ派兵を決意したのだからな」
俺よりかは経験豊富な彼に任せたかったが、さすがに無理か。
「期待が重いね。よく任せようなんて思ったもんだ」
各国もよく顔も見せない男に、自国の大事な兵を預けようと思ったものだ。
気が知れないな。
派遣されてきた兵たちも不本意な奴はいるんじゃないだろうか。
だが俺の疑問に、ディアークはフッ、と笑う。
「各国ともに貴殿には恩があるのだ。そうおかしな話ではない。それと東部のルチナベルタ家が軍に多大な出資をしてくれたぞ。おかげで特務師団には宰相とルチナベルタ家からの予算が潤沢にある」
「人の次は金か。使い切れないくらいあるんだけどな。グラノリュース攻略のためとはいえ、過剰じゃないか?」
「その先も見越しているんだよ。国は特務師団が結果を出せば、この先も重用するぞというな。ルチナベルタはただの恩返しのつもりだろうが」
「ハッ、どうせこの戦いが終われば、俺が軍にいる理由はなくなるんだ。いくら金を積まれたっておさらばするさ」
グラノリュースを落として、俺が元の世界に帰る方法がわかれば、当然俺は軍を抜けて帰る。
その後にアクセルベルクが特務師団を重用したいのならば、勝手にすればいい。今更金を積まれたところで何も変わらない。
まあ、俺以外の特務隊の連中がどうするかはわからない。喜ぶかもしれないし、知ったことかと思うかもしれない。
俺がいなくなった後、この世界はどうなるのかな。
正直、各国の兵士が集まりすぎて、大陸全土が変化し続けているから、今後どうなっていくか想像ができない。
まあ、いろいろ引っ掻き回したことは認めるが、俺が居なくなったところで、なるようにしかならない。
生きるだけなら、どうとでもなるだろう。
適当に、無責任にこの世界の今後を思案していると、ディアークが妙に新妙な顔をしていた。
いつも陽気な彼に似合わない、
「貴殿と過ごす時間が、残り少ないと考えると残念だ。作戦後も、この世界のためにいて欲しいと思う」
目を伏せ、どこか悲しい声音。
「あいにくと俺はこの世界が嫌いなんだ。長居なんてしたくない。それに俺以外にも優秀な奴がたくさんいる。南部はこれから大きく変わる。それで我慢しろよ」
ディアークが俺をこの世界に引き留めようとしてくるが、はっきりと断る。
俺がこの世界でここまでしたのは、何度も言っているが元の世界に帰るためだ。たとえ元の世界で俺は死んでいても、それでも一言だけでもいい。家族に会って謝りたい。
そのためにここまでしたのに帰りませんじゃ、今まで何のために頑張ってきたのかわからない。
多少仲良くなった程度で引き留められるほど、俺の決意は安くない。
それにアクセルベルクにとって大事なのは俺ではなく、特務隊の連中だ。
この世界にちゃんと合った技術も知識も持っている。ベルやマリナを始め、ヴェルナーやライナー、シャルロッテにカーティス、アイリスもいる。
彼らがいれば、俺が居なくても問題ない。
……それなのに、目の前のディアークはうつむいたままだった。
「確かに貴殿の部下は優秀な者達ばかりだ。南部のために戦ってくれること、とても誇りに思う。俺の下にいるのが不思議なくらいだ」
「よかったじゃないか。南部の未来は明るいぞ」
「そうとも言い切れないだろう」
ディアークがカップを机に置く。
先ほどまで湯気が立ち、半分ほどまで入っていた紅茶が見事に無くなっている。
「特務隊を始めとした特務師団。ここまで大きくなったのはなぜだと思う?」
「そりゃ各国の支援があったからだろう。何よりディアーク、お前が俺を迎え入れ、道を示し、手を尽くしたからだ。改めて礼を言うよ」
「俺は本国と他の国々に手紙を出しただけだとも。それだけならばここまで大きな部隊にできなかった。南部では人も資金も足りず、各領も余裕はない。レオエイダンならいざ知らず、ユベールや竜人たちが手を貸すことなんてありえなかった」
しみじみと、ディアークが呟く。
独白にも似た彼の言葉に、口をはさむことはできなかった。
彼は俺の目をまっすぐに見る。
「ここまで大きな師団にすることができたのは偏に貴殿のおかげだ。ウィリアム・アーサー殿。特務師団のほとんどは貴殿に焦がれ、やってきたのだ。特務隊の面々は特に顕著だろう。貴殿が連れてきたあの二人の少女は、とても優秀だ。そしてウィリアム殿、あなたに惹かれている」
まっすぐな視線が心地悪くて、目を逸らす。
「大げさだ。多くの兵士はただ命令されたから来ただけだろうに。……あの二人は、まだ幼いから仕方ない」
「幼くとも彼女たちの意志は確かにある。貴殿がいなければ、あの二人がこうして軍にいることなどなかった。各国の兵士たちが英雄である貴殿と共に戦いたいと、南部に集うこともなかった」
「……口では何とでもいえる」
「彼らは行動で示してくれている。こうして俺たちに協力してくれているのだ。そこに嘘偽りが入っていたとしてもな」
返事をするのも億劫で、適当に鼻を鳴らす。
ディアークはかまうことなく続ける。
「この師団は、いや南部は、今までにないほどに盛り上がっている。多くの国々から人が集まり、技術が集まり、関心が集まっている。そしてそれを一手に引き受けているのは俺ではなく、貴殿だ」
俯いて、ため息を吐く。
「何が言いたい」
「もし貴殿がいなくなれば、南部はいずれ瓦解する。師団の中心人物たちは軍を抜け、各国も引き上げる」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろ」
ディアークは自嘲気味に、そうだな、と力なく笑った。
だが次の瞬間に、その表情は真剣そのものに鋭くなる。
――そして、ゆっくりと頭を垂れた。
「だが伏して頼む。俺では南部の将軍にふさわしくない。人を導く器にない。どうか、この世界に残り、南部を、ひいてはこの大陸をまとめてはくれないか」
いつもの陽気さが影を潜め、ひどく本気で頼み込んでいた。
「貴殿はこの大陸をまとめられる。多くの人々を護り、導くことができる。その力で数多くの苦難を乗り越え、その知恵で数多くの偉業を成した貴殿になら」
俺は顔を上げ、頭を下げる彼を見る
「悪いが断る。買いかぶりすぎだ。俺に、人の上に立つ資格なんかない。自分の目的が済めば、あとのことなんてどうでもいいとばかりにとんずらしようとしてるんだぞ」
「わかっているとも。仮面をつけて自分を偽らなければ、この世界の人たちと別れることもできないほどに情が深いこともな」
「何言ってんだ?」
真剣に言ったつもりだったのに、突拍子もないことを言いだした。
阿呆らしくなり、もういいと、席を立つ。
「もう話は済んだろ。人員については把握した」
「……そうだな。ではこれにて失礼するよ」
ディアークも席を立ち、扉に手をかける。
扉を開けたところで、立ち止まる。
「先ほどの話は俺の本意だ。貴殿には本当にこの世界にいて欲しいと願っているよ。南部のためだけでなく、貴殿の部下たちのためにも」
「あいつらは俺がいなくてもどうとでもするだろうよ」
「……フッ」
彼は部屋を出た。
あとには、空っぽのカップが二つあるだけだった。
次回、「師団結成」