第十三話 独立部隊の日常
「ほらほらぁ! そんなんじゃ生き残れねぇぞ!」
特務師団基地に新設された訓練場の一つ。その上空からいくつもの隕石が地に降り注ぐ。
轟々と燃え盛り、空気が弾ける音を纏いながら、真っ黒な岩石は地面に落下していく。
隕石が地面に触れた途端、地面は震え、一抱えもある破片が飛び散った。
「殺す気かよクソが!! ふっざけんじゃねぇぞ!」
爆炎と轟音に染まる空間の中、隕石の合間を縫って叫ぶのはヴェルナーだ。
ヴェルナーは隕石を落とす原因へ、両手に持ったライフル銃を向け、
「食らいやがれ!!」
ぶっ放す。
周囲に満ちる轟音をも振り払うほどの鋭い発砲音が響き、真っ赤に赤熱した弾丸が小さな銃口からいくつも飛び出した。
地上から上がる小さな火の流星は、落ちてくる隕石にぶつかり、内部に入り込む。
一秒にも満たない時間ののちに、
「爆ぜろ!!」
隕石が内部から砕け散る。
細かくなった隕石はもはや脅威にならず、先ほどとは打って変わって軽いパラパラとした音だけが空から落ちる。
「今です!」
「畳みかける!」
ヴェルナーに続くのは、ライナーにシャルロッテ。
ライナーは両手で持った大型のライフル銃を発砲する。放たれた弾丸は、目にもとまらぬ速度で駆け抜け、空中でひとりでに弾ける。小さくなった弾丸は、さらにその速度を増し、空白の存在を許さんがごとく空を埋め尽くす。
さらにシャルロッテは、手に持つ剣に光を纏わせ、人の身を優に超える刃を作り、振り下ろす。刃はしなり、辺りに散る爆炎を巻き込まれながらある一点に向かっていく。
三人の攻撃が組み合わさり、耳をつんざく轟音が上空で爆発した。
灰色の雲が出来上がり、地上に降り注ぐ陽の光は遮られ、辺り一面は薄暗い。
ヴェルナー、ライナー、シャルロッテは額から顎にかけて汗を伝わせながら、息をするのも忘れて、上空を睨み続ける。
やがて、
「悪くない。三人とも腕を上げたな」
一気に雲は払われる。
声の主の邪魔をすることは許されないかのように、瞬く間に散っていく。
現れたのは、陽の光を背に悠然とたたずむウィリアム。
周囲には、三つの光り輝く盾があった。
視界が晴れたことで、盾は光を失っていく。見えるようになった盾の表面には傷跡一つ残っていなかった。
当然、ウィリアム自身にも。
三人は健在な自身の団長を見て、苦虫を噛み潰したように深く顔にしわを刻む。
「自分で作っておいてなんですが、あの盾は本当に邪魔ですね」
「まったくだ。作る時に細工でもしてくれればよかったのにな」
「関係ねぇ!! てめえが作った盾ごと全部ぶっ壊す!!」
ヴェルナーは気炎を吐き、背中に背負ったコンテナのようなバックパックから新たな銃を取り出した。
他二人も武器を取り換え、構える。
ウィリアムは武器は持たずに悠然と、
「攻撃はいい感じに狙えているな。速度が遅い攻撃の次はこれだ」
まるで遊ぶかのように、腕を上げ指を鳴らす。
瞬間に、周囲に鋭い氷の槍が出来上がる。
陽の光を浴びてキラキラと輝く氷の槍を見上げ、シャルロッテは目を見開いた。
「ちょっと、団長! 死んじゃいますって!」
「マリナがいるから平気だろ。ほら!」
抗議の声もなんのその、ウィリアムが手を振り下ろす。
氷槍すべてが正確に、地上にいる三人に降り注ぐ。
「クソが! 吹っ飛べ!」
「ふっ!」
「守れ!」
ヴェルナーは速射に優れる銃を乱射し、氷槍を次々と撃ち落とす。
ライナーは手のひらサイズの球状の道具を放り投げ打ち抜く。撃ち抜かれた道具から周囲に光の粒子が飛び散り、迫る氷槍をまるで見えない壁でもあるかのように防ぎきる。
シャルロッテは手に持っていた身の丈を超える盾を勢いよく地面に打ちつける。それだけで盾から淡い光が放たれ、彼女の周囲一面を覆うように光の壁が出来上がる。
各々の方法で迫りくる魔法の雨から身を護る。
しかし、
「上ばかり気にして、足元が留守になってるぞ」
異変は下からもやってきた。
「アァ? って、んだこりゃ!」
「沼!?」
「くっ」
攻撃を防いだ三人の足元には、大量の泥水が発生し、ずぶずぶとその足をからめとる。
自身の足に発砲するわけにもいかず、自力で這い出そうとあがきだす。
その瞬間をウィリアムは見逃さなかった。
注意がそれた三人に向けて、純粋な魔法ではなく、浮かしていた盾をすべて突撃させる。
頑丈かつ直接操られる盾。
ヴェルナーとライナーは先ほど同様に、撃ち落とそうとするも、頑丈な盾は意にも介さず、弾丸は弾き、バリアを破る。
「ンガッ!」
「ぐっ!」
盾はそのまま二人に飛び込み、その体をくの字に曲げ、泥に沈めた。
「ライナー、ヴェルナー!」
倒れた二人の名を呼ぶシャルロッテ。しかし彼女にも盾が襲い掛かる。
身の丈を超える盾を使った防御により、彼女だけは膝をつくことをこらえるものの、完全に防ぎきることができず、勢いに押されて態勢を崩す。
態勢を崩したシャルロッテは立て直そうとするが、沼に足を取られて踏ん張り切れず、一拍の隙が生まれる。
その隙を間髪入れずに再び盾が襲う。
今度こそシャルロッテは防ぐことができず、
「ぐはっ!」
背後から迫った盾に背中を強く打たれ、前のめりに地に伏した。
絶え間ない爆発音が轟いていた訓練場が途端に静寂に包まれる。
倒れ、泥にまみれた錬金術師三人のもとに、ウィリアムが降りる。
「まあ、こんなもんか。最初にしては上出来だ。自分たちの課題はわかったか?」
靴に泥がつかないように、わずかに体を浮かしながらウィリアムは上機嫌に声をかけた。
ようやく復帰した三人は、泥まみれの顔をゆがめ、にらみつける。
「うえっぺっ……。わかったのは団長がでたらめってことだけだ。容赦なさすぎるだろうが」
「天上人ってのはこんなものだ。これでも手加減してるんだ。これくらいは余裕で耐えられるようになってもらわないと困る」
「これくらいって……。大砲とか騎兵を一度に相手にするようなものじゃないですか」
頭の上から茶色く粘土質な泥の塊を落としながら悪態をつく三人に、ウィリアムは肩をすくめる。
「実際そんなものなんだよ。だから一般兵じゃ太刀打ちできない。お前たちが必要な理由はわかったろ?」
「私たちでも厳しい気がしますが」
弱気になるシャルロッテ。
「そう落ち込むな。あと一年もある。お前たちは錬金術師だ。道具次第でいくらでも戦術は広がる」
「そうはいいますが、今使った装備もかなりの自信作だったんですよ? それを使って駄目なら厳しいと思いますが」
「一朝一夕でできるなんて思ってないさ。それに実際に戦ってみないとわからないだろう。道具の作成には俺も手を貸す。ちょうど試したいこともあるしな」
「へぇ! そいつぁいいことを聞いたな! 団長がすることなら面白いんだろうな!」
泥を飛ばしながらヴェルナーがウィリアムに歩きよる。
彼の顔には、ぶたれた後にもかかわらず、悔しさを感じさせない笑みが浮かんでいた。
泥をまき散らしながら詰め寄ってくるヴェルナーに、ウィリアムは目をしかめ、周囲に三つ水球を浮かべ、
「うまくいかないかもしれないから、あまり期待はするなよ。ちゃんと自分なりに考えろ。それにお前たちは三人いるんだ。協力して戦ってもいい」
三人に頭からぶつける。
「へぶっ」
「あべっ」
「きゃっ」
水球によって、かぶっていた泥が落ちた三人は頭を振って水を振り払う。
髪をかき上げながら、ライナーが問う。
「もう少し優しくしてほしいものですね。……三人で協力といいますが、サシでないといけないのでは?」
「まだその段階じゃないからな。まずは三人でしのいで見せろ」
「……まあ、それならなんとかなりそうですかね」
共に戦い、全力を尽くしたことで、全員の戦い方を把握したライナーは、早速あごに手を当て、考え始める。
思考に没頭しだしたライナーを見て、ウィリアムはあきれたようにも感心したようにも聞こえる息を漏らし、拍手を一つ打つ。
「さあ、とっとと立て。次のやつが待ってんだ。ケガしたならマリナんとこ行って見てもらえ。平気なら端に座って黙ってみてろ」
「へいへ~い」
ヴェルナーが気のない返事をしながら、他二人と一緒に訓練場の隅へと下がる。
三人の足取りはしっかりとしたもので、各々打たれた部分をさすってはいるものの、大した怪我は負った様子はない。
ウィリアムは、三人から目を切り、次の相手を迎え撃つ。
次回、「腕試し」