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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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第十一話 幸せな時間



 マリナの放った火事を鎮火するために、必死に弁明する。


「誤解だよ! 添い寝しただけだ! そのときはまだマリナは貧弱だったから仕方なくだ!」


 もうずっと前だ。

 この国に来たばかりのころに彼女が俺の部屋で寝てしまったから仕方なくだ。

 だがそうは思わなかった口の悪い金髪野郎がひとつ。


「つまり団長は貧弱な少女をかどわかして寝室に連れ込んだということですね。ああ、あれほど尊敬されていた団長が小児性愛者だったなんて、恥ずかしくてやめたくなりますよ」

「ライナー、誰が小児性愛者だ。ぶっ殺すぞ」

「犯罪です! 団長、おとなしく捕まってください!」

「ふざけんじゃねぇ、お前を縛って捨ててやるぞこら」


 シャルロッテまで誤解して指を差して糾弾してくる。

 こいつらに団長に対する敬意はないのか。


 ヴェルナーを見ろヴェルナーを。我関せずで俺が持ち込んだ酒をひったくってラッパ飲みしてるじゃないか。


 ……こいつが一番敬意ねぇわ。


 どいつもこいつも酒が入っているせいでうざったい。妙に絡んでくる。

 例えばもう一人、酔ってなくても面倒な王女。


「そんな、小児性愛者だったなんて……。私、ドワーフの中で長身なことを初めて後悔しました」


 アグニだ。うんざりしながら、


「だから違うっつってんだろ。そんな目でなんて誰も見てねぇよ」

「それはちょっと残念……子ども扱いしないでほしい」

「ウィル。女の子相手にそんなことを言っちゃだめだよ。傷つくんだから」

「まず俺が傷つくことを気にしろよ」


 溜息を吐く。

 いちいち酔っ払いを相手にするなんて、俺も少し酔っているのかもしれない。

 すっかり膝の上で鼻提灯を作りながら眠ってしまったエスリリを撫でて心を落ち着ける。

 手が寂しかったから撫でただけだったが、意外に獣人でもアニマルセラピー効果はあるようだ。


 っと、俺が心を落ち着けている間に、また部屋の中は状況が一変していた。

 知らないところで、女どもが勝手に盛り上がっている。


「ところで皆さんは、ウィリアムさんとは特に深い関係ということはないんですよね?」

「どうだろうね。そういう意味ではマリナが一番深い関係じゃないかな。軍人になる前からの関係なんでしょう?」

「ウィルは私を助けてくれた……命の恩人だから、私はウィルのために生きるの」

「命の恩人ということは私もそうですね。じゃあ私もウィリアムさんのために生きます!」

「ということはここにいる三人は、団長に救われたってことだね。さすが英雄だね。活躍の陰には美女がいるんだから」


 自分で美女っていうか。

 確かに世間一般では三人は美女だろうが、だから助けたわけでもない。そもそも俺個人に助ける気など、マリナを除けばなかったのだから。


 気にはなったが、俺が女どもの会話を止めることはできなかった。

 なぜなら、


「団長、小児性愛者じゃなくて獣人好きだったんですね。変態度が下がってよかったですね」

「多少マシになろうが、変態な事には変わりねぇぜ。むしろ属性が増えて上がったんじゃねえか」

「ま、まあ団長も男ですからね。普段抑えている分、抑えきれない部分も露呈してしまうのは仕方ないかもしれないですね」


 ライナー、ヴェルナー、シャルロッテが俺の傍に来てまで変態呼ばわりするからだ。

 無駄かもしれないが、一応釈明しなければ。


「獣人が好きっていうか、ペットみたいなもんだ。変な感情なんてねぇよ」

「そぉかい。んまどうでもいいわ。んなこといいから飲もうぜ。つうか団長、飛行船はどんくらい作ればいいんだ? もっと面白い技術知らねぇ?」


 お、話題が逸れた。ヴェルナーナイスだ。


「飛行船より上の乗り物を作りたいのはやまやまだが、時間がないからしばらくはあれの改良だ」

「乗り物じゃなくて武器でねぇんかよ。前に海竜倒した団長の技。あれ再現してぇから教えろよ」

「教えてもいいがそのための武器がないんだ。ずっと前に槍も短剣もダメにしてそのままなんだ」


 ヴェルナーから酒の入ったグラスを受け取り、飲みながら話す。

 ヴェルナーは新しい技術に目が無いようで、しょっちゅう何かないか聞いてくる。


 飛行船には飽きたようで、自分の武器を強化したいようだ。それに関しては俺も同意見なので協力したいが、《種子槍(デュナミス)》と《開華槍(エネルゲイア)》を見せるにもいかんせん自分の武具が無い。

 見せられないと聞いて、不機嫌になったのはヴェルナーではなくライナーだった。


「人がせっかく作ったものを簡単に壊さないでほしいですね。工学者ならものを大事に扱うことは基本ですよ? それもできないのですか、そうですか。武器と共に死んだほうがいいですね」


 ただ単に口が悪くなったな……。

 まあでも、武器を壊したことに関しては、正直すまんとは思っている。


「悪かったよ。でも仕方なかったんだ。そうじゃなきゃ死んでたんだ。人の命には代えられないだろ」

「まあ、槍は僕が作ったものじゃありませんし、短剣も数打ちのものでしたから別に構わないですけどね。手間かけて作った鎧が無事なら構いません」

「……すまん、一部壊れた」

「団長には人の心がないんですね。残念です」


 ああ、まずい。女どもの機嫌を損ねるのはいいが、ライナーの機嫌を損ねるのは良くない。


「本当に悪かったよ。申し訳ないと思っているから、また作ってくれ。今はもう盾以外は何もないんだ。ボーナス渡すからさ」

「仕方ないですね。ですが次に雑に扱ったらもう作りませんからね」

「そのときは私が作ります! ライナーよりも優れた使いやすい武器を仕立てて見せますよ」


 意気揚々と手を挙げたシャルロッテを、ライナーと共に一瞬見て――


「……どうにか頼むよ。ライナー」

「わかりましたよ」

「無視!?」


 わかりやすくショックを受けて項垂れるシャルロッテ。


 それがどうにもおかしくて、つい腹を抱え、肩を震わし笑ってしまった。

 ヴェルナーもライナーも、釣られるようにシャルロッテも笑い出す。


 酒のせいもあるだろうが、こんな風に笑うのは、久しぶりな気がするな。


 と、大きな声で笑ったからか、膝の上にもたれて眠っていたエスリリが目を覚ました。


「んん? あれ? ここどこ?」

「おや、起きたか。ほら、眠いなら自室に戻れ」

「いや、おきるぅ。ウィル、あそぼぉ」

「寝ぼけてるな。遊ぶったって何して遊ぶんだよ」

「ん~、ボール!」


 エスリリの要望を聞いて辺りを見るが、当然ボールなんてない。

 もうすでにエスリリは遊ぶ気満々なのか、目を輝かせて尻尾をぶんぶん振っている。


「シャルロッテ、どうしたらいいと思う?」

「え? 餌付けするとかですかね」

「なるほど、それだ」


 シャルロッテは生真面目で切り替えが速いのがいいところだな。

 彼女のアドバイス通りに宴会場から持ち帰った肉をつまみ、エスリリの顔の前に持っていく。


「ほれほれ」

「……んー」


 肉を揺らす。エスリリの視線が肉を追って右に左に揺れていく。

 そして、


「わん!」

「おっと」


 突如肉があった場所にエスリリが噛みつく。直前に肉を避難させると、エスリリの歯が空気を噛み、がちりと痛そうな音が鳴った。


「わんわん!」

「楽しいな、これ」


 それでもエスリリはめげず、次々と肉に噛みついてくる。俺は肉を退避させ続ける。

 これが意外にも楽しくて、つい元の世界のことを思い出す。


 元の世界でも、俺は犬を飼っていた。

 俺は家を出ていたからエスリリ程懐いてくれないし、吠えることも愛想もない犬だったけど、こんなふうに鼻先に何かぶら下げて揺らすと、噛みついて遊ぶ犬だった。


 俺としては犬を相手にしているくらいの気分だったのだけれども、傍で見ていたシャルロッテは違ったらしい。


「前から思っていましたけど、団長はいじめっ子の素質があります。素直に食べさせてあげてくださいよ」

「遊んでって本人が言うんだからいいだろ。エスリリで遊んでるんだから要望通りだ」

「彼女で遊ぶんじゃなくて、彼女と遊ぶんですよ。そういうことをサラって言うあたり、やっぱりいじめっ子です」


 シャルロッテは良識人だ。

 生真面目で規律に厳しいのは変わらないが、固かった頭は、随分と柔らかくなった気がする。

 でも変わってねぇやつもいる。


「いじめっ子、というより性根が腐っていますね。人の作ったものを平気で壊すくらいですから」

「ぶっ壊すのは楽しいぜ? それが大切なもんだったり壊れにくいもんだったら特にな!」

「腐り落ちて壊れてんのはお前らだ。たく、しばらく見なかったってのに、ぜんぜんかわりゃしねぇな」


 毒舌家と破壊者、それと堅物か。

 堅物の負担が大きすぎる気がするが、ま、三人は一緒にいる時が一番楽しそうだ。

 そういえば、三人は軍人になる前、軍大学時代からの友人だと言っていたけど、詳しい話を聞いたことが無いな。


「はむっ」

「あっ」


 気が逸れたそのときに、肉ごとエスリリに手を食われた。


「こらっ!」

「わふ~ん」


 エスリリの頭を抑えつけて、手を引っ張り出す。そこにすでに肉はない。それはいい。

 問題は俺の右手から唾液が滴っていること、そこはかとなく酒臭いことだ。

 つばにまみれた右手をライナーに差し出す。


「ライナー、仲直りの握手しようぜ」

「いろんな意味でお断りです。それに僕よりも、シャルロッテのほうがさっきいじられた件で拗ねているのでそちらへどうぞ」

「拗ねていないので結構です! すでに団長は尊敬しているのでヴェルナーへどうぞ!」

「きたねぇ、いらねぇ」


 どいつもこいつも俺と握手をしたくないとは、敬意の欠片もない奴め。

 宴会場では、したくなくても握手を求められたというのに。


 机の上にあった布で手を拭き、また肉をつまんで振り出した。





次回、「少女の友達」

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