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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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第十話 つながる国々



 レオエイダンからアグニータやカーティス、ヴェルナーといった面子が合流した日の晩。

 新設された特務師団の基地にて、師団に所属する人間たちが集まり、宴を開いていた。

 一気に倍に膨れ上がり、数千にも昇った団員たちは、下士官と将校で会場ごとにわけられ、めいめいが盃を掲げ、酒を煽る。


「おお! お前があの飛行船を作ったのか!」

「乗ってきただけさぁ! すんげぇ速かったんだぜ! レオエイダンから一瞬で南部さ!」

「速えー! くぅ~! 俺も早く乗りてぇなぁ!」


 兵士たちは同僚や部下、上司、新たに加わったドワーフとともに気兼ねすることなく、酒の力も借りて大いに盛り上がっていた。

 団長であるウィリアムは二つの会場にて、乾杯の音頭を取り、兵士たちに挨拶や声をかけて回っていた。


 各国に知れ渡っている英雄であるウィリアムと直接話すことにより、今までかかわりのなかった兵士たちも、彼の放つ圧倒的な神気と雰囲気を肌で感じ、自分たちが英雄と同じ部隊であると実感し、高揚し始める。


 多くの場所で酒を煽る姿や声があり、英雄や国を称える歌があちこちからあがっていた。


 会場にはウィリアムや師団員のほかにも、ベアディ・カスパブラッツ宰相やディアーク・レン・アインハード中将といった国家の中核を担う大物がいたこともまた、兵士たちの酒の勢いを加速させる要因となった。


 何よりも一番盛り上がったのは、ウィリアムがやってきたときでも、将軍や宰相がやってきたときでもない。


 レオエイダン王女、アグニータが全員の前で紹介されたときだった。


「皆様、お初にお目にかかります。ここより西の国レオエイダンから来ました。アグニータ・ルイ・レオエイダンです。本日付で特務師団参謀長に就任いたしました。皆様のご活躍のため、全力を尽くします。なにとぞよろしくお願いいたしますね」


 アグニータは会場の前方の舞台にて柔らかな、それでいて透き通るような声で挨拶をする。微笑みながら会場にいる兵士たちを見渡す彼女はそれだけで兵士たちの心をしっかりとつかんでいた。


「王女様! 万歳!」

「レオエイダンとアクセルベルクに栄光あれ!」

「我ら特務師団! 団長と姫様の懸け橋とならん!」


 舞台横に立っていたウィリアムは、酔っぱらった兵士の一人が放った言葉に顔をしかめ、睨みつける。しかし睨まれた当の兵士は一切気づいていなかった。

 団員達もウィリアムとアグニータの関係を歌で聞いている。そのために二人が恋仲だと勘違いしている者が多く、彼にとってはそれが不本意だった。


 その後も工兵連隊長となるヴァルドロ・ギロ・ギレスブイグ大佐の紹介と、飛行船を建造したカーティスやヴェルナー、ライナーにシャルロッテが舞台に呼ばれ、その功績を称えられる。


 また彼らの所属も、団全体に明かされることになった。


「カーティス・グリゴラード、ヴェルナー・カールティス、ライナー・レッドモンド、シャルロッテ・ミラ・グリゼルダ。以上四名は特務師団団長ウィリアム・アーサー准将の元、独立部隊所属とする」

「はっ。謹んで拝命する」


 参謀長であるアグニータが四名の前に立ち、朗々と宣告する。

 自身の名が呼ばれたときに、各々は敬礼と共に覇気のこもった返事をする。


 彼らの名が呼ばれるたび、会場から大きな歓声と拍手が沸き起こった。


 独立部隊がどういったものか、すでに多くのものが知っている。

 少数精鋭で英雄たるウィリアムに認められた卓越した兵士である証拠。


 英雄であると認められたも同然。

 英傑が四人も現れたことに団員たちは歓喜に沸いた。そして、いつかは自分もと、多くのものが目を輝かせ、尊敬の念を持った。


 一通り紹介や式典が終わり、再び宴に戻る。

 会場には歌や食事が追加で振舞われ、団員たちは朝まで飲み騒ぐことになった。



 *



 相変わらず、式典やらなんやらは気を揉んで仕方ない。

 ましてや、自分が主催となればなおさらだ。ディアークや宰相を始めとして、各地の大物が来ているから、やりたくもないあいさつ回りを延々とさせられた。


 どれも適当に一言くらいで終わらせようとしたのに、どいつもこいつも長話をしようとしてくるし、握手をしようと手を差し出してくるのが鳥肌立ってイヤだった。


 時間的には一時間と少し、体感的には半日くらいに感じた宴会の進行を終えた俺は、少しの食事とそこそこの酒を持って自室に戻る。


 部下たちも上司がいる前では、緊張したり気を使ったりして羽目を外そうにも外せないだろうし、俺も一人でゆっくりしたかった。


 部屋に入って、奥の椅子に座る。

 誰もいないことと鍵がかかっていることを確認してから、仮面を取った。

 かっちりと顎に固定させるようにつけられたベルトを、耳の後ろあたりにある留め具を外して緩め、耳の上あたりの高さで頭をぐるりと一周するように被った金属製の板を持ち上げて外す。


 一気に顔に外気が触れ、蒸れていた空気が逃げ出すように消えていく。

 この仮面はエラの下あたりに穴が空いているから、そこまで蒸れないし、着け心地もいい。

 でもやっぱりつけない時とは雲泥の差だ。


「くたびれてるな」


 仮面を手に取り弄ぶ。

 表面が少し汚れている。

 机の上に置いてあった底が広いガラスの容器に魔法で水を入れ、理科の実験で使うような円形の穴が空いた三脚の上に置く。

 これまた魔法で火をかけ、沸かす。


 沸騰直前くらいに温かくなった湯で、綺麗な布を湿らせて仮面を拭いた。

 熱のおかげで、簡単な汚れなら溶けてあっという間に落ちる。


 まあ、簡単な汚れだけじゃないし、中にはどうしたって消せない傷もある。

 ある程度綺麗にしたら、仮面はつけずに机の上、布を下に敷いて置く。


 一息つく。


「飛行船は少し改良して、すぐに量産か……。予算は宰相が出してくれるから、当初の予算は兵士の装備に回せるな」


 行儀悪く、机の上に足を乗せながら、傍にあった書類片手に呟いた。

 飛行船に関しての予算は、レオエイダンが共同開発という名目で多く出資してくれたから、元から潤沢にあった。だけど今日の査察で偉く感銘を受けた宰相が、また追加で予算をくれる約束をしてくれた。


 まあ、その予算はすべてがすべてグラノリュース侵攻に使えるというわけではなく、あくまで後の悪魔との大戦を見越した飛行船の改良と増産のためだから、出来上がったからといって、すべてを使えるわけではない。

 もっとも、作った中で一番出来のいい物から俺たちの師団に貰える。これは先駆者として当然の特権だろう。


 窓の外を見る。


 月明かりが差し込んできて、部屋の明かりはつけずともそう暗くない。本を読むには向かないが、孤独な晩酌にはいい夜だ。


 会場からくすねたボトルをグラスへなみなみ注ぐ。


 なんとなしにグラスを揺らし、中の酒を回す。

 ワインじゃないんだから、こんなことする必要もないが、気分の問題だ。


 一口、口に含む。


「ううぇ……」


 口に合わず、舌を出す。

 この世界の酒は度数が高い。果実酒なら平気だろうと選んで持ってきたはずなのに、ワインだったのか、だいぶ渋みがあった。


 ……酔えば寝れると思ったのにな。


 俺はあまり酒の味がわからない。酔う楽しさはわかるが、じゃあビールとかワインの味がわかるかといわれると、迷いなく首を横に振る。


 元の世界でも、ほとんどジュースだろといわれるようなものばかり飲んでいた。酒に弱いというわけではなく、単に味の問題だ。

 甘くて飲みやすい果実酒ならロックでもいけるが、この世界の酒は甘いものだと本当に度数が弱いのしかない。


 どれだけ飲んでも、酔う前に下に流れる方が早そうだ。


 机の引き出しを開ける。

 一番手前に、何も書かれていない手のひらサイズの箱がある。中には、白い錠剤。

 既に何錠か減っている。


 その箱を取り出そうとしたとき、ガチャリと、扉が乱暴に揺れた。

 すぐに仮面を手に取り、被る。


「誰だ?」

「うぃる~~」


 酔っているのか、声だけでも匂いが伝わってきそうなほどに甘ったるい声。

 座ったまま、魔法で鍵を開ける。

 すると、


「失礼します」

「ここにいたー! うぃる~、あそぼ!」


 入ってきたのは、カーティスを除く特務隊の面々とアグニだった。

 先ほどの声はエスリリで、彼女は扉が開いたと同時にとびかからんばかりに俺の膝までやってきた。


「エスリリ、出来上がったなら、大人しく帰って寝ろ。夜中に騒ぐと近所迷惑になるぞ」

「わんわん、じゃあいっしょにねよー」

「却下だ。俺の寝室が毛だらけになる」

「え~、かまってぇ~」


 鼻から長い息を吐く。

 エスリリはもう顔が真っ赤だ。机の上から降ろした俺の膝の上にもたれかかるように上体を預けている。

 目はとろんとしていて隙だらけ。すごく眠そうな目で、俺にしなだれかかったことで満足したのか、すぐに寝息を立て始めた。


 どこうとしないので、仕方なく彼女の触り心地良さそうな耳を触る。


 おぉ、本当にふわふわだ。柔軟剤でも使っているのだろうか。酒のせいか、少し熱いが、もう少し下がれば抱き枕としてはかなり優秀ではなかろうか。

 いや、決してしないけれど。


「ウィルもなんだかんだでエスリリを気に入ってるんだね……優しい」


 エスリリの耳をいじくる俺を見たマリナが、ほんのり紅潮した頬を緩ませる。


「どこがだよ。いますぐどかしたいよ。こんなすり寄られて匂い嗅がれるのは嫌だぞ」

「そういえば彼女はウィルの匂いに惹かれたんだったね。ボクも嗅いでいい?」


 聞いて来たのはアイリス。最後に入ってきて、静かに扉を閉めていた。

 彼女の願いを手を振って断る。


「却下だ。今嗅いだって酒の匂いしかしないぞ」

「ボクもだからいいじゃないか。ほらマリナも行こう?」

「私は以前嗅いだから……アイリスが行くといいよ」

「嗅いだの!?」


 マリナの発言に、アイリスだけでなく部屋中の連中が驚いた。当然俺も。

 マリナに嗅がれたことなんてあっただろうか。


「い、いつ嗅いだの? もしかして二人はそういう関係?」


 わなわなとアイリスが聞く。


「変な関係じゃないぞ。人を変態みたいに言うな」

「だって鼻の良い獣人じゃないのに匂いを嗅ぎ慣れているなんておかしいじゃないか!」

「知らねぇよ! 少なくとも俺はマリナの匂いなんて知らないからな!」


 酒が入っているからか、アイリスのテンションが高い。

 彼女以外にも、どいつもこいつもぎょっとした目で俺を見てくる。


 ボヤ騒ぎになっているところで、マリナがさらに油を注ぐ。


「以前ウィルと寝たことがあるから……確かにいい匂いがして気持ちよかった」

「きもちいい!? ウィル、マリナと寝たの!?」


 あちいあちい。

 なんてこったい、大やけどだ。





次回、「幸せな時間」

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