第九話 天を彩る知恵の紋
「エンジンは四基。どれも最高の出力を誇るもんだ。おかげでどの飛行船もとんでもない速度で飛ぶようになったんだぜ」
飛行船がある格納庫の中で、ヴェルナーの説明声が響く。
飛行船の周囲をぐるりと回る。
三隻の飛行船の前面には、特務隊を表す、天翔ける竜の紋章が刻まれていた。
飛行船の表面に触れながら、話を聞く。
「操舵はどうしているんだ?」
「団長から聞いていた尾翼の向きを変えるってやつな。あれをカーティスの野郎が実現したんだよ。おかげでエンジン吹かすだけで上下左右に動けるぜ」
「まじかよ、凄いな。これだけの大きさじゃあ単純な動作でも難しいだろうに」
「小さいものをただ大きくするだけで済むのだから、たいしたことではない。問題だった耐久性も大型なおかげで容易く解決したからな」
なんでもないことのように、カーティスは眼鏡をくいっと直す。
あいかわらず何でもできるやつだ。
まあ、機構だけなら俺が提案したが、穴だらけの設計だったと思う。実際の耐久性の計算も検証もできなかったから、彼らに丸投げしたがカーティスにかかれば全く問題がなかったようだ。
さて、操縦性が優れていることはわかったが、やはり実際に飛ばしてみないと速度や機動性はわからない。今日はもう飛ばす予定はないから、また今度になってしまうが。
次に気になるのは船体だ。
飛行船は細長い楕円形のバルーンに空気よりも非常に軽い気体を詰めている。この気体も錬金術で作ったものらしい。
だがそれはいい。
この飛行船で一際目を引くのは、バルーンの表面を覆う分厚い金属だ。この辺りの説明をしてくれるのはライナーだ。
「ヴェルナーと作ったエンジンは、今の設計上四基までしか積めませんでした。彼の作ったエンジンは馬鹿みたいな暴れ馬で、いくらバルーンを頑丈に仕立てても一回の航行でボロボロになってしまいました」
「それを補うための金属装甲か」
「はい。三隻ありますが、これらは装甲に使われている金属の厚さや種類を変えています。最初に作ったこの試作一号機はもっとも重く頑丈に仕上がっていますね」
ライナーが装甲を軽く叩く。格納庫内にゴォンと、腹に低く響く重厚な音が鳴る。
俺も触れてみる。
ひんやりとして、屋内なのに表面は鈍く空色に光っている。
確かにかなり頑丈そうだ。
あとでライナーにこの金属装甲の一部を見せてもらおう。
宰相も言っていたが、大事なのは頑丈性だ。グラノリュースと戦うとき、最も危険なのは飛行船に乗っているときの空中戦だ。天上人に襲われても落ちないためにはこの装甲が非常に重要となる。
耐久試験についても考えなければならないな。
もちろんほかにも気になる点はある。
「これだけの量の金属を使えば、機動性が落ちるんじゃないのか」
「そうですね。確かに試作一号機はもっとも重量があるために、速度も機動力ももっとも低いですが、その分耐久性は飛びぬけていますね。ちゃんと飛びますし、気球とは比べるまでもありません」
「上出来だ」
この三隻は試験的に性能をとがらせた仕様となっているらしい。どれもヴェルナーとライナー、シャルロッテがそれぞれ担当したらしく、結果的に見事に性能が別れたとのこと。
耐久性や速度、火力それぞれに特化した機体を作ればその分、部隊の役割を明確かつ効率化できる。
やはりこの三人はいいチームだ。
ちなみに、この頑丈なものを作ったのはライナーで速度重視はシャルロッテ、火力特化はもちろんヴェルナーだ。カーティスはそれぞれを手伝った。
カーティスは補助に回って特に設計はしなかった。
「次は私ですね。自信作ですよ。他の二人とは違って、戦闘よりも兵站や物資輸送を目的に設計しました。そのため兵器や装甲より軽量化を目指した設計で、試作二号機です」
シャルロッテがご機嫌に手をひらひらとさせながら話し出す。
彼女が案内してくれた飛行船は先ほどとは異なり、船体のフォルムがより流線形になっている。
日本の新幹線で言うところの五百系のような顔だ。とにかく早さを追求したような形だ。ライナーの頑丈性重視の物は鼻のあるような百系だ
船体を触ってみたところ先ほどの一号よりも軽い音がする。金属の種類と厚さが異なっているんだろう。
「速いのはいいが、最高速で飛んで装甲は大丈夫なのか?」
「しっかりと試験しましたし、実際に飛んだところ特に問題はありませんでした。ただ速い分、旋回はすぐにできないのでそこは注意が必要ですね」
「速度に気を付ければ何とかなるか。エンジンの位置も変えれば小回りは利くようにできそうだけどな」
試作機なのだし、課題があるのは当然だ。むしろよくここまで完成度の高いものを作り上げたものだ。
これならグラノリュースまで数日でつけるだろう。
移動手段が徒歩か馬車、船しかないこの世界では速すぎる。
気球もあるが、俺は乗ったことが無い。
「速度以外にも物資輸送のために内部はかなり広くしてあります。軽量化したことで船体に詰める気体の量も減らせたので形状は細長くしました」
「いい改良だが、減速はどうしているんだ」
「前面に小型のエンジンをつけています。あとは抵抗器を試験的に導入しています」
「抵抗器?」
「あれです、あれ」
シャルロッテが指さす方を見る。そこには飛行船の両翼前面に、小さく上下に広がる板がついていた。ただそのサイズは小さい。
「尾翼同様に両翼にも可動式の金属板をつけました。減速時は金属板を起こすことで抵抗を得て原則できます」
「なるほど、スポイラーか」
そういえば、地球の飛行機にもあんなものがあった気がするな。すっかり忘れていたがあれには減速する役割があったんだな。
ん? ということは船体の形状だけでなくこれで揚力を得ることもできるのでは?
スポイラーといえば、あれも入れれば……。
「スポイラーの外側、翼の先端にも広がるような板を設置できないか?」
「すぽいらー? そうですね。翼全体のサイズの設計から見直せば、十分に可能かと。なぜ?」
自然と笑みがこぼれる。
「あの抵抗器。忘れていたが、俺の故郷じゃスポイラーと呼ばれてたんだ。そんで今言った通り、その外側には旋回のために船体を傾けるためのエルロンってものがあった。それがあれば、さらに揚力を得ることができるんだ」
「……! なるほど! 確かにそれがあれば、より効率的に飛ぶことができますし、機動力も上がりますね」
シャルロッテが懐からメモを取り出し、そそくさと何かを書き込んだ。
飛行船の形はクジラのよう。
飛行機の胴体部分をそのまま膨らませたような形だ。その分、翼はこじんまりとしてしまっているが、十分に飛べている。
そのうえで、両翼にスポイラーとエルロンを追加できれば、エンジンの出力調整だけでなく、翼によっても旋回ができる。
現状でも満足に値する出来だが、まだまだ改良できるというのは、とてもいいことだ。
「確かにこんなものがあれば、宰相の考えも間違いじゃないのか……」
「? 何かいいましたか」
「いや、なんでも」
ライナーとシャルロッテの試作機はわかった。どちらも欠かせないものになる。特にシャルロッテのは、軍事用以外にも転用しやすい。
今後普及されるとすれば、彼女の二号機が第一に使われることになるだろう。
「で、最後のは?」
「こっちだぜ!」
うるせぇヴェルナーが吠える。彼の声が反響する。
自分の趣味をたっぷり盛り込んだ飛行船を紹介したいのか、彼のテンションはいつになく高い。
最後の試作三号機は火力特化ということだが、不安だ。
ヴェルナーといえば爆発の申し子。
船体ごと爆発させて火力特化なんて言い張りそうで怖い。
三号機に近付くにつれてヴェルナーがうずうずしているのが伝わってくる。足取りが軽いし、顔から不気味な笑みがこぼれている。
「オレのはこれだ! 他のやつらの実験結果をもとに作った最高傑作だ! 火力も利便性も汎用性もずば抜けてるぜ!」
ヴェルナーが自分が手掛けた飛行船に背を向ける形でこちらを向く。
両手を大きく広げながら、高らかに紹介するその様は、自分のおもちゃを自慢したい子供のようだった。
ただそんなヴェルナーを見て、不自然に思わないほどに目の前の飛行船は明らかに違った。
「んだこりゃ……」
口からかすれた声が漏れる。
試作三号機。火力特化の飛行船。
一見して飛行船の外観にはさほど変化がない。
だが大きく違うことが二つある。
「エンジンの近くにたくさんのプロペラがあるのは?」
飛行船の後部に、円を描くように備え付けられている四基のエンジン。その周囲にはまるで風車のように風を受けたら回りそうなプロペラがエンジンを挟み込むように計五基備え付けられていた。
ヴェルナーは飛行船の正面から背面にかけて、回り込むように歩きながら説明してくれる。
「あれは飛行時の空気抵抗を利用して回転するようにしてある。それを使って発電するんだよ」
「発電!? 電気使って飛ぶのか?」
「そうさ! 電気を発生させりゃあ、それを使って水を分解できる! 分解したら発生した水素と酸素をエンジンに回せるって寸法だ! 実質燃料は水だけでいい!」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
仮面のおかげでわかりにくくてよかった。
ヴェルナーのいったことは驚きに値するものだ。
さすがに最初の離陸のときには、プロペラはまわらないから事前にエンジンの燃料となる水素や酸素といったガスは準備する必要があるが、一度飛んでしまえば、風力発電の要領でずっと燃料を作り続けられる。
火や風は、特に燃料も無しに錬金術と魔法陣で簡単に発生できるから、飛行船を飛ばすのに必要なのは酸素と水素だけだ。
それを電気分解して作り出す機能を持たせた飛行船。
魔法使いが乗れば、半永久的に飛び続けることができるものだ。
「やばっ……」
元の世界にこれがあれば、航空関係で発生する温室効果ガスはかなり削減できそうだ。元の世界の物と比べれば速度はだいぶ遅いが、喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
「それだけじゃねぇ。ちょっとこっちこいよ、団長」
呼称を変えたヴェルナーが、飛行船の横に備え付けられたタラップを上がる。
登り切ると、大きな飛行船の内部ではなく、上に出る。
やっぱり飛行船はとても大きいな。遠かった格納庫の天井が一気に近くなった。手を伸ばせば、触れそうなほど。
飛行船の船体は正面から見ると円形だが、その円が大きいから、足を滑らせて落下する危険性はなさそうだ。あらかじめここに乗っても大丈夫なように、上面は平坦にして滑らないような材料を使っていた。
「これ見ろよ」
上に登ったことで変わった景色に目をやっていたところ、ヴェルナーが親指を立て、あるものを指した。
それは胴体から生えたような大きな四角い部屋。その前面から、人の身長ほどの長さの四角く黒光りした筒が飛び出していた。
「これは、大砲か?」
ただの大砲だとしたら、銃口を死角にする必要はない。
眉をしかめながら、筒に触れる。
同時に、ヴェルナーは興奮しながらとんでもないことを言った。
「レールガンさ! 発生させた電気を使って飛行船からぶっ放せるんだよ!」
口から心臓が飛び出るかと思った。
「はぁ!? おかしなことがたくさんあるぞ! どうやって電気をためるんだ? どんだけの電気が必要だと思ってんだ?」
「何言ってんだァ? 前に団長が電池っつうもんを教えてくれたじゃねぇか。あれをずっと改良できねぇかと試してたんだ。そしたらすげぇ量の電気を蓄える金属と液体を錬金術で作ったんだ。おかげでこんなものができるようになったぜ」
頭が痛くなってきた。
彼は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
これだけ巨大なレールガンの使用に耐えうる大容量の電池を作ったなんて、本当にこの世界と合っていない。いくら俺が知識をもたらしたからって一朝一夕でできるものじゃない。
そもそもレールガンは使用を制限していたはずだ。俺以外にレールガンの使用許可を出せるのは、カーティスしかいない。
「カーティス、許可したのか?」
「正直できるとは思っていなかった。こうして出来上がったときは悩んだが、何も無尽蔵に使えるわけではない。制限があるのだから搭載自体は問題ないと判断した」
カーティスですら、ヴェルナーが本気でこんなものを作るとは思わなかったそうだ。考案時点で却下しなかったのは、電池自体の有用性をカーティスも認めていたから。
レールガンなんて電力消費が馬鹿みたいに多い武器を使えるほどのものができると思わず、日常を便利にする程度だと見込んだらしい。
だがふたを開けてみればこの通り。
いや、本当に錬金術って便利だね。地球の先人たちが苦労して作り上げた電池を簡単に作ってしまうんだから。
それともヴェルナーが天才だからか。
それはそうとレールガンの制限とはなんだろうか。
「制限ってのは、これ一発撃つのに必要な電力が溜まるまで時間がかかんだよ。しかも電池も砲台も固定だから使い勝手がわりぃんだ」
「なるほどね。電気分解しながらじゃあ、ろくに溜まらないだろうな。プロペラを増設するのも難しそうだ」
さすがにこんな強力なものをぽんぽん撃てるなんて都合のいいことはできないか。
すでにプロペラはエンジン近くに五基搭載されている。
ジェットエンジンにプロペラ、飛行船とファンタジーの乗り物って感じがすごく伝わってくる。いやSFだろうか。
聞けばこの飛行船は試作機の中でも最後に開発されたために、先行機の結果をすべてフィードバックしたそうだ。
おかげで船体の形状も金属装甲も見直されて、試作機の中では最高傑作になったらしい。ただやはりヴェルナーが監修しただけあって、レールガンの他にも、散弾銃やら徹甲榴弾やら、危険な兵装がもりもりだ。
従来の大砲よりも危険なものが標準的に搭載しているらしい。空戦も想定しているから飛んでいる時でも外に出られるように、船体の表面にタラップや細い通路が設けられている。
空気抵抗はあがるが、その分監視や対空戦に適した形状。
本当に世界観無視の軍艦に仕上がっていた。
「これ一隻で一国落とせそうだな……」
「相手は空飛ぶ天上人なんだろ? ならこんくらいなきゃ、対処できねぇだろうが」
「まあ、そうかもしれないがな。どちらかというとグラノリュースを落とした後が心配になるほどのオーパーツだ」
「未来のことなんて気にして、今をおろそかにしちゃ後悔するぜ。団長さんよ」
「そう、だな……」
そうだ、俺が気にするべきはこの世界の未来じゃない。自分が元の世界に帰ることだ。そのためにはこの世界がどうなっても知らない。そもそもこの世界の命運を俺一人が握っているなんて思わない。たとえ俺の行いのせいでこの世界がめちゃくちゃになったとしても、責任はこの世界の人間たちにある。
俺はただ、知識を与えただけなんだから。
扱うのはこの世界の人間なのだから。
「さて、とにかくこれで飛行船については十分わかった。今後について話をするが、その前に……」
「その前に?」
ゆっくり、息をためる。
四人に向けて、無駄な努力と知りながらできるだけ優しく笑いかけ――
「お前たちの帰還と功績を祝って宴会だ。存分に楽しめよ」
「! イヤッホォウ!!」
「やったぁ!」
「粋ですね!」
飛行船の上、三人が高らかに喜びの声を上げる。
カーティスは相変わらず渋くてクールだったが、その口元はわずかに緩んでいた
彼らは十分すぎる結果を持って、久しぶりに南部に帰ってきたのだ。
それにこの基地には久しぶりに見る顔も新しく見る顔もある。
今日くらいは、みんな羽目を外して楽しんでもいいだろう。
次回、「つながる国々」