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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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第八話 アホな将軍



 アクセルベルク王国全体で支援してくれるとは驚いた。

 これはまた、飛行船は宰相に随分と衝撃を与えたようだ。


 確かに飛行船はこの世界の今には合っていない。でも気球がある以上、やがて作られたはずだ。

 ここまでの性能を持つものは数十年では作れないかもしれないが、これくらいなら世界を歪にすることもない。


 なによりうちの技官たちはしっかりと技術を自分のものにしている。文明はやがて技術に追いつくだろう。


 それが何年か何十年先かはわからない。きっとその頃には俺はこの世界にはいない。

 元の世界に帰れば、この世界のことなんて数年で忘れる。でもこの世界の人たちはこのことを忘れないのだろう。


 我ながら酷いとは思う。

 いや、今更だな。

 記憶を取り戻す前から人を殺して、取り戻してからも顔を隠して他人を利用し、戦争を起こそうとしているんだから。


 自嘲気味に笑う。


「それではこれにて失礼します。ウィリアム殿。ディアーク殿」


 宰相が再び慇懃に頭を下げ、格納庫を後にした。


 釣られるようにディアークも離れようとする――


「宰相殿は忙しそうだな。さて、俺もこの辺で失礼させていただこ――」


 が、


「待て」


 逃がさずに肩を掴む。

 肩を掴むとディアークは振り返らずに足を止める。発した声はどこか焦りの色を帯びていて早口になっていた。


「どうした、ウィリアム。こうみえて忙しくてな。離してもらえると助かる」

「奇遇だな。俺もとても忙しい。誰かさんがどっかの国から支援がくることを教えてくれなかったからな。おかげで再編成するはめになった」

「はははっ、そんなおちゃめなミスをするなんて面白い奴だな。どうだろう、ここは中将を笑わせてくれたということで、その人を許してあげてはいかがかな?」

「却下だ。中将が笑ったのは一瞬だが俺の怒りはずっとだ。階級の重みを考えても許すわけにはいかないな」

「上に立つものなら細かいことを気にしていては器量を疑われるぞ?」

「信賞必罰は世の常だ。軍部でそれをおろそかにするわけにはいかない」


 言い逃れようとするディアーク。だが口で俺に勝とうなんて百年早い。

 まあ歳で言えば彼の方が断然上なのだが、どうにも彼はまだ子供っぽさというか茶目っ気がある。


 いいことだが今だけは許さない。


「……」

「…………」

「………………ハッ!」

「あっ、待てゴラ!!」


 ディアークが手を振り払って逃げようとしたので、俺は両手で掴みかかる。


「てめぇ、逃げられると思ってんじゃねぇ!」

「うるさい! 逃げるのは貴殿の方だろう! 事前に知らせれば会わないために画策するに違いない! 一国の姫を相手に逃げるなんてさせると思うのか!」


 ディアークと取っ組み合う。

 両手が塞がってしまった。ならば脚!


「逃がすか!」

「ぬおっ!?」


 彼の足を払い、押し倒す。

 それでもディアークは抵抗を止めず、俺をのけようと顔に手を当て押してくる。

 お返しとばかりに、ディアークの鼻をぶたっ鼻にする。


「事前に言えば準備くらいしたさ! 何もできないから逃げるんだろうが!」

「嘘をつくな! 貴殿の性格くらい知っている! 女性に対して及び腰なこともな! どうせ準備なんて部下に丸投げして会わないようにする準備に決まっている!」

「人をヘタレみたいに言ってんじゃねぇ!」

「ヘタレだろう! あんなに美女が周りにいて一切手を出さないのだ! アクセルベルクのためにも、ここで相手を見つけて落ち着いたらどうだ!」


 こいつ、抵抗するんじゃねぇ!


 格納庫の一角で俺とディアークはつかみ合いを始め、互いに必死に抵抗してもみくちゃになる。


「俺は悪くないぞ! 悪くないんだぁ!」

「誰がどう見てもお前が悪いだろうよ!! 素直に謝れ! 俺にひれふせぇ!!」

「私情が入ってるではないか!!」


 こいつ、謝れば済むのに頑なに謝罪しない。挙句の果てに自分は悪くないとか言い出しやがった。


 くそ、曲がりなりにもほぼ聖人の男。なかなか力が強い。

 俺は今、立派な聖人になっているのになかなか制圧できない。


 互いにぼかすか殴り合う。

 すると、


「何やってんだァ、隊長さんよォ」


 ふと、頭上から声がした。

 ディアークとつかみ合いをした形のまま静止して、声のしたほうを見る。


 そこには、久しぶりに見る癖のある連中が揃っていた。


「東で暴れてるって聞いたが、ここでも暴れるとは思わなかったぜ」

「体だけでなく、ついに知能まで猿になりましたか。団長になって、少しは肩書に見合う人になっていると期待したのですが」

「こんなところで将官が暴れてはいけませんよ。ほら、離れてください」


 不良のヴェルナーに口の悪いライナー、生真面目なシャルロッテ。

 シャルロッテが見かねて、俺とディアークを引きはがそうとしているが、俺たちの力が強いので全然引きはがせていない。


「ぬあああっ!」


 挙句、叫びながら全体重をかけて引きはがそうとしている。

 でも不思議だな。まるで赤子に手をかけられているかのように軽い力だ。

 そんなことよりディアークだ。


「ウィリアム。部下の忠言はちゃんと聞くものだぞ」

「鏡を見ろよ。俺の下に、部下の忠言も聞かずに逃げようとしている上官がいるからよ」

「なんとそれは気になるな。鏡を見るからどいてもらえないか?」

「ちょっと! 言い争ってないでちゃんと離れてください!」


 力で引きはがせないと悟ったシャルロッテが一度俺たちから離れる。

 その間にも俺たちは小競り合いをしていたが、少ししてまた別の声が聞こえてきた。


「やれやれ、少しは成長していると期待したが、これでは拍子抜けだな。南部の最高士官たちが揃って醜態をさらすとはな」


 三人とは違う、少ししわがれた、低く渋い声。

 見上げる。

 そこには銀の口髭を蓄え、癖のあるくすんだ白髪、顔には浅くない皺が刻まれ、見た目だけならディアークよりも年上に見える初老の男性がいた。

 歳をとっていても、その体はまっすぐ伸びていて、体には程よい筋肉がつき、身のこなしからは年齢を感じさせない。


「カーティス、いたのか」


 カーティス・グリゴラード。

 最高の錬金術師が俺を見下ろしていた。


「すぐそこで一服していてな。騒がしいからと呼ばれてきてみれば、とんだ茶番を見せられたものだ」


 ディアークもカーティスには敵わないのか、彼の手から力が抜けていくのがわかった。逃げる気がなくなったようで、俺も力を抜き立ち上がる。


 服の汚れを払う。

 どうやらシャルロッテがカーティスを呼んだようだ。鼻息あらくこちらを少し怒ったような目で見てくる。

 ヴェルナーとライナーは面白いものを見たような顔だ。まあ、将軍同士の喧嘩なんて確かに見る人によっては面白いだろう。

 多分俺でも面白がる。


 気を取り直し、再会の挨拶をする。


「久しぶりだな。元気にしていたか?」

「団長ほど元気ではないですね。人とつかみ合いの喧嘩なんて、幼稚なことをする気になりませんから」

「ライナーはいつも通り元気な口をしているな。人と罵り合いができるほど、俺の口は元気じゃないな」

「どこがだよ。おもいっきり喧嘩売ってんじゃねぇか。ンなことよりとっとと飛行船みんだろ。さっさと行こうぜ。団長の意見を聞きてぇんだよ」


 どうでもいいとばかりに、ヴェルナーが親指を立て、背後にある飛行船を指さした。

 ……あれだな、見た目一番不良のヴェルナーがなんかまともになってる気がする。


 仕方ない。


「わかったよ。ディアーク、あとでケリ付けてやるからな」

「では俺の直属の部下を連れて待っているぞ。首を洗ってから来ることだ」


 逃げれたからか、ディアークが部下頼みという情けないことを高笑いしながら叫んで出ていく。

 むかつくが今は職務を優先しよう。

 というかそうだ、今は仕事中なんだった。

 久々に会う部下の前でとんだ醜態をさらしてしまったが、開き直るしかない。


「さ、飛行船の出来がどんなものか見せてもらおうか」

「今更取り繕ったって無駄ですよ。団長の知能が幼児並みだとわかりましたので」


 ライナーの毒舌は無視だ。俺の知能は幼児じゃない。立派な大人だ。


 この飛行船を作り上げたのだから!


 ……なんかむなしくなってきたな。

 頭を掻きながら、四人と共に飛行船のもとへ向かっていった。






次回、「天を彩る知恵の紋」

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