第七話 師団長と参謀長
話は戻して、師団に加わってくれたドワーフたちについて聞くことにした。
「こちらの編成は砲兵と歩兵が主です。さすがに砲を持ってくることはできませんでした」
アグニが荷物から束になった資料を手渡してきた。
めくれば、それはやってきた兵士たちに関する資料だった。
「砲については、飛行船用でまた別で作るからいい。……ふむ、これで歩兵は十分な数だな。でも他の兵科が足りないな。ドワーフは手先が器用だろ? 工兵に転科はできないか」
「できますよ。工兵も戦士も役割がわかれているだけで能力はあまり変わりません」
となると、ドワーフは大部分が工兵に転科となる。工兵は陣地構築であったり、工作であったりと、もっとも錬金術を活かせる兵科だ。適任だろう。
「ならドワーフの一団はひとまず工兵に回ってもらおう。連隊の指揮ができるものはいるのか?」
「一人いますよ。ヴァルドロ・ギロ・ギレスブイグ大佐です。あのヴァルグリオ元帥の息子ですよ」
「やっぱりか。姓でわかったよ。腕も立ちそうだな」
連隊を指揮できる人材がいることは本当に助かる。しかも工兵。
嬉しい情報に思わず顔が綻んだ。
これでカーティスを工兵連隊長から外して、俺の下、独立部隊に入れることができる。
カーティスは実力が本当に抜けている。ベルと戦っても、勝つことは無くても負けることはないんじゃないかと思うくらいだ。本気で戦っているところを見たことはないが、一度甲板で海の魔物に襲われたときの戦闘は卓越していた。
マナの見える俺にもよくわからないような錬金術の道具を使って圧倒していた。それでも余裕を残していたのだから、実力は相当だろう。
何より能力の範囲が広い。単純な攻撃の他、高位の悪魔と戦った際は船全体を守る結界のようなものまで張っていた。
攻守補助ともに高水準のオールラウンダーだ。ぜひとも独立部隊に欲しかった。
「ヴァルドロ大佐には工兵連隊を率いてもらう。歩兵連隊はこっちで出す。ただほかの国からもまたやってくるだろうから、確定じゃないことは伝えておいてくれ」
「わかりました。それで私はどこに所属になりますか?」
「え? ……そういえば王女は階級的にはどんなものだ?」
王女は思いっきり後方に回してやろうと考えていたが、そもそも彼女の実力も階級も知らない。王族が他国の軍人だなんて聞いたことが無い。
日本でも皇族軍人なんてものがあったらしいが、名前だけで詳しくは知らない。
王族で英才教育を受けていると言っても、女だからどうだろうと思ってたが、驚きの答えが返ってきた。
「そうですね。アクセルベルクでいうところの少将になるでしょうか。王はそのまま王ですし、王妃は大将と聞いています。軍部の最高司令官はヴァルグリオですね。ヴァルグリオに命令ができるのは父のヴェンリゲル王だけです」
「え、てことは俺より上じゃねぇか。本当によく許可したな」
少将ておい。たとえ俺が昇進したとしても、それでようやく並ぶのか。
あくまでレオエイダンでの立場であって、アクセルベルクの階級とは違うから、一概には言えないが。
「私としてはウィリアムさんが准将なのが信じられないです。大将でもおかしくないと思うのですけれど」
「指揮官としての実績がないし、南部に大将にふさわしい規模の軍団なんてないからな。それに大将なんて気が重い」
まあ、大佐のヴァルドロに指示を出せるくらいだから将官だとは思っていたが、まさか俺より上とは。指示しにくいことこの上ない。
いっそ指揮はこの王女様に丸投げしたいが駄目だろうか。
お? 悪くない気がしてきたな。
「よし、王女は今日から師団長だ。お世話になります」
「任せてくだええええ!? 無理です嫌です! ウィリアムさんの代わりなんて無理です!」
「いや大丈夫、いけるって。王女ならできる。一個連隊率いたならあと少しだよ、ほらもう一声!」
「やですー! ドワーフ以外が付いてきてくれる気がしません!」
ダメか、駄目なんだろうな。
ふざけが入ったとはいえ、半分くらいは本気だったのに。
まあ、どうせ編成が終わるころには、また俺の階級が上がるから問題はなくなることだろ。
それはそうと王女はどうしようか。
少将クラスということは幹部になる。でも近くに配属するのはいやだな。
いや、でも副団長にすれば前線にも出さなくて済むし、俺が自由に動けるようになる。
……意外に悪くないかもしれない。
彼女の能力を確認してからになるが、戦闘、指揮共に問題なければ参謀長くらいにしよう。
「よし、じゃあ王女様には参謀長だ。実力を確認してからになるがいいか?」
「お任せください! ウィリアムさんを支えてみせます!」
アグニが意気揚々と頷く。
ふう、これで突発的に現れたドワーフたちに関しては終わりだな。
次に行うのは本命の飛行船だ。ドワーフたちがおまけということではないが、もともと今日は技官たちが帰還してくるのと同時に飛行船の中間報告でもある。
そろそろディアークも宰相も飛行船の視察は終わったころだろう。
「じゃあ、ひとまず部屋に案内しよう。ここは仮の司令部だから、いずれ移ることになる。どっちにしろ執務室を設けるから、仕事に必要なものはそこに運んでくれ」
「わかりました。ちなみに他にここに常駐するのはどういった方ですか?」
「基本的に佐官以上の各部門の長たちだ。参謀部門だと情報と兵站、作戦に人事だな。参謀として活動するうえで必要な人材や物資があれば、今は俺に申請してくれ」
今はまだ師団が発足したばかり、いや、発足してすらいない。
やることは山ほどあるにもかかわらず、人はいない。だから、ほとんどの仕事を俺がやらなければいけない。
しばらくは書類地獄になりそうだ。
「わかりました。わからないことがあったら、また聞きに来てもいいですか?」
少し考える。
思えば、アグニは王族だ。書類仕事やらは得意だろう。彼女には手伝ってもらうのもいいかもしれない。
「相談でもなんでも職務に関することならいつでも来い。あと言い忘れていたが、ここにいるのは部隊長以上のほかに俺が選んだ独立部隊もいる」
「独立部隊? 四連隊編成の他にもいるんですね。規模はどのくらいでしょうか」
「少数精鋭だ。対天上人部隊だから、どこまで増やせるかは怪しいな。この辺りはお互いに今後相談していくことになる」
部屋から出て、アグニを部屋へ案内する。
人事に関しては、参謀部に一任するつもりでいる。
作戦や活動内容について相談する際に要望を出すことはあるかもしれないが、あくまで決めるのは参謀本部だ。直接俺が決めることはできない。
ただ一つの例外が俺直下の独立部隊だ。ここだけは作戦の成否を握る部分だ。正確に天上人について知っているのは俺だから、譲ることはできない。
話しているうちに彼女の部屋に着く。
地位的にはとても高いから、彼女の部屋も俺と同じく豪華で広い。来客の対応もできるようになっている。
まあ、レオエイダンの城で暮らしていたアグニにはたいしたことはないのかもしれないが。
指示があるまで荷解きと移動の疲れを取るように指示を出して、俺は彼女と別れる。
彼女の実力や能力もみたいが、それは今度だ。
*
発着場に再び出る。
見渡せば、発着場いっぱいに広がっていた飛行船が格納庫へと入っていくところだった。
飛行船が全て格納庫に確実に収まることを待ってから、再び足を進める。
格納庫、とはいっても特別な何かがあるわけではない。単に飛行船を雨風から凌ぐために凹型を逆さまにしたかのような形の建物があるだけだ。
飛行船が通った巨大な入口は、上からゆっくりと、ぎしぎし音を立てながら下に降りてきて、外から見えないように飛行船を覆い隠した。
できていく過程を見ていたとはいえ、これほど大きな建物を見るのは感慨深い。
周囲を眺めながら、巨大な飛行船用の入り口の横にある、申し訳なさそうにたたずんだ人間用の入り口をくぐる。
入ってすぐの左手には、天井まで伸びる太い柱が堂々と鎮座しており、その根元には、奴隷が回す何かのように放射状にいくつもの木の棒が生えている。
これが、飛行船の入り口を戸締りするための開閉レバーだ。
一人では回せないため開けるも閉めるも手間だが、自動化するには文明レベルが足りない。もう数か月研究に集中できれば、試験と称して導入できそうではあるが。
格納庫内を進む。
するとすぐに、広い格納庫内を目いっぱいに占める、窮屈そうに並ぶ飛行船があった。
「あいつらは――っと、いた」
格納庫の隅、一見して目立たない場所に隠れるように、ディアークと宰相が二人で何かを話していた。
二人の元へ歩き、声をかける。
「ベアディ宰相、アインハード中将。いかがでしたか?」
「おお、ウィリアム准将。いやはや素晴らしい出来ですな。今日は簡単な飛行と内装しか見れませんでしたが、この飛行船で編隊を組んで飛ぶところが見てみたいと思っていたところです」
今気づいたかのように、宰相が俺に小さく会釈をし、朗らかに笑う。彼の言葉に、愛想をよくしようと、足りない笑顔を振り絞る。
「それは今後の訓練で行っていきますので、いずれ必ずお見せしましょう。三隻だけでは物足りないでしょうしね」
「ええ、楽しみにしております。これなら国から予算をもっと出してもいいでしょう。いずれ始まる大戦にはかならず役に立つものだと確信できました」
「大戦? グラノリュースとの戦以外にも何か?」
飛行船の話をしてご機嫌そうにしていた宰相だが、大戦があるという言葉は言うべきではなかったのか、ハッとした表情を浮かべた。
どうやら口を滑らせたらしい。
話すかどうか宰相が悩んでいると、横からディアークが話し出した。
「我が国がグラノリュース天上国を攻める理由は何だと思う?」
「中将、まだ准将にこのことを話すのは――」
「話しておくべきでしょう。まだ決定したわけではないとはいえ、今話しておかなければ。グラノリュースを落とした後では准将はいなくなってしまうかもしれないのです」
「むう」
ディアークとベアディ宰相が何やら話しているが、この際は無視し、ディアークの問いを目を伏せて考える。
アクセルベルクがグラノリュースを攻める理由。
それは以前に俺がアイリスたちに話した通り。
かつて攻めた際に手酷くやられたから。その前には各国の要人や民を捕らわれたから。
彼らが送られたのは大陸の和平のため。なぜ和平を志したのか。
さかのぼっていけば、おのずと答えはでた。
「まさか、次に攻めるのは――」
そうだ、とディアークは頷く。
「かつて獣人たちによって栄えた国。悪魔の王が君臨せし根城」
アニクアディティ。
悪魔どもの巣窟。
悪魔どもの王が現れ、各地で高位の悪魔が現れるようになって世界中が混乱に陥っている。
いくら倒しても、悪魔どもは異界からやってくる。止めるには元を断つしかない。
そのために後背の憂いを断つ必要がある。
グラノリュースを落とし、万全の状態でアニクアディティに挑むつもりか。
なんだ。隠す割には、たいして面白みもない話だったな。
なんにしろ俺には関係ない。
グラノリュースを落としたら、俺はあの宝玉を使って元の世界に帰る。
もしかしたら帰れないかもしれないという懸念はある。そのときはそのときだ。
とにかく今はグラノリュースを落とすことに専念するべきだ。
ただ、もし国がグラノリュース後に大戦を仕掛けることを考えているならば、悪くないことがある。
「なるほど。それで飛行船に関して予算を出してもらえるということですか。今も十分貰っていますが、もっと作れってことですかね」
「そうだ。南部を開発して量産の目途を立ててもらいたい。頑丈性も火力も速度もすべて向上させてもらいたい」
そう、飛行船を大戦にもそのまま使うということ。
この世界ではあまり制空権の確保の重大さを理解している者はそう多くいない。
空を飛ぶのは気球が精々、だが悪魔との戦いでは、有翼系の悪魔が現れた場合、小回りの利かない気球は逆に危険で使えなかった。
飛行船は気球とは桁が違う。有翼系の悪魔だろうがそのままぶつかるだけで灰へと帰すだろう。
だが、それでもまだ性能が足りないというのだろうか。
「今のままでは不満だと?」
「そうですね。相手は悪魔どもの王です。聖人を上回ると予想されています。当然空を飛ぶとも。それならば火力も頑丈性も桁違いに必要となります。これほどのものを作り上げたあなた方特務隊だからこそ、お願いしたいのです」
宰相が頭を下げる。
宰相ほどの人が頭を下げるなんて滅多にないことだ。彼の頭は、頭皮とは正反対に非常に重い。
国のためを思っての行動なんだろうが、あいにくと俺にはこの世界を想う気持ちなんてない。精々、見知った人間がちゃんと生きれることを祈る程度だ。
まあ、それでも飛行船の改良と量産はアニクアディティ以前にグラノリュース侵攻に欠かせないものだ。
「言われずとも飛行船の改良と増産は我が師団の目的のために欠かせないものです。火力も頑丈性もまだまだ上げていきます。グラノリュース侵攻でその真価、とくと見せてごらんに入れましょう」
「大変に心強い。あなたが我が国に来てくれたことは、神のお導きです。あなたの活躍に応えるために、アクセルベルクは特務師団のために全力を尽くしましょう」
次回、「アホな将軍」