第六話 再びの王女
ある意味では、因縁の相手といえなくもない王女。
アグニータ・ルイ・レオエイダン。
錬金術の総本山、ドワーフの王国レオエイダンの王女だ。
「遠路はるばるありがとうございます。王女様に置かれましてはご健勝で何よりです。飛行船の建造は貴国のご協力無くしてはあり得ませんでした。アクセルベルクを代表して心より御礼申し上げます」
王女と挨拶を交わす。
あえて至極丁寧に接することで、あなたとは何もありませんよ、と示したかったのだが、どうにもドワーフたちがにやにやしている気がして癪に障る。
レオエイダンには過去に一度、飛行船開発と悪魔退治でそれなりに有名になっている。
おかげでドワーフたちも俺が仮面をつけていることは知っていて、以前のように絡まれることはない。
それ自体はむしろ助かる。
だが王女がなぜここにいるのか。
「王女様自らご挨拶していただけるとは感涙に耐えません。それで確認なのですが、皆様はどういったご用向きで?」
テメェら、何しにここに来たんだ、喧嘩か? 買うぞコラ。
そう尋ねると、王女は一瞬、何を言ってんねん、いてこましたろかこのハゲ、といった感じで呆けた顔をした。
しかし、すぐにクスクスと笑いだす。
「アインハード中将閣下は陽気な方だと聞いておりましたが、いたずら好きでもあるのですね。何もおっしゃらなかったのでしょうか」
「レオエイダンの勇士たちが来るとは一言も。今日は私の部下が帰還するとだけ聞かされておりました」
「そうですか。ふふっ」
俺は仮面の下の顔をしかめる。
と、ここで思い直す。
ディアークが俺に知らせないということは、たいしたことではないということか。つまりドワーフたちは観光に来ただけ。それならば少しの間我慢すればいいだけだ。
だがそんな俺の淡い期待は、見事に打ち砕かれる。王女によって、最悪な方向で。
彼女は、俺に対して半身になり、自身の背後にいるドワーフたちの方へ手を広げる。
「私を含め、ここにいるドワーフ総勢千五百名。アクセルベルク南部軍特務師団に合流いたします。本日付で私たちは特務師団司令官、ウィリアム・アーサー准将閣下の指揮下に入ります」
「はっ!?」
そんなバカな、ありえない!
なんでレオエイダンが南部軍と連合を組むんだ。西部は海上保安上の問題で連合を組んでいるが、南部には当然そんなものはない。レオエイダンと接してなんていないからだ。
何よりも王女がいることだ。ドワーフは王族であっても前線に出て戦うと聞いてはいたが、他国にまで赴き、あまつさえ領主ですらない一軍人の指揮下に入るなんてことまでするとは思わなかった。
ディアークめ! 超重大事じゃないか!
なんで教えないんだよ!
千五百ものドワーフが加わるなら、訓練計画も見直さないといけないじゃないか! まだ草案だけだからいいけど、超困る!
くそったれめ。
とにかく、今はドワーフたちを兵舎へと案内することを優先する。文句は後でたっぷりディアークにぶつけてやる。あと王女には帰れと言ってやる。
一国の王女を預かるなんて気が気じゃない。
あまりの出来事で驚いた声を出してしまったが、一度咳ばらいをして取り繕う。
「とにかく、長旅お疲れでしょう。兵舎にご案内します。ルチナベルタ大佐。ご案内を」
困ったときの副官様。
「了解しました。では皆様。こちらへどうぞ」
「わかりました。それではギレスブイグ大佐。あとはよろしくお願いします」
「了解しました。姫様」
俺の意を汲み、アイリスがドワーフたちを案内する。
王女も連れて行って欲しかったが、彼女はすぐ後ろに控えていた一際威厳のあるドワーフに後を任せて残ってしまった。
おそらくあのドワーフが王女に次いで、もっとも階級が高いのだろう。
ん? ギレスブイグ?
王女は今ギレスブイグといった。レオエイダンでギレスブイグというと、かのヴァルグリオ元帥もギレスブイグという名だったはずだ。
もしかしたら彼はヴァルグリオ元帥の息子か? だとしたら王女のもとにいるのは理解ができる。見たところかなり聖人に近いようだし、実力も相応にありそうだ。
それよりも王女だ。なぜ残る。
「王女様もお疲れでしょう。お休みになられては?」
「いえ、飛行船がとても快適でしたのでご心配には及びません。それよりも准将閣下、少しお話できますか?」
王女の提案に乗ると俺たちの飛行船見学が後回しになってしまう。
それに王女と二人で話すのはできれば勘弁してほしい。だが他の奴らもいると、余計な詮索されそうでそれもまた面倒だ。
とはいえ、話さなければいけないことがあるのもまた事実。
内心は渋々、表面上は平然を装って基地内の司令部に案内する。マリナやエスリリは席を外してもらった。マリナは不服そうだったが、理解はしてくれた。
ようやく匂いが収まった司令部。
自分の部屋に入り、机を挟み向かい合って座る。例によって机の上にはお菓子が置かれている。
給仕係なんていないので、自分で作った菓子に紅茶。
王女の口に合うほどの紅茶の淹れ方なんて知らない。口に合わないかもしれないが知ったことか。
互いに一息入れて、話を始める。
「王女様自ら出向かずともよかったでしょうに。どうしてわざわざ南部くんだりまで?」
「それはもちろん、我が国に多大な貢献をしていただいたウィリアムさんの力になるためですよ。それにグラノリュースには私たちの同胞も捕らわれていますから、侵攻するとなればお手伝いしますよ。私が来たのは、それだけ我が国が本気ということです」
信頼というほどではないが、別に今更ドワーフが裏切るなんて思っていない。
わざわざ王女がよこして本気アピールなんてする必要ない。
となれば。
自意識過剰に思われるかもしれないが、目的は俺か。
狙っているのが国か、目の前の王女個人かはわからないが。
「相手はグラノリュースです。危険度で言えば以前の比じゃありません。命の保証はありません」
「心得ております。私だって戦場に保護者付きで連れて行けと言っているわけではありません。師団のために命をささげる所存です」
「……なぜそこまでする。他国の師団のために一国の王女が出張る必要なんてない。レオエイダンにとってグラノリュースを落とすことはそこまで重要じゃないはずだ。兵士を貸してもらえるだけで十分すぎるくらいだ」
苛立ち、敬語をかなぐり捨てる。
だが王女は気にせず続けた。
「私がここにきたのは誰の意志でもありません。私自身の意志です。王は反対されましたが、元来ドワーフ王族に生まれた婦女は聖人様のために戦うのが務めです。王妃も納得してくれて一緒に王を説得していただけましたし」
「経緯はわかったがそこまでしなくていいだろ。力になりたいというのなら兵力を貸してくれただけで十分だ。王女自身がここに来るよりも国にいたほうが支援もできるだろうに」
実際王女のなのだから、自身がここにきて戦うよりも、兵はもちろん技術や予算を動かすこともできる。そのほうが力になれるだろうし、ここに来る必要もない。
そう思ったのだが、
「ウィリアムさんは私がここにいるの、嫌ですか?」
王女は子供のように顔をふくれさせ、不機嫌になっていった。
呆れる。
「そりゃ一国の王女を預かる身になってみろ。下手して戦死させたら何言われるかわかったもんじゃない。だからといってお守りなんてしている余裕もない。ドワーフの兵を派遣してくれたことは心から感謝する。王女が来た事から、レオエイダンがどれだけ本気かも理解した。だがやはり王女が参戦するのは、責任者としての立場から賛成しかねる」
「なんだ、そんなことですか」
王女はたいしたことがないように、とてもあっさりと返す。
大事なことだろうと思ったが、俺を見る王女の目はしっかりとした意志が宿っていた。
「当然、私が死ぬかもしれないことはみんなわかっています。王も王妃も王子もです。兵士たちだってそう。わかったうえで戦うのです。以前もそうだったでしょう?」
以前とは、レオエイダンで高位の悪魔と戦った時のこと。あのときも王女は危険な目に遭った。
それでも戦場に出るという。
彼女なりの覚悟があるのだろうか。
「今回は私が無理をいってここに来ました。しっかりと両親には、たとえ私が死んでもアクセルベルクを、ウィリアムさんを決して恨まないと約束させました。まあ、そんな約束は無くてもわかってくれると信じてはいます。でもわかりやすくしたほうがいいと思いまして」
王女が俺に一枚の書類を見せてくる。受け取り、内容を確認する。
紙が貴重なこの世界の中でも、この書類はかなり上質で、これだけでも王族のものだと証明している。
肝心の内容はレオエイダン王女アグニータ・ルイ・レオエイダンの生死の責任は一兵卒扱いとし、我が国は不当な責任追及を貴国に求めないといったものだった。
不当な、ということだから、当然明らかに殺すつもりの作戦を行えば責任は取ってもらうということだろう。
そんなことをするつもりはもちろんないし、戦闘の記録くらいはしっかりととる。
……この書類は信用できる。
俺は溜息をつきながら目の前に座る王女に目をやった。彼女はこちらを見て微笑んでいる。
こうなることを見越してこの書類をわざわざ用意させたのか。何が彼女をここまで動かすのだろうか。
仕方なく、受け入れ拒否は諦めて、彼女の入団は許可することにした。
「わかった。我が師団はレオエイダンからの支援を心より歓迎し、感謝申し上げる。グラノリュースを落とすまで、ともに戦おう」
「はい! よろしくお願いします!」
歓迎の言葉を口にすると、王女は満面の笑みで俺に手を伸ばしてきた。
応じるように俺も手を伸ばして握手をする。
手を握って、驚いた。
その手は小さいけど、とても硬くて力強かった。
相当鍛えられているようで、少し安堵する。
とりあえず彼女自身をどうするかはともかくとして、ドワーフの一団がどれだけ戦えるのか、兵科についても詳しく聞かなければならない。
次第によってはまた編成しなおさなければならない。
まあ、ディアークはドワーフが来ることを知っていたようだし、大きな変更はないと思う。だが師団長である俺に黙ったままというのはやはりいただけない。
あいつはマジで、どうして特務隊に関わることなのに、俺に何も連絡も無しにいろいろと事を進めるのだろうか。
あとで会ったらとっちめてやる。
「レオエイダンは今回の件、しっかりディアークに伝えていたんだよな」
「ええ、伝えてました。というかもともと閣下から要請があったんですよ。グラノリュースを攻めるために協力してくれないかって。その作戦の司令官がウィリアムさんって聞いて、すぐに了承したんです」
ディアークは新しい師団を編成するにあたって、各所に要請しまくったようだ。アクセルベルクに、新たな師団を平和な南部に編成するほどの余裕はない。高位の悪魔が頻出する今はどこも手いっぱいだ。
だから新たな師団を編成すると聞いてどこから調達するのかと思っていたが、手当たり次第だったようだ。
「あの野郎、なんで黙ってたんだよ。あちこちに要請したんだな」
「仲がいいんですね。ちょっとうらやましいです」
「まあ、世話になったからな。王女は仲がいい人いないのか? 王族だからあまり仲良くできないのか?」
「いえ、そうではなくてですね……」
王族だからみんな畏まってしまうのか。
社交界とかでも外面を気にして仲良くできないとか?
そう思ったが、王女は少しはにかみながら言った。
「ウィリアムさんと仲良くしているのが羨ましいと思ったのです」
「そ、そうか」
思わぬ発言につい、返答がどもる。
俺と仲良くしたいなんておかしな奴だ。
前も思ったが、どうして顔も見せない怪しい男をここまで想えるのだろうか。俺には理解ができない。
顔がすべてなんていうつもりはないが、顔も見せてくれない人間を信用なんてできない。関わろうとすら思わない。
特務隊の面々は俺に慣れてしまっているから、もう不思議と思わないが、ベルは割と最近まで俺を本心では信用していなかった。
それなのに会って少ししか過ごしていない王女が、なぜここまで親しくなろうとしているのだろうか。
まあ、多少仲が良くなる程度は別に構わない。深い仲になる気は一切ないが、分別がつく友人程度なら別にいい。
「公的な場じゃないなら、あまり畏まらなくていい」
「いいんですか? じゃあお願いしてもいいですか?」
「お願い?」
一体どんなお願いが来るのだろうか。王女だから部屋をよくしろとか、宝石寄こせとか、俗っぽい予想がよぎる。
しかし王女はそんなベルのような頼みではなく、
「前に言ったように名前で呼んでほしいです」
「ああー」
いつかと同じ頼みをしてきた。
いや、愛称で呼ぶのはいいんだが、いかんせんその後が衝撃で、いつの間にか王女呼びになっていた。
それが彼女には嫌らしい。でも俺にだって理由がある。
「またキスされたらたまらんからパス」
「しないです! あれだってすごく恥ずかしかったんですよ……」
彼女も思い出したのか、顔を赤くして両手で隠す。
自分も被害者だ、みたいな態度にどことなくイラっと来た。
「自分でやったことじゃないか。大変だったんだぞ。あのあと東部に向かったが、そこで歌になって盛大に広まってやがった。ばれなかったからよかったものの、拷問だった」
「え、歌になってたんですか? ど、どんな感じでした?」
「言いたくねぇよ!」
何が悲しくて、自分の武勲詩や恋愛を人に話さなきゃいけないんだ。
アイリスの実家のルチナベルタ家で、根掘り葉掘り聞かれたときは本当に辛かったんだ。
色恋沙汰なんて望んでない。
こういう話はしないでほしいのに。
次回、「師団長と参謀長」