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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第七章《国を落としに結ばれる》
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第五話 嵌められた師団長



 南部に戻ってから一か月が経過した。

 季節はちょうど春になり、暖かな日差しが窓から差し込む。もう訓練をすれば、大した時間もかからずに汗をかく。

 もともと南の方だから、冬でも寒くはなかったが、やはり日差しがちゃんとあるというのは心地いい。


 さて、そんな穏やかで日差しが暖かいアクセルベルク南部ではあるが、今日は晴れているにもかかわらず、大地には大きな影が落ちていた。


「はは! これはすごいな! 思った以上にいい出来だ!」


 この世界でも前の世界でも見たことがないような、巨大な空飛ぶクジラ。


 飛行船だ。


 大空を覆いつくさんばかりに広がる、巨大な空のクジラとでもいうべきそのフォルムは、天から降り注ぐ燦燦な光を反射して、見るものを魅了する輝きを秘めていた。


 未だ未完成の特務師団基地。

 広大な敷地を持ちながら閑散としていた土地が、このときばかりは大勢の人が集まり、誰もが空を見上げていた。


 かくいう俺もその一人。目の上に手を持っていき、日よけを作って空を見上げていた。


「わあ! ……あれ本当に私たちが作ったもの!?」


 マリナがいつになく高揚した声を上げる。その瞳は眠たさなんてなんのその、目いっぱいに開かれ、飛行船に負けず劣らず輝いていた。


「凄いね、これが飛行船か。気球とは比べ物にならないね」


 横にいるアイリスも感嘆の息を吐く。


 飛行船は形だけなら、元の世界の飛行船に近い。細長い楕円形をしている。

 違うのは外装が硬い金属に覆われていて、後部に尾翼と四基の大型のロケットエンジンがついていること。

 船体は空で発見されにくくするために空色に塗装されており、エンジンのおかげでかなりの速度で航行することができる。尾翼も両翼も可動式で操舵も可能だ。


 今は着陸のために細かく姿勢を制御をしており、尾翼や両翼が細かく動いている。

 本当に、空をクジラが泳いでいるようだった。


 そんなクジラが空に三頭、ぷかりぷかりと浮かんでいる。


「三隻も作るなんて凄いね」

「どれも微妙に形状が異なるな。全部試験機なんだろな。どれが一番性能がいいのかな。内装や操舵がどうなっているのか気になるな。ヴェルナーたちはどれだけの成果を上げてくれたのかな」

「ウィル、機嫌がいいね。飛行船とか好きなのかい?」

「そりゃあ、男なんだから乗り物は好きだ。それにあの飛行船は俺たちが設計から携わったんだ。気になるのも当然だろ」


 こうして自分が関わったものが空を飛んでいるのを見ると感動する。

 遠目に見えただけで、全身を鳥肌が埋め尽くしたし、今もなお、全身を引き締めるかのような絶え間ない感動が心の底から湧いてくる。


 戦争に使うとはわかっているが、壊したくないな。できれば一隻観賞用に置いておきたいくらいだ。


 飛行船の下、陰になっている部分を興奮したエスリリが走り回っている。危ないからやめろと言いたいが、それ以上に飛行船から目を離したくなかった。


 ちなみにここにいるのは特務隊の面々だけではなく、師団員全員が集まって、感動に打ちひしがれている。

 あるものは両手を上げ手を振り、あるものは感激の湿った声をあげ、あるものは隣にいるものと抱擁を交わしあう。


 そんな誰もが感動を思い思いの方法で表している中で、一際目立つ表し方をしているのが二人。


「はっはっは! これは凄いぞ! 以前にも見たが、こうして空を飛んでいるのを見るのは初めてだな。三隻もそろうと圧巻だ!」

「いやはや、これは驚きです。まさかここまでのものをこんな短期間で作り上げるとは。天上人とは末恐ろしいですね」


 飛行船のエンジン音にも負けない大声で笑っているのが南部軍の英雄であり、領主ディアーク・レン・アインハード。


 そしてもう一人。

 寂しい毛髪を旗のようになびかせながら、風に吹かれて露になった頭皮が飛行船以上の輝きを放っている者。


「ベアディ宰相閣下。お久しぶりです。今日ははるばる来ていただきありがとうございます」


 ベアディ・カスパブラッツ。

 アクセルベルクの宰相。この国のほぼトップだ。

 会うのは、アクセルベルクに来た時の将軍会議以来か。


 寂しくなった頭を軽く後ろに流すように整えながら、宰相は俺に手を伸ばしてきた。


「いやはや、お久しぶりです。ウィリアム殿。これほどの行事、宰相として見届けなければなりません。歴史に名を残すほどの発明です。アクセルベルクの発展を考慮すれば、ここに来ないなんてできませんよ」


 彼の手を握り、挨拶をする。


「完成させたのは技官たちですので、存分に彼らをねぎらってあげてください」

「もちろんです。カーティス殿を始め、我が国では優れた技官が多くて誇らしいですな」


 挨拶も手短に、再び飛行船を見上げる。

 ディアークや宰相以外にも敷地の外には、わざわざ遠くからやってきた住民や旅人と言った部外者の人も集まって飛行船を見上げている。


 飛行船が徐々に高度を下げて発着場に着陸する。

 着陸してから飛行船のエンジンの音が鳴り止むまで待つ。


 ああ、魂まで震わしてくれるエンジン音が小さくなっていく。もうちょっと聞いていたい。願わくば抱き着きたい。


 我ながら変態的だと思うが、この飛行船は我が子といってもいいのだから、おかしくない。

 近くで見るとなお圧倒される。


 三隻すべてが垂直に着陸した。

 俺をはじめとした特務隊とディアーク、宰相がまとまって、先頭の飛行船に近付く。


 しばらく待つ。

 すると飛行船の下部にある扉が開き、梯子のような階段がぬるっと滑らかに表れた。


 次々と扉から、クジラの腹から子供が生まれるように人が姿を現した。三隻それぞれの腹から人が降りてきて、こちらに列を組んで向かってくる。


 出来上がる三つの集団。

 それぞれの先頭は見慣れた白髪、金髪、青髪。

 それらは徐々に近づき、いつの間にか一つの集団になっていた。


 どれだけ練習したのかと思うくらい、下船から整列までの流れは芸術のように流麗だった。

 一挙手一投足がそろい、あごはクイと引かれ、その目は一点に注がれる。


 俺に。


 下船してきた者たちの人数は総勢でも数十名。

 飛行船の大きさの割にはとても少ない。


 そして、それらの先頭にいる人物は、相対する俺たちとは対照的な仏頂面を浮かべた人物。


「団長に――、礼!!」


 鋭い女性の声。

 合わせて一糸乱れぬ敬礼がなされる。

 びしりと、音が出ているのではないかというくらいのキレのある動き。ほれぼれするほどの練度の高さ。

 技官たち全員が揃い、先頭にいる男が挨拶をする。


「カーティス・グリゴラード大佐以下、特務隊技官二十名。レオエイダンから帰還した」


 最も階級の高いカーティスが代表して口上を述べ、敬礼をする。

 応えるように、俺たちも一斉に敬礼をする。


「よく戻った! 長い間、レオエイダンでの研究開発、建造まで誠に大儀であった!」


 直属の上官である俺が手短に挨拶を述べる。その間に、全員の顔を見渡した。


 彼らと会うのは半年ぶり。たいして長い期間でもない。

 なのに彼らの顔は、どれもがとても生き生きとしていて、どこか若返っているような気すらさせてくれるものだった。

 俺に続き、ディアークや宰相も挨拶を述べる。ただ二人とも早く飛行船について聞きたいようで、手短に挨拶を済ませた。


 俺としても、早く説明が聞きたいところだったので、助かる。


「それでは、こちらへ」


 技官たちが手を広げ、中将と宰相を優先して飛行船へと案内する。

 彼らに続いて、俺も見に行こうとした。


 が、


「准将はここで少し待っていてくれ」


 ディアークが俺の肩をたたいてそういった。

 どこか、その顔はとても楽しそうだった。まあ、飛行船を見に行けるのだから楽しいのは当然か。


 一方で俺はお預けを食らった気分になり、仮面の下、疑問符と青筋を浮かべまくりながら、ディアークの後姿を見送った。


 何を待てばいいのか、いつまで待てばいいのか。


「待てって言われたが、いつまで待てばいいんだ。まさか二人が三隻の飛行船全部見終わるまで待たなきゃいけないのか?」

「さあ、一体何を待つんだろうね。話があるなら来る前に時間があったのにね」


 俺と一緒にお預けを食らったアイリスが唇を尖らしながら言った。

 そこで、


「あ、ウィル……向こうからまた大勢の人が降りてきているよ」


 マリナが飛行船を指さした。


「ん?」


 見れば、再び飛行船の下部から階段が現れ、人が降りてくる。

 式典が終わったから出てきたのだろうか。三隻の飛行船をたったの数十人で動かすなんてどうなってるんだと思ったが、まだ人がいたのか。


 だが、飛行船は最重要軍事機密。存在自体は知られても、乗れるものは限られている。

 いったい誰だろうか。


 にしても、飛行船がでかいから遠近感が狂うな。人がとても小さいから、実際に歩いていくとなると、だいぶ遠そうだ。


「遠いな。……いや、違うな。あれは……ドワーフか?」


 遠いから小さく見えるのかと思っていたが、違った。

 近づいてきているのに普通の人間よりも小さく見える。

 ぞろぞろぞろぞろと、まるでアリが巣から出てくるかのように次々と現れる。


 見えてくる集団には、全員に共通した特徴があった。ひげを蓄え、樽のような体系をした人間。


 ドワーフの男性に多くみられる特徴だな。

 いやまあ確かに、飛行船はレオエイダンから来たのだし、あの国とは共同開発をしているのだからドワーフが乗っていてもおかしくはない。


 ……おかしくはないが、こんなに大勢いるのはおかしい。

 三隻全部から大勢現れる。全部で千は超えるじゃないだろうか。


「おい、ドワーフが観光か? こんなに大勢来るなんて聞いていないんだが」


 レオエイダンとアクセルベルク南部はそこまでかかわりがない。飛行船の共同研究がしたいから、南部に新たに建てる研究所にドワーフが派遣されるのはわからんでもない。


 だがそれにしても多すぎる。


「まだ出てくるね。もしかして宰相が来たのは飛行船を見るためだけじゃないのかもしれないね」

「連絡くらいしてくれよ。報連相は社会人の基本だろうが」

「宰相にそんなことが言えるのは団長くらいだよ。でもこんなに大勢のドワーフをどこに泊める気なんだろうね。南部に千に上るほどの客を受け入れられるほど、宿は無いと思うんだけど」


 アイリスのいう通りだ。

 他の領に比べて開発の遅れている南部に、こんな大量の人間を受け入れられるとは思えない。


 泊められるのなんて、最近できた俺たちの師団の兵舎くらい……え? まさか?


「まさか、うちの師団の兵じゃないよな? ドワーフとの混成軍だったのか?」

「え? 西部じゃないんだし、それに海軍もないよ。ドワーフがグラノリュース侵攻に手を貸すのはありえなくはないけど、レオエイダンも悪魔の対応で大変だろうに」


 頭によぎった疑問。

 そこに新たな情報が飛び込んでくる。


「ねぇウィル! 奥の方からすごい綺麗な人が出てきたよ! すごく偉い感じだったよ!」


 発着場を走り回っていたエスリリが叫びながら、四足歩行で駆け寄ってきた。

 エスリリは目を輝かせて俺のすぐそばに走り寄り、ちぎれんばかりに尻尾をぶんぶん振る。


 彼女がどれだけ飛行船のことを理解しているのか知らないが、見たこともないものがたくさんあって楽しいんだろう。


 ただ彼女が知らせてくれた内容は楽しくなかった。


「すごくきれいで偉そうな人?」

「誰だろうね。心当たりはある?」

「綺麗かどうかはともかく、偉そうな人なら心当たりはたくさんあるな。女性なら王妃か? エスリリ、年齢はどれくらいかわかるか?」


 エスリリが自分を指さす。


「えーっとね。若い人! 私と同じくらいかな? あれ、でもドワーフってちょうじゅ? なんだっけ。じゃあ年上? じゃあ誰と同じくらいかな」

「あー、まあなんとなく年齢はわかった」


 見た目の年齢はエスリリと同じくらい。

 たしか十七、八だったか。


 そのエスリリと同じくらいとなるとほとんどわからない。そもそもドワーフに見知った奴なんて多くない。

 軍で知っているとなるとヴァルグリオ元帥か参謀長のフェアディ、通信兵のハルヴァルくらいだ。


 軍部以外に知り合いなんて王族くらい……あっ。

 戦慄が走る。

 飛行船を見た時とは真逆の鳥肌が立つ。


「悪い。アイリス。後は頼んだ」

「え、何? そうはいってももうすぐお偉いさん来ちゃうよ」


 面倒なことは副官に押し付ける。これこそ上に立つ者の極意!


「礼儀正しくない俺には荷が重い! お偉いさんの相手は任せた! 俺はちょっとヴェルナーたちのほうに向かうから!」


 アイリスに背を向け、足を――


「待って」

「ゲコっ」


 踏み出そうとしたところで首を絞められる。

 アイリスが俺の軍服のフードを掴んだのだ。

 ちょうど首が締まることになり、潰れたカエルのような声が出た。


 せき込み、アイリスを睨むと、彼女はジト目で睨み返してきた。


「ねぇ、あれって例の歌の人じゃない? 団長がキスしたっていう」

「え!?」

「きす?」


 くそ、アイリスめ。余計なことを!

 マリナが驚いた顔で俺を見る。そんな目で見ないでほしい。俺からしたんじゃないんだ。


 半ば無理やりで、求婚もされたが、当然断った。


「おいこら! 離せ!」

「ダメに決まってるじゃないか! 王女が来たんだよ? 誰目当てかなんてわかり切ってるじゃないか!」

「だから嫌なんだよ!」


 クソ、アイリスめ! 強くなりやがって!

 なぜかまったくアイリスの腕を振りほどけず、ドワーフたちが近づいてきてしまったので、おとなしくあきらめることにした。


 乱れた軍服を正し、一つ咳払い。出迎えの準備をする。


 ドワーフたち一行が俺たちのいるところに近付いてくる。

 こうしてみると本当にすごい数だ。千に近いと思っていたが、確実に超えている。

 ドワーフたちが近づき、その先頭にいる人物の姿がよく見えるようになったところで、


「はぁ……」


 ため息がこぼれる。

 集団の先頭には、忘れようにも最後が強烈だったせいで忘れられそうにない人影。


 近くに来れば嫌でもわかった。

 体高の低いドワーフにしては高身長。

 深紅に染まる、煌びやかでありながらも機能性に優れていそうな衣装に身を包んだ、引き締まった肉体を持つスタイルの良い女性。

 肩に届くか届かないかくらいで切りそろえられた、葡萄茶色(えびちゃ)のきれいな髪。それを左耳のあたりで一房編み込んだ、可憐な容姿。


 ドワーフたちがやってくる。

 俺の前に来た途端、彼らは一斉に足を止め、一度横に片足を軽く開き、再び足をびしりと閉じる。


 さきほどの俺の部下たちにも劣らぬ清廉さ。いや、千を超える人数を考えれば、この統一様はすさまじいもの。

 その雄大豪壮、剛強無双な一団を率いるのは――


「お久しぶりでございます。ウィリアム・アーサー准将閣下。この度は飛行船の完成、心よりお慶び申し上げます」


 ――アグニータ・ルイ・レオエイダン。


 レオエイダンの王女だった。






次回、「再びの王女」

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