第一話 特務師団
特務隊が前身となる特務師団を発足するにあたって、やらなければいけないことはたくさんある。
まず一つは、新団員たちの編成。つまり顔合わせだ。
といっても、まだ師団員は半分も揃っていない。揃っている師団員のほとんどは、元から南部軍所属の者たちだ。
南部軍は四領を統べる軍の中で、最も規模が小さい。
それはほかの領の司令官が大将なのに、ディアークだけは中将なことからも明らかだ。
アクセルベルクの将軍の階級の管理は、王族が治めるアクセルベルクの中央が行う。
将軍以下の軍人に関しては、各領を治める将軍の裁量に任されているらしい。
つまり、南部軍全体の指揮をするのに必要な階級は、中将で十分ということだ。このことからも、南部の発展具合がいかに他領と比べて遅れているのかがわかろうというもの。
ただ最近は特務隊の規模が大きくなったことで、彼が大将に任命される日も近いだろう。多分、俺も師団の編成が完了したと同時に少将に昇進するはずだ。
東部軍制裁、飛行船開発、ユベールと灼島の関係を取り持ち、同盟を結ばせたこと。
これらを考えれば、少将でも足りないというものだ。
でもこれ以上は恐らく上がらない。
ディアークが大将になるか、もしくは入れ替わるかしない限りは、枠が埋まっているから中将にはなれないはずだ。
大将の位が空席な東部軍に転属となれば、話は別かもしれないが。
随分と話は逸れてしまったが、今俺は南部軍の基地の一つに来ている。
アクセルベルク最南端基地、ロイヒトゥルム。
俺とベル、マリナの三人がこの国で最初に訪れた場所。
そこの一際大きな机のある立派な部屋で、
「おお! ウィリアム殿! いや、失礼、アーサー准将。お久しぶりです。覚えてくださいましたかな?」
「二年ぶりですね。准将閣下はあちこちで暴れているようで、私たちのことなどお忘れでしょう」
懐かしい人に会った。
「久しぶり。バルドウィン少佐にクローヴィス大佐。あの頃は迷惑をかけた」
赤髪を短く刈り込み、日焼けした恰幅のいい中年男性に、白髭を蓄え、小さいながらも頑強な肉体を持った老齢の男性。
アダルヘルム・バルドウィン少佐とバーレッド・クローヴィス大佐だ。
この二人は、俺達が初めてこの国に来たときに世話になった二人だ。
名前はすっかり忘れていたが、事前に団員名簿をもらっていたおかげで、誰だっけ、とならずに済んだ。
師団の練兵に当たって、この二人が協力してくれる。
バルドウィン少佐はたたき上げの軍人で、実戦経験も豊富だ。
特務師団に入るのはバルドウィン少佐だけ。彼はロイヒトゥルム基地からの一時的な異動という扱いだ。
クローヴィス大佐は挨拶だけで指揮下に入るわけではない。
大佐と握手を交わす。
「それにしても短期間で随分と昇進されましたな。まあ、准将殿の実力と功績を鑑みれば当然と言えば当然ですが」
気さくに話してくる。
仮面の下、軽く笑う。
「どうかな。准将なんて荷が重い。どうだ、大佐。指揮官だけでも交代してくれないか」
「ほっほ、ご冗談を。私では貴方の部下が付いて来ないでしょう。それにグラノリュースについて深く知っている貴方しか新たな師団の長は務まりますまい」
大佐が立派に蓄えた顎髭を触りながら、笑って言った。
残念だな。内心では少し期待していたのに。
いや、無理なことはわかっているが、指揮官なんてやりたくない。
グラノリュースのときも、アクセルベルクに来てからもそれなりに指揮については学んでいる。だが、実際に指揮したのはせいぜいが大隊規模だ。いきなり師団規模になるのは気が重い。
まあ、だからこそこれから兵を集めて訓練するのだ。
そこで納得いくまで学ぶしかない。クローヴィス大佐が来たのは挨拶もあるが、俺の師団と合同訓練を行うためだ。
彼は見た目通りに経験豊富で一つの基地をまとめていて、俺よりも指揮や管理については熟達している。
「大佐。これからよろしく頼む」
「ほっほ。後進を育てるのは老骨の役目。嫌と言ってもやめませんぞ?」
「そんときゃ、グラノリュースに逃げるから平気だ」
「ほっほっほ! ならば団長を追いかけるためにも、しっかりと兵を鍛えなければなりませんな!」
久しぶりの交友を温めながら、今後の相談をする。
師団の目的とそれを達成するには、どういった教育計画を立てるか、敵国はどういう状況か、どういった戦闘が想定されるかを話し合って、部隊の編成や訓練内容を決めていく。
今いる南部の兵に一番詳しいのはこのクローヴィス大佐だし、バルドウィン少佐は兵士一人一人の顔や能力も覚えている。
俺はグラノリュースについて話すだけで具体的な計画は二人がほとんど考えてくれた。
非常に助かった。訓練や教育を受けているとはいえ、自信があるかといわれると話は別だ。
師団長になるのに情けないと思わなくもないが、そもそも俺が軍人として正規の訓練を受けたのは、アクセルベルクではなくグラノリュースだ
そもそも方法が違うのだから仕方ない。通じるところもあるし、逆に勝っていることもある。
今回はただ彼らに任せるというだけだ。
ただ編成に関しては自分で決めなければならない。
二人も師団に加わる予定のエルフや竜人、獣人をどう使えばいいかなんてわからないだろうし、むしろ一緒に戦った俺の方が理解している。
師団の根幹を担う元特務隊のメンバーは誰もが尖りすぎていて、普通の部隊にそのまま組み込むわけにもいかない。
「予定では六千の規模、か。師団にしても少し多いな」
空白だらけの団員名簿に目を通し、口に手を当て考える。
団員名簿はその名の通り、師団員についてまとめられた名簿だ。何度も言っている通り、今は人がいないから誰が来るかわからずに空白だらけ。
埋まっているのは全体の四分の一程度だ。
こんなんでどうやって計画と編成を行えというのやら。
「グラノリュース天上国に派遣できる軍団の数は限られている。飛行船を量産するとはいっても、期間的にはそこまで多くは生産できない」
「となると、一師団で長期間活動でき、戦略を多くとれる編成にしなければなりませんな」
大陸図や師団情報、過去の軍団の編成内容など様々な情報が書かれた書類を机の上いっぱいに広げ、三人で頭を捻らせる。
「となると、一兵科だけからなる師団は論外だな。まあもともとそんなことはできないが」
師団、と一言で言ってもその役割も内容も様々だ。
歩兵だけからなる歩兵師団や、二つの旅団からなる四連隊編成師団、三連隊から成る三単位制師団まで。
特務師団の相手はグラノリュース天上国。
一師団が一国を相手にする。
普通に考えれば、とんでもないことだ。
それだけ無茶口をするのだから、編成に関して、取れる選択肢は多くない。
「無難に歩兵、工兵、砲兵、輜重兵ってところか」
つまり四連隊編成、一連隊当り千五百といったところだ。もっとも均等に分けるわけではないが。
占領や治安維持を行う歩兵が最も多く、砲兵が最も少ない。歩兵の次に多いのが工兵で、ほぼ横並びで輜重兵といったところ。
ちなみに輜重兵とは、主に兵站や補給を担う部隊のことだ。
遠征するには必須の部隊となる。
「とりあえず、今はこれで行こう。ただ、これだけじゃ足りない。もう一つ大切な要素が必要だ」
俺の言葉に、二人は片眉を上げる。
他の国を攻めるというのであれば、この編成だけでもそれなりに戦えるかもしれない。
だがグラノリュースを攻めるというのであれば、これではいけない。
かつて起きた戦争のように、あっという間にアクセルベルクが敗北してしまうことになる。
あの国と戦う上で、忘れてはいけない存在がいる。
「天上人」
二人がハッと目を見開く。
「空を飛び、火を噴く悪魔。こいつらを落とせなければ、勝ち目はない」
結局これに尽きる。
天上人。
俺と同じ、異世界からの来訪者。
同郷だけど、今の俺には敵意しかない。
「天上人……。見たことはありませんが、この国に来たときの准将閣下と同じ実力となると、普通の兵で太刀打ちできるとは思えませんな」
バルドウィン少佐が腕を組み、険しい顔を浮かべる。
彼の言う通り、天上人と戦える人間がそう多くいるとは思えない。大物であるクローヴィス大佐ですら、入国時の俺に勝てなかった。
あのときの俺は、天上人としては下の方の実力だったにも関わらずだ。
「空を飛びながら戦える兵士など、それこそ准将閣下とあのお二方のみでしょうな。他に空を飛べる人間はこの大陸にはおりませぬ」
「そうなると、いかに飛行船に火砲を積むか、ということになりますね。ですがそうなると、作戦行動時に必要な物資の量が逼迫しかねません。定期的に飛行船で本国から輸送するとはいっても、一度の積載量が減ってしまっては、その分だけ危険を冒して往復しなければいけません」
二人が頭を抱える。
天上人は本当に厄介な存在だ。それさえなければ、今頃はとっくにグラノリュースは滅ぼされているだろう。
たった数人の天上人のおかげであの国は永らえている。それだけ天上人は隔絶しているということだ。
魔法使いとそうじゃない人間との差は筆舌に尽くしがたい。
だがそんなことはとうの昔からわかっていた。
この差を埋めるために今まで過剰ともいえる技術を開発してきたのだから。
「対天上人部隊。俺直属の部隊を作る。各連隊の編成にも影響が出ないほどの超少数精鋭だ。アテはある」
「アテ?」
呆けた声を出す少佐に、思わず俺は笑ってしまった。
天上人と戦える可能性がある人間。程度で言えば高位の悪魔と単独で渡り合える力を持つ人間ということ。
南部にそんな人材は一つしかない
「高位悪魔との戦闘経験があり、なおかつ他より優れた技術を持つ者。何よりずっと近くで天上人とは何かを、肌で感じて知っている人物」
口元に指を一本立てた指を持ってくる。
ニヤリと笑う。
「特務隊。天上人と戦えるのは、あいつらしかいない」
ずっと俺を見て、散々人の技術を盗んできたんだ。
戦えないとは言わせない。
あいつらが帰ってきたときが楽しみだ。
次回、「連隊長」