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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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第十四話 やるべきことは

 中層にある有数の規模を誇る町マドリアド。

 ここは今回の下層と中層の武装蜂起、クーデターの中核を担う場所。

 その町にたどり着いた僕らがまずしなければならないことはこの町の情報を集めることだ。いきなり軍が来る、避難しろと言われてもこの町に蜂起する人が一人もいないのであれば、心当たりがないためにただ駐屯するだけだと思われる。


 一方でもし全員が蜂起する気でいるのなら(住民全員が戦うなどありえないが)それこそ徹底抗戦だ。もしかしたら僕らも強制的に参加させられるかもしれないし、逆に軍の犬と疑われ拘束ないし尋問でもされるかもしれない。そうなれば僕らは何もできずに終わる。

 どう行動するにしてもまずは情報を集めなければならない。

 まず最初に向かうべきは今回の騒動の黒幕かもしれないハンターギルドだ。


「わかった、ハンターギルドで情報を集めるんだな。でも具体的にはどうするんだ。聞き込みでもするのか?」

「それも一つの手だね。あとは不審な依頼がないかとか、ギルドの雰囲気かな。あとできればギルド役員との接触だ。これができれば大きなチャンスだ」

「確かに役員が知らないなんてことはないだろうな。もしかしたらギルド全体で義勇兵でも募集してるかもしれないぜ」

「それはないと思うよ」

「なんでだ?クーデターなんてことをする連中だぞ。それくらいしてもおかしくはないじゃないか」

「おかしくはないけど、この町の様子からしてそんな大胆なことはしていないと思う。見なよ」


 オスカーが周りを見渡すと、はっと小さく息を吐く。

 そう、町の様子が依然と変わらないのだ。むしろ明るくなっているようにすら見える。


「なんだか戦前とは思えないな、平和すぎる」

「そうだね、もし大胆に募集なんてしてるなら、噂が広まってもっと違う雰囲気にあるはずだ。でも人の数も変わっていないみたいだし、町の防衛を進めてる気配もない」

「それ、まずいんじゃねぇのか?」

「まずいね。だから早く動かないといけないかもしれない。でもここまでギルドの動きが悪いんだ。なにか考えているのか逆に楽観視しているのか。まずは知らなくちゃならない」


 そういうとオスカーも覚悟を決めたようだ。2人で役員にあって話をするよりも手分けしたほうが効率的だ。だから役員と話をするのは僕で聞き込みをするのはオスカーだ。どうやって役員に接触しようか。思案しているとギルドに着いたので中に入る。


 中に入った瞬間に感じたのはむせ返るような熱気だった。ギルド内はかつてないほどハンターであふれている。武器を持ったハンターがいて、依頼を手に、獲物を手にしてギルドを出ては入ってくる。


 戸惑いながらも予定通りオスカーと別れて、役員と話ができないかと受付にいく。

受付には以前、登録した際にお世話になった僕たちの担当のアイダ・シェルロードさんがいた。


「お久しぶりです。アイダさん」

「ウィリアムさん!お久しぶりですね、最近見ないから心配してたんですよ」

「すこし厄介ごとがありまして。それにしても随分と活気がありますね。前回きたときとは全然違いますね」

「ええ、最近新しいハンターが大勢いまして。皆さん腕はそこまでなのですが先輩ハンターたちが熱心に教えているので順調に育っているんですよ。おかげさまでこの町周辺に限らず多くの地域で採取や討伐が行われてこの町が活気づいてます」

「なるほどね……アイダさん、役員の誰かと会えますか?大事な話があるのです」

「役員の方とですか?申し訳ありませんがアポイントを取らないと難しいかもしれません。最近は皆さんお忙しそうにしておられるので。一応伝えてはきますのでしばらくお待ちください」


 アイダさんが受付を出て奥の部屋へ向かう。さすがにいきなり役員と話をさせろというのは厳しいか、まあ足掛かりとして後日くればいい。時間がないのが心配だがそこはオスカーに期待するしかない。


 最近増えたハンターっていうのは恐らく下層から来たハンターたちだ。熱心に教えているハンターは今回の蜂起に参加していると考えて。彼らを軍との戦いに参加させるのか?数か月鍛えただけで軍と渡り合えるわけない。何か策があるのか。

 どんなに考えてもこれだけで軍に勝てるとは思えなかった。そもそも中層の町一つが抵抗しても勝てない。やるなら他の町も一緒に……一緒に?


 そういえば考えていなかったが他の中層の町にギルドはあるのだろうか。あったとしてもどれくらいの距離にどれくらいの数だ?もしあってそっちにも同様にハンターが増えてこちらに向かってくるなら勝算はあるかもしれない。


 だがそうなると明らかに下層民の数が減る。軍が気づかないはずがない。そもそも下層民はどうやってこの町に入ってきているのかもわからない。


 悩んでいるとアイダさんが出てきた。


「ウィリアムさん、よかったですね。役員の中で重役のソールさんが話を聞いてくれるそうですよ」



 アイダさんに案内され入った部屋の奥には立派な机があり、書類が山のように積まれていた。その書類を処理していたのはかつて、登録したときに面接をした線の細い無愛想な人だった。アイダさん曰くソールというらしい。そのソールさんが書類を処理しながら話しかけてくる。


「よくお越しくださいました。おかけください」

「どうも」

「私たち役員に話とはいったい何でしょうか」


 何の前置きもなく、書類を処理する手を止めることも顔を上げることもなく本題に入った。


「その前にお聞かせください。ギルドはいったい何を企んでいるのですか?」

「企んでいるとはまた人聞きが悪いですね。いつも通り人々の依頼を受け、ハンターに紹介しているだけですよ」

「下層の仕事もですか」


 下層の仕事という言葉に反応して彼の手が止まった。そしてゆっくりと顔を上げて聞いてくる。

 何も言わずにこちらをじっと見てくる。僕も負けじと見つめ返す。

 ここで自信なさげな態度を取れば、相手は僕が大した根拠もなしにカマをかけてると思うかもしれない。

 だけど尊大にしていれば自信がある、何か掴んでるんだぞという意思表示になる。

 そうしているとソールさんは折れてくれたようだ。


「どこまでご存じなのでしょうか」

「ごまかさないのですね」

「ええ、まあ。あなたは城勤めですからそれなりに有能なのでしょう。そしてこうして直接来る以上、何かしらの形でばれたのでしょう。まあばれることは予想していましたしね」


 やはりギルドは考えなしではないようだ。慌てるそぶりが無い。


「そうですか……知っているとはいってもたいしたことではありません。下層の人たちと協力して上層に対してクーデターを画策していると。その中心がこのマドリアドで先導しているのはハンターギルドといったとこでしょうか」

「そこまで知られているのであればもはや話すことなどありません。それであなた方はどうするつもりなのですか。知られたうえで生かして返してもらえるとは思っていないですよね」


 後ろでわずかに殺気を感じる。アイダさんだろう。ほかにも見えないが隠れた位置から気配がする。殺す準備は万端だから城勤め、つまり上層側である僕との面会を許可したのかもしれない。

 ここで下手な返答をすれば襲われる。生きて出られるかもしれないがオスカーにも迷惑がかかるし、何より目的が達成できない。

 だからここは包み隠さず話すことにした。僕らの目的は彼らの目的と反発しない。どころか隠れて協力だってできるかもしれない。


「僕を殺したところで何も変わりません。僕たちがしたいことは一つです。中層のこの町を救いたい。下層民たちもです。」

「なぜ?あなたたちはこの町の住人ではありません。ハンターとしてもまだ正式ではありませんし、問題を起こせば軍には追われますし、我々はかばいません。ここは静観するのが得策だと思いますが」


 得?この町の人たちを救う以上の得なんてあるもんか。


「だとしてもです。僕たちはこの町の人に世話になりました。なにより軍が下層の人たちにしていることを知ってしまったのです。知っていて見殺しにするなんてできない。僕らが強くなろうと思ったのは虐げるためじゃない。守るためだから」

「……わかりました。いいでしょう。今回のギルドの動きについてお教えしましょう。ただしこれを聞いた以上は協力していただきます。もちろんあなたたちの目的を邪魔しない程度ですが」


 意外にもあっさりソールさんは納得してくれたようだった。

 

「ああ。それともう一つ。今回の件が終わったらあなたたちを正式にハンターギルドの一員として認めます」

「いいのですか?」

「当然でしょう。非道を見逃さず、自らを省みずに弱き民のためにその力をふるおうとする人を認めなければ、誰を認めるというのですか」


 ソールさんが抑揚のない不愛想な声でそういってくれた。

 この言葉は嬉しかったが、自分がそんなたいそうな人間とは素直に受け取れなかった。僕は一度、リスクを考えてソフィアの願いを聞くのをためらってしまった。背中を押してくれたのも引っ張ってくれたのもオスカーだ。

 まだ僕からは何もしていない。

 いや、違うそうじゃない。ネガティブになりそうな気持を無理やり奮い立たす。

 これからやればいいのだと、ここで二人のために役に立つんだと、気持ちを切り替える。

 だから今やるべきことはギルドの策だ。これを聞かなければ帰れない。


「それでギルドはどういった策をお持ちなので?このままでは軍相手に勝ち目はないと思いますが。精強さが違いますし、何より集団戦に長けています。寄せ集めのハンターでは集団戦は難しいのでは?」

「確かに、いくら下層民のハンターを集め育成したところでたかが知れています。ですがいないのとは大違いです。それに下層民は数が多い。三つの層の中でも最も人口が多く、そして無数の村落があります。中には国が把握していないものも。多くの下層民を集めても下層にいる軍人の目は欺けるでしょう」

「つまり、大量の下層民を確保しているということですか」

「ええ、そうです。ですが数が増えれば増えるだけ統制は難しくなります。管理もそうです。なので平原での戦闘は絶対に避けてゲリラ戦しかありません。それで勝てなければ市街に罠を張って待ち受けます。そのための改築も現在進めています。今回の件で、長年ためたギルドの予算の大部分が消えました。書類も増えますし困ったものです」


 数だけなら今の案でもいいのかもしれない。でも聞き捨てならない言葉が出てきた。


「確かにそれなら勝てるかもしれませんが、市街戦なんて正気ですか?住民たちはどうするのです?」

「彼らには避難所があります。逃げ遅れたならそこに避難してもらいますが、軍の襲撃の時期はおおよそ見当がついています。その前には町から避難させ、近くの町や下層に行ってもらう予定です」

「彼らは承知しているのですか?」

「しています。この町はもともとこのために作られたのですから」

「え?」


 これには耳を疑ってしまった。この町はもともと蜂起することが前提だった?そこに住む住民はみな覚悟しているということ?


 理解ができなかった。下層民がこの国に不満を持つのはわかる。だが中層の民がそこまでの不満を持つものだろうか。上層に比べれば質素だがそれでも生活はちゃんと送れているように見える。

 そもそも戦争は命を落とすし、今まで築いたものをすべて失うような行為だ。市街戦となればなおさらだ。それを町の住民ほぼ全てが了承するなんて信じられない。


「信じられませんか?中層で生まれ、生きてきたわけではないなら仕方ないかもしれませんが」

「どういうことですか?」

「その話は後日ということで。こちらの話はしました。今度はそちらが話す番ですよ」


 僕からは先生から聞いたことをほぼそのまま話した。中層のこの町を攻略し、それを足掛かりに下層を支配するつもりらしいと。

 これを聞いてソールさんはかなり困った様子だった。


「これは驚きです。予測よりも随分動き出すのが早いですね。これでは避難が間に合いません。ほかの町に連絡をしても応援が来る前に開戦してしまうでしょう。とにかく今すぐ動かなければなりません」

「厳しい状況ですか」

「そうですね。事前の情報と少し異なります。相手の数も把握できていません。下層に攻めるための第2陣も存在するというなら数は多くて1万でしょう」

「こちらの数は?」

「あまり多くありません。精々6000といったところでしょうか」

「かなり厳しいですね」

「そもそもこちらとしては下層の蜂起がメインで私たちのところに来るとは考えていなかったのですよ。噂では下層に軍を派遣するというものでしたから、その拠点としてこの町を利用する程度にしか考えていません。下層に軍が侵攻した際に挟撃しようという案でしたから」


 なるほど、つまりもともと本命は下層の蜂起で、それに軍が対処している間に中層が後ろから攻撃するという作戦だったらしい。でも今はその作戦はもう取れない。軍はもうこの町を標的にしているからだ。


 そうなった原因はおそらく僕たちなんだろう。

 誰かが僕たちを中層とまとめて始末しようとしている。僕らを殺すつもりなのか捕らえるつもりかはわからないが、僕らが中層に行っていることを把握しているなら、この町を攻めれば何かしらの行動をとると考えたはずだ。

 僕らが動かなくとも下層を鎮圧する足掛かりとして、この町は攻めるつもりだろうからどちらに転んでも軍としては好都合だ。

 結局僕らがあの日、この町に来た時点でこうなることは決まっていたのかもしれない。


「事態は最悪を想定して動きます。もしかすれば彼らはただこの町に駐留するだけかもしれません。まずは出方を見てからです」




次回、「それぞれの戦い方」

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