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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第三十二話 新しい仲間


 傷む頭をこらえて、俺のことや先にあった会談のことについて話した。


 竜人とエルフの間の戦争は終わったこと。

 両種族は悪魔と戦うために手を取り合うこと。

 グラノリュースとの戦いに手を貸してくれること。


 その背景含めて、各種族の利点をできるだけ丁寧に細かく説明した。


 ……したつもりだった。


「つまりどういうことだ?」

「……」


 獣人代表なのだろう、上裸のアアラヴが顎に手を当てかわいらしく首をかしげる。

 ……うん、ケモミミがあってもオッサンがやると何も可愛くねえ。アニマルセラピーなんてものはなかったわ。


 しかしどうしたものか、懇切丁寧に説明したつもりだったのに、わからぬと言われてしまった。


 こんなに俺には説明力が足りなかっただろうか。心が折れてしまいそうだ。


 まあでも確かに、飛行船云々とか技術的なことはわからないか。


 気球だって見たことないかもしれない。

 獣人たちはグラノリュース天上国も知らないようだ。

 悪魔に奪われてしまった彼らの故郷、アニクアディティは大陸最北端だ。正反対にある最も遠いグラノリュースのことは知りえないのかもしれない。


 知っていたとしても忘れているのかも。

 最近までゲリラ的に戦っていて、他を気にする余裕もなかったんだろう。


 それはそうと、彼らにもわかりやすく状況を説明するにはどうしたらいいのだろうか。


「つまりウィルは次の戦いに協力してほしいと言ってる……竜人たちは協力する。獣人のみんなはどう?」


 たったそれだけ、今の状況なんて何もわからないだろうというマリナの説明。

 でも獣人たちはなるほど、としきりに頷いた。


「そういうことであった。ハハッ、レイゲン殿が協力するといったなら、ワシらも協力しないわけにはいくまい!」


 そんなにあっさりと戦争の協力を決定するのか?

 今度は俺が理解できなかった。


「本当にいいのか? エスリリから聞いた話じゃ、お雨たちは自分の故郷を取り戻すためにレイゲンに協力しているんだろ? 悪魔との戦い以外には関わろうとしないと聞いたし、俺の戦いもそれとはまったく関係ないぞ」


 アアラヴは、


「愚問だな! 愚問!」


 笑い飛ばした。

 彼だけではなく、他の獣人たちも口々に愚問愚問と連呼した。


 ……こいつら、愚問って難しい言葉を使いたいだけなんじゃないのか?


 玄兎と妖狐はあまりはしゃいでいないようだ。といってもその尻尾は細かく震えているから、ちょっと言ってみたいのかもしれない。


 彼らはひとしきり連呼すると、思い出したかのように言葉を止め、続きを話す。


 厳かに、


「確かにワシらは故郷を取り戻すために戦っておる。……だがそれはお主も一緒だ。故郷に帰りたいという想い。ワシら獣人、痛いほどに理解しておるつもりだ」


 アアラブの言葉に耳を疑った。

 慌ててベルとマリナを見る。


「お前ら、話したのか?」


 俺の故郷に帰りたいという願いを、あっさりと話したのかと。


「彼らにはまっすぐに言ったほうが伝わるよ……それに彼らはきっと協力してくれる。ウィルの願いを叶えるためにも、彼らの力は必要だよ」

「それにそんなに恥ずかしい話でもないし、むしろいい話じゃない? 故郷に帰りたいなんて、誰もが協力したいって思ってくれるよ。隠す必要もないんじゃない?」


 あまりにあっけらかんと二人が言うもんだから、額に手を当てため息を吐く。

 怒ってる俺が馬鹿みたいだ。


 普通に考えればおかしい話だ。

 グラノリュースは鎖国国家。別に悪魔に乗っ取られたわけでもない。

 それなのに故郷に帰るのにいろいろな種族の力が借りたいなんておかしな話だ。


 獣人たちの頭が弱いからいいと思ったのかもしれないが、いずれバレて信用を失いかねない。

 当然だが、あの国の宝玉の話や俺が異世界からやってきたなんて話をこいつらにするつもりはない。


 どうしようかと頭を必死に回していると、


「そう警戒するな。ワシらがお主を裏切ることは決してない」


 アアラヴが断言した。優しい声で。


「それを信じろと?」

「どちらでもかまわんぞ。何も変わらないのだからな。お主は協力してほしい、ワシらは協力したい。ほら、変わらんぞ」

「裏切りそうだとわかったなら、俺は後ろからでもお前らを討つ」


 心からの言葉。

 俺は基本的にこの世界の人間を信用はしても信頼はしていない。


 彼らが裏切るとわかったならば、被害が出る前に俺は殺す。


 俺の脅しのような言葉すら、アアラヴは鼻を鳴らすだけだった。

 笑ったのではない、何かを嗅いだ。


「お主はそんなことはせんであろうよ。ともかくじゃ、最近はワシらはレイゲン殿と手を組んだが、他の者と手を組んではいけないと言われたわけではない。それにレイゲン殿が主らと手を組んだのなら、ワシらも手を組むのが自然ではないのか?」

「レイゲンが俺と手を組んだのは互いに利点があるからだ。お前たちだってレイゲンと組むのは故郷を取り戻すのに都合がいいからだ。でも俺と組むことでお前らに利点なんてない」

「あるとも」


 アアラヴが言い切る。

 首を傾げた。


 俺は利点が互いにない場合の約束なんて信じない。何を考えているのか、いつ手のひらを返す気か気が気じゃないからだ。

 だからわかりやすい利点が獣人にあると俺には思いつかない。いったいなんだろうか。


 理解できない。

 しかしアアラヴはゆっくりと人差し指を俺に向けた。


「ワシらが協力すれば、お主もワシらの故郷を取り戻すために協力してくれるであろう? お主が高位の悪魔をあっさりと退けるのを見た。あれほどの力、味方になってくれるのであれば、大変に心強い」


 記憶を掘り返す。

 俺は一度だって、獣人の故郷を取り戻すのに協力するなんていっただろうか。


「アニクアディティを攻めることに協力するなんて言った覚えはないぞ。たとえグラノリュース攻略に協力してもらったとしても、俺はその借りを返せないかもしれない」

「そうかもしれぬ。だがお主はそんなことせんであろう」


 段々と苛々してきた。

 アアラヴが何を言いたいのか、理解できない。

 勝手に俺という都合のいい人物像を作られて、押し付けられている気分だった。


「なんで言い切れる。俺のことなんて知らないだろう」

「知らずともわかることがある」


 アアラヴが周囲の獣人たちを見渡す。

 俺もつられて彼らを見る。


 どいつもこいつも、俺が若干キレているにもかかわらず、穏やかに微笑んでいるだけだ。

 中には興奮しているものもいるが、嫌がっている感じではない。


 アアラヴは再び俺を見る。

 そしてわざとらしく匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。


「お主のニオイでわかるのだ」

「ニオイ?」

「如何にも。ワシら犬狼族はどんな種族よりも鼻が利く。どんな人間かもわかる。……お主からは優しい匂いがする。口調はぶっきらぼうだが、内心はどうだろうか」


 この犬っころは一体何を言ってるんだ?


 レイゲンに飛行船の技術を盗まれ悪用されたとしても、俺は元の世界に帰るからと知らないふりをするような男が優しい?

 自分の目的のために多くの人を巻き込み、死地に送ろうとする人間を優しい?

 故郷に帰ることに協力してもらっておいて、自分は協力する気が無い俺が優しい?


 アイリスにも言われたが、この世界ではどうやら優しいの定義が俺の知ってる言葉とは違うらしい。

 それだけでなく、


「ウィルはいつだって優しい……素直じゃないだけ」


 マリナがとちくるったことを言いだした。


「ま、口が悪いことが唯一の取り柄だからね。失いたくないんじゃない?」


 ベルがむかつくことを言いだした。


 イライラしてきたので、もうこの話はおしまいだ。

 まあいい、俺は優しいわけがないのだから、勘違いして利用できるならとことん利用してやろう。


「とんだ勘違いだ。たいした鼻じゃないな。……ま、いいか。ということは協力してくれるってことでいいんだな?」

「ふふ、勘違いか。まあよい、その通り、ワシらからも戦士を貸そう。この場にいるもので共に行きたいものはいるか?」


 アアラヴがこの場にいる獣人に声をかける。

 しかし手を挙げるものは誰もいない。


 なんだよ、あんだけ言っといて誰もいないじゃないか。上げて落とすタイプか。腹立つな。


 と思ったが、考えてみればここにいるのは各部族を率いたりまとめたりする長たちだ。

 おいそれとは抜けられない。


 誰もいないかと思っていると、ここで一つ手が挙がった。


「わたし行きたい!」


 挙げたのは、俺をこの屋敷に案内してくれたエスリリだった。


「エスリリか……本当に良いのか?」

「うん! 他の国、行ってみたい! それにこの人いい人! イイニオイだからついて行きたい!」


 妙に俺との距離が近いなと思っていたが、そんな理由だったのか。

 犬獣人だから誰にでも人懐っこいのかと思ってたがそうじゃなったようだ。


 それにしてもそんなにいい匂いがするだろうか。

 むしろここは火山の国でさんざん戦ったから汗臭いと思う。絶対にいい匂いはしない。


 試しに少し自分の匂いを嗅いでみるが、当然自分だからいい匂いなんてしない。


 隣にいるベルに腕を差し出してちょっと嗅いでもらった。


「スンスン」

「どう? 匂う?」

「うーん、ま、確かにいいニオイっちゃあいいニオイかもね。ちょっと汗臭いけど」

「私も嗅ぐ……」

「マリナ、もう大丈夫だから」


 マリナが抱き着かんばかりに首元に顔を寄せて嗅ごうとしてくるので頭を抑えてやめさせる。


 もうエスリリのせいで顔回りに人の吐息やらが当たるのはこりごりだ。


 ともかくだ。

 彼らの言う匂いはただの匂いとは違うのか。でもそれは一体どういう原理だ?


「うぅっむ……」


 俺らがじゃれ合っている間、アアラブが悩んでいた。

 その額には深い皺が刻まれている。

 犬のように唸りながら、俺を睨みながら聞いていた。


「ウィリアム殿。エスリリが行きたいというのだが、いいか?」

「別に戦えるなら誰が来てもいいが。……命の保証なんかないぞ」

「エスリリ、命も危ない! いかないほうがいいぞ!」

「そんなの戦士だったら当たり前! 大丈夫! わたしも戦えるよ!」

「ということだがウィリアム殿……! どうするかね!」

「こえぇよ。娘を危険にさらしたくないならそう言えよ」


 エスリリが行きたがる度にアアラヴがどんどん機嫌が悪く、さっきとは一転して敵意を向けてきた。

 別に俺が彼女を連れて行こうとしてるわけじゃないのだからやめてほしい。


 父なんだから堂々と反対すればいい。こんな場で反対するのははばかられるのかもしれないが。


「ぐぅ、かくなる上はワシもいくしかっ……!」

「ダメだよ、長なんだからみんなをまとめないと!」

「ぐぐぅ……」


 呆れたもんだ。

 なんか前にも似たような光景を見た気がする。

 あれか、アイリスの父のライノアとこんな感じになった。

 あのときも今回も、俺には別に娘をどうこうする気なんか一切ないのに迷惑な話だ。


 結局エスリリが押し切り、彼女が俺達について一緒に南部に行くことになった。


 これからはまた行きたいという獣人たちがいた場合は、後ほど竜人たちが南部にやってくるタイミングで一緒にやってくるのだそう。


 息を吐く。

 これで獣人たちからも協力を得ることができた。


 色々あったが、十分すぎる結果だ。

 背負うものもかなり増えたが、他の人に押し付けるから大丈夫だろう。


 さあ、もう腹が減ったし早く休みたい。


 そう思って立ち上がると、アアラヴが鬼のような形相で即座に距離を詰め、ボロボロの服の裾を掴んできた。


「グルゥ! まさかもう帰るつもりではなかろうな!」

「? そのつもりだけど」

「許さん! 決して許さんぞ! エスリリ! もう少し父と一緒にいておくれ!」

「え? わたしも準備があるからごめんね!

「ウオオオーーーン!」


 アアラヴがエスリリにフラれ、項垂れて泣き叫ぶ。


 そこに犬狼族の長としての威厳は全くなかった。

 周囲の獣人たちも呆れた様な目で見ていたり、笑っていたりする。


 俺も仮面の下、笑ってしまった。

 彼らはホントに笑える種族だ。

 戦っているよりも、こうして騒いでいる方がよく似合う。


 娘を心配するアアラヴのために、エスリリはちゃんと生きて返してやろう。



 故郷のために、家族のためにと戦う彼らを無下にすることは、俺にはとてもできないから。






次回、「エピローグ~回顧~」

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