第三十一話 ケモノたち
レイゲンとレゴラウスとの会談は実に有意義だったと言える。
レイゲンに技術を奪われる可能性が出てきたことだけは心配だが、考えてみればこの世界を発った後のことなんてどうでもいい。
レイゲンだって愚かではない。
自分に従う限りは虐殺なんてしないだろうし、暗君にもならないだろう。実力行使はするかもしれないが、そもそもアクセルベルクも実力主義だ。存外に受け入れられるかもしれない。
先ほどの会議でレイゲンとはどれくらいの兵をくれるか、その内訳も決めた。と言ってもほとんどレイゲンが決めるものだ。多少交渉するが、そもそも竜人は数がそこまで多くない。少数精鋭だから大して上下しなかった。
城から出てすっかり日が沈んだ外に出る。
紺色の空に暗い海、橙に輝く火山の光、赤銅色の大地が何とも言えない調和のとれたコントラストを取っていて、とても綺麗で幻想的だった。
星は瞬き、三日月が俺達を照らしてくれる。
隣を歩くレゴラウスは背が高い。俺は見上げる形になるが、月を見上げる彼の横顔は、そりゃもう芸術のように素晴らしいものだった。
男の俺でも見とれてしまいそうな綺麗な顔だ。
激しい戦闘と会談の後だから少しばかり疲れてはいるが、それは俺も同じだろう。まあ俺は仮面をつけているからわからないだろうが。
「改めて協力してくれてありがとう。本当に助かった」
レゴラウスに改めて礼を言う。
思えば最初は敬語を使っていたのに、なし崩し的にため口になってしまった。
器の大きいレゴラウスは気にしていないようだから、今更戻すのもおかしいからこのままだけど。
彼は微笑み、少しだけ頭を下げて目を閉じた。
「こちらこそ、同胞たちを救ってくれて礼を言う。そなたがいなければ、これほど迅速に同胞を救い、竜人との戦争を止めることはできなかったであろう。結果的に多くの同胞の命は救われ、さらに大陸の平和の第一歩を踏み出すことができたのだ」
こうつらつらと事実を述べて礼を言われるのはとてもむず痒い。
エルフは感謝の言葉も包み隠さず堂々と述べるから、気恥ずかしくて誤魔化した俺の器の小ささが浮き彫りになるようだった。
咳ばらいをして、話題を変える。
「これからどうするんだ?」
なんとなしに城から出て歩いているが、行く当てがあるわけでもない。
「余らは船に戻る。慌てて出てきたのでな。本国も報告待ちで気が気でないだろうから、すぐにでもここを発つつもりだ」
随分と早急だ。まあ、本来であればユベールなんて大国の王がここまで出張ってることが異常なんだけど。
俺はどうしようかな。
「というか、あいつらはどこに行ったんだ?」
エルフたちの姿も見当たらないが、全員船に乗っているのかな。
それなら俺も一緒にユベールに帰ろうか。
「彼女らなら、どこぞの獣人の家に連れていかれたぞ?」
「……はい?」
目をしばたたかせる。
獣人の家? なぜに?
「余は戻らねばならないが、そなたはまだやることがあるだろう? 名残惜しいが、一度ここでお別れだ」
「やること? ああ、獣人とも話さないといけないからな」
まだ竜人とエルフとの大事な会議は無事に終わったが、まだ獣人との話がついていない。
どうしてここに獣人がいるのかもわかっていないし、竜人と獣人の関係もよくわかっていない。
てっきり俺に迫ったように獣人たちにも配下になれと言っているのかと思ったが、そうじゃないようだ。
獣人について聞いたとき、レイゲンは彼らに命令する権利はないといった。もし彼らの力が必要なら、自分で交渉しろと。
どうして野心溢れるレイゲンが彼らを配下にせずに、恐らく対等という立場になっているのかはよくわからない。
会えばわかるだろうか。
まあ獣人は竜人同様、数が少ない。あまり借りれないだろう。
「それではな。帰りには寄ってくれるのだろう?」
「ああ、図書館にうるさい魔女一人置いて行かないといけないからな。挨拶くらいはちゃんとするさ」
強引に浜辺に打ち上げられた船の傍に到着したので、レゴラウスとはここで別れる。
「ウィリアムさ~ん! またお会いしましょう!」
騒がしい声が聞こえた。
なにかと思って見上げれば、船の船首から身を乗り出して手を振るド変態エルフがいた。
いや、エイリスだ。
「ああ、またな。次はもう少し慎みを持てよ」
「それはウィリアムさんの態度次第です!」
「どういうこと?」
それだけ言ってエイリスは引っ込んだ。
結局、最後の最後まで訳の分からないやつだったな。
*
夜の灼島を一人で歩く。
ベルやマリナ、アイリスはどこかの獣人の家で世話になっていると聞いたが、どこにいるのだろうか。
鷲を飛ばして探すにも、鷲は夜目が利かないから、難しいだろう。
「せめて手紙とか伝言くらい頼んでくれてもよくないか?」
「ピィイ?」
肩に停まる鷲に語り掛けても、わかっているのかわかっていないのか、首をかしげるだけだ。
この鷲も神気を大量に纏っていることが謎だが、特に何も起こらないので気にならなくなってしまった。
役に立っているのは事実だし、動物に悪意なんてそうそうないだろうから別にいいか。
鷲に餌をあげ、顎を撫でる。
動物を撫でると落ち着くな。アニマルセラピーというやつか。
思えば、獣人に対しても同じことが起こるのだろうか。
いやでも、何度か見た上半身裸で傷だらけのオッサンのケモミミは一切惹かれなかったな。
余計なことを考えながら、行く当てもなくさまよい続ける。
あまりにも手がかりが無さすぎるから、いっそレイゲンの元に戻って一晩泊めてもらおうかと考えていた。
「あ、いた!」
すると、どこかからか聞いたことあるようでないような甲高い声が聞こえてきた。
振り向く。
「はむっ」
振り向いた瞬間に、生暖かく柔らかい感触が耳を撫でた。
足元から悪寒がせり上がってくるようなぞわぞわっとした感覚が全身を襲う。
「いやああああッ!!!」
変な叫びをあげ、耳を抑えながら飛び退いた。
心臓の音がうるさい、レイゲンと対峙したとき並みの冷や汗が流れる。
「あ、ごめんなさい。びっくりさせちゃった?」
声は少し下の方から聞こえてきた。
そこには犬のおすわりのような態勢で座り込んだ、山吹色の耳にボブカットのふわふわとした髪の毛、機嫌良さそうに揺れるこれまたふわふわの尻尾を持つケモノの少女。
「えぇっとお前は?」
そういえば、こんな子が戦闘中に似たような感じで耳元でささやいて来たな。
俺耳弱いのか? 自分のことながら初めて知った。
名前を問うと、その子は元気に立ち上がり名乗る。
「わたしはエスリリ。獣人族の長の娘だよ。あなたがたいちょーさんなんだよね?」
隊長? ああ、特務隊のか。
聞いて来るということは、彼女の家にベルたちは泊まっているのか。
頷くとエスリリは尻尾を振りながら案内してくれた。
「こっちでみんなが待ってるよ!」
*
エスリリという獣人の少女は、屋敷に案内してくれる途中に竜人との関係をいろいろと教えてくれた。
どうやら、竜人と獣人との関係は対等なものらしい。
獣人はつい最近まで、アニクアディティとアクセルベルク北部の間の何もない地でゲリラ的に悪魔に反抗していたらしい。
故郷を取り戻そうと躍起になっていたところで、最近になって灼島を統一したレイゲンが獣人たちに接触し、協力することになった。
レイゲンは彼らの故郷を取り戻すことを条件に協力を取り付けた。
ただし彼らの力は悪魔と戦うことだけに使うという条件付きで。
獣人は妙なところで頑固らしく、悪魔と戦うために必要ということが分かりにくい戦いに関しては協力してくれないらしい。
悪魔と戦うために大陸を統一する、その足掛かりとしてユベールを攻めたのに獣人が姿を見せなかったのはそのせいだ。
ま、結果的に獣人は他種族と摩擦を作ることなくこうして友好的になれているのだから、彼らなりの外交努力の結果なのかもしれない。
そうこう話しているうちに、屋敷に着いた。
玄関で外履きを脱ぎ、揃える。
そこには既に、見慣れたつま先がとがり上がったブーツと、小さめの軍靴が並んでいた。
疑っていたわけではないが、こうしてちゃんといることが確認できて少しだけホッとする。
「長たちが集まって話をしてるよ! こっちこっち!」
エスリリが掴まなくていいのに俺の手を掴み、引っ張っていく。
存外に力が強く速い。
気を抜いていたから、一気に引きずられるような形になってしまった。
格好がつかない。
「みんなー! 連れて来たよ!」
ノックも声掛けもせずにエスリリが襖を勢い良く開く。
首を回して部屋の中を見るとそこには、
「はっはっは! ウィルベル君は面白いな! もっとすごいことはできないのか!?」
「よぉし! それならとっておきのを見せてあげるわ! 見て驚きなさい! 超びっくり魔法!」
『おおぉ!!』
部屋内を円を描くように座り食事している獣人たち。
その真ん中で、ベルが魔法を使っていろいろな物を浮かしたり頭に乗せたりして大道芸のようなことをしていた。
帽子の中に物を隠したり、動物を出したり、いわゆる手品。
もっともタネなんかなくただの魔法だ。
そんなアホなことをしているベルの両隣にマリナとアイリスがいて、獣人たちと仲良く談笑している。
俺が王と会談している間に、こいつらは随分と楽しく過ごしていたようだ。
「ベル」
「あ、ウィルじゃない!」
「ウィル!」
「隊長!」
三人がこっちに笑顔を向けてくる。
……思えば女しかいないな。男をだれか連れてくればよかった。口の悪いライナーが欲しい。
「それでどうだったの? あの二人と話をしたんでしょ?」
ベルが芸をしながら真剣な表情で聞いてくる。
真剣な顔なのに頭の上には顔が彫られたかぼちゃが乗っているから、アホみたいで笑える。
「無事に終わったよ。あとは少し話をすれば帰るだけだ」
「やったじゃない! てことはもう竜人と顔合わせなくて済むってことね。それで話って何?」
「ああ、それは獣人たちにだ」
俺が座る場所を探していると、マリナが横にずれて座布団を置いてくれた。
ちょうどマリナとベルに挟まれる場所に胡坐をかいて座る。
腰を落ち着け、部屋の中を見渡せばいろいろな種類の獣人がいることに気づく。
エスリリと俺の正面に座る上半身裸の男は犬っぽい見た目だが、他には狐のようにひげが生えたものやウサギのように尻尾が短く耳が長いもの、猫のように細長い尻尾に丸い耳を持つ者もいる。
本当に多種多様だ。
マリナはウサギのような獣人たちとずっと戯れている。
話をする前に、まずは自己紹介からだ。
「ワシはアアラヴ。獣人族、犬狼族の長である。そこのエスリリの父であるな」
「わっちはラシシ。妖狐族の長」
「わ、わたしは、玄兎族の長のハリリシャです」
「黒猫のニニシャ」
淡々と挨拶をしていく。
ここに集まったのはどうやら四つある獣人の部族のうちの代表らしい。本当に色とりどりだ。
この中には戦いが得意なものもそうでないものもいるのだろう。
犬狼族と黒猫族は見るからに爪とか牙とか、肉体が違うし、一方で玄兎族はずっと俺を見て震えている。
とりあえず、俺は目の前、最も上座に座るアアラヴに向けて名乗る。
「俺はウィリアム。ウィリアム・アーサー。特務隊の隊長だ」
名乗ると獣人は一斉に首を傾げた。
「とくむたい? たいちょー?」
王二人との会談の時とは違う意味で吐きそうだ。
……本当に頭が痛い。
次回、「新たな仲間」




