第三十話 三位の契り
俺に手を貸せ。
この提案にピクリとレイゲンが眉をしかめた。
「貴様は俺に協力しないくせに、俺には貴様に協力しろと? 虫がいい話とは思わんか?」
「確かにそうかもな。でもこれはちゃんとお前の目的にも沿うものだ」
「……聞こうか」
レイゲンが腕を組み、あごで続きを促す。
咳ばらいを一つ。
「まず灼島、ユベール間は戦闘行為をやめてもらいたい」
「このような事態になった以上、続ける気はしばらくないが、理由を聞こう」
「まあ、単に悪魔退治に集中してほしいからだ。欲を言えば俺への協力にもな」
「強欲な男だ」
レイゲンが鼻を鳴らす。
まあ彼も元々今回の一件でこのままユベールとの争いを続ける気はしばらくは失せたようだから、これはいいだろう。
「そして言った通り、俺の目的、グラノリュース天上国を潰すのに協力してもらいたい」
レイゲンに向けて俺は指を二本立てる。
「灼島が得る利点としては二つ。一つは大陸内での地位の向上だ。アクセルベルクはグラノリュース天上国をアニクアディティと同様に悪魔の根城と考えている。そのグラノリュース天上国を落とすのに協力すれば、各国も竜人を認めざるを得ないだろう。協力の内容次第じゃ、他国へのけん制もできる」
グラノリュース攻略戦、竜人とエルフの連合軍となれば、当然だが各国は注目する。長年沈黙を保ってきた二種族が協力して戦争に挑むんだから。
そこで竜人が多くの兵を出兵し手柄をあげれば、各国は竜人の力を無視できなくなる。
レイゲンが手始めにユベールを落とそうとしていたように、武力を示し、大陸諸国との対等な交渉の席に着くことも不可能じゃない。
「手柄をあげられれば、どこも灼島を無視できない。そうなれば、あとはお前が王たちの前に姿を見せれば、あとはレイゲン次第だな。交渉の席についてしまえば、大抵は力押しで何とかなるんじゃないか? 怖いから」
対峙しただけで心臓を掴まれたかのような威圧感を前に、軽視し続けることができる人間はそう多くないだろう。
まあ、各国の国王だって馬鹿じゃない。
へりくだることはしないだろうが、だからといって喧嘩を売るような真似はしないだろう。
俺の言葉に気分を良くしたのか、レイゲンが口の片端を上げ鼻を鳴らす。
「次に二つ目、ま、これは単に交易の問題だな」
指を一本ずつ折りたたむ。
「グラノリュースを潰したら、グラノリュース国として灼島と正式に条約でも何でも結ぶことを約束しよう。そうすれば、正式に灼島は国として認められるし、何より味方ができる。大陸統一に一歩近づくな」
「グラノリュースを落とすのはいずれ決まっていたことだ。順序が違うだけ。それを貴様らの手を借り、ユベールを攻め滅ぼす代わりとして行えると考えれば、確かに悪い話ではないな」
この言葉に、わずかにレゴラウスが不快に感じたのか、レイゲンを睨む。
彼からすれば、交渉の席に着く、ただそれだけの理由で力の誇示のために自国を滅ぼすと言われたようなもんだ。まずいい気分になんてならない。
ユベールを攻め滅ぼす代わりにグラノリュース、それも他の力も借りて被害を減らして行えるのだから、決してレイゲンにとっても、そしてレゴラウスにとっても悪い話じゃない。
ずっと鎖国を続けていたユベールにとって、大陸内での発言権を高めることは十分に意味がある。
「というわけだ。十分に灼島にもユベールにも利点があると思うが? 国としてだけでなく、大陸全体の問題として、悪魔根絶に一役買うことができる機会でもある」
最後に挑発的に、ニヤリと笑う。
二人は眉間にしわを寄せ、黙り込む。
考え込んでいるのだろう。
即答されないのは、それだけ俺の提案に一理あると思ってもらえたからか。
「一つよいか」
「なんだ」
レゴラウスが顎に手を当てつつ、
「グラノリュースを落とした際、ユベールへの利権はどうする?」
「それに関しては今後詰めていこうかと。協力の内容にもよるからな。一応俺の上司のディアークも交えなければいけないが、彼も話の分からないやつじゃない。いざとなれば俺が無理やり押し通すさ」
アクセルベルクは国全体としてユベールとは仲良くしたいと考えているはずだ。だから彼らの機嫌を損ねるようなことはしないだろう。
それにもしグラノリュースを落とせたのなら、多少の裁量は俺に任せてもらえるはずだ。
都合のいいことに、アクセルベルクは軍人が領主の役割を担う。
俺は准将、恐らく南部に戻ればまた階級があがって正真正銘の将軍になるのだから、どこかしら任せてもらえるはずだ。
王とまではいかないだろうが、ちょうど得たグラノリュースの土地の一部を与える形で。
元の世界に帰るまでの短い間だが、その間に彼らとの約束をさっさと果たしてしまえばいい。
俺の曖昧な答えにもレゴラウスは納得したようで頷き黙る。
「俺からも一つだ」
次はレイゲンだ。
「天上人は空を飛ぶといった。強力な魔法を使うとも。それ自体は知っていた。百年近く前、アクセルベルクとグラノリュースの間に起きた戦争を知っているからな」
百年近く前にアクセルベルクはグラノリュースに攻め込んだ。
結果は……俺がここにいる通りだ。
「当時最先端とされていた気球ですら惨敗だ。今回、彼の国に侵攻するための勝算はあるのか?」
そういえば、飛行船について話していなかったな。
あの研究だけは、レオエイダンと共同だから、安易に条件にするわけにはいかなかった。なんなら存在すらもだ。
だがまあ、いつかは必ずわかることだ。
「俺たち特務隊が作ったもので行く」
「それは?」
「飛行船だ。空を飛ぶ船。天上人との戦いにも耐えられる最速最強の船だ」
身振り手振りも加え、大仰に話す。
いくら事細かに仕様を語ったところで、実感はできないだろう。
とりあえず、勝算はある。
元天上人として、あの国の内情を知っている俺が言うのだから信憑性はあるはずだ。
俺への協力を取り付けるには、まず一番に失敗などないと約束しなければいけない。
その為には自信満々に堂々と、挑発的に挑むしかない。
ここで乗らなければ損をするぞと、目の前にいる宿敵ともいえるユベールがお前らを出し抜き、大陸での地位を押し上げるぞと。
レイゲンを見習って、俺は仮面の口を開け、笑う。
さあ伸るか反るか。
「クッ……ハーッハッハッハ!」
するとレイゲンが唐突に、声を上げ笑い出した。
くつくつと肩を震わし、腹を抱えて。
俺は笑みを引っ込めて、レゴラウスと目を合わせる。
レイゲンが落ち着くまでしばし待つ。
少し落ち着いたレイゲンは未だ笑みを浮かべながら、着物の袖に手を突っ込んだ。
取り出したのは一枚の紙。
どこか見覚えのある手紙。
慣れ親しんだ南部の手紙だった。
「なんでお前がその手紙を持っている」
最悪の予想が脳裏をよぎり、自然と低い声が出る。
「そう構えるな。この俺が手紙一つ手に入れるのに小細工を弄したりはせん。これは南部軍将軍、ディアーク・レン・アインハードという男から俺に宛てられたものだ」
「……なんで?」
つい素で聞き返してしまった。
ディアークがこの男に手紙を送る理由がわからない。
この男は大陸に覇を唱えようとしているいわば危険な男だ。
レイゲンは薄ら笑いを浮かべながら、まるでラブレターでも貰ったかのように嬉々として一度開いた手紙を再び取り出し、広げて見せた。
「アクセルベルクからこのような封書が来るのは初めてではない。過去に幾度もあった。アクセルベルク中央か、もしくは北部かどちらかだったがな。内容はいつでも悪魔に対して共にお手々繋いで頑張りましょうというものだ。利害も何もなしに結ばれたぬるい協定で悪魔に抗えると考えている時点で、組む気など一切起きずに無視していたがな」
「つまり今回は違うと?」
レイゲンが鼻で笑う。ただ嘲笑しているというよりはとても面白いものを見たという感じだ。
確かにディアークは中将で俺は准将だ。いわば南部のほぼトップだ。にもかかわらず俺が何も知らずにディアークが動いているこの状況がおかしいのだろう。
「この手紙に悪魔と戦うとは一言も書いておらん。ただ助力を求めているだけだ。はて何のためかと頭を巡らせ、破棄しようと考えていたが、まさかこうして答えが聞けるとは。お前もディアークという男も、まさかお互いが補うようにこの俺へ説明してくれるとはな。久しぶりに愉快な気分に至ったぞ」
俺は舌打ちがしたい衝動に襲われたが、なんとか堪える。
ようやく俺も理解ができた。
以前、ディアークは俺への手紙で師団規模に特務隊を拡張すると伝えてきた。南部に余剰戦力なんてないし、当然他の領にも暇な南部に回せる人員なんてない。にもかかわらず五千なんて兵をどうやって集めたのかと思っていた。
その答えが、このレイゲンが持っている手紙だ。
「詳しいことなど何も書いておらぬ。即刻破り捨てようかと思ったが、貴様の話を聞いて合点が言った。グラノリュースを落とすための要請というわけだ」
「……ディアークめ。一言連絡してくれりゃいいものを。まあ、あいつもまさかお前たちが協力するなんて考えなかったんだろうよ。説明しても断られるからな」
「確かに説明されても断っていただろう。だが貴様の話を聞いて気が変わった」
「……なんだと?」
気が変わった? まさか協力するということか。しかしなぜ。
俺が必死に頭を回していると、先にレイゲンが答えを言った。
「貴様の率いる部隊。南部の飛行船。グラノリュースを攻めるとなれば必ずその空飛ぶ船に乗ることになるだろうな。となれば原理くらいは理解できる。その技術が我らにあれば、竜人は被害なしで大陸制覇も不可能ではないというものだ。はっ! これは面白くなってきたものだ!」
ガツンと鈍器で殴られた気分だった。
頭を抱える。
そういえば、技術が奪われる可能性について考えていなかった。そう簡単に真似できるとは思えないが、特務隊と活動するとなれば、いろいろ知れる機会は増えるだろう。
となれば、確かに原理や仕組みを理解されてしまうかもしれない。
……昔カーティスが言っていたな。
進みすぎた技術は身を滅ぼすと。
だが必ず奪われると決まったわけではない。竜人たちの動きに注意しておけば十分に防ぐことができるかもしれない。
それにやはり、技術が奪われる危険性を鑑みても、竜人という戦力は魅力的なのだ。
帰ったら、いろいろ考えなおさなければいけないな。
ま、とにかくだ。
「つまり、協力してくれるということか?」
確認のために聞いた質問。
「よいぞ」
「よかろう」
レゴラウス、そしてレイゲンが鷹揚に頷いた。
二人の言葉に、全身に鳥肌が立った。
胸から体全体に、煮えたぎる熱が広がっていく。
――二人が協力してくれる。こんなにも心強い援軍があるものかと。
俺が密かに打ち震える間に、レイゲンが肘置きを指で強く叩いた。
すると部屋の向こう、襖の奥から一人の女竜人が盆に酒を乗せて運んできた。
盆の上には盃が三つ。
召使いが俺とレゴラウスに一つずつ渡す。
レイゲンがなみなみと透明な酒が注がれた盃を、俺達に向け掲げる。
そして――
「竜人の王、灼熱の国の王が約束しよう。グラノリュースを攻め滅ぼし、悪魔を排するそのときまで。――貴様らとの契りを果たすとしよう」
力強い笑みを浮かべ、
「努々忘れるな。貴様らの後ろには俺がいる。貴様らがどこで果てようと、代わりに俺が全ての夢を果たしてやろう」
誰よりも傲慢な誓いを立てる。
次にレゴラウスが盃を掲げる。
「精霊の王、自然の国の王が約束しよう。我らが同胞を取り戻し、世界の調和を取り戻すそのときまで。――そなたらとの契りを遂げるとしよう」
柔和で暖かな笑みを浮かべ、
「しかと心に刻みこめ。そなたらの傍には余がいると。そなたらが志半ばで果てようと、余が永世の果てまで語り継ごう」
それは人を立てる怠惰な誓い。
最後に、俺が右手に持った盃を掲げる。
そして――
「異世界の者、天上を征する者が約束しよう。俺が全てを取り戻し、世界を超えるその時まで。――お前らとの契りを護るとしよう」
歪んだ笑みを浮かべ、
「必ずやその眼で見届けろ。お前らの前には俺がいる。お前らがどこで朽ちようと、俺が夢見る未来を叶えてやろう」
俺のためだけの強欲な誓い。
三位が揃い酒を煽る。
喉が焼ける強烈な酒精。
――胸の奥底に、誓いを焼きつけるようだった。
次回、「獣たち」