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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二十七話 大成



 最も得意とする慣れ親しんだ防御を捨てて、一心不乱に剣を振るう。


 レイゲンとウィリアムの剣の閃きが幾重にも重なり、まるで音楽のような音色が鳴り響き、花を添える火花が散る。


 二人の戦いに誰も刃を挟むことはできなかった。

 激しすぎる攻防、目に見えない一撃、かすっただけで絶命しそうな重さ。


 全てが人外な攻防。

 そしてそれは今なお加速していった。


「フッ……ハハハハハ! これほど滾る打ち合いは久方ぶりよ! この俺を前にして、これほど刃を刻み込まれ、それでもなお立ち上がるとは! 奮励努力(ふんれいどりょく)不惜身命(ふしゃくしんめい)! 嘔心瀝血(おうしんれきけつ)とはこのことか!」


 レイゲンの力のこもった笑いが戦場に響く。

 顔はひどく横に裂け、歪み、笑っていた。

 目は爛々と血走り、見開かれ、一点を見つめ続ける。


 それはウィリアム、その体。


「ぬぁぁあアアア!!」


 白く光り輝く魔法の剣を血にまみれた腕で振るい続ける。

 血反吐を吐き、体の筋肉を引き裂きながら。


 傷は負った傍から癒えていき、癒えた傍から増えていく。


 そのたびに、ウィリアムの剣が重さを増していく。


 ウィリアムの剣が変わっていくことにレイゲンが笑う。


「ここに来て上がり続けるか! 貴様はやはり面白い! 是が非でも我が配下に加えてやろう!」

「うるせぇな! 俺は俺のために戦ってんだ! この世界の人間のために戦う気なんか一切ねぇ! この世界がどうなろうが、知ったこっちゃねぇ!」


 気炎を吐く。

 ウィリアムの体に負っていく傷は、徐々に徐々に浅くなっていく。

 それは決して、ウィリアムの剣技が上達しただけではない。

 その体そのものが、変化しているからだった。


「ここに来て、聖人に至ったか!」


 大上段から振り下ろされた剣をレイゲンはその場から飛び退くように回避する。魔法の剣が地面に落ちる。

 途端に、蛇がのたくったかのように地面が割れる。


 完成した聖人、頑丈さが向上した肉体を活かし、より強力になった《伏雷(ふしいかずち)》と膂力によって、圧倒的に彼の力が増していた。


 だがそれでもレイゲンの首には届かない。

 余裕の笑みを浮かべるレイゲンに対して、ウィリアムの目には焦りがあった。


 基本的に加護に限界はない。

 意思持つ限り、加護はその者を見捨てない。


 しかし、加護に限界はなくとも人の身には限界がある。

 そもそもが竜人とエルフの間には数に差があった。


 均衡が崩れるのも時間の問題。


 二人の距離があき、にらみ合いが始まる。

 活火山の島である灼島、肌にまとわりつくじっとりとした不快感、額を伝う汗。


「いつまで戦えばいいんだか……クソったれが」


 仮面の下、唾を吐く。

 癒したとはいえ、何度も傷つき、湧き上がる痛みと恐怖を押し殺し続けるために気力が大量にすり減っていく。


 それでもまだウィリアムの心は折れない。

 だがこのままでは先に仲間が折れる。


 何かないか、必死に頭を回す。



 そのときに状況が大きく動いた。


 誰も予期せぬ方向に。


「遠吠え?」


 激しい戦闘音が響き渡る戦場、その外から響く獣の遠吠え。


「奴らめ、静観している者だと思っていたが」


 レイゲンが笑みを引っ込め、眉を寄せる。

 理解できないといいたげに。


 すると、仮面の口を開けたウィリアムの鼻に、ある匂いが届く。


「獣臭いな……、なんだ?」


 野性的で鼻にツンと来る不快な匂い。


「わおーん!!」


 続々と、どこからともなく、底力のある何かを訴えるケモノの叫びが上がる。

 狼、猫、虎その他大勢の獣の声。

 

 遠くから聞こえてきた叫び声は徐々に徐々に大きく、近づいてくる。

 その音源が目に入った途端、ウィリアムの背中に冷や汗が吹き出した。


「獣人かッ!」


 苦虫をかみつぶす。


 やってきたのは竜人に次ぐ、あるいは匹敵する戦闘力を持つ獣人。


 遠くから一団がやってくる。

 小さい、いや、低い。

 四足歩行の低い態勢で、猛烈な勢いで距離を詰めてくるその一団は、人のようにも獣のようにも見えた。


 獣人。

 人の体に獣の特徴を宿す者たち。

 遠目に見える彼らの頭には獣の耳、その腰辺りには激しく揺れる尻尾があった。


 その一団の先頭は、上半身裸で傷だらけ、ひげを生やした可愛げの一切ない男の獣人。

 獣人の名に恥じぬ脅威としか言えないほどの俊敏でしなやかな動き。

 敵か味方か判別できない脅威が近づいたことで、ウィリアムを含めエルフたちに緊張が走る。


 先頭を往く歴戦の獣人が、


「大変だ!! 嫌なニオイがする! 奴らが来る!」


 吠えた。

 その言葉に眉をひそめたのは他でもない、レイゲンだった。

 レイゲンはウィリアムを警戒しながらも、やってきた獣人に声をかける


「なんだと? 奴らは根絶やしにしたはずだ」

「だが事実近くからニオイがする。それも強烈なニオイ、大量だ。ワシらだけでは手に負えん」


 理解できないウィリアムを外に、二人は眉を険しくし、目を細め皺を深くする。

 レイゲンと話をする犬のような獣人の他にも、多くの種類の獣人たちが竜人たちに合流した。


 唐突に現れた獣人たちの相手に竜人は追われ、戦場は一端の落ち着きを見せる。

 ウィリアムはほっと息を吐き、剣を降ろすも、


「――スンスン、いいニオイ!」


 耳元で誰かが興奮した声を出す。


「うわァ!?」


 ほんの一瞬気が緩んだ隙を狙うように、急に耳に訪れた吐息に、ウィリアムはびくりと体を震わし、慌てて剣を振るった。


「わわっ」


 剣は空を切る。

 耳を抑えながら、再び剣を構えるウィリアムが見たのは、


「あ? 女のガキ? 犬か?」


 そこにいたのは年の頃十代後半といった獣人の少女。

 山吹色のボブカット、頭からは犬のような三角形でふさふさの耳が屹立してぴょこぴょこと動いている。

 動きやすさ重視のぴったりと体に張り付くような革服を纏い、ショートパンツに膝まで覆う靴下に指が露出した軽そうな靴。

 なにより彼女の腰からは髪と同じく山吹色に大きく膨らんだ触り心地のよさそうな尻尾があった。


 その少女はぴょこぴょことウィリアムの周囲を伺うように歩きまわり、ニオイをかぐ。


「不思議なニオイ、なんだろう。あなたは一体どんな人?」


 敵意はないことを察したウィリアムはため息を吐き、剣を降ろす。

 少女に状況を尋ねようとしたときにまた事態は動く。


「悪魔だ!!」


 獣人の誰かが吠える。

 途端にウィリアムに絡んでいた少女は飛び退き、四つん這いになりながら全身の毛を逆立てさせる。


「アクマ嫌い! やっつける!」


 叫び、どこかに駆けていく。

 あっけにとられウィリアムは呆然としながら、周囲を見渡す。

 近くに金髪の偉丈夫、レゴラウスの姿を見つけたウィリアムは彼に声をかけ、駆け寄った。


「レゴラウス! 悪魔が出た。どうする?」

「無論悪魔の迎撃が最優先だ。余らエルフにとって、竜人以上に悪魔は許せぬ存在だ。幸いにして獣人は敵というわけではないようだ。竜人との関係が読めぬが、獣人が悪魔と戦うならば、彼奴ばらが悪魔と戦うことが考えられる」


 レゴラウスの話になるほど、と頷く。

 すぐさまレゴラウスはエルフたちに声をかける。


「《敵は悪魔だ! 竜人は捨て置け! すぐさま隊列を組み、盾を持ち矢をつがえよ! 獣人は討たぬように留意せよ!》」


 早口に捲し立てる。

 一挙手一投足まで統制されたエルフたちは、すぐさま弓を片手に竜人たちを無視し、獣人たちがやってきた方角に波のようによせていく。

 竜人とエルフで入り乱れていた戦場は途端にその様相を変化させ、戦場の端に金髪のエルフの軍が固まりだした。


「エルフは悪魔と戦ってくれるか!」


 エルフたちの動きを見て反応したのは、レイゲンに悪魔襲撃を知らせた傷だらけの獣人。その獣人も二、三吠えると、仲間たちを引き連れ、エルフの群れに加わりだした。


 まるで動物たちの大移動、大自然の風景のように獣人たちは俊敏にあっという間に戦場をかけた。


 残ったのは竜人、そしてウィリアムたち。

 獣人やエルフが悪魔迎撃のために動いても、竜人はその場から動くことはなかった。


 ただ一人を除いて。


「これで邪魔者はいなくなった。さて、続きをしようか」


 変わらぬ笑みと刀をぎらつかせるレイゲン。

 悪魔なんて意にも介さず、その目はひたすらにウィリアムに向いていた。

 舌を弾く音が一つ響く。


「状況わかってんのか? 世界の敵、悪魔が出たんだ。それも大群だ。エルフも獣人も戦おうってのに、それを無視してやりあおうってのか?」

「知れたこと。悪魔などおそるるに足りん。此度エルフに戦を仕掛ける前に灼島周囲の高位悪魔は粗方始末した。残るはただの有象無象の雑魚悪魔のみ。そんな木端にこの俺が動く必要などあるまい。エルフに任せておけばよい」


 ウィリアムの血を吸い、赤みを帯びた刀を向ける。


「そんな男に誰がついていくよ。他の連中がこの世界のために戦ってんのに、自分は知らぬ存ぜぬで自分のための戦いやってるやつになんてついていくものか」

「戯言を、人には人の役目がある。貴様は下位の悪魔なんて雑魚にもいちいち各領の将軍を派遣するか? そんなことをするものは愚か者だ。目先の戦いに捕らわれるものは、大局を見通せずに朽ち果てる」


 くだらなそうにウィリアムは鼻を鳴らす。

 いやいやながらも剣を構える。

 再び両者は睨み合う。


 しかし矛を交えることはなかった。

 その理由は――


「高位の悪魔!?」


 獣人の戦士の一人の叫びによって。

 その言葉は聞き逃せなかったのか、レイゲンが目を見開き、髪をなびかせ、悪魔たちがいる方角に勢いよく振り向いた。


 レイゲンのいる位置からエルフや獣人たちがいる場所は少し距離があり、悪魔の姿は確認できない。

 だが確かに感じる。


 肌全部をアリが張っているかのような不快な空気。

 この世界ならざる者から感じる生理的な嫌悪感。


 大量の悪魔の軍勢に。


 これはまずい。

 ウィリアムは直感した。


「レイゲン!」

「……」


 悪魔がいるであろう方角から目を切り、レイゲンに向かって吠える。


「悪魔がいる! 大群だ! どうやってここまで来たのか知らないが、奴らはこの機を狙ってたんだ! 今戦わないと大勢の被害が出る! エルフも獣人も! 彼らがやられれば、次にやられるのはお前たちだ!」


 レイゲンは応えない。

 忌々し気に、鋭い眼光を明後日の方角に向けるのみだった。







次回、「格の違い」

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