第二十五話 玉響の剣
レゴラウス率いるエルフ軍が、港ですらない浜辺に強引に乗り上げる。
颯爽と軽やかにエルフたちが次々と飛び降り、灼熱の地を踏みしめる。
エルフの戦士たちは再会を言祝ぎ、武具を渡していく。
一気に数百まで膨れ上がったエルフの軍勢、その中央にまるで十戒のように、エルフが足並み揃えて道を開ける。
そこを通るは自然の王。
輝き流麗になびく金髪、その頭に植物でできた王冠を被ったまるで彫刻、芸術のような整った容姿を持つエルフの王。
レゴラウスが、堂々と俺とレイゲンの元までやってきた。
「約束は果たしたぞ」
「ああ、本当に助かった。エルフには感謝してもしきれないな」
にやりと、男の俺でも惚れてしまいそうな笑みを浮かべる。
でもすぐにその柔和な笑顔は、レイゲンを見たことで険しく身震いするような睨み顔に変化する。
「余の同胞をさらったのはそなたか」
「フン、聞かねばわからぬか? 予想と違わず怠惰な王よ」
引き裂けんばかりの笑みを浮かべるレイゲン。
変わらず刃をぎらつかせ、抗戦の意思を示し続ける。
睨み合う二人の王。
一触即発の雰囲気。
「これで数は互角だな。まだやるのか?」
俺が問う。
レイゲンは下らないと言いたげに鼻を鳴らし、
「互角? まさか数を揃えただけでこの俺と並び立てるとでも?」
言った。
後ろにいる竜人たちも獰猛に笑い、声を上げる。
「レゴラウス王、どうする?」
「ここは退くことを第一に考えるべきだな。余が殿を務めよう」
「任せても大丈夫か?」
「無論だ。余のことは気にせず行くがよい」
その言葉通りに、俺はベル、マリナ、アイリスと共に下がろうとした。
だが、
「貴様だけは逃がすつもりはない」
あっという間にレイゲンが距離を詰めてきた。
「あっ!?」
今までの比ではない、圧倒的な速さ、威圧感。
それはまるで大型トラックがスポーツカー並みの速度で迫ってくるかのような不釣り合いな現象。
確かに俺の命を刈り取ろうとしてくる刃は俺の心臓に迫る。
寸前で火花を散らしながら、俺の盾が刃を逸らす。
「しつこい男は嫌われるぞ!」
「ほざけ! 貴様を逃せば後に響く。今ここで摘み取ることが俺の泰平に繋がるというものよ!」
「心配しなくても今逃れたら邪魔なんかしねえよ!」
一撃一撃が重い。
周囲を確認する暇もない。
「ウィリアム卿!」
「俺はいいから、他の竜人をやってくれ!」
声をかけてくるレゴラウスには他の竜人たちの相手をしてもらう。
この男は俺に執着しているようだ。それなら俺が引き留める方が被害が無い。
だが問題はどこまで引き留められるかだ。
奴にとっては軽いジャブのような相手の出方を伺うような一撃も、俺にとっては渾身の一撃を防ぐつもりでなければ防げない。
例え俺の全てを持って防いだとしても、
「ガハッ! クソが!」
盾と剣を通り越し、俺の体に傷を刻んだ。
奴の剣がいちいち振り下ろされるたびに、様々な魔法が同時多角的に複数発動し、殺到する。
竜人の武術、ここまでとは思わなかった。
精々がドワーフの錬金術レベルと思っていた。魔法のある俺なら十分に渡り合えると。
驕っていた。
竜人は魔力が強い。古竜の血を引いているからだ。
魔力自体は魔法が使えない一般人にもある。そんな一般人が魔法を使えないのは、マナを操作することはできても、今自分がどう操作しているのか、したとしてもどうやれば魔法を発動できるかわからないからだ。
だが竜人はそれを武術として、決まった魔法を発動するまでの魔力の動きのプロセスを体系化している。
だから変幻自在、とまではいかないが、決まった形の魔法に関しては剣技と共に再現できる。
それは逆に、マナの動きを逐一見て魔法を発動させようとしてしまう、俺にはできない芸当だった。
「ウィル!」
「俺のことはいいから! とっとと退避しろ!」
マリナまでが声をかけてくる。
彼女がどこにいるか目をやる余裕もないが、まだ生きている。
もっともそれは俺の体を覆う白く光る神気からして明らかだから、たいした情報じゃない。
マリナの治癒の神気は絶えず俺を覆っている。
だからレイゲンが俺に負わせた傷もすぐに治っていく。
だがそれは決して良いことばかりじゃない。
「イッテェなぁくそ!」
「治るならば、精神を先に叩き折ってくれる!」
三つの盾でもふせぎきれないほどの猛攻、防ぎきっても刃を超えた無数の魔法が俺を穿つ。
赤い華が俺の体に咲いては消えていく。
剣だけでなく互いの口も牙をむく。
「貴様のその力も能力も! そして貴様の部下も! すべて俺が有効活用してやる! それこそが世界を救う唯一の方法だ!」
「現実見た気で妥協したやつがほざいてんじゃねぇ!」
「力もなく夢想しかできない者がいうではないか! 俺以外に悪魔の王を倒せるものなどおらぬ! なればこそ! この俺に従うが世の理よ!」
「だとしても、お前の力じゃ勝てねぇよ!」
「力無き者に果たせる大義などありはしない! 自らの道が正しいというのなら! この俺に示して見せろ!」
口でも剣でもこの男に勝てる気はしない。
――だけど、やっぱり負けるわけにはいかない。
この世界のことなんてどうでもいい。
譲れないのはたった一つ。俺の目的、元の世界に帰るという願い。
その願いの邪魔をするのなら、誰だろうと容赦はしない。
俺には防ぐことしかできない、いや、満足に防ぐことすらできてない。
右から、上から、下から、中央から。
幾重にも銀閃が閃き、俺の体を撫でた後に数瞬おいて真っ赤な華が咲く。
通っていない場所、確実に刃は避けたはずなのに、頑丈なはずの竜麟の仮面が削れた。
歯噛みする。
もういい、こうなったらヤケだ。
防御は捨てて、奴に一撃入れてやる。
幸いにも俺にはマリナの加護がある。彼女の加護があれば、致命傷さえ避ければいい。
呼吸のために、仮面の口の留め具を外す。
顎が外れたかのように仮面が割れて、俺の生身の口があらわになる。
途端に外気が流れ込む。吸い込み、吐き出す。
肺を膨らまし、全身に酸素を行き渡らせる。
「ほう? ようやくやる気になったか?」
「俺ぁずっとやる気だよ。やりたくないことだって全力でな!」
盾はどかし、ベルからもらった魔法の剣だけに魔力を注ぐ。
周囲がどうなってるか、気にする気はなかった。
*
「あんたは牢で会ったわね」
「おうよ! こうも早くあいまみえることになろうとはな! 今日は実に陽がいいものだ!」
ウィルベルと対峙するは、額から二本のねじくれた角が生えた筋骨隆々の大男。
名をジュウゾウといった。
ジュウゾウは大柄な自身の身の丈に迫るかのような大剣を担ぎ、大口を開けて笑う。
ウィルベルはそんなジュウゾウの様子などどうでもいいかのように、周囲を見やる。
(ちょっとウィルが危ないかな。さすがにあたしの剣だけじゃ分が悪い。……うん、マリナは大丈夫そうね。アイリスも)
ほっと胸をなでおろす。
眼前の敵に意識を向ける。
「悪いけど、あんたの相手をしている暇はないの。さっさと終わらせるわ」
小柄なウィルベルとは対照的な体格のジュウゾウは、歯牙にもかけない彼女の言葉にも気を悪くすることなく笑い、その赤い神気を帯びた体を膨らませる。
「はっはっは! いいだろう! この俺を圧倒できるなら是非にとも!」
笑い、駆ける。
まだ届きもしない大剣をウィルベル目掛けて振り下ろす。
彼女は箒を走らせ、斜めに浮き上がるように上空に退避する。直後、先ほどまで彼女がいた場所を地面から土が刃のように一直線に吹き出した。
ほんのわずかに逸れただけで回避したウィルベルは涼しい顔で、
「竜人の武術もなかなかに大したものね。ま、真似する気はないけどさ。さて、まだ未完成だけど、あたしの魔法を見せてあげる! 《玉響剣》」
彼女の周囲に三つの魔法の剣が浮かび上がる。
三つの剣は一つ一つが意志を持ちつながっているかのように、縦横無尽に連携してジュウゾウに殺到した。
「むぅ!!」
迫りくる剣を、ジュウゾウは力任せに大剣を横なぎにふるう。
単純な剣による風圧の他にも、不可視の風の刃が周囲に巻き起こり、地面に爪痕を残す。
「魔法なんだから、妨害できるのは知ってるよね? あぁ、ごめん、マナは感じられないんだっけ」
不可視の風刃もウィルベルには届かない。不自然に風が蹴散らされ、涼しい顔でジュウゾウを見下ろす。
「それと、使える魔法も一つじゃないし」
ウィルベルが指を鳴らす。
お返しとばかりにジュウゾウの足元から、避けられないほど広範囲に竜巻が発生し、重いはずの体を浮かす。
「ぬおおお!?」
「おっも。竜人は魔法が効きにくい上に重いのね。風はちょっと相性がわるかったかなぁ」
ちょっとした実験のようにウィルベルは次々と魔法を放つ。
炎の雨、水の槍、土の矢。
ジュウゾウは迫りくる魔法を大剣を振るうことで薙ぎ払うも、空中であるためにその姿勢はどんどんおぼつかなく、無駄が多くなっていく。
ウィルベルはニヤリと笑い、
「風はささやき、炎は猛る。精霊よ、風と火の王よ、我が剣に宿れ」
小さな口で自然を称える歌を唱える。
彼女の周囲に緑と赤、二つの大精霊が現れ、瞬く間に彼女の作り上げた剣に溶けるように宿っていく。
精霊が宿った二つの剣は、白かった刀身を緑と赤に染めあげて、
「さあ仕上げ。さようなら」
一直線に空中でもがくジュウゾウの腹に突き刺さった。
「んな――――」
途端に起こる火山のごとき大振動。
空気を震わし肌を焼く爆発が、地上から僅かに浮いた戦場に咲き誇った。
灰色の花火、その下にどさりと、重い何かが落ちる音がした。
「これだけやって形をとどめてるって、竜人って本当に頑丈ね。ま、後味が悪くないからいいかもね」
倒れたジュウゾウには目もくれず、ウィルベルは他の仲間の元へ向かう。
――ジュウゾウの指はピクリと動いていた。
次回、「あふれる気迫」