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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二十四話 始まりの三人


 レイゲンが率いる竜人の軍。

 高い魔法耐性に優れた肉体、武術を持つ最強種族の竜人が数百。


 それに対して相性の悪いエルフが数十人に人間が数人。


 まともにぶつかれば趨勢は明らかだ。

 でも数だけで戦が決まるわけじゃない。


 どこかに飛んでいた盾を呼び寄せる。

 三つの盾が俺の周囲に浮き始めるが、当の俺本人が手ぶらだ。剣は折れてどこかに行ってしまった。


 エルフの剣は俺には軽すぎるし、すぐに折ってしまう。

 どうしたものか。


 と思っていると、


「よーっし、今度こそ本気で暴れるわよ~!」


 ベルが隣でいくつもの剣を魔法で生み出した。


「なあベル」

「あに? 今から盛り上がるところなんだけど」

「その剣、借りてもいいか?」


 ベルが顎に指当て首をかしげる。

 んー、と唸った後に、


「んじゃこれ、貸したげる。魔法の維持は自分でしてね」


 剣の一つを手渡してくれる。


「ああ、助かる」


 手に持って自分の魔力を注ぎ込む。

 形は彼女が作ってくれた。だからあとは俺がただその形を強固にするだけだ。


 軽すぎるが頑丈さは問題ない。たとえ折れてもすぐに治せる。


 俺たちの周囲に剣と盾が浮き上がる。


「私も戦う」


 マリナが剣を抜く。

 その顔はどこか楽しそうだった。


「ケガしないようにな」

「今ならしてもすぐ治る……死なない程度にね」


 あまり怪我前提の戦い方をしてほしくない。

 俺は慣れているが、彼女たちが傷つくのを見るのは不愉快だ。


「準備はできたか? さあ、仕合おうぞ」


 竜人たちが刀を構え、その刃と瞳を獰猛にぎらつかせる。

 俺も仮面の口が開くほどの笑みを浮かべ、


「竜種は食ったらうまいんだが、お前たちはどうだろうな」


 駆け出す。


 ――竜と精霊がぶつかった。



 *



 アイリスは震えていた。

 それは決して恐怖ではない。

 ただひたすらに高揚、そして感動していた。


 隣には頼もしいエルフとその精霊が並び、まるで長年連れあったかのような連携を自然と取り合ってくれる。

 すぐそばに迫る竜人の刃を飛んできた風の刃が吹き飛ばし、エルフの背後に迫る敵を自分が討ち払う。


 すれ違う名も知らぬエルフと笑いあう。

 その一体感が心地いい。


 本来であれば質と量ともに上回る竜人たちを相手に打ちひしがれてもおかしくない状況。

 そんな状況でも絶望している者は一人もいなかった。


 その理由は、戦場の中心にある。


 大勢の竜人を迎え撃つは、たった三人の人間たち。


 見れば誰もが息を飲み、見惚れる連携がそこにはあった。


 周囲の竜人たちを、輝く魔法の剣で次々と薙ぎ払う白髪の魔女。

 敵の凶刃を一切寄せ付けず、宙を舞う盾で味方を守る黒髪の青年。

 剣と盾の間隙を縫うように敵を穿ち、二人を支援する灰髪の少女。


 たったの三人であるにもかかわらず、その倍以上の数の竜人を圧倒するその姿に、仲間たちは勇気づけられ、奮起する。


「凄いですね……」


 アイリスの耳に、呆然と、しかし抑えきれない高揚をこらえた呟きが届く。

 エイリスだ。


「あれが始まりの三人、か」

「アイリスさん?」


 エイリスと背中合わせになりながら、話をする。


「エイリス様は特務隊についてどこまで知ってます?」

「特務隊ですか。父から聞いた話では、確か少数精鋭の部隊で画期的な技術と類まれな実力を持つ南部の虎の子だと」

「その通りですね。さすがユベール、情報収集はずば抜けてますね」


 笑い剣を振るいながら、アイリスは横目で三人を見る。

 エイリスは精霊に語り掛け、アイリスに斬りかかろうとしていた竜人を水の弾丸で吹き飛ばす。


「歌にするにはいい話があるんですけど、聞きます?」

「ぜひ聞きたいですね!」


 戦場とは思えない笑みを浮かべながら、意気揚々と。


「特務隊の始まりは、たったの三人から始まったんです。それは大陸中から選りすぐった精鋭でも、知識にあふれる学者でも、崇高な志を持つ聖者でもない。まだ若く幼い三人の少年少女」


 まるで歌うかのように語りだす。


「天をつんざく険しい山々、天地震わす大魔獣、脅威あふれる魔境をたったの三人で踏破しやってきたのが全ての始まり」


 グラノリュースとアクセルベルクの間にある人外秘境。

 軍ですらまともに通ることができない魔境と呼ばれる脅威の地。


「一人は大地のごとく頑丈で、一人は太陽のごとく力強く、一人は月のごとき癒しを持つ。三位一体となった三人に、南部将軍のアインハード中将は感嘆し、彼らのためだけの部隊を作り上げた」


 それが特務隊、英雄の始まり。


「どこまで本当かはボクも知りませんけど、世間一般じゃ、ウィルベルとマリナの存在は伏せられてるんです。何分事情が特殊で、グラノリュースから来たってあまり言えませんので。あ、勢いでしゃべっちゃったけど、内密にお願いします」


 お喋りなアイリスは苦笑する。

 エイリスは秘密という言葉が嬉しく、より一層の笑顔を弾けさせる。


「いいことを聞きました! 今のはぜひとも詩にしましょう! 私が歌い続けてあげますよ!」


 叫び、碌に隠されていない全身で喜びを露にする。

 喉の調子を確認するように、エイリスはあ、あーと声を出す。


「エイリス様?」


 アイリスはエイリスの様子を訝しむ。

 喉を鳴らしながら、エイリスは微笑む。


「秘密を教えてくれたアイリスさんに、お返しとして我らエルフの秘密をお教えしましょう! 実はユベールには三つの至宝があるんですよ。何か知っていますか?」


 問いにアイリスは悩む。

 三つあるエルフの至宝。

 一つは有名なミネルヴァ図書館。もう一つはアイリスたちが精霊や動物の加護を賜った精霊の祭壇。


 残り一つがわからず、アイリスは首をかしげる。


「至宝というには凄く恥ずかしいんですけどね」


 恥ずかしい、といいながらエイリスは人差し指を立て、ユラユラ揺らす。

 やがて、意も高々に、


「最後の至宝はこの私! エイリス・フェル・ユベールです! 何を隠そう、私には私自身でもよくわからない力があるんです!」


 叫ぶ。


「はい?」


 アイリスは目を丸くする。

 また何かおかしなことを言い出したとでも言いたげな視線を向けるも、エイリスは意にも介さない。


「というわけで、王には止められていましたがお見せしましょう! 我が友のためならば、なにも惜しくありません!」



 *




 今まで戦いが楽しいと思ったことは一度だってあっただろうか。

 手合わせ程度ならあるかもしれないが、命を懸けた戦場で愉快な気分になったことなんて一度もない。


 なのに、今だけは不思議と楽しい。


 俺の目の前に迫った竜人を、横から伸びた光の刃が閃き、弾き飛ばす。


「ウィル……私は今、とても嬉しいっ」


 錬金術でできた剣を振るったマリナ。

 そのマリナに横合いから斬りかかろうとしてきた竜人の刃を、俺が盾で守り切る。


「面妖な!」

「お互い様だ!」


 何度もぶたれて身に染みた防御術も浮いた盾で再現できる。

 渾身の一撃をあっさりと受け流されたことで、つんのめるように体勢を崩した竜人を手に持つ魔法の剣で斬りつけた。


 竜人は倒れる。

 といっても、竜人は魔法に対する耐性が高い。命を奪うにはかなり魔法の出力をあげなければいけないが、一人一人の命を奪うほどとなると敵より先に俺の魔力が尽きる。


 頼みの綱は、


「わっはっは! 的がいっぱいね!」


 上から興奮した声を放つベルの魔法だ。

 剣の形をとっただけの爆弾が次々と地上に降り注ぎ、敵の数を減らしていく。


 ほうきに乗った彼女にも、竜人たちの魔法を再現する武術による一撃が襲い掛かるが、それも俺の盾で防ぎきる。


 ベルは完全に防御を任せているのか、敵の攻撃を見ようともしない。


 ため息が出そうだ。一度だけ敵の攻撃を見逃してやろうかと思ってしまう。

 もちろんしないが。


 不思議と三人で戦うのは初めてなのに、まるでピースがはまったかのようにしっくりと来る。


 とても戦いやすい。

 きっと俺の顔は、ベルとマリナに負けず劣らず笑っていることだろう。



 だが決して、状況は良くない。



 何故かレイゲンとその忠臣と予測される三人は動いていない。

 ニヤニヤと笑いながら俺たちを見ているだけ。


 今は俺達三人が派手に動いて敵を引き付けているが、奴らが動けば残りの竜人たちはエルフの下に向かうだろう。

 彼らも頑張ってはいるが、質と量、両方で勝られればさすがに厳しい。


 何か、手はないか。

 何か……。


 必死に頭を動かしている時に、事態は動く。


「頃合いか、ジュウゾウ、ユズリハ、ヤクモ動くぞ」


 レイゲンが動き出した。

 呼応するように奴の脇を固めていた三人も動き出す。


 三対四。

 しかもそのうちの一人は俺でも歯が立たないレイゲンだ。


 さらに追い打ちをかけるように事態が動く。


「加護持ちが一人、ならば俺も貴様らに見せてやろう」


 レイゲンが一歩足を踏みしめる。

 合わせるように、控えていた竜人全員が一歩俺たちににじり寄る。


 「マジかよ」


 声が漏れる。

 一歩、また一歩。

 いつの間に膨れ上がっていた竜人の数は幾百にも上るかもしれない。

 全体がまるで軍隊のように一糸乱れぬ足運び。


 徐々に徐々に踏みしめる足音と共に、竜人たちの体から赤い光が放たれる。


 神秘的な力を持ったその光。


 加護の光だ。


 それが百を超える竜人全員が帯びている。


 強化された竜人たちが、軽く一歩踏み出すごとに誇張抜きで地面が揺れる。

 一体の巨大な竜がそこにいるかのようなド迫力。

 思わず一歩下がってしまいそうな威圧感。


「嘘だろおい」


 目の前にいる竜人全員から放たれる赤い神気は、たった一人の男が持つ加護によるものだ。


 一際強い神気を放つは当然、先頭に立つこの男。


「我が“覇軍”の前にひれ伏せ」


 瞳を怪しく光らせるレイゲンだ。

 たった一人の加護がこれほどの人数に影響を及ぼすとは、それも神気の量から生半可な影響じゃない。


 きっと一人一人の戦闘力が大きく向上していることだろう。

 “覇軍”の加護か。確かにこの軍勢と加護があれば、大陸統一も可能かもしれないな。


 背中にいやな汗が流れる。


 こっちはたかが数十人のエルフ。

 それも捕らえられていたからか、体調も装備も十全じゃない。精霊がいるから戦えているだけで、森の中の戦闘を得意とするエルフにとって、開けたこの場所は戦いづらい。


 質も量も当初より圧倒的に開いてしまった。


 絶望的だ。

 歯噛みする。


 一か八か、転移門を出して全員逃がすまでここで耐えるか?

 だがそんなことをすれば、間違いなく俺の魔力が尽きる。

 精霊の転移もただじゃない、俺の魔力を必要とする。

 これだけの竜人を相手に魔力の出し惜しみなんて無理だ。


 何か、何か手はないか?


 必死に頭を回した、そのときに――


「南から昇る三つの光、支え導く三人は、西へ東へ赴いて、人々のためにと力を振るう♪ 人々を救い知恵を与える三人の、後ろに多くの仲間が集う♪」


 底抜けに明るい歌が聞こえた。


「歌えや踊れ、空を駆ける竜の元、明るく光る太陽の元、優しく寄り添う月の元。我らが照らすはこの世の未来」


 一瞬馬鹿なんじゃないかと思った。

 こんな状況で歌うなんてと。


 だけど、その歌は不思議な力を持っていた。

 全身に染み入る音の連なりは、折れかけていた心を鼓舞し、傷ついた体を癒してくれる。

 もっと聞きたい、生きたいと、体がみなぎり、魂が震える。


 まだいける、まだ戦える。


 そう思えるような歌だった。


「エイリスか、あいつ、こんなこともできるのか」


 本当に馬鹿みたいなやつだ。

 その恰好も頭も力も。


 歌で人を強くするなんて聞いたことがない。


「まさか、こんなところでエルフの至宝の一つに相まみえるとはな」


 聞こえる歌に笑みがこぼれたのは俺だけではない。

 レイゲンもだった。


「エルフの至宝?」

「なんだ知らんのか」


 俺を小馬鹿にするような嘲笑。


「エルフには三つの至宝がある。図書館、精霊の宝玉、そしてもう一つが歌姫だ。歌姫、とはいってもその力は歌だけにとどまらない。その者が描いた絵、読み物、彫刻はすべて不思議な力を持つという。強すぎるその力は門外不出として伏せられてきたのだがな」


 門外不出として伏せられてきたのは、その力だけが原因じゃないと思います。


 背後で相変わらず全裸みたいな馬鹿な格好をしたエイリスを見る。


 フッと笑みがこぼれる。

 馬鹿と天才は紙一重というが、まったくもってその通りだ。


 レイゲンの加護とエイリスの唄。

 二つの力が互いの仲間を強化する。


 だけどまだ分は悪い。

 単純に数が違いすぎる。


 だがそのときにまたしても状況が大きく動く。


「なんだ?」


 後方から、怒り狂ったような轟音が断続的に腹を叩く。空気を切り裂く、立っていられないほどの強風が吹きすさぶ。

 

 隣にいるベルが絶え間なく吹き始めた突風に飛ばされないように帽子を押さえた。


 次に起きたのは、大砲のようなけたたましい音。

 重いもの同士がぶつかったような爆音が後ろで鳴った。


 敵が来たのかッ?

 そう思い、慌てて振り向く。


 やってきたのは――


「間に合ったようだな。余の同胞、それに友よ。約束は果たしたぞ」


 レゴラウス。

 エルフの王。


 たった一隻。

 されどそこには所狭しと乗り込んだ、意気軒高な友がいた。







次回、「玉響の剣」

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