第十三話 2人の行方
アティリオ先生からもらった情報をもとに準備をするため、まずはオスカーとソフィアにこの情報を伝える。ただソフィアには会えなかったので部屋に手紙を届けておいた。
今はオスカーと持ち物や計画の確認をして準備をしている。夜の帳が下りるのを待って中層へ出発する予定だ。
「オスカー、よかったの?僕より日程が厳しくないとはいえ、鍛錬を無断で休んで」
「いいんだよ、それに無断じゃねぇ、ちゃんと体の不調ってことで近くの治療院にいるってことで休むって伝えたからよ。ばっちりだぜ」
「大丈夫かな。ばれない?それ」
「ばれたらばれただ。今更それくらいで怖気づくかよ」
オスカーは迷わないし、ためらわない。今はそれがとても頼もしく、できるのだと思わせてくれる。
正直、怖い。ここで僕は死ぬかもしれないし、身近な人が死ぬかもしれない。全然知らない人なら死んでもいいなんて言えるほど薄情でもいられないから、戦場に行くことは怖くてたまらない。
それでも行くことをやめないのはあの日、いつも気丈なソフィアの言った言葉が、表情が、忘れられないから。
「そうだね……時間だ。さあ行こうか!」
「ああ!華々しいデビュー戦だ!気張っていくぞ!」
勇気と気合をいれて暗くなった外へ、勢いよく飛び出した。
城の一室から飛び出したオスカーは飛び出した方角そのままに一直線に走り出す。僕はその姿に違和感を覚えながら手元にあるものに目をむける。すると違和感が確信に変わった。信じたくないが問題の原因はオスカーだ。
「急いでいくぞ。前まではソフィアのおかげで空から行けたが今回は徒歩だ。下層まで何日かかるかわからない。中層までは一気に抜けるぞ」
前を走るオスカーが言う。今は城から出て壁に向かって走っている。ちなみに上層は城をほぼ中心に海を除いた円弧上に防壁が存在しているので、適当に走っても壁に向かって走ることになる。
そして今確かにオスカーは壁に向かって走っている。
迷わないし、ためらわない。
……中層の町とは全く関係ない方向に。
「オスカー」
「遅れるなよ!飛ばすぞ」
「方角が違う」
「え?」
「え、じゃないよ。勢いよく出たのはいいけど、マドリアドまでの方角も確認せずに行ったらそりゃ方角間違うでしょうよ」
「いや、だってこないだはこっちで飛び越える話をしたじゃないか」
「あれは確認だけなんだから手頃なとこに見にいっただけだよ。目指すべき方向はあっち」
進んできた方向とは全然違う方向を指さす。僕らが向かうのがやや北東であるのに対して、進んできた道はほぼ真東だ。以前は城から抜け出す部屋の位置が東寄りだったから、近い東の壁を見に行ったんだ。壁は作りがどこも似たようなものなので、どこで見ても一緒だったから中層の方角は気にしなかった。
僕がジト目で見ているとオスカーはわざとらしく咳ばらいをして、指さした方向へ歩き出す。僕とすれ違うときに小声で言った。
「よ、よく気付いた!さすがウィリアムだ!さあ!行くぞ!」
走り出すオスカーの顔は暗がりでわかりにくかったけど、たぶん赤かったと思う。
そんなバカなことをしつつも中層との境の防壁にたどり着く。防壁を飛び越える方法はいくつか検討したが結局、棒高跳びで行くことにした。
手頃な棒の手配はオスカーにお願いした。僕じゃどんなものかいまいちわからないからだ。オスカーも詳しいわけではなさそうだったが、僕よりはマシということで決まった。
そして渡されたのは3メートルほどの棒だった。何らかの木材らしく、しなやかだが意外と折れない。これで練習もしてみたがなかなか難しかった。この棒は本来は五メートルくらいで上等な素材で作られているらしい。オスカー曰くこの世界にはないので難易度はかなり上がるかもしれないとのこと。
四の五の言っていられないので早速、挑戦する。
まずはオスカーだ。さすがに荷物を背負った状態では無理なので荷物を下ろす。荷物は一人が飛び越えた後に二人分放り込んでいく方法にした。多少重いが数十メートル程度なら投げられる程の身体能力はあるし、鍛錬も積んでいる。だから問題は二人が飛び越えられるかどうかだ。
「周りに兵はいないな。よし、先に行ってくるぜ」
「うん、気を付けてね」
そういってオスカーが棒を持って走る。壁に棒が付くと大きくしなりオスカーの体が宙に舞った。高さはぎりぎりだったがうまくいったようだ。
オスカーが超えたことを確認して、荷物を二人分投げ込む。それが終われば、僕の番だ。
深呼吸をして、手の汗をぬぐう。あまり成功率が高くないから緊張する。
兵がいないことを確認して気合を入れて適度な速さで走り出す。壁の根元に棒を当て、しなるように角度を調整する。すると大きくしなって体が浮くような感覚がきた瞬間に大きくジャンプする。すると今までにないくらいの高さで防壁を飛び越えた。
驚いて思わず声が出そうだったが何とかこらえる。着地は鍛錬で学んだ着地法と受け身を利用して無事に壁の向こう側、中層へ到達する。
着地した地点にオスカーが荷物を持って駆け寄ってくる。
「随分な大ジャンプだったな、世界記録かもな」
「過去最高だったからびっくりしちゃったよ、本番に強いタイプかな」
軽口をたたきながらも兵に見られていないことを確認して、そそくさとその場を立ち去る。ここから先は初の地上から中層の町マドリアドへ向かう。地図と方位磁石で方角を確認しながら急ぐ。飛んでいく時と歩いていく時の速さがどれくらい違うかわからないけど、確実に時間がかかる。
夜通し歩くわけにもいかないので今日はもう少し歩いたところにあった安全そうな場所で野宿をすることにした。
テントもないので暖をとるのと動物除けも兼ねた焚火をして交代で睡眠をとり、夜を明かす。
日が昇り始めて少し明るくなったところで、2人で片づけをしてまた出発する。走ったりはせずに、こまめに休憩を取りながら進んでいく。マドリアドについたのは昼過ぎだった。
「やっと着いたな」
「そうだね、歩くとこんなに遠いんだね。改めてソフィアのありがたさに気づかされたよ」
「だな。ちゃんとその分返さないとな」
覚悟を新たにうなずく。
そうだ、覚悟ついでにオスカーにはもう一つ覚悟してもらおう。
「そうだオスカー。これが終わったらソフィアに告白しなよ」
「な!なんだよ急に!今はそれどころじゃないだろ!?」
案の定顔を真っ赤にした。面白い。
「そうかもしれないけどさ。無事に終わったらソフィアは地方に行くかもしれないんだろ?だったら終わったらすぐにでも言わなきゃ」
「そうだけどよ……」
「何々?オスカーもしかしたらビビってるの?いいじゃないか、振られたときのことなんて振られたときに考えればさ!」
「うるせぇ!ああ、わかったよ!これが終わったらちゃんと伝えるよ!……あれ、これフラグじゃねえ?」
「ふらぐ?ふらぐってなに?」
よし、これでいい加減あいまいな二人の関係もはっきりするはずだ。成功させた後の楽しみが増えたな。2人が幸せになるところを見てからかってやろう。それくらいは許してくれるよね。
やる気が出たのかオスカーが歩調を少し速めて町に向かう。僕は置いていかれないように彼の後を追った。
次回、「やるべきことは」