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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二十三話 合流


 仮面の口から血がこぼれだす。

 体の節々から赤が吹き出し、身を染める。


 だがそれでも立ち上がる。

 体の表面に紫電が散る。


 もう目に見えないレベルの電気じゃ筋肉が動かない。

 コードフリートとは桁が違う、圧倒的な剣技、膂力、魔力。


 一合切り結ぶだけで全身が悲鳴を上げる、動きたくないと泣き叫ぶ。


 それでもここで動かなければ、二度と動くことが叶わなくなる。


 クソ、最初の攻撃で足をやってしまったことがいろんな意味で非常に痛い。

 おかげで踏ん張れず、振るう剣が軽くなる。


 だがたとえ万全の状態で《伏雷》を使ったとしても、きっといずれは同じ状態になっただろう。

 それほどまでに目の前の男は身体的にも技術的にも実力がかけ離れていた。


「最初はたいしたものだと思っていたが、動きが悪いな。その妖術にも反動があるというわけか」


 膝をつき、血だまりを作る俺に対して、レイゲンはたいした傷を負っていない。精々服が少し焦げ、汚れている程度だ。

 本人はいたって十全だ。


 舌打ちついでに血を吐き出す。

 剣を杖に立ち上がる。


「ふん、確かに反動はあるが、でも消す方法が無いわけじゃない。痛みだけは消せないから、やりたくないしできるかどうかもわからないけどな」


 レイゲンが興味深そうに片眉を上げる。


「ならばやって見せるがいい。その上で貴様の全てをねじ伏せてやる」

「あいにくとそれに必要な物を逃がしてしまったんだ。今はできそうにないな」


 冗談交じりの軽口を叩く。

 レイゲンは鼻で笑い、


「ならばここで死ね」


 また一瞬で斬りかかりに来る。

 一撃一撃に殺意がこもり、体力以上に気力を持っていく。まるで竜に睨まれているかのように生きる気力を奪われる。


 強化した体でも防ぐことで精いっぱい。

 グラノリュース天上国を出てから、これほどまでに防戦一方になったのは初めてだ。


 アティリオから指導を受けていたあの時だって、これほどの実力差を感じたことはついぞなかった。

 あの国にいたときより、剣技も肉体も魔法の腕も上がったにもかかわらず。


「炎竜派……」


 レイゲンが構える。


 全身の神経に悪寒が走る。


「盾よッ!」


 三つある盾をすべて並べ、伏せる。

 次の瞬間、


「《紅焔瞋恚(こうえんしんい)》」


 視界すべてが赤く染まり、体が浮いた。

 全身を質量を持った炎が焼き、叩きだす。


「ガハッ」


 まだ無事だった城の壁を突き破り、俺の体が宙に投げ出される。

 剣が半ばから折れ、はるか遠くに飛んでいく。


 ――ああ、俺はここで死ぬのか?


 城は五階以上ある。傷ついた今、受け身を取らなければまず助からない。だけどもう体が言うことを聞かない。

 盾は三つとも散り散りに吹き飛ばされ、引き寄せて飛ぼうとしても間に合わない。


 軍服の成れの果て、傷口に赤黒いボロ布がへばりつく。

 傷だらけのその腕を必死に伸ばす。


 どことも知れない何かに。


 その腕を、


「まったく、あたしがいないとなんにもできないんだからっ!」


 綺麗な白い手が掴む。


「イッテェ!!」


 急に落下が止まったことで慣性力が全身に加わり、痛みが走る。


「え、嘘!? 痛かった!? ――あ」


 その声に驚いたのか、掴んだと思われた手が再び離れる。


「あ」


 俺の体を再び浮遊感が、


「アイタァ!!」


 襲うことなく地面に着いた。


「……ああああ~」

「ご、ごめん。まさか手を握っただけでそんなに痛いと思わなくて」


 切れた筋肉に走る全身の痛みに悶える。

 思ったよりも地面に近付いていたようだ。

 もしあの手が握ってくれなければ、きっと今頃この地面のしみになっていたことだろう。


 俺の傍に一人の少女が舞い降りる。


「戻ってきてくれたのか、助かった」

「ふっふ~ん、感謝するといいわ! っと、そんなこと言ってる場合じゃなかったわね」


 ウィルベルの明るい声色が、一転して真剣味を帯びる。

 痛みをこらえ、再び立ち上がる。


 見上げれば、城の外壁を駆け下りてくるレイゲンがいた。

 忍者かよ。


 ベルが来てくれたのはありがたいが、彼女の専門は遠距離だ。俺も戦わなければいけないが剣が無い。

 盾だけで戦えるほど甘くない。


「やるべきことは一つだけね」

「ああ」


 降りてきたレイゲンと向かい合う。

 俺とベルは頷きあい、


「逃げるが勝ち!」


 一目散に逃げだした。

 ベルが俺の手を力任せに握りしめ、箒に乗せることなく飛び出した。


「イッタァ!!」


 ぶら下がるようにしてなすがままに飛んでいく。

 急に動き出した慣性と加速していく風圧によって腕がちぎれそうになる。


 問題はそれだけじゃない。


「いたぞ! あそこだ!」

「ひっ捕らえろ! 連中にも応援を頼め!」

「御館様! 加勢いたします!」


 飛んでいる俺達にも引けを取らないほどの速度でレイゲンが追いかけてくる。

 そんなレイゲンを見つけた竜人たちが声を掛け合い、雪だるまのようにあっという間に群れを成し、襲い掛かってくるのだ。


「どこまで行くんだ!?」

「この先にみんながいるわ! それまで我慢して!」


 ウィルベルの言葉を信じ、必死に箒を走らせる彼女の代わりに魔法で竜人たちを迎え撃つ。

 足止めのためにいくつもの爆発を巻き起こす。

 そのたびに自分の魔法による爆風が全身を叩き、痛みが走る。


 仮面の下で歯を食いしばる。

 食いしばりすぎて顎と歯が痛い。


「風竜派――」


 爆音鳴り響く中、はっきりとした男の声が鼓膜を揺らす。

 叫ぶ。


「ベル! 上げろ!!」


 ベルが僅かに高度を上げる。

 人の半身ほど、僅かな高度。


「《颶風(グフウ)》」


 たったそれだけの高度が生死を分けた。

 さっきまで俺の下半身があった場所に、横一線の見えない刃が通り過ぎる。同じ高さにあった家屋がまるで薄い鉄板に強引に押しつぶされていくかのようにひしゃげ、ふき飛ぶ。


「化け物がッ!」


 舞い散る木材の破片、一抱えもある廃材を避けながらも進み続ける。


 そして――


「でたー!」


 ベルが叫ぶ。

 言葉通り、俺たちは城を中心とした栄えた町を抜け、外れに出た。


 吹き飛ばされた瓦礫だけが散らばり、家屋のない開けた場所。

 血のような赤く固い岸辺を砕かんかとばかりに押し寄せ続ける青い波。


 一見して何もない浜辺。

 そこで、


「今だ!」


 甲高い女の声が聞こえた。

 次に聞こえてきたのは――


「シルフの刃よ、むき出し穿て!」

「ノームの槌よ! 偉大な友を守りたもう!」

「サラマンダー、報恩の時は来たる!」

「罪と穢れのすべてを流せ、水の精!」


 数々の精霊に語り掛ける流麗な声。

 歌声のような軽やかな声とは対照的に、降り注ぐは四大の脅威。


「エルフか!」


 疲れた口が吊り上がり、思わず叫んだ。

 光の精霊の力で隠れていたエルフたちが姿を現し、次々と精霊の力が咲き乱れる。

 放たれた四属性の魔法は、俺たちに殺到していた竜人たちに吸い込まれるように飛び込んだ。


 火は風と交わり爆炎に、土は水と交わり濁流に。

 押し寄せる自然災害が竜人たちを飲み込んだ。


 後に残ったのはまるで被災地のような灰の海。


 エルフたちのいる海辺だけはまるで傘でもさしていたかのようにきれいなまま。

 そこにベルと俺が降り立った。


「ウィル!」

「隊長!」

「ウィリアムさん!」


 マリナ、アイリス、エイリスが駆け寄ってくる。

 あ、この光景は覚えがある……。


「ウィル!」

「あああああががが!!」


 マリナが抱き着いて来た。

 全身の裂けた筋肉が悲鳴を上げ、まるで全身にくぎを打ち込まれたかのような激痛が襲う。


 これはあれだ、ルチナベルタでも味わった奴だ。死にたい。


 俺が苦痛にうめいていると、マリナが気づいたようで横にゆっくりと寝かしてくれた。


「待ってて……今治してあげるから」


 マリナが俺の胸に手を当て、目を瞑る。

 それだけで、


「なんと……」


 体が楽になっていく。

 暖かな白い光が全身を覆う。

 上から覗き込むように俺を見ているエイリスが息を飲んだ。


 加護だ。

 癒しの力を持つマリナの加護。半聖人であるマリナの加護は重傷だって治してくれる。


 彼女は自身の加護を理解しているようで、条件さえそろえば意識的に使えるみたいだった。


「凄いな……」

「本当に、こんな凄い加護を意識的に使えるなんて聖騎士くらいだよ」


 俺の呟きをアイリスが拾う。


「私の加護は私自身とウィルとベルにしか使えない……三人にしか使えないから、それだけ強力になってると思う」


 マリナの手を借りて立ち上がる。

 彼女のおかげで一気に体が軽くなる。自然と胸の奥底から得も言われぬ熱が吹き出してくる。


 ケガはもうほとんど治ったが、まだ変わらずにマリナの加護の輝きが俺を覆っている。見るとマリナだけでなくベルも光っているようだ。

 なるほど、マリナが俺とベルにしか使えないと言ってる理由がわかった。


 さて、無事にエルフと合流できた。全員無事なようで何よりだ。

 あとは脱出するだけだが……。


「臆病なエルフが抜け出していたか。まあよい、貴様ら揃ったところで脅威たりえぬ」


 声と共に土砂が吹き飛ぶ。

 ねちねちと湿った音を鳴らす泥が跡形もなく飛び散り、俺たちの元まで飛んでくる。

 積もり積もった水や土は振り払われ海に流れ込み、また大地は元の高さになり、赤銅色の地面が見える。


 そこにはいまだ悠然とたたずむ竜人たち。

 その先頭に立つは半神に片足突っ込んだレイゲン。

 さらにレイゲンの両端には明らかに腕の立つとわかる三人の竜人がいた。


 誰もが精霊による一斉攻撃などなかったかのように汚れ一つなく、屈託ない獰猛な笑みを浮かべていた。


 ……まったく嫌になる。

 最強の竜人、その王たち。


 正直侮りすぎていた。

 たったの三人で救いに来れるなんて思い上がっていたようだ。


 竜人たちの前に躍り出る。

 自然とエルフたちを率いるような形になり、俺の両脇をベルとマリナが固める。


 状況は良くない。


 ……なのに不思議と負ける気はしない。


 前に出た俺たちを目に、レイゲンが再び剣を抜く。


「ほう、傷が癒えたか。その女の加護か。益々惜しくなるものよ」

「三人そろえばなんとやらってな。さあ、反撃と行こうか」







次回、「始まりの三人」

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