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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二十二話 背中を預け


 ウィルベルが城の外から放った魔法により、崩れた壁付近に立っていたレイゲンは吹き飛ばされ、無事に俺たちは合流できた。


「ベル! ……無事でよかった!」

「マリナもね。変なことされてないみたいでよかった」


 マリナとベルが再会を喜ぶ。

 ただベルが城の半分くらいを吹き飛ばしたせいで足元が危ない。あまり俺達から彼女に近寄ることができないでいた。


 代わりにベルがゆっくりと俺たちに近付いてくる。


「ちょっと派手にしないとあいつは倒せないから強めにしたけど、ちょうどよかったかしらね」

「いやあぶねぇよ。俺たちまで巻き込まれるところだったろうが」

「あらそう? でも結果オーライでしょ? ひとまずすぐに――って危ない!」

「――ッ!?」


 ウィルベルが叫ぶ。

 振り向きざまに剣を振るう。

 直前に彼女の視線が動いたことで、反応が間に合った。


 俺の首ギリギリに、ぎらつく白刃が迫り、薄皮一枚だけだが確かに裂いた。


「しぶとい奴だ!」


 反応できなければ、今頃俺は首が無くなっていただろう。

 この刀の持ち主はもちろん――


「あの程度で仕留めきれるなど、甚だ論外だ。この俺を仕留めたくば、確実にこの首を落とす以外に道は無し」


 レイゲンだ。

 先ほど以上に笑みを深くし、鋭い犬歯をむき出しにして俺に覆いかぶさるように体重をかけてくる。

 徐々に俺の剣が押し込まれる。


 奴の傷一つない刀、太陽の光によって輝く刃が赤い液体によって覆い隠されていく。


「ウィル!」

「マリナ! 先にベルと一緒に離脱しろ!」


 マリナが剣を抜いて加勢しに来ようとしたが叫んで止める。

 こいつを前にしては、彼女は明らかに実力不足だ。斬ることしかできない彼女では、一合とやり合うこともできずに絶命する。


 俺ですら足りない。


 俺の指示にマリナは一瞬たじろぐ。

 彼女にも歯が立たないことはわかっているのだろう、だが見捨てたくないのか。


 だがその数瞬の迷いはレイゲンにとっては十分だった。


「逃がすと思うか」

「……ッ!」


 刀を引いたレイゲンが、俺を無視してマリナに迫る。

 目にもとまらぬ速さ。マリナが剣を抜くも間に合わない。


 歯噛みする。


「――《伏雷》」


 調整に失敗し、たった一度の使用で足の筋肉が切れていく。

 だが甲斐はあった。


「ウィルッ!」

「ほう!!」


 マリナに刃が落ちる直前に、彼女との間に剣を挟みこみ攻撃を防ぐ。

 レイゲンの笑みが深まる。


「この俺の攻撃を防ぐとは! やる!」

「……ッ、マリナ! はやく脱出しろ!」


 防げても次はない。

 今ので足がかなり使い物にならなくなった。素早い動きはもうできない。

 現に上から振り下ろされたレイゲンの刃を防いでいても、腕より先に足が駄目になりそうだ。


 身体強化の《伏雷》を解けば、あっという間に押しつぶされてしまいそうな膂力。

 壊れかけた城の床がミシミシと音を立てて、沈んでいく。


 マリナは俺から目を切り、ずっとこちらに手を伸ばしているベルに向かって駆け出した。


 崩れかけた家屋、二人の間には距離がある。

 瓦礫だらけで崖と化した部屋の先端ギリギリを、マリナが踏み込み、跳躍する。

 途端に足場が崩れ落ちていく。


「マリナ!」

「ベル!」


 必死に手を伸ばす。

 マリナの体が徐々に落ちていく。ベルが箒から落ちそうなほどに手を伸ばす。

 二人の小さな手が目いっぱいに伸ばされる。


 ――ギリギリ届いた。


 小さな手がパンと音を立ててぶつかり、硬くつながった。


「ふんがぁあああッッ!!」


 腕を伸ばし、落ちていくマリナに引っ張られ、ベルは箒にぶら下がるように真っ逆さまになる。

 必死に足を締め落ちないように耐えながら、徐々に高度を下げていく。


「逃がすか」

「させるかッ」


 そんな二人の少女をレイゲンが見逃すはずもなく、俺を蹴り飛ばし後を追おうとするも、


「《日雷》!」


 蹴り飛ばされながらも腕を伸ばし、魔法で妨害する。

 頭上から巨大な青い稲光が落ちる。空気の焼ける匂い、暴力的な音が全てを震わす。


 確実に直撃した。だがそれすらも、


「雷まで操るとは、ハハッ! なおのこと、その力が欲しくなった!」


 レイゲンはまるで意に介さない。

 魔法を使った俺ですら、巻き込まれるのを恐れて盾を避雷針として浮かしているというのに、直撃したはずの男は少し衣服が焦げただけ。


 本人にはまるでダメージが無い。


 これは、なるほど、竜人たちがこの男の下でまとまるわけだ。

 大陸最強と自称するのもうなずける。


 幸いにも、雷のおかげでレイゲンはほんの一瞬だけ目がくらみ、二人は逃げ切ることができた。


 レイゲンは既に逃げ切った二人から興味が失せたのか、俺に向き直り、手に持つ刀をぎらつかせる。


 俺は再び《伏雷》を使い、無理やり立ち上がる。


 立ち上がれたはいいが、俺は勝てるのか? 負けたらどうなる? 

 いや、大丈夫、こいつは俺を欲しがっている。いざとなれば、この身を引き換えに助力を願えばいい。


 生きることはできる、大丈夫だ。


 心臓がうるさい。体中から冷や汗が流れ出る。

 代謝として現れるほどの恐怖を、笑みを浮かべることで強引にかき消す。


 竜に似た仮面の口が裂け、俺の口元があらわになる。

 奇しくもレイゲンと同じ、竜に似た獰猛な笑み。


「ますます貴様は面白い。いまだ半聖人の身にも関わらず、この俺と打ち合う膂力、妖術、知恵。今一度問おう」


 刀を降ろし、右手を俺に差し出す。


「俺と来い。俺の右の座を用意してやろう。俺と貴様が組めば、貴様の望む無血での大陸統一も夢ではない。貴様の望むものもくれてやる」

「……」


 真剣に悩む。

 確かに、悪くない提案だ。だがやっぱり、俺の望むものとこいつの望むものは違う。


 それにもうすぐ俺は俺の目的を自力でかなえられる。

 今更背負うものを増やす必要もない。

 もしここで手を取れば、この男の大陸統一の悲願が達成されるまで、俺は付き合わされることになる。


 面倒だ。それにうまくいくとも限らない。

 こいつは俺を買ってはいるが、そもそも俺と組んだところで無血による大陸統一ができるとも思わない。


「断る。俺には俺の目的がある。お前のもとにいては、その目的を果たせない」

「……フン、つまらぬ答えだ、まあよい」


 レイゲンは鼻を鳴らし、刀を構え。

 俺は盾を三つ浮かし、剣を向け。


「力づくで、貴様を屈服させてやる」

「やってみろ、俺がお前を食ってやる」


 精一杯の気力を持って啖呵きる。

 途端に目前に迫る、魔力を纏った鬼神の一撃。



 ――俺は防ぐことしかできなかった。



 *


 

 ウィルベルは地上にいるアイリスたちに合流するために箒を走らせる。


「ベル! ウィルがッ!」

「わかってる! でも今マリナがいても足手まといにしかならないわ!」


 その後ろでいつになく取り乱したマリナが暴れる。

 ウィルベルは何とかなだめながら一目散に地上に降りる。


「いい!? マリナはアイリスたちと合流して隠れてて! あたしがあいつを助けに行くから!」

「私もいく! ……ウィルはケガしてる! 私がいないと!」


 二人はレイゲンの城からほど近い、周囲に家屋のない人気のない場所に降り立った。

 しかしすぐにマリナがウィリアムがいた場所に戻ろうと駆け出した。


「待って!」


 それを、ウィルベルが肩をひっつかんで止める。


「邪魔をしないで!」


 マリナは眠たげな瞳を見開き、睨みつける。

 その瞳には、潤んだ光が宿っていた。


 普段とは違うマリナの様子にウィルベルは一瞬だけ驚く。

 だが彼女も一歩も引かない。


「マリナ! しっかりしなさい!」


 興奮したマリナを落ち着かせようと、ウィルベルはマリナを力づくで振り向かせ、頬を両手で挟みたたく。


「なにも見捨てようってわけじゃないの。ちゃんと考えがあるから言ってるの。頭のいいマリナならわかるでしょ?」


 まっすぐに揺れる瞳を射抜く。

 確固たる光を宿し、力強く。


 ウィルベルの意思を秘めた瞳を見て、マリナは眉をひそめる。

 俯きゆっくりと息を吐く。


 再び上げたその瞳は、いつものように眠たげで、しかし確かな意志を宿していた。


「どうするの?」

「マリナならウィルが怪我していても治せるでしょ? 加護が発動するかはわからないけど……」

「大丈夫……治せるよ。すぐにでも」


 断言する。

 少しだけウィルベルはぽかんとするも、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「そ、なら何も心配いらないねっ。とにかくあいつはあたしがここまで連れてくるから、それまでマリナはアイリスたちと合流して状況を説明してほしいの。ウィルがここまで来たら、きっと竜人たちも気づいて殺到する。エルフたちの力が必要なの」

「わかった……」


 力強くマリナは頷く。

 もう大丈夫だと、ウィルベルは満足そうにマリナを軽く抱きしめ、再び箒にまたがり一直線に空に飛び出した。


 マリナは見送りもほどほどにすぐに仲間と合流するために駆けだした。


 後方で爆音が響き、建物が揺れ傾くような地響きが鳴る。

 余韻のように大地をつんざく轟然たる大音響。

 ずしんと腹にこたえ、けたたましい破裂音が耳に雪崩れ込む。


 後方で何が起きているのかわからない。

 もしかすれば、彼女の大切な家族が危機に瀕しているかもしれない。


 それでも彼女は振り向かない。

 一目散に駆け抜ける。


 見えないはずの仲間がいる場所に、見開いたその瞳を向けながら。







次回、「合流」

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