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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二十話 勧誘


 灼島に到着し、一際立派な城の城門前で――。


「貴様! ここがレイゲン様の城と知っての狼藉か!」

「この咎、万死に値する! 大人しくお縄に付けい!」


 目の前から多くの竜人が刀を振りかぶり、襲ってくる。

 剣を抜くのも面倒で電撃を発生させて昏倒させる。

 眉をしかめる。


「なんか気持ちわりぃな。いつもより効果が出ない」


 目の前で殺すつもりで放った電撃を受けた竜人たちは、絶命することなく立ち上がろうとしている。

 普通の人間が食らったら間違いなく消し炭になるレベルの電撃を受けたはずなのに。

 頭を悩ませながら倒れている竜人の頭を蹴って今度こそ気絶させる。


 周囲には爆発や電撃で気を失った竜人たちがゴロゴロ転がっている。どれもが殺そうと思って放った魔法ばかりだが、全員息がある。

 どうやら竜人は魔法に強い耐性があるようだ。見た目は人間と大して変わらない。身体の一部が角と鱗になっているくらいだ。その鱗の部分も人によって異なる。


 何より竜人の目を引くのはその装いだ。俺にとっては何よりも気になる。


「和服か? 着物にしちゃあごわごわしてんな」


 竜人たちが来ている服や鎧がどうにも日本の侍と酷似している。

 細部は違うから、日本の誰かが着て広めたわけはないのだろうが、異世界に来ても日本の文化に触れられるとは感動ものだ。


「隊長は竜人たちの文化を知っているのかな? ここの文化は初めて見たけど、独特だね」


 アイリスが竜人の一人を切り伏せ、こちらに合流する。


「知っているというか、前の世界の俺の国の文化と似てるんだ。こんな状況じゃなきゃ、ゆっくりしたかったんだがな」


 まあ、この地の頭が二人をさらった時点でゆっくりする気は毛頭ない。

 城の入り口に近づくと、隠れていたエイリスが姿を現した。


「凄いですね……エルフが苦戦する竜人たちをこうもあっさりとは、さすが英雄様です」

「危ないから引っ込んでいろよ。こいつらはどうにも頑丈だ。殺す気でやっと気絶するようだ」

「竜人たちは武力に関しては他の種族を超えると言われていますからね。一説では竜の力を継いでいるから聖人と魔人、両方の性質を併せ持っているとか」

「半神に近いってことか? だがマナも神気もどちらも半端だな。このあたりはエルフやドワーフと同じか」


 ドワーフは聖人、エルフは魔人に近い。

 竜人たちは古竜の血を引く。古竜は神気とマナ両方に精通しているために、竜人たちは聖人と魔人の性質を完ぺきではないが継いでいるようだ。


 精霊術を使えるエルフが苦労するわけだ。


 竜人たちはその特性からか、感情が高ぶり、神気が活発化すると魔人としての力も増す。そのため魔法が効きづらく、竜人自身も魔法に似た現象を引き起こすことができる。

 竜にこのような特性はないが、竜人として強くなるための独自の進化らしい。


「《空間把握(エリアマスタリー)》」


 闇の精霊の力を利用して、周囲一帯の状況を把握する。


 先に飛ばした鷲からの情報通り、捕らえられた者たちはこの城にいるようだ。


 ただ場所が別れてしまっている。

 マリナはこの塔の最上階だが、ベルとエルフたちは地下にいるようだ。


 ……どうするか悩んだが、二人をマリナのもとに向かわせるわけにはいかないな。


「アイリス、エイリス、地下にベルたちがいる。二人で行けるか?」

「任せてよ!」

「行ってやりましょう!」


 二人が意気揚々と頷いた。

 エイリスの精霊魔法は途中で何度か見せてもらったが大したものだった。

 精霊魔法の強みは術者の負担が少ないことだと思っていたが、それ以上に複合魔法がとてもしやすい。

 彼女は闇以外のすべての属性の精霊から加護をもらっていて、それぞれにお願いをするだけで複合魔法が使えるのだから相当なものだ。


 接近戦に弱いことを除けば、彼女の魔法の才は相当だ。


「救出したら城から脱出しろ。合図は決めた通りだ」

「お任せください!」


 言うと二人は手品のように姿を消した。光の魔法によるものだ。


 以前、ベルと共に中位の悪魔と戦った際に相手が使っていた魔法だ。中位の悪魔でも使えるような魔法で、効果の割には簡単に使うことができる。

 ただ歴戦の戦士にはわずかな違和感を察知されてすぐに対応されてしまうために、隠密以外で使うことはあまりない。


「さて、俺も始めるか」


 深呼吸を繰り返し、集中する。

 身に走る悪寒を抑えつけ、俺は上空に鷲を飛ばした。



 *



 地下の岩盤をくりぬいて作られた地下牢。

 岩壁をくりぬいて作られた非常に堅牢かつ窮屈な牢屋がまるでアリの巣のように広がるその場所に多くの人物が捕えられていた。


 僅かに地下水が染み渡る湿った壁、時折地下に響く雫が落ちる音。

 その音にまぎれ小さなため息の音が流れる。


「マリナは無事かしら……あの子が戻ってきてくれれば、いくらでも脱出できるのになぁ」


 暗い地下牢でもなお輝く銀髪に透き通るような瑠璃色の瞳。

 ウィルベルだった。

 彼女のトレードマークともいえる帽子は奪われており、両手足は厳重に鎖で縛られていた。

 さらに彼女の牢前には二人の竜人がおり、彼女を常に見張っていた。


 捕えられた誰よりも厳重に捕えられているにもかかわらず、彼女は余裕そうに、しかし不機嫌そうに手首につけられた重い錠をじゃらじゃら鳴らす。


「ねぇ~、この手錠痛いんだけど~」

「うるさい、身の程をわきまえろこの魔女が」

「ぶぅ~」


 一蹴され頬を膨らます。

 しばらくして溜息を吐く。


(幸いマリナが連れていかれたからか、誰も手荒な真似はされてない。装備はないけど精霊がいるエルフなら、そのまま出ても戦える)


 目をつむり、感覚を研ぎ澄ます。


(魔鉱石、ずいぶん貴重なものを手錠に使うのね。おかげで魔法が使いにくい)


 自分の近くにマナを集める。

 集まったマナが徐々に徐々に一つの形を作っていく。


 できあがったのは小さく透明な剣。

 普通の人には見えないほどの弱く小さな剣ではあるものの、確かに存在していた。

 剣を通して見える地面はわずかに揺らぐ。


(……触媒がないとこんなもんかな。修練すればもっといけそうなんだけど。あぁ~、もっと図書館で勉強したかったなぁ。ちょっと前までは勉強なんて嫌だったんだけど、不思議なもんね)


 その剣は新たに作り出した魔法。

 退屈な牢で思考し続ける。たわいもないことから魔法に関することまで。


 そのとき、地下牢に響く力強い足音が彼女を思考の海から引き揚げた。


「強者をとらえたと聞いてどんな屈強な男かと思ったら、このような手弱女とはな! 御館様といると退屈せんな!」


 次に響くは野太い大声。

 姿を現すはねじくれた角が頭部から生え、獅子のような赤毛の長髪を荒々しく後ろでまとめた、牢に収まりきらないほどの体格を持つ大男。


「なに? こんな獣を放つだなんて、恐怖の拷問でもしようってこと?」

「拷問? ハハッ! 弱いものいじめなんてつまらぬことをするつもりはないのでな! オレが望むは強者との戦! ここに来たのは、お前を勧誘しに来たのだ」

「勧誘?」


 眉をしかめるウィルベルに対し、男は愉快そうに顔をゆがめながら、そばにいた牢屋番を下がらせる。

 牢につながれている小柄な彼女に視線を合わせるように男はしゃがむ。


「オレたちとともに大陸を統一する気はないか。他の国にはできないが、オレたちならばそれができる。お館様であれば可能なのだ。この戦乱の灼島をまとめ上げたのだからな」

「大陸統一? いったい何のために?」

「決まっている。この世界で最強なのはオレたち竜人、そのオレたちが上に立つのは当然だろう? 次点で獣人、そのあとにドワーフかエルフといったところだ。もっとも、数も含めれば人族がどこに食い込むかはわからないが竜人の敵ではない」


 男の言葉にウィルベルは鼻を鳴らす。


「個人単位でみれば最弱の人族であるあたしを勧誘するの? 変な話」

「種族に関係なく強いものは強い、弱いものは弱い。それだけの話だ。で、どうだ? オレたちの元に来る気はないか? 見たところお前はオレたち竜人に近い、戦いに喜びを見出すのだろう? お館様といれば戦いには困らぬ。お前の実力であれば英雄にだってなれる。名をあげ強者との闘いを望め、さらに強くなることだって確実だ。オレたちと組めば最強だ」

「ふーん、ま、確かに強くなりたいし、ばーんと人助けして英雄にだってなってみたいわね」


 少しだけ面白そうに笑みを浮かべる。

 年相応の子供のような笑み。

 呼応するように男もまるで男児のように屈託なく笑う。竜人特有の鋭い牙がのぞく。


 だが、


「でもお断り」


 きっぱりと断る。


「あたしは人の下につく気はないの。あたしはあたしの思うがままに気の向くまま、風の吹くまま生きるんだから」


 鼻歌でも歌うかのような軽やかなその言葉に、男はさらに興味深そうに顔のしわを濃くし、顎をさする。


「今はすでにアクセルベルク南部に仕えているではないか。それは人の元にいるのとなにが違う?」

「あたしに仕えてるってつもりはないわ。気に食わないことがあればすぐにでもやめるもの。別に軍の意義や目的に賛成してるわけでもないし」

「では何のために?」

「それをここでいう気はないわ」


 牢につながれ、手足を拘束されても彼女の不遜さは変わらない。


「オレたち竜人の王はいずれ世界を統べる。遅かれ早かれすべての者がオレたちの下につくことになるぞ」

「はぁ~」


 盛大なわざとらしい溜息を吐く。

 瑠璃色の瞳をぎらつかせ、男を見やる。

 口元に笑みを浮かべ、


「あんたがついていくのは竜人の王。だけどあたしは誰の下にもつかない。あたしが隣に立って戦うのは、王でも何でもない、ただの困った女の子一人見捨てられない迷子の男」


 ――あたしがいないと何もできない困ったあいつ。


 そういった。


 薄く笑う少女を見て、男は一瞬目を丸くし、途端に大口を開けて笑い出した。


「ハッハッハッハ!!!」

「うるっさ!!」


 岩壁に囲まれた地下牢で男の声はひどく響き渡り、ウィルベルの脳を横に揺らした。

 男は気にすることなく立ち上がる。


「その男に会ってみたいものだ。お館様のような強さではなく、弱さで人を惹きつけるその男。これほどの美女と連れ合えるなど、戦場で相まみえるときが楽しみだ」

「あたしを美人なんて見る目あるわね。お礼に次に会ったときはぼっこぼこにしてあげるわ。完膚なきまでにね」


 そして二人は互いに挑発的な笑みを浮かべながら会話を終えた。

 再び牢番二人が牢屋の前に戻り、地下牢は静けさを取り戻す。

 ウィルベルは目をつむり、体を休める。


 地下にはしたたり落ちる雫の音だけが響く。


 ポツンポツンと、絶え間なく。


 その音が百を刻んだその時。


(精霊?)


 ウィルベルは目を開ける。

 彼女の前に、人の目には見えない精霊が現れる。その意図を理解したとたんに――


 目を焼く閃光が迸る。

 眼底までくらませる強い光が洞窟内に煌めいた。


「グワァ!! な、なんだ!?」

「目が、目がぁああ!!」


 牢屋の番をしていた竜人二人は強烈な光によって目がくらみ、網膜に閃光の残影と点滅する星を飛ばす。


 その間に、


「ちょっとごめんね」

「だれ――」

「くせも……」


 まるで明かりをつけたかのように突如姿を現した女性によって昏倒させられる。

 たなびく流麗な金髪に青眼、張りのあるスタイル。

 細くしなやかな片手剣とバックラーを持つのは、


「アイリス!」

「やあウィルベル、助けに来たよ」


 見慣れたアイリスの姿にウィルベルは目を輝かせ、笑顔の花を咲かせる。

 そして、


「私もいます! ウィルベルさん!」

「あ! ド変態エルフ!」

「はぅわ!?」


 いきなりの口撃にエイリスは身をくねらせる。その様子にアイリスは乾いた笑いを浮かべた。しかしすぐに気を引き締め直す。


「それはそうと早く逃げよう。まってて、今カギを――」

「ふん」


 バキッ。


「あ」


 アイリスが牢屋番から鍵を拝借しようとする間もなく、ウィルベルは魔法でたやすく錠を破壊した。


「よーし、これで魔法が思う存分使えるわ!」


 そのままウィルベルは十全に戻った魔法で剣を作り出す。

 ウィルベルの背丈に迫るほどの大きな剣でたやすく鉄格子を切り捨てた。


「よーやくね! さあ、このウィルベルさんをこんな地下に押し込めたこと、後悔させてやるわ!」


 伸びをしながら、ウィルベルは頭上に掲げた左手を鳴らす。

 その瞬間に地下洞窟内、エルフが捕えられていた格子がすべて吹き飛んだ。


「おぉ! 出られるぞ!」

「おい見ろ! エイリス様だ!」

「助けがきたぞ! すぐに出ろ! 反撃だ!」


 牢からとらえられていたエルフの戦士たちが続々と脱出し、協力し合い、互いの無事を言祝ぎ合う。

 あまりの手際にアイリスとエイリスはぽかんと口を開き唖然とする。


「あー……あれ? ボクたちいらなかった?」

「あ、あんなに啖呵切ってついてきたのに」


 解放されたエルフたちがウィルベルのもとに集まる。


「ウィルベル、欠員なし。行方知れずはマリナのみだ」

「そ、ならいいわ。マリナがどこにいるかわからないから出るに出られなかったけど、二人が来たならマリナのもとにはウィルが向かったんでしょうね。んで、二人は何か策があるの?」


 エルフの報告に満足げに頷くウィルベル。

 彼女に話を振られ、少し放心していたアイリスは気を取り直して、状況を説明する。


「マリナはこの城の最上階だ。ウィルが向かったから、ボクたちはその間に脱出して二人を待つよ」

「しばらくすれば増援が来るはずなのでそれまで隠れて凌ぎます。竜人たちを相手にこの数では多勢に無勢です」


 なるほど、と頷きかけ――

 しかし、はっと何かに気づく。


「ちょっとまずいわね。いくらウィルでもあの男を前に一人じゃ厳しいかもしれない」

「どういうこと?」


 ウィルベルは指を鳴らす。

 するとどこからともなく飛んできた帽子がひとりでに彼女の頭に収まる。


「いい? 敵は今まで会ってきた敵とはわけが違うの。真正面からぶつかれば、さすがのあたしでもあんたたちを守り切れない。だから、あたしは先に出て敵の注意を引き付けるから、あんたたちはひとまずここから離れなさい!」

「え、ちょっとウィルベル!」

 

 ほうきを取り出し、即座に乗り込み地下牢への出口に一足先に向かったウィルベル。

 アイリスは状況を理解できずに手を伸ばすが、その手は彼女の小さな背中に届くことなく空を切る。


 少しして、地上に繋がる出口の方から派手な爆発音が地下牢まで響き渡った。

 残されたアイリスはため息を吐く。


「まったく、ウィルもウィルベルも、碌に説明しないのは一緒だね」

「どうしますか、アイリスさん」

「こうなったらあの二人を信じるしかない。ひとまずボクたちも脱出します! 警戒しつつ、光の精霊の力を使って姿を隠しながら進みます!」


 エルフたちは頷き、途端に姿を消す。

 地下牢には、倒れた竜人たちだけが見えていた。





次回、「覇道」

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