第十八話 灼熱の国
アイリス、エイリスとともに城の外に出て戦いに行く準備を整える。
「精霊、灼島上空。ここから北に五百、上空百に転移」
『了』
闇の精霊にどこに転移するか詳細に伝える。
初めて行く場所に転移する場合は詳細に伝えなければならない。エルフの城は既に行ったことがあるために精霊も理解しているが、他はそうではないからだ。
上空に転移するのは陸地に転移して、いきなり人に遭遇したり、地形に難があったりといったことを防ぐためだ。幸い俺はもう空を飛べるようになったから、上空からの偵察も兼ねている。
横にいるエイリスとアイリスが転移座標を聞いて怪訝な顔をする。
どうやら上空に転移する理由がわからないらしい。確かに普通の人間からすれば上空百メートルなんて危険でかなり恐怖だろう。地球でいえば三十階建ての建物と同じくらいの高さだ。まっすぐ落ちればまず助からない。
いきなり行って騒がれると困るので、ちゃんと上空に転移する理由を説明すると二人は納得したようでしきりに頷く。
「なるほど、確かに何があるかわからないからね」
「ウィリアムさんあったまいいですね!」
「そりゃどうも。俺からもエイリスに一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう!」
「お前、その恰好で行く気か? 防御力ゼロじゃないか」
エイリスはいつも通り露出の激しい恰好のままだ。
戦う気があるのか甚だ疑問を抱く格好だ。俺は鎧が壊れたから、比較的頑丈な軍服だけだがアイリスは鎧をまとい上からクロスを被った完全武装。
俺の問いにエイリスはほぼトップしか隠れていない胸を張る。
「それはもう灼島と言えばその名の通り灼熱の島! 火山群からなる大きな島ですから、それはもう暑いことこの上ありません! だからこの格好なのです!」
「どこでもお前はその恰好だろうよ。涼しい以上に戦えないだろうに」
「私の戦いは中長距離の精霊魔法ですから! 近づかれた時点で負けですので、それならばいっそ着ません!」
「お前は絶対に馬鹿だ。天才じゃねぇ」
矢が飛んで来たらどうするつもりだと問いたい。精霊でどうにかするといいたいのだろうが不測の事態というのは必ずある。
鎧やらはそんな不測の事態に対する予防策の一つだ。使う機会が少ないからつけなくていいというもんじゃない。
言っても聞かなそうなので、彼女には基本道案内だけをしてもらう。
戦闘になれば、彼女はアイリスに任せる。
そうすれば近距離から遠距離まで対応できるだろう。
再びエイリスの手を引いて精霊の転移の門に入る。
数瞬の浮遊感の後、転移門から出る。
転移門から出た瞬間、様々な刺激が体を襲った。
肌を焼くような強烈な熱気、体中にまとわりつく不快な湿気。
そして下から突き上げられるような強烈な風。
「お、落ちるぅ~!」
エイリスが叫ぶのを止めるために急いで口を塞ぎ、抱きとめる。
足元にはエルフからもらった絨毯を浮かす。
かつてソフィアがやっていたような空飛ぶ絨毯だ。
「転移って何回通っても不思議だよね。なんだか癖になりそうだよ」
俺の後に転移門に入ったアイリスは難なく軽やかに絨毯の上に降り立った。
転移門をくぐったとき特有の浮遊感が楽しいようで、笑顔を浮かべて楽しそうにしていた。
さすが軍人、それもエルフの血を引いてるだけある。
それなのに純粋なエルフであるエイリスのだらしなさったらまったく。
小脇に抱えていたエイリスを下ろすと、彼女は涙目になって足を震わせながら俺に文句を垂れてくる。
「言ってくださいよ! すごく怖かったんですよ!」
「言っただろ。上空にでるって」
「こんなに怖いなんて聞いてないです! 死ぬかと思いました!」
「生きてるって実感できるだろ? よかったじゃないか」
まあでも内股になってガクブルになってるから、多少はいい薬になったかな?
「抱きしめしてもらえたのでもう一回やってほしいです!」
全くもってなってなかった。
「お前ホントに馬鹿な。次やるときはそのまま落ちて頭ぶつけろ。多少はましになってくるだろうさ」
ギャーギャー騒ぐエイリスを無視して下を見る。
いくつもの活火山、島のいたるところから煙や橙色に光る溶岩が噴出しており、赤銅色の荒廃した大地が眼下に広がっている。
海に囲まれているからか、このあたり一帯は蒸し暑い。上空にいるのに汗が噴き出してくる。
火山から少し離れた平らな部分に、多くの家が密集していた。
火山のふもとにもいくつか建物があるが、装いが違う。住居というより神殿に見える。
それはそうとあの二人の救出だ。
あいつらがどこにいるのか、よく探そうと思って一つ一つの建物に目を凝らしてみると、驚きの光景が目に入ってきた。
「日本の江戸時代みたいだな……」
眼下に広がる町はまるで日本の昔の伝統的な平屋の屋敷。
いかにも畳とかありそうな家屋で縁側なんてものもある。
少しだけ懐かしい気分になる。住んでいる竜人に少し興味がわいたが、遠すぎてよく見えない。歩いているのはちらほら見えるが人間と変わらないように見える。
「んで、エイリス」
「「はい?」」
「……」
エイリスの名前を呼んだつもりが、アイリスまで反応し、二人そろって俺を見てくる。
……そういえば、こいつら名前似てんだよな。
「前から思ってたんだが、エルフの名前って似すぎだろ。紛らわしいわ」
「みんな“ス”で終わるからね。スって音には体の余分な力を抜いて、より効率的に力を発揮する力があるから、それにあやかっているのさ」
「あとは太古の英雄のフェイルミオスに倣っているところもあるのです。といってももちろん、“ス”で終わらない名前もありますよ?」
二人が説明してくれるが、正直そんなことはどうでもいい。
戦う時にとっさに名前を呼ぶことがあるから、そのときに間違いがあっては大変だ。
「よし、これからお前たちの名前は変更だ。もっとわかりやすい呼び方にする」
「つまりあだ名ってことですね! やりました! またウィリアムさんとの距離が縮まりましたよ!」
「そうですか? 嫌な予感しかしないんですけど……」
顎に手を当て、二人を見つめて真剣に考える。
「よし、エイリス、露出狂と痴女、どっちがいい?」
「どっちも同じじゃないですか!? いやですよう、もっとましな名前にしてください!」
「じゃあド変態エルフかイカレ女」
「もっとひどい!」
だってあだ名なんてその人がだれか瞬時にわかるようにつけるものだろうに。
昔の刑事ドラマとか呼び方が特徴的でわかりやすかったし、この呼び方ならだれもがエイリスだってわかるじゃないか。
だけどアイリスは額に手をあて、こいつどうしようもねぇクソ野郎だ、とでも言いたげに頭を振った。
「ウィル、いくら何でも一国の姫にそれはないよ。ほかの人が聞いたらどう思う?」
「あ、エイリスのことなんだなって思う」
「……いや、それはそうかもしれないけどさ」
「アイリスさんまで!?」
アイリスでも理解できるなら確定だな。
それなら次は――
「アイリスは頭も体もボンボン女で」
「どーゆーこと!?」
よし、これで二人のあだ名は決まったな。
何が気に入らないのか、アイリスが俺の肩をつかんでぶんぶん揺さぶってくるが無視だ。
さっさと本題のベルとマリナを探さないといけないんだから。
「それでどこを探すのですか?」
「まずは敵の本丸の位置と軍事基地の場所だ。そこでしばらく様子を見て情報を集める」
「それなら恐らくあっちですね。あのいくつも煙が立っているところです」
エイリスが指を差したほうを見るといくつもの白い煙が上がっているのが見える。
あれは間欠泉か、それとも温泉の湯気か?
そのほかにもいくつもの立派な屋敷が所狭しと並んでいて、中にはひときわ高く塔のような立派な建物がある。
まだ遠くていまいちわからないが、行けばきっと何かがわかる。
白い煙が上がっている方向へ、全速力で飛んでいく。
「……待ってろよ、すぐに行くからな」
あの二人は必要なんだ。
すぐにでも返してもらうぞ。
次回、「対峙する二人」