第十七話 盟友の証
ああ、イライラする。
どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしてきやがる。
ここまで長かった。
あの二人と必死こいて魔境を抜けて、飛行船のために必死に頭を働かせて足掛かりを作った。
やりたくもない講師の仕事をして人脈作って、レオエイダンで研究の邪魔をした悪魔を退治して、東部軍に裏切られながらも命がけで海を渡った。ユベールに入ってからはヒュドラを倒して図書館で強くなるためにいろいろなことを学んだ。
たくさんの手と力を尽くしてきた。
ようやくだ、ようやく飛行船開発の目途が立ち、人員も増えて全部が形になろうというときに。
――あの二人が攫われただと?
あいつらはあの国を落とすのに必要なんだ。
腹の底から憎悪が沸き立つ。脳髄すべてが熱狂する。
どこのどいつか知らないが、俺の邪魔をする奴には容赦しない。
「隊長、落ち着いて」
「うるさい、いいからとっとと竜人に関する情報をよこせ」
王と話をするまでの少しの時間に、アイリスとエイリスから竜人に関する情報を聞き出す。
竜人。
それは竜の血を引き、その身で竜の力を体現する者たち。
武力に関しては他の種族を超える最強の一族であり、古竜の血を引いているために聖人と魔人、双方の性質を併せ持っているらしい。
つまり、聖人のように頑強で力が強く、魔人のように俊敏で回復力が高い。
なおかつ加護の効果が大きく、魔法に対する適性が高い。
さらに竜人たちは感情が高ぶり、神気が活発化すると魔人としての力も増すらしく、魔法使いとしての才覚は無いものの、武術として体系的にマナを行使する術を会得している。
そのために魔法に似た現象を引き起こすことも可能。
なるほど、精霊術が使えるエルフが苦戦するわけだ。
個人単位の力量で見れば間違いなく最強だろう。
もっとも、ドワーフやエルフと同じく、聖人魔人の力を半端にしか引き継いでいない。
半神と呼ぶには程遠い。
「ベルとマリナが捕まるわけだ。魔法が効きづらく、聖人としての力量もあるなら数で押されれば厳しいだろうな」
「逃げるだけならできるかもしれないけれど、支援していたエルフたちもいたからね。安易に逃げるわけにはいかなかったんだと思う」
「足手まといになってしまうとは……申し訳ありません」
エイリスが謝ってくるが無視だ。そんなことはどうでもいい。
彼女は申し訳ないと思っているからか、竜人についてアイリスでも知らないことをいろいろ教えてくれた。
「竜人の最も恐れるべきはその文化です。弱肉強食を絵にかいたような種族であり、強さこそが全て。弱きものは排斥され、強き者だけが生き残る。他種族は弱小と見下し、関わろうとしません」
「道理で強さの割に名前を聞かないわけだ。あの国にそっくりだな」
「そうかもしれません。グラノリュース天上国を知らないので私は何とも言えませんが、竜人たちは強さを求め常に同族同士で争っています。そのために人口は少ないですが、その分肉体的にも精鋭が残り、私たちエルフでも数で当たらなければ太刀打ちできません」
忌々しい種族だ。
俺からすべてを奪ったあの国に在り方が少し似ているのも癪に障る。
だが気になるのは、ユベールとは異なる理由で閉鎖的だった竜人たちがなぜユベールに攻め込んできているのかだ。
聞いた話では、ここ一年くらいで急に攻め込んできたのだという。
「竜人たちはユベールに攻め込むことはあっても散発的で、まとまってくるということはありませんでした。ですが最近ではまるで軍としてまとまっているかのように数々の軍略を用いて攻め込んできています。何かあったのかもしれません」
今はどこもかしこも異変だらけだ。
アクセルベルクもレオエイダンもユベールも。
今更灼島で何かがあったとしても不思議じゃない。
「ウィリアム卿、準備ができた。こちらへ」
ルシウスが準備ができたことを知らせてくれる。
アイリス、エイリス共に部屋から出て王との会談の場に向かう。
通された部屋は緊急事態だからか、いつもよりこじんまりした部屋。
部屋の中にいたのは、俺たちと王だけだった。
「ウィリアム卿、迅速に来ていただいて感謝する」
「そりゃどうも。それよりあの二人について聞きたい。どうなってる?」
敬語もかなぐり捨てて対話する。
レゴラウス王も気にせずに話を進める。
「ウィルベル殿とマリナ殿。そしてヒュドラ討伐に向かう二人を支援するために同行していたエルフ数十名が突如現れた竜人たちに包囲、拉致された」
「高位の悪魔は? ヒュドラと関係があると聞いてここに来たんだが」
「ヒュドラは二人が討伐した。同時に高位悪魔も出現したが同行していた同胞らによって足止めに成功し、二人と協力して打ち取ろうとした。だがそのときに――」
竜人たちに囲まれた。
「同胞たちが高位悪魔を討つ直前に竜人たちが現れ、一刀の元、悪魔は切り伏せられた。そのまま包囲され、連れ去られたのだ」
つまり敵は高位悪魔など意にも介さないほどの強さということか。
そしてあの二人とエルフたちを相手に戦闘をしても勝てるほどの戦力差だったわけか。
竜人、一筋縄ではいかないか。
だが当然、引くなんてありえない。
「ユベールとして、対抗策は?」
「……甚だ業腹だが、現時点では余らに灼島まで向かう手立てはない。船で行こうにも奴らの島の港は防御が手厚い。海上であれば精霊の力を借りて船を沈められるが、灼島とあれば奴らの本陣。地道に戦線を押し上げるしか策はない」
「時間がかかりすぎる。俺には時間がないんだ」
苛々する。
足が勝手に地面を踏み鳴らしそうになるのを歯を食いしばって我慢する。
まあいい。
エルフの協力が得られなくとも問題はない。
灼島に行く手立てなら船以外にある。大人数は無理だが俺達だけなら十分にある。
「灼島には俺達だけでいく」
「なに?」
椅子から立ち上がる。
「正気か? 心配なのはわかるが、奴らとて馬鹿ではない。わざわざ連れ去ったのだ。すぐに殺す気はない、ここは着実に進むべきだ」
「そんな悠長なことを言ってはいられない。本国の方で動きがあった。あの二人を連れて早く帰国したいんだ」
「余らからは支援がしたくともできない。そなたが手を貸してくれれば事態を打開する手立ても浮かぶと思うのだが」
「真正面から行く必要はない。俺には転移がある。船なんてなくても敵の本丸に攻め込めるんだ」
「なんとッ、転移とは」
レゴラウスが驚く。
端正な眉を上げ、目を開く。
だがすぐに元に戻り、目をつぶって沈黙する。
「盟友であるそなたらだけを行かすことはできない。あそこには余の同胞たちも捕らえられている。計り知れない危険と重荷をそなたらだけに背負わすなどできぬ」
クソ、レゴラウスが俺達を心配してくれているのはわかるが、今は時間が惜しい。
だが確かにあの二人だけでなくエルフたちも助けるとなれば、俺達だけでは手が足りないかもしれない。
でもやっぱりあの二人をいつまでも竜人たちのもとに置いておきたくもない。
……あの二人だけ助けてエルフは見捨てるか?
いや、無理だ。
そんなことをすれば、ユベールとの関係に傷が入りかねない。それに彼らは協力してくれた。
捕らえられたとはいえ、あの二人が見捨てようとはしないだろう。
どうする?
「陛下、ここから灼島までは船でどれくらいですか?」
俺が悩んでいる間に、アイリスが質問した。
「灼島まではおよそほぼ一日かかる。竜人たちの攻防を退けながらとなれば、どんなに最短でも数日はかかる。さらに港で敵の攻撃を防ぎながら上陸するとなれば、一隻や二隻では難しい。多くの船で向かうとなれば、さらに時間がかかるであろうな」
「そうですか……」
ダメだ、かかりすぎる。
一隻だけならともかく、数隻も出すとなれば準備にだって時間がかかる。その上さらに数日となれば、あいつらの身が危ない。
竜人の目的が不明な以上、用済みとなれば消されるかもしれない。
そんなことは断じて認められない。
「悪いが俺は行く。捕らえられたエルフについては転移で送り届ける」
「……」
我慢の限界だ。
椅子から立ち上がる。
「今まで世話になった。エルフのご厚意には心から感謝申し上げる。無事に済めば一度戻ってくるつもりだが、どうなるかはわからない」
振り返り、部屋の出口へと向かう。アイリスも慌てて頭を下げてついてくる。
「隊長、心配なのはわかるけど頭を冷やさないとっ。二人だけじゃ勝ち目はないよ。ウィルベルとマリナ、それにエルフたちが数十人ついても勝てない相手なんだよ!」
「だからってじっとしていられるか。勝つわけじゃなくて逃げるだけなら転移がある今そう難しくない。それにこうしている今もあいつらもエルフの連中もどんな目に遭ってるかわからない。殺されるかもしれない」
高級で艶のある扉の取っ手に触れる。
「待て」
背後から鋭い声がかかる。
「半日だ。半日だけ余らのために時間をもらおう」
背後でレゴラウスが立ち上がる気配がした。
振り返る。
「何のための時間だ?」
「灼島に行くのを止めはせん。だが数刻だけ時間をもらいたい。この国の精鋭が必ずや灼島に辿り着き、そなたらの力になって見せよう」
半日、か……
向こうの島に行くのに数十分、あいつらが捕らえられている場所を見つけ出すのに一時間と考えれば、耐えるのも不可能な時間じゃない。
もっとも向こうがどうなっているのかわからない。
一時間も耐えるのが難しい状況かもしれない。
そもそも来れるのか?
「ほぼ一日かかるんだろう? 一体どうやってくるんだ」
「フッ、余らをみくびらないことだ。普通に行けば一日かかる。普通に行けば」
「つまりどういうことだ」
「そなたらに魔法があるように、余らには精霊がいる。海の生物の加護を持った同胞もいる。そなたらが竜人の気を引いている間に必ずや辿り着いてみせよう」
しばし顎に手を当て考える。
確かに援軍が来るとわかっていれば、やりようは増える。
耐えればいいだけならどこかに身を潜めて隠れるだけだ。それなら俺とベルがいれば光の魔法で姿を隠せる。
数十人分のエルフもとなればバレる可能性は増えるが、彼らだって精霊が付いている。抗戦くらいはできる。
だが逆に言えば待たなきゃいけない。
脱出できるとなっても、彼らが来るとなれば耐えるしかない。
俺らがいなくなれば、上陸しようとしたエルフたちに竜人たちが集中できるからだ。
「確約はできない。それでもいいのか?」
「うまくいけばそのときは自然が教えてくれる。余らのことを気にする必要はない」
「そうか……」
扉に手をかける。
「……ありがとう」
部屋から出る。
すぐに準備しなければ。
*
「隊長! ウィル! 落ち着きなって!」
廊下を歩く俺の手を誰かが掴む。アイリスだ。
「なんだ、急いで準備するんだから離せ」
「そうだけど、その前に頭を冷やさなきゃ! あの二人が心配なのはわかるけど、冷静にならないと助けられるものも助けられないよ」
「冷静だよ。だからずっと考えてる。ベルもマリナも失うわけにはいかない。あいつらは必要なんだ」
「ならわかるでしょう、失敗はできない。それならなおさらしっかり考えなきゃダメだ。ボクら二人だけでどうやって竜人たちと戦うっていうのさ! 捕まったら、それこそ終わりだ!」
「二人だけじゃありませんよ!!」
廊下で言い争う、そのときに後ろから声がした。
そこには仁王立ちしている半裸の女。
「エイリス、お前まで邪魔をするな」
「邪魔する気なんてありませんよ! 私も行って手伝うんですから!」
「はぁ?」
なんでエイリスが来るんだ?
こいつはこの国の姫なんだろう?
戦場になんておいそれといけるものか。そもそもこいつ戦えるのか?
「邪魔だからついてくるな」
「あいかわらずひどいですよぉ! いい加減私が姫だって理解できましたよね! それなら竜人たちには利用価値が十分にあると思うんです! それなら捕まってもすぐには殺されません! 皆さんがたとえ捕まっても父が来るまでは時間が稼げるはずです!」
近寄りながら熱弁してくる彼女の言葉を無下に断る。
「なんだその犠牲前提の作戦は。却下に決まってるだろ。そもそも戦えないお前が来ても足手まといだ」
「何言ってるんですか! これでも精霊の加護はエルフの中でも随一なんですよ! 四属性の精霊と光の精霊すべてと仲良くなってるんですから! ウィリアムさんの闇の精霊と組めば怖いものなしですよ!」
エイリスの声がキンキン響く。
顔を寄せて大声でしゃべってくるもんだから、頭がぐわんぐわん揺れる気分だ。
「俺はお前が一番怖いよ。いくら精霊の加護があっても戦闘できないお前が来ても邪魔なんだよ。帰れ」
「残念もうここが私の家ですー!! さっき父にお前もいけって言われましたし! 確かに戦闘の訓練はしていませんけど、ウィリアムさんたちだけじゃ迷っておしまいですよ! 私はある程度竜人たちの内情や伝承も知っていますから、連れて行った方がいいですよ?」
随分と熱く着いてこようとする彼女に少し驚いた。
理解できない。どうして彼女はここまでついてこようとするんだ?
彼女はただの案内人のはずだった。姫だったのは予想外だが、だからといって俺たちにここまでする理由はないはずだ。
ただヒュドラ討伐と図書館を借りただけの関係なんだから。
「なんでそこまでする。お前もレゴラウスも。お前は姫なんだろう? そんなお前がついてきて死んでも俺は責任をとれない。生きて帰ったとしてもこの戦いが終われば俺たちは帰る。これ以上は何も返せない」
俺の疑問にエイリスは胸に手を当て、真剣なまなざしで、
「そんなことはどうでもいいのです。私達のために戦った皆さんは、すでに私たちエルフの盟友です。私が行くのは、その証明です」
そういった。
その姿は、
「友が戦うのに、捨て置くことなどできません。私たちの血が許しません」
誇り高いエルフの姫として、恥ずかしくない姿だった。
「それにそもそもヒュドラ討伐を頼んだせいでこうなったのですから、手伝うのも当然でしょう?」
「悪いのは竜人だ。それにお前の命まで背負いたくない、すでに部下三人分背負ってるんだ」
「お気になさらず。自分の命くらい自分で背負えますので」
誇り高いというのも考え物だ。
本当に彼女を見ているとため息が止まらない。
「エルフは賢いと思ったが、バカばかりだな。まあいい、すぐにでるぞ。準備しろ」
「馬鹿と天才は紙一重ですよ。ウィリアムさんには難しいですかね」
「ほざけ変態」
鼻で笑い、再び歩き出す。
後ろで誰かが嬉しそうにはねている気がした。
次回、「灼熱の国」