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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第十四話 手紙


 特務隊四名が図書館を利用し始めて二か月程が経過した。

 その間は時折、エルフたちの要請に答えて魔物の討伐に行くことがあったものの、そのほとんどを知識の蓄積と実証に充てていた。

 二か月もの間、図書館に居続けた理由としては主にウィリアムとウィルベルの魔法使い二人のためだった。


「この魔法の術式化って面白いと思わない? 魔方陣って、こういうふうに作られたものだったのね」

「これがあればだれでも簡単に再現できるな。ただ変わらず常時発動だから扱いも難しい」

「発動したくないなら陣周辺のマナを固定しちゃえばいいのよ。魔法戦の基本でしょ?」

「任意の時に発動させる方がいいと思うんだ。その方が普段は疲れないだろ?」


 エルフの図書館には魔法に関する本が数多く存在し、二人はその検証と応用を行っていた。

 中には検証できないほどの危険なものや規模の大きなものもある。


 以前は力業の目立つウィルベルの魔法も洗練され、より効率的で強力な魔法になっていった。

 またウィリアムの魔法も、かつては雷魔法以外は基本程度しかできなかったが、この二か月で複合魔法や苦手だった空間と飛行魔法を無事に習得することができた。


 二人の魔法使いは互いに足りないものを補い合い、この二か月で大きくその実力を伸ばしていた。


 現在は錬金術とは異なる方法で、特殊な力を発揮する道具について考えている。その一環が魔法陣の研究だった。


「なるほどね、魔法陣の外に小さい空間魔法をつけるのね」

「そうすれば使うときだけ空間魔法の発動を邪魔して本命が発動できるようになる。そっちの方が疲れないし、手間もかからない」

「ただそうなると刻める陣の数が極端に減っちゃわない?」

「うーん、道具によっては積層構造にすれば行けると思う」


 従来の魔方陣は簡単な効果のものしか知られておらず、また陣がある間は常に発動している状態のために使い勝手が悪い。光や水といった日常的に使うようなものしか普及していない。


 二人はよく使う魔法を魔方陣化することで、戦いの際に本人にかかる負担を減らそうとしていた。

 エルフの魔法書の中には魔法を術式化、つまり魔法陣で再現するための考え方が記されているものがあった。


 エルフは精霊を通して魔法を使うために、本当の意味で魔法を理解していない。そのためにこの本は埋もれていた。

 この本が書かれたのはとても古く、数百年は経っており、ところどころ読みづらいものがあったが、書いている言葉や内容は難しくなかったためにどうにか読むことができていた。


「ああ、早く戻って作りたいよ! これなら凄い魔法が使えそう!」

「ほんとにな。いい加減、俺の装備も整えたい」

「悪魔との戦いでほとんど駄目になったんだっけ。エルフに作ってもらえばいいじゃない」

「エルフのは動きやすさ重視で頑丈さがな。短剣だけならいいけど、肝心の槍や剣には心許ない」


 ウィリアムの武器のほとんどは、東部近海での悪魔と東部軍との交戦によって、盾以外が全滅している。東部やエルフの工房では、ウィリアムの望む性能の武具が手に入らなかったために、今も装備は頼りない状態である。

 近くにいい鍛冶屋はないものかとウィリアムが考えていると、二人がいる部屋にアイリスとマリナが顔を出した。


 アイリスの手には、四角い紙が握られていた。


「いたいた。隊長、手紙がいくつか届いているよ」

「手紙? またエルフの依頼か?」

「三つあるね。一つはエルフからで、もう一つはヴェルナーたちから」

「もう一つは?」

「アインハード中将閣下から」


 差出人を聞いたウィリアムはまずは技官たちからの報告を受け取る。

 気になったウィルベルやマリナも彼の両側から顔を寄せて覗き込む。


 見えないアイリスにもわかるように、ウィリアムが読み上げる。


「飛行船の各機関の開発と実験が成功したようだ。これから建造して飛行船として使えるか実証するらしい」

「え、それってすごいことじゃない! やったわね、ウィル!」


 いい報告にウィリアムも仮面の奥の目を細める。

 しかし大変なのはここからである。

 これはあくまで各機関の最適化が設計上済んだだけで、これから建造していく中でさらに改良していかなければならない。何より最適化しても飛ばない可能性もある。

 多くの人が協力し、可能だと判断しているために飛べない可能性は高くないが、試験機であり、絶対はない。


 しかし、朗報であることには変わりなく、四人は表情をほころばせる。

 そのほかにも建造場所や更新された研究計画や仕様が添付されていた。


「順調みたいね。何書いてるかさっぱりわかんないけど」

「飛行船の開発計画だよ。こういうものをこういう日程で作りますってこと」

「ほーん」


 ウィルベルがわかったのかわからないのか、よくわからない返事をする。

 技官たちからの手紙を閉じ、次に南部の将軍、直属の上司であるディアーク・レン・アインハード中将からの手紙を開ける。

 そこにはいよいよ特務隊の規模拡大について書かれていた。


「いよいよか。ようやく階級に見合った規模になるのか」

「ということは特務隊は部隊じゃなくなるってことかい?」

「ああ、どうやら師団規模になるらしいな。人数は五千……五千!?」


 ウィリアムが書かれている新たな部隊編成の規模を信じられず、立ち上がり大声をあげる。

 手紙を凝視するウィリアムの様子に一瞬驚いたウィルベルは、その数が多いのか少ないのかわからずに、アイリスを見る。


「五千て多いの? 少ないの? 今までに比べれば圧倒的に多いのはわかるけど、これはおかしいこと?」

「おかしくはないよ。これでもウィルは准将だからね。師団規模は本来、アインハード中将が動かすけど、彼は南部の領主でもあるからね」

「じゃあウィルは南部の司令官代理……凄いね」

「嬉しくねぇ。一気に増えすぎてどうすればいいかわからんぞ。そもそもどこからこんな数を引っ張ってきたんだよ」


 今はどこも悪魔の活性化のせいで手が足りない。

 ウィリアムが二体の高位の悪魔を討伐したが、中位以下の悪魔はいまだにはびこっており、新たに高位の悪魔が現れたという報告もある。


 幸か不幸か、現れた高位の悪魔は北部に集中しており、そこにはアクセルベルク最強の大将がいる。彼のおかげで国に大きな被害は出ていない。

 だが被害が出ていないだけで、余裕というわけではない。他の地域にも強力な悪魔は出現している。

 そんな中、比較的平和な南部に大規模な軍を編成する余裕はない。


「確かにそうだね。アクセルベルクにそれほど余裕はないと思うんだけどな。北部は一番重要だし、東部は例の事件でガタガタだ。残るは西部だけどあそこはドワーフとの連合だ。南部に組み込むなんてできないだろうね」


 アイリスが各領の状況を二人にもわかるように簡単に説明する。

 北部東部はぎりぎり、西部はドワーフの国レオエイダンと連合を組んで防衛にあたっている。ドワーフの兵はレオエイダンから借り受けている状況で関係のない南部に派遣するなど納得しないし、かといってアクセルベルク西部軍だけでも大した数は寄こせない。


 こういった各領の状況もあって、今までウィリアムの昇進に対して部隊規模の拡大は追いついていなかった。それがここにきて急激な師団規模になるという話はまさに寝耳に水だった。


 手紙を読み進めてもその辺りについては書かれていない。しかし団の連携や教育のために、可能な限り早く戻るようにと書かれていた。

 教育の中には中将からウィリアムへの教育も含まれている。

 ウィリアムは困ったように眉根を寄せ、小さくため息を吐く。


「可能な限り早く戻るようにだとさ。名残惜しいがここまでだ」

「え? まだ読み終わってない本がたくさんあるよ?」

「ベル、お前は残れ。ここでもうしばらく魔法について学んでおいてくれ」

「……仕方ないかな。そうするしかないものね」


 ウィルベルは通常の兵科では測れない。歩兵としても工兵としても能力を十全に発揮することは難しい。そのため彼女は必然的にウィリアムと行動を共にすることになり、他の兵よりも訓練の時間は多少削ることができる。


 軍人としての訓練をするよりも図書館で魔法の修練を行ったほうが、軍として見たときにより効率的な戦果を挙げられると考え、ウィリアムはウィルベルに残るように言い渡した。


 軍からの手紙を読み終えたウィリアムは次にエルフの手紙を開ける。エルフの手紙は最初の時期のあいさつが長く、ウィリアムは前半を読み飛ばして、用件だけを全員に伝える。


 その内容は言ったウィリアム自身も驚くものだった。


「ヒュドラがまた出ただと? なあ、ヒュドラってこんなに頻繁に出現するもんか?」

「そんなわけないよ。ヒュドラは基本幼体のうちに倒すからね。人知れず育ったヒュドラが現れることはあるけど、精霊が付いているエルフの目をかいくぐって成体になる個体が、こんな短期間で再び現れるなんて不自然だね」

「じゃあ、どういうことなのかしら。誰かが飼ってたとか?」

「あんなの飼える人いないと思う……エルフには無理だよ」


 エルフからの手紙には、ヒュドラが再び現れたために討伐に協力してほしいとしか書かれていなかった。原因に関しては何も書かれておらず、ただ討伐の話がしたいために城に来てほしいと。


 ウィリアムはため息を吐く。


「また行かなきゃいけないのか。まあ、もうすぐ帰るってことを伝えるにはちょうどいいか。ならとっとと行くか」


 渋々ながらも立ち上がって、準備しようとすると、


「全員で行かなくていいんじゃない? ヒュドラの討伐は初めてじゃないんだし、あたしとマリナがいれば大丈夫よ」


 ウィルベルが言った。


「何を言ってるんだ。危ないぞ? 戦いに絶対なんてないんだから、全員で行ったほうがいいだろ」

「そんなんじゃ下が育たないわよ。あんたも准将なんでしょ? 部下に任せることも覚えなきゃだめよ。あたしは新しい魔法を覚えたし、それがあればヒュドラなんてもしかしたら一人でも行けるかもしれないのよ。あんたまでいたらろくに試せないじゃない」

「それが本音かよ。結局、魔法を試したいだけじゃないかよ」


 ウィリアムが呆れたように言うが、アイリスがウィルベルの肩を持った。


「いいんじゃないかな。実際に部下に任せないといけない場面はこれから出てくるよ。それこそもっと危険な場面でね。そんなときに毎回隊長がついて行くわけには行かないでしょ? あ、もう団長だったね」

「無理はしない……ダメそうならちゃんと退く」

「ほら、マリナも言ってるし、それにウィルは南部に行ってこの図書館には来れないでしょ。それならあたしたちが言ってる間に読めるだけ読んでおいたほうがいいわよ」


 三人の言い分にウィリアムはあごに手を当て悩む。

 彼女たち三人で行くと言っても、実際には何人かのエルフが支援をしてくれる。彼らは撤退の支援や戦闘のサポートをしてくれるために、即死ではない限り、撤退できずに命を落とす可能性は少ない。

 しかしウィリアムは自分の知らないところで何かあったときを考えると、その決断に踏み切ることができなかった、


 業を煮やしたウィルベルは、いいから大人しく待っていろと言って、そそくさとその場を後にした。

 その場に残ったアイリスとマリナがウィリアムに大丈夫なことを説明しだす。


「ウィルベルもああいっているし、勝算がないわけじゃないから、平気だよ」

「でも戦いじゃ何が起きてもおかしくないぞ」

「それはウィルがいてもそう……大丈夫、無理そうならちゃんと退くから」

「……わかった。ちゃんと戻って来いよ」


 ひどく目を険しくさせ、額に手を当てながらウィリアムが承諾する。

 マリナは笑顔で頷くと、ウィルベルを追って外に出た。

 残ったウィリアムは図書館の椅子に座り、溜息を吐く。


「人に任せることも大事か……指揮官になんて、なるもんじゃないな」


 これならまだ戦線で戦う方がマシだ、とウィリアムは心の中で思う。

 自分の命を懸けるのと他人の命を預かるのでは、重圧が違う。そのことが彼の心に暗く、重くのしかかっていた。


「師団長になるなら、人に任せるなんては日常茶飯事さ。被害を減らしたいなら、ボクたちはその分、頭を働かせないといけない」

「わかってる。だけど感情は別だ……もともと一人でやるつもりだったんだから」


 肘をつき、拳に額を乗せる。力強く目を閉じる。


「一人でやれることなら、みんなでやればもっとうまくできるはずさ。悲観する必要はないよ。二人なら大丈夫さ」

「まあ、そうだな。信じなきゃあいつらも嫌だろうしな。やることやるか」


 ウィリアムは気を取り直し、机の上に積み上がっていた成果物と本を見上げる。


「それで、ボクは何をしたらいいのかな」

「一般的な兵士を強化するのに適した魔法を探してるんだ。魔方陣化して武具にでも刻めば、それだけで強くなるだろうからな」

「なるほどね、さしずめボクは実験台ってとこかな」

「お前を一般的って言っていいかは知らんがな」






次回、「エイリス再び」

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