表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
13/323

第十二話 支えてくれるもの

 ソフィアが落ち着いたところで、オスカーに提案をする。


「ねえ、オスカー。ソフィアが軍に配属になったことだし、これからのこと考えて渡してもいいんじゃない?」

「渡す?ああ!そうだな、なら取ってくるとしよう」


 そう言ってオスカーは部屋を出て荷物を取りに行く。

 それを見たソフィアが何のことかと聞いてくる。


「渡すって私に?配属と何か関係があるの?」

「そう、僕からもあるよ。ひとまずオスカーが来てからのお楽しみってことで!」


 僕も自分の贈り物がちゃんとあることをソフィアに見えないように確認する。これは鍛冶屋のバーリンに頼んで作ってもらったもので、会心の出来だと言っていた。取りに行ったのは注文してからしばらくたってからだ。鍛錬が厳しくて行けない日があったから遅れてしまった。それでもちゃんと預かってくれたし、嫌な顔一つせずに出迎えてくれたからいい人だ。あの人を死なせたくはない。

 中層での出来事を思い出しているとソフィアがこちらを心配そうに見つめていた。


「ねえ、ウィリアム。本当に無理しなくていいのよ?私やオスカーはここに来てから長いし、中層には何度も行っているけど、あなたはまだこの世界に来てそんなに経っていないのよ。これから先は長いのよ。賢いあなたならわかっているでしょうけど、うまくいくかなんてわからないし、普通に考えたら静観するべきなのに……」

「ソフィア……」

「私は中層の人たちと何年も会ってるの。だから放っておくなんてできない。けどあなたは違うわ。失うものが多すぎる。まだ間に合うわ、引き返すなら……」

「大丈夫だよ、ソフィア」


 心配してくれる優しい人。自分よりも他人のために頑張れる人。

 今だって僕を心配して止めようとしてくれる。

 でももう決めたんだ。僕だって彼女のためになることをしたい。さんざん世話になったんだから、これくらいしないと返せない。この何も知らない世界で、記憶のない僕にはオスカーとソフィアがすべてなんだ。

 僕だけ静観して二人を失うなんてことは耐えられない。


「なんとかなるよ、僕たち3人いればなんだって何とかなる。下層にだって行けるんだ。この国に居場所がなくなっても世界のどこかに居場所を作ればいいんだよ。だから心配しないで。僕は二人のために何かしたいんだ」


 彼女の手を握りながら言う。彼女の手はひんやり冷たかった。

 でも反面、顔は少し赤みがさしていた。


「もう、あなたもオスカーも馬鹿ね。私を口説いてどうするつもりかしら。この恩は返しきれそうにないわ」

「何言ってるのさ、口説いてるのはオスカーだよ。いい加減くっつけばいいのにさ。それに恩ならむしろ僕が返す番だよ。これくらいじゃ返せないくらいあるんだから、全部終わらせていつも通りに戻ろうよ」

「そうね。また馬鹿な話しかできない2人を見たいものだわ」

「それもオスカーだよ!?」


 いつもの調子に戻って元気になってきた。

 そんなタイミングで息を上げてオスカーが戻ってきた。

 プレゼントを渡そうと息を整えながら、ソフィアの前にきて後ろ手に持っていた、手のひらに収まるくらいの大きさのプレゼントを彼女に渡す。


「俺から配属になったお祝いだ。本来なら離れ離れになるから餞別のつもりだったんだがこんなことになっちまったからな。今渡すことにしたんだ」

「そんなのいいのに、ありがとう。あけてもいい?」

「ああ!」


 ソフィアが嬉しそうに受け取って、プレゼントを開ける。

 中にははオスカーがさんざん悩んで買ったネックレス。


「こ、これって!?」

「中層で買ったんだ。貴重な宝石があしらってあって色合いもソフィアに似合うと思ったんだ」


 オスカーが頬を掻きながら気恥ずかしそうに説明をする。

 ソフィアはネックレスをじっと見つめている。その顔は信じられないものを見ているようだった。


「ソフィア?」

「この宝石ってとっても貴重なのよ。凄いわ!ありがとう!」


 そう言ってソフィアがオスカーに抱き着く。オスカーは顔が真っ赤だった。さっきも抱き合ってただろうに初心だな。ソフィアは離れると宝石の説明をしてくれる。


「この宝石はマナをたくさんためてくれるのよ。だから強力な魔法も使えるようになるの。マナがたまるのには時間がかかるけど私じゃ使えないような魔法が使えるようになるわ!本当にありがとう!大切にするわ!」

 

 そんなことは知らなかったオスカーが驚きながらも僕にサムズアップしてくる。僕もサムズアップし返す。こんなに喜んでくれるとは思っていなかった。それに効果にも驚きだ。強力な魔法を使えるようになるならきっと今回の事態の解決にも役立ってくれるかもしれない。

 それにしてもオスカーのプレゼントでこんなに喜ばれると僕がプレゼント渡しにくい。どうしたってネックレスを超えるのは無理そうな気がする。先に渡しておけばよかった。

 意を決してソフィアにプレゼントを渡す。


「これは僕からのプレゼント。魔法使いのソフィアにはあまり使う機会が少ないかもしれないけど念のためって思って。開けてみて」

「これはなにかしら。さっきよりも重いわね……短剣?え?これってミスリルなの!?」

「うん。マナとの親和性がいいって聞いて頼んだんだ。全部ミスリルにはできなかったけど、代わりに小さい宝石もいくつか仕込んであるんだ」

「ミスリルってすごい高いんじゃない?宝石だって安くないのに」

「こういうのは気持ちだからいいんだよ。それより魔法とはどうかな、使いやすいように魔法陣も刻んであるんだけど」


 刻んだ魔法陣は2つ。1つは柄に敵意を持つ者を感知をしてくれるもの、もう一つは刀身に刀身延長の陣を刻んだ。ソフィアが使えば回路にマナを集められるから刀身を自由に伸ばせるはずだ。

そしてもう一つ、刀身の側面には字が彫ってある。そこにはシンプルに「幸運と無事を祈る」とだけある。あまり長いのは面積的にも耐久的にも彫れなかった。

 この短剣が彼女を守ってくれることを願って入れたものだ。


「とてもいいわ、使いやすそうで嬉しい。ありがとうウィリアム」


 彼女がそう笑ってくれて、心から嬉しくなった。



 プレゼントを渡し終えたところで、今後どうするかを考える。

 中層に行き、危険を伝えるにしても軍の行動がわからなければ理解してもらうのは難しい。いつ頃やってくるのかがわからなければ適切な対応も取れないからだ。

 それに軍の規模も知っておきたい。

 とはいえ、ソフィアは今回は正規配属を知らされただけだ。その背景についても教えてもらえたが具体的な作戦については何も知らされていない。

 これはまだ猶予がしばらくあると考えていいのだろう。このタイミングで正規配属と言われたからには参加するはずだ。なら当然日程も知らされる。だからそれまでは準備だけは怠らないようにしていこう。


 さしあたってやらなければならないことは、僕とオスカーだけで中層と下層まで行くことだ。これができなければそもそも手伝いなどできない。

 今回はソフィアは軍としていくのでいっしょに行けない。ならどうしようかと現在はオスカーと二人で夜中に抜け出して層を隔てる壁を調べている。

 改めてみるとなかなか高い……がいけなくもない。高さはおよそ4メートルほど。ロープを使えば行けるだろう。ただ問題なのは衛兵だ。壁の上と足元を巡回しているため、時間をかけると見つかってしまうし、音を立ててもいけない。

 どう行くのが最善だろうか。近くの民家の屋根から飛び移ろうかと思ったが、距離がある上、何より目立つ。民家である以上何度も練習できないから本番でいきなりやるわけにもいかない。ロープはやり方にもよるが時間がかかる。さらに層の側面には小さなとげがあり、普通に上ると怪我をするので準備をしなければならない。

 あとは棒高跳び?というやり方があるそうだ。オスカーが前の世界で見た競技であったらしい。ただそれにはしなやかな長い棒が必要らしく目立ちそうだ。ただ時間はかからず音もならないため一考の価値はある。


「どうやって行こうか。やっぱり早いほうがいいから棒高跳びって方法がいい気がするね」

「そうだな、棒高跳びにするか。となると長い棒を準備して何度か練習しなくちゃいけないな。言ってはみたものの俺はやったことないんだ。」

「大丈夫なの?それ」


 ちょっと不安を抱えつつも跳び方を決めたので城に戻る。ちなみに部屋から抜け出した方法は普通にロープで行った。



 それからは軍に動きがあるまでできることをやった。

 隠れて棒高跳びの練習をしたり、鍛錬に精を出したりした。

 中層にはあれから行っていない。行ってもできることはない。現時点で行っても避難してもらうことなど、住民の感情からできないし、何かを伝えて急遽クーデターを実行なんてことになりかねない、よしんば避難できたとしても、軍がそれを察して何か変化があれば対応が難しいと考えたからだ。



 そうして一か月ほど経った。もうそろそろ動き出す時期だと予測をつけている。

 落ち着かない。

 考えてみれば初めての実戦なのだ。しかも相手は悪魔でも魔物でもない、人間だ。人を殺すかもしれないのだ。もちろんそんなことはしたくない。でも戦場で手加減なんてできないかもしれない。人がたくさん死ぬところを見ることになるかもしれない。

 本来ならあと3年は先だったはずなのにもう戦うことになってしまった。

 自分から選んだのだから後悔するつもりはない。でも怖くないわけじゃない。

 そんなことを考えていると目の前に迫る刃を防ぎ損ねてしまった。


「うぐっ!」


 刃引きされた剣が脇腹に突き刺さる。

 そうだ。今は鍛錬中なのだ。余計なことを考えている場合じゃない。

 この後のことを考えるなら、今に集中しなければならなかった。

 そう思い、前を見てもう一本と思っているとアティリオ先生が構えを解いて、あきれたように言った。


「上の空だな。鍛錬が嫌になったか?そんな調子で強くなれると思っているのか」

「いえ、そんなつもりはありません……」


 思った以上にこの事態にテンパっているようだ。

 アティリオ先生は溜息を吐く。でもその後は呆れた顔を引き締めていつもの厳しい顔に戻った。


「お前のことだから知っているのだろう。下層及び中層の町に出兵する。そこにソフィアが行くことが気になっているのだろう」

「……はい、そんなところです」


 当然だが先生に中層を攻めないでほしいなど言えない。

 先生が中層を攻めるのに賛成かもしれないし、そもそもなぜ僕が中層の肩を持つようなことをいうのか探られてはまずい。

 今はまだ、先生は僕たちが何をしようとしているのか気づいていないようだ。

 それに先生は何か今回の作戦について聞いているようだった。


「心配なのはわかるが、彼女はお前よりも強い。お前も強くなったが魔法が使えない以上は難しい。そんな彼女を害することなどできるものはそうそういないだろう」

「先生は今回の作戦についてどのくらい知っているのですか」

「……」


 今回の作戦はただ従軍するだけなら危険はそうないと思う。ただやろうとしていることが事だ。それにギルドが勝算あって決起しようとしているなら安全だなんて言いきれないと思う。

 先生は事情を知っているそうだと思って、聞いてみたがまずかっただろうか。口をつぐんで難しい顔をしている。


「今回の作戦は不自然なことが多い。開拓が完了したから軍を派遣など今更行ったところで無意味だ。ギルドに任せるのが通例だ。だが今回は違う。大規模な軍の出兵、そして異例のソフィアの早まった正規配属だ。そしてもう一つ」


 確かに客観的に見ても少し考えれば感じるだろう。危険なのは開拓中もだ。なら軍を派遣する余裕があるなら開拓中にすでに軍を送るはず。それをしなかったにもかかわらず完了したから軍を派遣する?おかしな話だ。それに通例ならギルドが開拓地を守ったはずだ。

 でもここは層の壁がそれを阻んでいる。

 だからそれがおかしい。

 だが先生曰くもう一つ違和感があるのだろう。


「もう一つ?なんです?」

「お前だ。ウィリアム」

「っ!」

「近頃、お前たち3人は休息日にどこへ行っていた?城内にもいない、城下にもでた形跡がない。そして今回の騒動が始まりだした時からそんなこともなくなった。正直に答えろ。何をしていた?」

「……城下に買い物に行っていました」


 背中に冷や汗が伝うのがわかる。

 これはまずい。確かに何度も3人で休息日の前日から外に出ていた。確かに3人とも城内に頻繁にいないのであればだれかが気づくのはおかしくないし、むしろ気づくはずだ。考えが甘かったのかもしれない。

 だがばれるわけにはいかない。

 とっさに少しの事実を混ぜて当り障りのない説明をした。

するとアティリオ先生が僕の腕をつかみ、訓練場の端に連れていかれた。抵抗しようにも急だったうえに力強くて出来なかった。

 壁際に連れていかれ、叩きつけられながら先生が顔を近づけて小声で言った。


「正直に言え……中層に行ったな?」

「……っ!」


 瞬時に答えられなかった。

 答えられなかった以上、沈黙は肯定ととられる。

 そもそもここまで直接的に問われたなら、もう確信か証拠があるんだろう。なら切り替えるしかない。あとは二人に被害が向かわないようにしなければならない。こうなれば僕はもう覚悟を決めて、今すぐにでも抜け出して二人に伝えて僕は上層から出るしかない。

 訓練場の出口に目を向けると気づいたのか先生が邪魔をするように移動する。だがその顔と次に発した言葉の口調は怒っているわけではなかった。


「相変わらずお前はわかりやすい。表情に出すぎる……上はお前たち三人が中層に行ったことには恐らく気付いている。なぜ見逃しているのかわからんが、恐らく今回の件でお前たちをおびき寄せて始末するつもりかもしれん」


 バレてる?なぜ?


「確かに僕たちはよくないことをしています。ですが罰するなら正攻法でよいのでは?こんな回りくどくて、不確実な方法をとるでしょうか」

「だが事実、お前は行くつもりだろう。ならその時点で相手の思うつぼだ。私の仕事はお前の指導である以上、関係のない軍の作戦について深く探れる立場にはない。大した助言などできない」


 助言?先生は、助けてくれるつもりなのか?

 もしそうなら、その情報以上の朗報なんてない。


「いえ、これだけでもう十分すぎるほどです」

「……覚悟があるなら、もう何も言わん。いいか、軍の派遣は二週間後、まずは中層にあるマドリアドという町を攻略し、次に下層を攻略する。ソフィアは中層攻略のための第1陣に参加する。」

「あ、あの先生?」

「軍の派遣時、私は所用があるので鍛錬は休みとする。その間自由にしてもらって構わん。話は通しておくので好きなだけ外泊でも何でもするといい」

「じゃあ!?」

「ただし、軍事行動が一段落したら今以上に鍛錬を厳しく行う。だから無事に帰ってこい……覚悟しておけよ、命令を違うことは許さんぞ」


 そういう先生の顔は困ったようで、でもどこか嬉しそうでもあった。先生は僕のことをわかりやすいといったけど、先生も十分にわかりやすいですよ。

 ただ先生がどうしてこんなことをするのか、つい理由を尋ねてしまう。


「なぜ?どうして先生がこんなことを」

「理由などお前もよくわかっているのだろう。だと思ったからここまでしたのだ。なにも今回に限った話ではない」

「それはどういうことですか?」

「ここまでしたのはウィリアム、お前のためだけではないということだ。そして裏で動いているのもな」

「……」


 状況が理解できない、情報が多すぎる。先生は味方とみていいんだろうか。

 これ以上は何も言わずに先生が離れ、中央に戻る。鍛錬を続ける合図なのだろう。

 まだ頭は混乱しているが、とにかく先生が手を尽くしてくれたことがわかった。今はいつも通りに鍛錬を続ける。きっとしばらくはできないだろうから。


「さあ、本気で来い!これまでの成果を見せてみろ」

「はい、行きます!」


 この日はかつてないほど本気で行った。心配などいらないよと伝えるために。

 そして今日は初めて先生から一本取ることができた。一度だけで何度もボコボコになれたがそれでもだ。成長していることを見せてあげられたと思う。


 この日が先生と過ごす最後の日になった。




次回、「2人の行方」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ