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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第十一話 繋ぐ今



「仙人とは、マナの薄い高地に住む、体内のマナを操れるもの……。そりゃ凄いな。体内なんて複雑すぎて操れないぞ」


 仙人について知りたくて調べてみたが、なかなか面白い本だった。

 体内のマナを完璧に操れる存在が仙人と呼ばれるらしいが、普通そんなことはできない。

 体内のマナは複雑だ。身体の中にはいくつもの性質を持つマナが蠢いていて、しかもそのが性質もろとも常に動き続けている。


 大気中のマナも実は一定じゃない。周囲の環境に影響を受けている。簡単に言えば、水中のマナで火の魔法を起こそうとしてもうまくいかないのと同じだ。

 体内は恐らく細胞単位で異なるから、そんなものを操るなんてできない。記憶魔法も似ているが、あれはあくまで外部からマナによって干渉しているだけで、体内のマナを使っているわけではない。


 いや、もしかしたらソフィアは体内のマナでやっていたのかもしれない。彼女は人に記憶をわたしても、自分は失わなかった。俺は人に記憶を渡せば、俺からは消えてしまう。

 今まで、どうしてそうなるのかわからなかったが、もしかしたら扱うマナが違ったのかもしれない。


「ま、要検討だな。次は……星と世界か」


 周囲にうず高く積みあがった本の山から、一番上にあった本を取る。

 この本もなかなかに気になる。

 無いとは思うが、元の世界とこの世界は同じでただ星が違うだけということもあるかもしれない。

 だからこの本でこの星について知れればよし、知れなくとも魔法についてわかればよしだ。



 さあ読もう――というところで、何人かの足音が聞こえる。



 あいつらか、そういえばご飯も食べていなかった。みんなそろそろ疲れただろうし、どこかに食べにでも行こうか。

 予想通り、ベルとマリナ、アイリスがこちらに向かってきたので、立ち上がる。


「いい本見つかったか? 腹が減ったから飯でも行こうか……どうした?」


 言葉が止まった。

 三人の顔を見ると、どうにも様子がおかしかった。

 ベルはなんだか怒ったように見てくるし、アイリスは申し訳なさそうな顔で見てくる。マリナは眠たげな瞳がしっかりと開かれている。


 三人は立ち上がろうとしていた俺を逃がさないように囲い、正面にいるがベルが、


「ちょっと、話があるんだけど、いい?」


 不機嫌そうに言った。


 三人で囲いやがって、カツアゲでもする気か?

 跳んでも小銭の音なんかしないからな。

 腰を再び椅子におろし、本をどかしながら全員の顔を見えるようにする。


 三人は席に着くとベルが直球で聞いてきた。


「あんたが隠していること、全部話しなさいよ」

「藪から棒になんだ。隠し事なんか誰にだってあるだろ」

「あんたは多すぎるのよ。少しは腹の内を明かしてよ」


 ため息を吐く。

 何があったのかは知らないが、面倒なことになった。

 そもそも話してもいいことなら大体話している。


「具体的に言えよ。何が知りたいんだよ」

「じゃあ、あんたの故郷はどこにあるのよ」

「知らないよ、俺が聞きたい。どうやってここに来たのかわからないって言わなかったか?」

「世界を渡ったからかしら?」


 盛大に舌打ちをする。


 アイリスめ、喋ったな。


 信じてもらえない荒唐無稽の話だ。

 地球にいたころの俺が、そんなことを言い出すやつがいたら間違いなく信じない。この世界だってほとんどのものがそう思う。

 彼女たちだって信じるかわからない。いや、信じていないからこそ聞きに来たんだろう。


「意味をわかって言っているのか?」

「わからないわよ。でもアイリスが言っていたの、世界を渡るって。悪魔たちも世界を渡ってきているらしいじゃない」


 これを聞いて彼女たちはどうしたいのだろうか。

 結局元の世界に帰る、故郷に帰ることは変わらない。やるべきことは何も変わらないんだ。


「確かにそうだ。俺は世界を渡ってこの世界に来た。根本的にお前たちとは違う人間だ」

「どうやってこの世界に来たのかはわからないのよね」

「ああ、たぶんグラノリュースにある宝玉だと思う。見たことがないからわからないけどな。だがほかに心当たりはない」


 宝玉があると教えてくれたのは俺の先生だったアティリオだ。彼が嘘をついている可能性もあるが、そんな面倒な嘘をつく必要もない。


「違う世界から来たって証明できる?」

「今まで見てきた知識で納得できないなら証明なんてできないな」

「そ、ならいいわ。じゃあ聖人である理由は?」

「知らない。この世界に来た時からこうだった。天上人は全員ある程度聖人に近い状態でこの世界に渡ってくるらしいが、その中でも俺はなぜか聖人に近かったよ」

「どうして魔法が使えるの?」

「逆に聞くが、魔法が使える人と使えない人の差はなんだと思う?」


 俺の質問に三人は口ごもる。

 考えてみればわかるわけないな。

 わかっていたらこの世界には魔法使いがもっと増えているはずだ。ウィルベルは知っているかもしれないが。

 彼女も答えないということは、きっと知らないのだろう。


「魔法使いの素養の有無はマナを感知できるかどうかだ」

「魔法使いの素養があるからマナの感知ができるんじゃないのかい?」


 アイリスが聞いて来るが俺は首を横に振る。

 ――俺は記憶を取り戻すまでの経緯をかいつまんで話した。

 いずれ侵攻するとなれば話さなければならない話だ。


 記憶を失っていたこと。

 天上人として訓練を受けたこと。

 オスカー、ソフィアと共に過ごしたこと。


 ……ソフィアを失い、記憶を取り戻したこと。


「――だから俺はあの国が嫌いだ。はっきり言ってこの世界も嫌いだ。記憶も家族も人生も、すべてを奪った世界になんていたくない」


 話を結ぶ。部屋を僅かばかり静寂が支配した。


「……それで顔は見せないの?」

「見せない。必要以上に仲良くなる気はない」

「あんたから奪ったのはあたしたちじゃない。むしろあんたのために戦っているのにそれでも顔を見せないの?」

「この世界の人間に顔は見せたくない。協力してくれることには感謝する。でもそれだけだ。信頼も信用もしない。これは俺の戦いなんだ、下手な情なんかでついてこようとするな」


 これは以前にも言ったことだ。俺の戦いなんだ。

 彼女たちが無理に参加する必要なんかない。

 そもそも俺は自分の人生を他人にいいようにされたことに深い怒りを持っている。だから同じことをこいつらにして自分を下げることはしたくない。


 この世界の人間が嫌いだ、顔を突き合わせるのだっていやだ。


 そういうとベルが顔を真っ赤にして、


「ふざけないでよ!ここまで来てどっかに行けっていうわけ!?」


 怒鳴る。


「縛って連れてきた覚えはない。必要以上に仲良くなる気はない。それが嫌なら付いて来なくていいと前にも言った」

「……もういい!!」


 ベルはそう言って部屋を出ていった。

 アイリスは一度俺を見てから、ベルを追いかけていった。


 残ったのは俺とマリナだけ。

 怒鳴り声が響いていた部屋に一転して沈黙が降りる。


「幻滅したか?」


 マリナが首を横に振る。


「ううん……ウィルはいつも優しい。いつだって私たちを大事にしてる」


 とんだ勘違いだ。鼻で笑う。


「そんなわけない。俺は自分のために勝手に生きてるんだ。お前たちも勝手に生きればいいと思ってるだけだ」

「それが優しい……普通は勝手に生きられるほど選択肢なんかない。あの国にいたときの私には、選択肢なんてなかった」


 マリナが立ち上がって、隣にやってくる。まっすぐな目で俺を見つめてくる。


「私はあなたのおかげで、こうして生きている……だからあなたのために生きたい」

「……やめろよ。俺のために生きたって、俺は何も返せない。あのとき助けたことだって、打算ありきだったからだ。恩に感じる必要なんてない」

「それでも、あなたのおかげで私の生に意味が生まれた……私の家族はウィルとベルだけ」

「世界は広い。俺たち以外にもきっとマリナを必要としてくれる人がいる。その人の力になればいい」

「他の人が欲しがるのは二人が私にくれた力……でも二人は、何もない私に生きる力をくれた」


 ベルも大概だが、マリナはそれ以上に頑固だ。ここまで言っても意見を変えてくれない。


 ……段々と、俺は自分が何を言っているのか、わからなくなってきた。


 だってそうだろ?

 俺はあの国のように他の人間の人生を奪いたくないから選択肢を与えてるだけ。

 嫌ってるはずのこの世界の人間が自分から死ぬために俺の元に来ようとしてるんだから、何も言わずに頷けばいい。


 それなのに、来たいという彼女を、役に立つと自分で思って連れてきた彼女をどうしてここまで拒絶するのか。



 ――認めよう。



 俺は彼女に死んでほしくないんだ。


 一緒に来てくれた二人に生きて欲しいんだ。


 ベルにはああ言ったが、本心ではちゃんと理解してる。

 俺から奪ったのは、グラノリュースの人間だ。彼女たちじゃない。


 俺に協力してくれる二人が良い奴らだってのは、わかっている。


 ウィルベルは怪しいと知りながらも今まで俺に協力してくれて、マリナを連れて魔境を抜けたり、軍人になるなんて無茶にもついてきてくれた。


 マリナは今までずっとつらい思いをしてきた。あのくそったれの国に酷い目にあわされてきた。俺と同じか、それ以上に。


「せっかく生きられるようにしたんだ……どぶに捨てるような真似をしないでくれよ」

「しないよ……私が死ぬときは意味があるときだけ……二人の役に立つときだけ」

「それをやめろって言ってるんだ。俺たちのためを思うなら、どっか別の場所でちゃんと生きていてくれればそれでいい」

「他の場所じゃ、ちゃんと生きられない……みんなと一緒にいた時をきっと思い出すから」


 俺は大きく溜息を吐きながら、マリナから視線を外して上を見上げる。

 彼女を説得できそうにない。強く拒絶すればいいのかもしれないが、俺の意志の弱さじゃできそうにもなかった。

 理詰めで諦めさせようと思ったが、それも無理だった。


「俺に利用されているとは考えないのか」

「そんなこと言う時点でそんなつもりはないんでしょ? ……たとえそうでも、必要としてくれた、それで充分」

「本当に馬鹿だな。育て方を間違えたな」

「子は親に似るっていう……ウィルもきっと逆の立場なら言う」

「この年で父親はまだ早いよ」


 乾いた笑みがこぼれる。


 まあいいか、彼女が死ぬと決まったわけじゃないし、俺が守ればいい。そのために盾の魔法やらなんやら覚えたのだ。それに作戦次第なら、軍医の彼女を安全な場所に配置してやれる。

 手の打ちようはまだいくらでもある。


 それはそうと、これからどうしようか。

 ベルが出て行ったが説得しに行ったアイリスが戻ってくるまで待つか?


 思考にふける。

 しかしここで、マリナが素っ頓狂なことをきいてきた。


「ねぇ、ウィルは家族とキス……した?」

「はぁ? なんだ急に。家族とキスなんて小さいころにしかしたことないよ」

「そっか……ねぇ、キスしていい?」


 ギョッとしてマリナを見る。

 目はいつも通りの眠たげな漢字に戻っているが、どうにも彼女は本気っぽい。

 どうしてこんな状況でこんなことが言えるのだろうか。

 彼女の中で何かあったのだろうか。


「どうしたんだよ急に。キス魔にした覚えはないぞ」

「さっき、本で見てアイリスから聞いた……キスは家族の証だって」

「アイリスめ」


 余計なことしか言わないな。さっきの世界を渡ったことといい、このキスのことといい。さすがにこれは聞き入れられない。


「家族の証って言っても、血がつながっているならただのスキンシップだよ。血がつながっていないなら、それは結婚とかそういうときだけだ。こんなところでしても家族の証になんてならないぞ」

「じゃあ、どうすればいい? ……私はウィルと家族になりたい」


 マリナが家族を欲する理由はわかる。

 彼女も不安なんだろう。いつかまたあの時と同じ一人になってしまわないか。確たるつながりが欲しいんだ。


 だが俺は必ず彼女の前から去る。

 俺と家族になってもお互いに足枷にしかならない。


「必要ない。結局俺はお前たちの前から消えるんだ。そんな関係にはならない」

「……」


 彼女にはもっといろんな人と触れてもらわないといけないようだ。

 俺に依存しすぎだ。境遇を考えれば仕方ないかもしれないが、それでは困る。


 立ち上がり外に出ようとすると――


「ウィル……ベルと仲直りしてほしい。ベルは拗ねてるだけだから」


 彼女が頼んできた。


「このままのほうがいいかもな。あいつは人間同士の戦いには向いてない。巻き込みたくもない」

「それはダメだよ、ウィル……ウィルにも、そしてベルにも。二人がいないと、きっと戦いに勝てないよ」


 マリナが強く言ってきた。まるで確信しているかのように。


「確かにベルの魔法は強力だ。欲しいとは思う。だけどあいつは軍人に向いてない。このままあいつがついてきても苦しい思いをするだけだ。来たいわけじゃないなら放っておけばいい」

「ベルがいないと、もっと大勢の人が死ぬ……ウィルが崩れそうになったとき、助けてあげられるのはベルだけだから」


 眉をひそめる。


「……? なにを言ってるんだ?」

「ウィル、別れはいずれ訪れる……ベルも前の世界の家族も一緒……だからそれまで、ちゃんと今と向き合わないとダメだよ。もしこのまま別れて、知らないところでベルに何かあったら、ウィルはきっと後悔する」

「……」

「私たちは三人一緒だよ……ベルは運命の人に会いにあの国に来た。そしたら私たちに会った。一緒にいないとダメだよ」

「運命、ね……」


 マリナは一体何を言っているんだ。

 俺が崩れそうなときに助けられるのがベル? もっと大勢の人が死ぬ?


 それに運命、か。


 確かにベルは運命の人に会いにグラノリュースに来たといった。そうして俺とマリナに会った。この運命の人というのが一方通行なものか、それとも俺たちにとっても運命なのか。


 いつの間にか、マリナは俺よりも先を見通せるようになったのか。


 ……どうしようか、どうすればいいんだろうか。


 今までこの世界に対する恨みと怒り、嫌悪で生きてきたつもりだった。

 恨みも怒りも、まだこの胸の内にくすぶっている。


 でも、今日でわからなくなった。

 いや、二人と会ってから、少しずつ変わっていたのかもしれない。認めたくなかっただけで。


 部屋を出て、暗くなってきた廊下を進む。出口の前にはアイリスが立っていた。

 その顔は伏せられており、申し訳なさそうにしていた。


「ごめんね、ウィル。彼女を説得できなかったよ。口止めされていたのに喋ってしまったし、本当にごめん」

「ああ、いいよ。どうせいつかこうなった。……お前もやめてもいいんだぞ」


 俺が隠し事をしているのは何も二人だけじゃない。

 アイリスにだってしている。彼女だって感じているだろうから、俺のもとで戦う理由なんてないはずだ。

 だが俺の言葉にアイリスはきょとんとした表情を一瞬浮かべ、すぐに柔和な表情に戻った。


「こないだもいったろ? ボクはどこにいたって変わらないよ。人々を護るために戦う。ウィルは自分のためといいながら、多くの人を救っている。それならボクはいつだって君のそばにいるよ。自分のために人を救う君を護るよ」

「相変わらず恥ずかしい奴め、ひどい勘違いだ。俺は人を救ってなんかない。ましてや自分のために人を救うなんて偽善者じみたことはしない」

「はは、そうかもしれないね。でも今までウィルのおかげで多くの人が救われた。ボクだってその一人だ。だから今度はボクが君を救う番だ。マリナも同じことを言ったんじゃないかな」


 体から力が抜けていく気がした。

 どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。

 一体何を考えているのだろうか。人の命なんて軽いこの世界で、こいつらは自分の命も軽く考えているのだろうか。


 まあ、マリナと違って彼女はもともと軍人だ。覚悟はあるだろう。

 たまたま戦うのが俺の下なだけだ。


「ウィルベルはこの先にいるよ。しっかり向き合ってあげて欲しい」


 アイリスの言葉には答えずに俺は図書館の外に出る。

 もう夕日は沈んでいた。





次回、「明かす過去」

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