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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第十話 知らねばならない


 ミネルヴァ大図書館。

 この図書館はエルフの部族の一つ、実の一族が住む里に存在した。

 実の一族はエルフの部族の中でも最も少なく、神秘的な一族なのだそう。知恵や知識、記録を収集することが伝統らしい。


 名前や性質から、楽園から追放されたアダムとイブが食べた知恵の実を連想させる。

 それにミネルヴァとは確か、元の世界では知恵とか芸術の女神の名だった気がする。戦神だった気もするがあまり覚えていない。当時は興味もなかった。


 この世界のネーミングは元の世界と通じるものがある気がする。これは偶然なのだろうか。


 ともかくその知恵の女神の名を冠する図書館なだけあって、その蔵書数はこの世界の図書館とは思えないほどに莫大な量があった。

 案内されて入った図書館を見て、俺は何度目になるかわからない感嘆の息がこぼれる。


「こんなでっかい木があっていいのかよ、一体樹齢何億年なんだ?」

「言い伝えによれば、この世界を作るために最初に神が植えたのがこの木だって話よ。樹齢以前に元から違ったんじゃないかしら」


 ものすごく巨大な大樹の(うろ)に図書館がある。この木はユベールの島の奥地にあってアクセルベルクからは見えないが本当にものすごく大きい。ざっと周囲の木の数十倍くらいは高さがありそうだった。

 そんなに高いと枝もものすごく長くて、周囲の木は光が当たらずに満足に育たない。そこに実の一族は街を起こして、この図書館がある大樹を守り続けているんだそう。


 そんな図書館に入ったのはいいけれど、それほどの木の洞だからものすごく広い。

 洞はいくつもあって、その洞ごとに本が分類されているようだった。


「魔法……精霊……こっちか」

「魔法かぁ……ここには世界の全ての本があるっていうし、いいのがあるといいわね!」


 天然の廊下を、魔法関連の本を読みたいベルと一緒に歩く。

 廊下は木の中だから薄暗いと思ったが、ヒカリゴケや最低限の蝋燭が灯されていて、なんとも神秘的な雰囲気が漂っていた。

 本が読めなくてもここにいたいと思えるくらい素敵な場所だ。


 魔法に関する本が置かれていると思われる洞に辿り着く。

 ちなみにアイリスとマリナはそれぞれ剣術や医術に関する本を探しに行った。

 しばらく使ってもいいといわれてるから、思う存分利用させてもらおう。


 蔵書内をベルと別れて探し回る。他に利用者はいないようだ。

 探しているといくつか面白そうな本があったため、腕に抱えて再び探し回る。


「風の活用、闇の恐ろしさ……仙人?」


 この世界にも仙人なんてものがあるのか。

 聖人や魔人なら知っているが仙人は初めてだな。これも後で読もう。

 興味深いものはたくさんあるけど、さすがに世界を渡る方法なんて書いているものはないか。もしかしたら他のジャンルの場所にあるかもしれないから、めぼしいものを読み終わったら見に行こう。


 腕に抱えきれなくなってきたために、そろそろどこかに座って読もうと思っていると一つ、目についた本があった。


「星と世界?」


 随分と規模のでかい話の本だ。

 星か……、この世界が天動説を取っているか地動説を取っているかは知らないが、この本を読めばわかるかもしれないし、何か魔法のヒントになるかもしれない。

 何より世界という言葉が気になる。

 さすがにこの世界という言葉はあくまでこの世界の中の話だろう。次元の違う世界の話はしないと思う。


 ひとまずこの本を最後に閲覧する場所があるのでそこで読みふけることにした。



 *



 ウィリアムが本を読みふけっているころ。

 ウィルベルはいくつかの本を持ったまま、マリナのもとに向かうことにした。本をずっと読んでいたが飽きてしまったのだ。

 ウィルベルが本を片手に図書館中を歩き回っていると、マリナとアイリスが一緒に本を読んでいるのを見つけた。

 ちょうどアイリスがマリナにわからないところを教えているところだった。


「やほ、二人とも」


 小脇に本を抱え、空いた手を挙げる。


「ベル……目当てのものは見つかった?」

「まあまあね。疲れちゃったからこっちに来たの」

「そう……ウィルは?」

「ずっと本を読んでるわ。あいつがあんなに読書家なんて知らなかったよ。様子を見たけど、まだ本の山に囲まれてるわ」


 ウィリアムは自分の姿が隠れるほどの本を積み上げて読みふけっていた。

 ウィルベルは呆れながらも、彼が知ったことを後で自分も教えてもらおうと考えていた。本を読むより、それを理解したウィリアムに聞く方が効率的だと思ったからだ。

 彼女は彼女なりにウィリアムが読まないような、それでいて実用的な本を探して読んでいた。

 ウィルベルは二人の周囲に積み上がっている本を見る。


「二人は何を読んでいるの?」

「昔の物語……竜を倒した二人が結ばれるお話」

「創作らしいけどね。読み応えがあって面白いよ」

「マリナもそういう話に興味があるのね。恋物語とか、女の子の夢だもの」


 ウィルベルが二人の見ている本を見ようと体を寄せる。物語はちょうど主人公とヒロインが結ばれたところだった。


「ねえ、アイリス……どうしてキスをするの?」

「え? 愛し合っているからじゃないかな」

「愛し合うとキスするの? どうして? ……手を繋ぐとかじゃないの?」


 マリナの疑問にアイリスは言葉に詰まる。


 実はアイリスも恋愛経験が豊富というわけではない。彼女はたくさんの男性に言い寄られたことはあるが、交際したことはない。軍人になるために毎日必死でそれどころではなかったからだ。


 アイリスがウィルベルを見るが、彼女も困ったように肩をすくめて首を振る。


 当然ウィルベルも経験はない。彼女の出自はウィリアム同様特殊であり、魔法使いの里から出てきて、それからはずっとウィリアムと一緒に旅をしていた。


 浮いた話は微塵もない。


「そういうもんなんじゃない? どうしてかはあたしも深く考えてなかったわ」

「結婚式とかは意味があるけどね。そうじゃないときは単に気分かな」

「気分?」

「キスしたいって思うんじゃないかな。こういう物語を読んでいなかったら、思わないかもしれないけどね」

「結婚式のキスには……意味があるの?」


 アイリスは結婚式について軽く説明をした。白無垢のドレスを着て伴侶と愛の誓いを立てて、最後にキスをするのだと。


「キスをするのは誓いの言葉を、お互いの口に閉じ込めるためと言われているね」

「口以外にも……手の甲にしているときもあったよ」

「あれはいわゆる騎士の誓いとかだね。親愛や忠誠を誓うのさ」

「じゃあ……口にするのは?」

「それは恋愛だね。お互いに心の底から愛している時だよ。あとは家族の証という意味もあるよ」


 アイリスの言葉にウィルベルは少しだけ驚く。


「家族の証なんて初めて聞いたわ。それだと両親とか兄弟ともすることにならない?」

「兄弟姉妹はわからないけど、ボクの家では両親からキスはあったし、東部では一般的な話だよ。結婚式でキスをすることで夫婦、つまり家族になるからね。まあでも、抵抗がある子が多いから、大きくなったらしないのがほとんどだし、そのまま子供が生まれてもやらない家庭がほとんどだと思うよ」

「そうなのね。じゃあアイリスも昔、両親とキスしたの?」

「覚えていないけど、したんじゃないかな。ウィルベルはしたのかい?」

「覚えてる限りではしてないし、ないと願いたいわ」


 ウィルベルとアイリスが話している間に、マリナは二人から聞いた話を考えていた。


「家族の証……」


 そんなマリナの様子に気づかないまま、二人は話を続ける。


「ウィルベルは気になる人はいないのかい?」

「そもそも男の知り合いなんて多くないもの。ヴェルナーは爆発してばかりで粗暴だし、ライナーは口が悪いし」


 アイリスはウィルベルも同じ爆発してばかりじゃないか、と思ったが我慢した。

 だが、その努力はマリナによって水泡に帰す。


「ベルも爆発してばかり……ウィルはずっと頭抱えてた」

「仕方ないじゃない。あたしの魔法ってそういうもんだもの」

「他の魔法を覚える気はないんだね。隊長はいろいろ手を出しているみたいだけど」

「そもそも全部満遍なく伸ばすよりも長所を伸ばすほうがいいわよ。あいつが手を出しすぎなのよ」

「でも……現に役立ってる。隙がないことも大事」

「隊長だからね。部下の把握の意味もかねて、いろいろな知識が必要なんだと思うよ。どっちもいいことだよ」


 マリナの言葉を聞いて、口をとがらせるウィルベルをアイリスがフォローした。そのまま話題はウィルベルの本の話に入る。


「あたしは自然についての本よ。火と風を中心にね。あとは天体もちょっとね。占星術って星の動きが大事だから」

「占星術って……占い? 魔法はそんなこともできるんだね」


 ウィルベルは母親の占星術によってグラノリュースに送り出され、ウィリアムと出会った。はじめは疑っていたが、こうしてみると占星術は馬鹿にできないと思い、学ぼうとしたのだ。

 アイリスはマリナ同様にウィルベルも女の子らしいところがあるのだなと、微笑みを浮かべる。


「ウィルベルも占いに興味があるんだね。運命の人とか気になるのかな?」

「運命の人? それならウィルよ」


 アイリスは冗談のつもりで気軽に言った言葉だった。ただその返答にはアイリスだけでなく、マリナまで声を上げて驚いた。

 ウィルベルは言っていなかったかと思いながら、ウィリアムと出会う経緯をかいつまんで二人に話した。


 グラノリュースで出会ったこと、マリナを見つけたこと、魔境を必死に登ったこと。


 話を聞いたアイリスは満足げに頷く。


「なるほどね。二人はそうやって会ったんだね」


 一方で、マリナは知らなかったウィリアムとウィルベルの出会いについて気になっていた。


「運命の出会い……ロマンチック?」

「全然そんなのじゃないわ。本物の占星術よ? 運命の人っていうのは恋愛じゃなくて、人生において重要な人ってことよ。同性が運命の人ってこともあるから、あいつとはそういうことじゃないわ」


 ウィルベルはウィリアムとの関係を無粋され、露骨に眉をしかめて嫌そうな顔を浮かべる。

 しかしマリナは首をかしげる。


「でもベル……ウィルといると楽しそう」

「え? そんなわけないじゃない。確かに付き合いは旅に出てから一番長いから気は置かないけど、それだけよ」

「そうなんだ。じゃあ、ウィルのことはなんとも思っていないのかい?」


 アイリスの質問に、うんざりとでもいいたげにウィルベルは溜息を吐きだした。

 少しばかりの苛立ちを込めて。


「逆に聞きたいくらいよ。どうしてみんなあいつのことをそんな目で見れるの? 仮面をつけて顔も見せてくれないのよ? しかもまだあたしたちに隠し事してる。そんな人をどうやって好きになるのよ」


 ウィルベルの言葉にマリナとアイリスはお互いに顔を見合わせる。


「隠し事をしているのかい? 二人にも?」

「そうよ。まえに故郷に帰るために、グラノリュースを落とすって言ってたんだけどね。そもそも故郷に帰るのにどうして国を一つ落とさなきゃいけないのよ。一体どんなところにある故郷なんでしょうね」

「宝玉が必要だって言ってた……そのために国を落とすって」

「その宝玉って何? 故郷に帰るための宝玉って何よ。エルフの精霊の祭壇にあるような宝玉ならわかるんだけど、いまいちパッとしない神器よね」


 アイリスはウィリアムが世界を渡りたいことを知っている。

 だが口止めされているために口をつぐむ。


 そうしている間にも二人の会話は進んでいく。


「でも人には誰にだって隠し事はある……ベルにだってある」

「あたしのはどっちかっていうと、家庭の事情だから人に話すことじゃないってだけよ。必要なことは二人に話してるし、あたしの事情に誰かを巻き込むつもりもないわ。だけど、あいつはいろんな人を巻き込んで、それでもずっと隠し事してる。大事なことを話さないまま」


 ずっと心の中に秘めていた不満が口から出てしまったことで、ウィルベルの口調に熱が帯びていく。


「すべてを失ったって言っていたけど、そこもわからないわよね。誰も確かめられないわ。そもそもそれが本当ならどうやってあいつは聖人になったのよ」


 ――聖人でかつ魔法が使える、そんな人間どこにもいないわ。


「奪われた故郷はどこにあるの? どうして宝玉が必要なの? なぜ聖人になったことを知らないの? どうして魔法が使えるの? その記憶の魔法はどうやって作ったの? ……大事なことは何もわからない。あたしは魔法使いの里で育ったけど、記憶の魔法なんて使える人は誰もいなかった。存在すら知らなかったわ」

「……」

「故郷に帰るだけなら、空飛ぶ魔法か転移の魔法を使えばそれで充分よ。それなのに覚えたのは記憶の魔法。やろうとしていることは国を攻める。辻褄があっているように思えるかもしれないけど出鱈目よ」

「転移でも空を飛んでもいけないような遠いところかもしれないよ?」

「そうかもしれないわね。でもね、どうしてグラノリュースはそんな人をわざわざ連れてくるのよ。宝玉なんて大層なものを使ってまでしなきゃいけないことかしら」

「ウィルの実力を知れば……きっと欲しがる。アクセルベルクだってそうだった」

「もしそうなら他の人たちはどうしているのよ。天上人だっけ、ウィル以外の天上人はいったい何をしているのよ。彼らだってすべてを奪われたって言ってもいいはず。なのに出てきたのはウィル一人。国を潰すならウィルと同等以上の人が数人いればかなりの戦力になるわ」


 ウィルベルはウィリアムが軍に入隊する際に、天上人の内情も聞いている。ウィリアムより強い人がいるとも、それが残り五人もいることも。

 彼らもウィリアムと同じなら、一緒に逃げるか、戦うはずだと。


 だが結局、一緒に戦ったと聞いたのは三人のみ。一人は国の軍に殺された。残りの五人は同じ部隊のはずのウィリアムを助けようとも協力しようともしていない。

 そこからウィルベルはある疑いをかけていた。


「あたしは怪しいと思ってる」


 二人にしか聞こえないような、低く唸る声。


「……何を?」

「あいつは国の国宝が欲しいだけで、あたしたちを利用しているのかもしれない。人々のために戦ったって言ってたけどそれは詭弁で、記憶の魔法を使って悪いことをして、軍が動いたところを逃げ出したのかもしれないわ。一人はそれで殺されたのかも」


 ウィルベルの推論に二人は驚き、言葉が出なかった。

 アイリスはかつて高位の悪魔と戦った際に、ウィリアムが天上人ということも、異界から渡ったことも知っている。


 ――ここはウィリアムとの約束を破ってでも、ちゃんと説明しなければ。そうでなければ、どこか致命的な亀裂が入る。


 だがアイリスが言葉を発するよりも先に――


「それは絶対にない!」


 マリナが普段とは違う大声を出す。びりびりと積み上がった本が揺れる。


 ウィルベルは思わず驚き、一歩後ずさる。

 だがそれでもウィルベルは、疑念を覆すことはしなかった。


「でも、あいつはあたしたちに隠し事してる! 顔だって故郷だって聖人である理由も魔法を使う理由も教えてくれない! 国からも追われて、そして国を襲おうとしてる! そんな人をどうやって信じろっていうのよ!」

「ウィルは! 私を助けてくれた! ……私に戦わなくてもいいって言ってくれた!」

「都合の悪いことがあるから知られたくないだけかもしれない! ついて来るなって言ってくるのは、邪魔されたくないからかもしれない!」

「だったとしても私は――!」

「ちょっと二人とも、落ち着いて」


 アイリスが暴れ出しかねないほどに興奮し始めた二人の肩を掴んで落ち着かせる。

 抑えつけられるように椅子から腰を浮かしていた二人が席に着く。


 しかし、二人はまだ興奮冷めやらぬといった体で、目をぎらつかせていた。


 アイリスは小さく息をはき、


「ウィルベル、これはボクとウィルが高位の悪魔と戦った時の話なんだけどね」


 秘密を話すことにした。


「……何よ、急に」

「悪魔はウィルが元の世界に帰りたがっているって言っていたよ。世界を渡る方法を探しているって」

「どういうこと?」

「ボクにもいまいち理解が追い付かないけど、彼は本当にどこかから連れてこられたんだ。悪魔は笑いながら、天上人なら世界を渡ることは思いつくって言っていた。これってつまり、天上人はみんな他の世界から連れてこられているんじゃないかな」


 他の世界というものがいったい何なのか、三人には理解ができなかった。

 世界を渡るとはいったい何をどうすれば行けるのかも。


「悪魔たちは世界を渡ってきているといっていた。ウィルもきっと同じように世界を渡ってきたんだ」

「ということは何? あいつは悪魔と近いってこと?」

「世界を渡ったということだけはね。でもこれなら彼が普通の方法で元の世界に帰れないことに説明がつくと思わない?」

「……」


 ウィルベルは額に指を当て考え込む。

 世界を渡るなんてことが本当にできるのか。

 ウィルベルはグラノリュースに短い間とはいえ、滞在していたから知っている。あの国にそんなことができるほどの魔法技術はない。

 神器だとしても、異界を渡るなんて神器は常軌を逸している。


「もしそうだとしてもわからないわ。どうやって聖人になったのよ。世界が違ったって、聖人になったことくらいわかるんじゃない?」

「そればかりはね。世界を渡ったことがないから何とも言えない」

「もう、こうなったら埒が明かないわ。本人に聞いてやろうじゃない」


 ウィルベルは立ち上がり、読んでいた本はそのままに部屋を出て行った。アイリスとマリナも頷きあうとウィルベルを追いかけていった。





次回、「繋ぐ今」

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