第六話 精霊の祭壇
女三人寄れば姦しいという言葉をご存じだろうか。
女はお喋りだから、三人もいれば騒がしいという意味だ。姦という字には本来、少し性的な意味があって、あまりいい意味では用いられない。
特務隊のメンバーは騒がしいがその辺はしっかりしていて、騒がしくても品があって付き合っていて楽だ。
ただそこに変態が入れば、文字通り姦しい。
現在、俺はその状況に放り込まれていてとても困っている。
「英雄色を好むといいますし、ウィリアムさんも女好きでもおかしくないと思うのです! 皆さんはウィリアムさんとどのようなご関係で?」
「どのようなも何もないわよ。ただの腐れ縁よ。理由があるから一緒にいるだけで、それ以上のことなんて何もないわ」
「なんと! でも一般的に見ればウィリアムさんはかなり優良物件では? 准将ということは強いし、経済力もある。歌に取り上げられるほどの人ですよ?魅力的ではないですか」
「仮面をつけて顔も見せてくれないもの。そんな人と深い関係になんてなれないわよ」
「ミステリアスでいいではないですか! 仮面の下はどうなっているんだろうって考えるだけでもワクワクするでしょう?」
「別にしないわ」
ベルがエイリスに絡まれている。
ベルも恋バナとか嫌いじゃないだろうが、だからといって俺を取り上げられるのは嫌だろう。
そりゃ顔も見せない怪しい男と噂になんてなりたくはないわな。
エイリスも食い下がるが、ベルは俺にそこまで興味がない。俺も彼女に特に思うことはないので気にならない。
というかそもそも俺がいるところで聞くなよ。
エイリスはベル相手ではあまりいい話が聞けないと思ったのか、今度はマリナに絡む。
「マリナさんはどうでしょう? ウィリアムさんのことどう思っていますか?」
「ん? ウィルは家族だよ。ベルもそう……ずっと一緒」
「家族? もしかして血縁なので?」
「血はつながってない……私もウィルも、そういう意味の家族はいない」
「なんと、それは失礼いたしました」
マリナはあまり気にしていないが、本来家族がいないという話は本人にとって辛い話だ。エイリスもさすがにまずいと思ったのか、素直に謝ってマリナに話しかけるのをやめた。
さすがにもう懲りただろうと思って止めなかったが、エイリスはこれでも止まらなかった。
「アイリスさんは? 一緒に行動していたんですよね? 何もないのですか?」
「何もないこともないけどね。恋愛的なことは何も起こっていないよ」
「そうですか……。おかしいですね。英雄なのに色を好まないとは。私の色仕掛けも失敗しました」
そんなつもりでこいつはあんな恰好をしていたのか。おかげでベルには疑われて物を壊してしまった。
全部こいつのせいだ。
「いい加減にしろ。ありもしない人の色恋に首を突っ込むな」
後ろの方にいるエイリスに向かって、声を張り上げる。
「でもですよ! ウィリアムさん、英雄じゃないですか。それなのに言い寄る人が誰もいないなんてありえませんよ!」
「誰も英雄なんざ望んでないんだよ。俺だって周りが囃し立ててるだけで、英雄なんて大層なもんじゃない。そもそも仲良くならないために仮面をつけてるんだ」
「そもそもその仮面! なんですか! そんなかっこいい仮面をして! 惚れさせたいんでしょう!」
「もう黙れアホンダラ」
相手をするのは面倒だから、黙らせた。
今は花の一族の里、その中の精霊の祭壇というところに向かっている。
その祭壇とやらで精霊の加護を得ることができるらしい。
道中は馬に乗って移動している。
最初はエイリスが先頭を行っていたが、俺たちと話したいらしく、徐々に下がっていった。
最終的にはアイリスの横についている。エイリスの一つ後ろにいた俺が先頭に立っているが、森の中で迷わないか少しだけ不安だ。
まあ、精霊の動きはマナを通して感じられる。エイリスの精霊が周囲の精霊と戯れている様子がわかるから大丈夫だとは思う。
しばらく進んでいるとエイリスがまた先頭に戻ってきた。
エイリスが馬上で器用にこちらを向きながら、
「さぁ着きました! ここが私たち花の一族が誇る精霊の祭壇です! ウィリアムご一行様、我らの聖地へようこそ!」
手を広げて歓迎の意を示す。
やがて目の前の森が一気に開け、太陽の光が一気に降り注ぐ。
――息を飲む。
すごい光景が目に飛び込んできた。
エイリスのいう通り、ここがエルフにとって聖地と言われる理由が分かった。
まるでここには神が降臨するんじゃないかと思うくらい、神々しい力が満ちている。
色鮮やかな植物、光る花、咲き乱れる木々。
清く澄んだ水が湧き出し、キラキラと太陽の光を反射して輝いている。
とても神秘的で見とれてしまう光景。
だがそんな自然を凌駕し、何より目を引くものがあった。
それは広場の最奥中心に鎮座する一つの宝玉。
大層立派な祭壇の中心に置かれたその宝玉は、他の物すべてをかすませるほどの圧倒的な力を放っていた。
「凄いわね……」
ベルが感嘆の息を吐く。
俺も心の中で同意する。
周囲には数えきれないほどの精霊たちが楽しそうに飛び交い、憩っている。
精霊以外にも大小関係ない多くの動物が争うことなく戯れ、穏やかに過ごしていた。
ここは一種の楽園だ。天国といってもいいかもしれない。
どうしてこのようなことになっているのだろうか。
ここだけまるで別世界のようだ。
「お気に召したようで何よりです。実はここは太古の昔、エルフの英雄が眠っているとされている場所なのです」
「エルフの英雄?」
場所が場所だからか、エイリスが少し声を抑えながら語りだす。
「はい、かつて悪しきものどもを打ち倒し、エルフの里に凱旋した英雄フェイルミオス。彼女は精霊のために、この世界のためにその身をささげたといわれています。それがあそこに祀られている神器《精霊賛歌》です」
『神器』、それがあの宝玉の正体。
これほどまでに精霊が集まるのは、その神器の影響だろう。離れていても途方もないほどの神気を感じる。
神器からでる力は精霊たちには心地が良いようで、とても楽しそうにはしゃいでいる。
「身をささげたってのは、それは命と引き換えにあの神器を手に入れたってことか?」
「その辺りは諸説ありまして、私たち一族の間でも意見が分かれているのです。英雄フェイルミオスがエルフの神イクファルトに祈り、賜ったもの。精霊たちからの贈り物、フェイルミオスが生涯をかけて作り上げたものとも。明らかにはされていないのです」
神器か。
確かに錬金術で作られたものとは一線を画す力を秘めている。これを作るには尋常ではない何かが必要だ。
それにしても神か。
エルフの神はイクファルトというらしい。あまり宗教に関わるつもりもないし、神から賜ったというものは信憑性もない。
俺は神を信じない。
この世界に神はいない。
もしいれば、世界を渡るなんてことを許可するわけがない。
「さあ、では早速始めましょう! どなたから参りますか?」
エイリスの声にこたえたのは、
「あたしが行くわ!いったいどんな精霊が来てくれるのかしら」
精霊の儀式、最初はベルだ。
精霊の加護の話のときに驚いていなかったから、もうすでにやっているのかと思ったが、あらかじめ調べて知っていたらしい。
ベルがエイリスに連れられ、祭壇に登る。そこで神器に触れる。
儀式といってもそう大仰なものでもない。
エイリスがオカリナのような管楽器を取り出して、音楽を奏で始める。
風のような暖かで抑揚のある綺麗な音が祭壇全体に染みわたる。
すると途端に変化が訪れた。
「ウィルは何が起きているか、わかるのかい?」
「ああ、精霊が踊ってるな。ベルを見定めてるようだ」
周囲の精霊が舞うように騒ぎ、ベルに触れては去ってをひたすら繰り返している。
事前に聞いた話では、演奏が終わるまでに精霊が目に見える形で返事をくれるらしい。
時には精霊ではなく動物がやってくることがある。その場合も問題ないようで、動物をとおして精霊と意志を通わせることができるそうだ。
つまり、演奏が終わるまでに何かが起こればいい。
演奏が終盤に差し掛かる。だが今のところ、ベルの周りに精霊は寄り付かない。それどころかだんだんと離れていっているように見える。
「ねえ……なんだか、暑くなっている気がする」
「確かに暑い気がするな。……風も強くなってきたな」
「ちょっと待って。ボクでも感じるくらい、強い力が来ているよ」
マリナが異変に気付き、アイリスも力を感じるという。
どうやらベルは相当な大物に気に入られたようだ。それも複数。
突如、顔をそらすほどの突風が神器を中心に吹き荒れる。とっさに顔を腕で隠しながら顔をそらすが、その手にほんの一瞬、火傷しそうなほどの確かな熱気を感じた。
風が収まり、再びベルの方を見る。
そこには衝撃の光景があった。
「なんだ……あれは」
「凄い……あれが精霊」
演奏が終わったその場に現れたのは、二体の精霊。
一つは真っ赤に燃え滾る、直視する者の目を焼くほどの熱を纏った火の精霊。
一つは新緑に染まる、ひらひらと軽やかに舞い踊り見る者を魅了する風の精霊。
精霊が見えないはずのマリナやアイリスにも見えるほど具現化する大物だ。
エイリスですら、口を開けて驚いている。
ベルは閉じていた目を開けて、精霊を見ると一瞬だけ驚き目を見開いた。
だがすぐにいつもの自信に満ちた顔に戻って胸を張って精霊に言った。
「あんたたちがあたしに加護をくれるの?」
『然り、人の子よ』
『古の魔法使いの子。懐かしき匂い』
物おじしないベルに精霊たちは答える。こんなにもはっきり答えるものなのか。
「そ、じゃあこれからよろしくね!」
『我、常に汝と共にあり』
『そなたの苦難に満ちた道行を共に』
「え、苦難?」
精霊たちは姿を消した。
消える直前に彼らの力の一部がベルのもとに向かったので、これで加護を得られたのだろう。
驚いたが幸先のいいスタートだ。とりあえずこれでベルがいれば自由に森を行き来できる。
祭壇から降りて俺たちのもとにやってきたベルは、どや顔を俺に向けてきた。
「ふっふーん、どんなもんよ! あたしにかかれば楽勝よ♪」
「ああ、凄いな。これは。本当にすごい」
さすがにこれには素直に感嘆の意を示す。
「すっごいな、このあとにやるのが嫌になってしまうよ」
「ベル……やっぱりすごいんだね」
「ま、こんなものよね! ……ん? マリナ、今やっぱりって言った? 普段は違うってこと?」
次回、「闇の王」