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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第五話 エルフの変人


 会談の次の日の朝。

 ウィリアムは自室として与えられた部屋で朝早くに目を覚ました。

 起きてすぐに、頭の痛みを抑えるように額に手を当て、ため息を吐く。


 その理由は――


「なんでこいつら、人の部屋で寝てんだよ」


 それは二日酔いの痛みではなく、部屋に何人もの女性が眠っていることに対してだった。眠っているのは特務隊の女性三人。


 ウィルベル、マリナ、アイリスだった。

 ウィリアムは前回酒を飲んだ時、この世界の酒が強いことを身に染みて感じていたために、付き合い程度の量に済ませており、ちゃんと記憶もあるだけに戸惑っていた。


「おかしいな。寝るときは一人だったのに。鍵もかけてたはずなのに」


 鍵はエルフに開けてもらったか、もしくはウィルベルが魔法で開けたのだろうと予測をつける。


 事実、彼女たちは昨晩ウィルベルの魔法を使って鍵を開けた。久しぶりに会ったウィリアムとゆっくり話をしようと忍び込んでいたが、既にウィリアムが寝てしまっていたために、自分たちも寝ることにしたのだ。


 さすがにベッドにもぐりこむような真似はしなかった。

 マリナはベッドにもたれかかるように眠り、アイリスがソファに品よく座っている。ウィルベルは床に小さくまとまって眠っていた。


「はぁ、どうしよう」


 ウィリアムはこの状況に頭を抱える。

 今日はこの後、ヒュドラ討伐のためのエルフとの細かな話し合いが控えている。

 彼女たちも無関係ではないから本来は起こすべきである。だがウィリアムはそうしなかった。

 一人で行けばいいかと考え、三人を放置して部屋から出ようとした。


 しかし、それがあらぬ誤解を招く――


 それはウィリアムが部屋を出るために、寝ぼけ眼をこすりながら扉を開けたときに起こった。


「とりあえず、見られないところで顔をあら――」

「おはようございます! きゃ! なんと官能的な朝でしょうか! これはぜひとも書き留めなければ!」

「おい、誰だお前は」


 扉の前には非常に露出の多い服ともいえない布を着たエルフの女性が立っており、部屋の中を見るや否や、声を上げて手元の紙にペンを走らせる。

 ウィリアムの質問にも答えず、扉の前でひたすら何かを書き込むエルフに、ウィリアムはイラつきながら再度、語気を強めて問う。


「だ・れ・だ、お前は?」

「ん? ……はっ!? しまった、挨拶がまだでしたね!」


 エルフは今気づいたかというように顔を上げる。その顔はエルフの例にもれず端正な顔だったが、その口調と表情はまるで新しいおもちゃをもらったかのように喜色満面の顔だった。


「エイリス。花の一族に所属する者です。此度、皆様の案内役を務めることとなりました。以後よろしくお頼み申し上げます」

「ウィリアム・アーサー。特務隊准将だ。こちらこそよろしく頼む」


 言ってウィリアムは部屋の中をちらりと見る。部屋の中の三人は眠ったままだ。ここは他の部屋でやろうと考えた彼は、エイリスと名乗るエルフを他の部屋で話をしようと提案した。


 しかし――


「いえ! ここで結構です!」


 エイリスが叫び、扉に手をかける。


「は? いや、ここは俺の部屋だから」


 ウィリアムは戸惑うが、エイリスは食い下がる。


「他は空いておりません! 仕方ありません、大丈夫、私は気にしません!」

「いや、俺が気にするんだよ。せめて準備するから少し待て!」

「ダメです! このまま、このまま!」


 エイリスが無理やり部屋に入ろうとするのをウィリアムが必死に止める。

 彼女が強引に入ろうとして暴れるために、もともと少ない面積の服が乱れてかなり危険なことになってしまった。

 ウィリアムはこれ以上暴れるといろいろと危ないと判断して、大人しくさせようと電撃を放つ。


「あひゃひゃーーー!!? ……うぅん……」

「なんだったんだ、こいつは」


 奇声を上げ、糸が切れた人形のように倒れるエイリス。

 ウィリアムは戸惑いながらもエイリスを処理しようとするがしかし、


「とりあえず、誰かに連れてってもら――」

「う、うぅん……」


 残念ながら一足遅かった。

 先ほどの騒ぎで、部屋の中で眠っていた少女が一人、目を覚ましてしまった。


「うっさいわね、もう。こっちは寝てるんだから……って、え!?」


 ウィルベルの驚きの声に、ウィリアムが振り返る。


「ベル、起きたか?」

「起きたかって、あんた……いくらエルフが美人だからってそんなことを……はっ!?」


 ウィリアムの足元に倒れている過激な格好をしたエルフを見て、ウィルベルは自分も何かされていないかと、服や体をまさぐって確認する。

 疑われたことを理解したウィリアムは額に青筋を立てる。


「あたしにも変なことしてないわよね!? ケダモノ!」

「ふざけんなっ、お前らが勝手に俺の部屋に来たんだろうが。この女もだ。冤罪だから人を変態みたいにするな」

「本当かしら? 美人なあたしたちに会えなくて寂しくて、我慢できなかったんでしょ!」

「ハッ! ちんちくりんに少し会えなかったくらいで思うことなんて何もねぇよ!」

「むっかー! 言ってくれるじゃない! ならその足元の女性の恰好は何よ!」

「これはこいつがもともとしていた格好だ!」

「エルフがそんなことするわけないじゃない!」


 ウィリアムとウィルベルが大声で言い争っていると、半開きになったドアから一人のエルフが顔をのぞかせた。


「失礼いたします。何かございましたか?」

「ん? あぁ、いや何でもないです」

「そうですか。大声が聞こえたもので。……おや」


 ウィリアムが部屋に幾人もの女性が眠っているこの状況をごまかそうと思っていると、入ってきたエルフの男が倒れているエイリスに気づく。

 ウィリアムの額に汗が流れる。

 しかしエルフの男は取り乱すことも二人に疑いの目を向けることもなかった。


 それどころか溜息を吐きだして、


「エイリス様、何をなさっておられるのですか。そのような格好をして、はしたない」


 しゃがみエイリスに声をかける。


「うぅ、思った以上の快感……さすが詩人も謳うかの英雄様……」

「そのような英雄様にあまり迷惑をかけないでください。ウィリアム卿、大変失礼しました。彼女はこちらで預かります」

「あ、ああ。よろしく頼む?」


 エルフの対応に思わず戸惑うウィリアム。そのままエルフは慣れているかのようにエイリスを担ぎ、優雅に礼をして退出していった。

 部屋に残ったウィリアムとウィルベルは沈黙したまま、やがてお互い目を合わせる。


 ウィルベルがまだ疑ったようにジト目でウィリアムを睨みつけ、徐々に距離を取る。

 苛立ったウィリアムは電気を発生させた。


「いたぁ! あにすんのよ!」

「人を疑った罰だ。この程度で済んだんだ。感謝しろ」

「疑われるようなことをするのが悪いんでしょ。誰だって疑うわよ」

「勝手に人の部屋に来て床で品なく寝てたやつが言うじゃないか。見る人が見ればお前たちが夜這いに来たように見えるぞ」


 ウィルベルは悪いことをしたという自覚があるのか明後日の方向を向きながら知らんぷりをする。

 その顔にまたイラっと来たのか、再びウィリアムが電気をぶつける。


「いたっ! またやったわね!」

「隊長として部下の教育をしただけだ!」

「言ったわね! それじゃあ、部下がどれだけ成長したか見せてあげるわ!」



 *



「二人とも、言い訳は?」

「「……ありません」」


 ちょっとやりすぎてしまった。自分でもなぜあんな馬鹿なことをしたのか。きっと昨日の酒が残っているのと寝ぼけていたからだ。

 今、ベルと一緒にアイリスに怒られて正座をしている。二人で暴れてしまい、物を一つ壊してしまったからだ。


 あれ、おかしいな。俺が一番偉いはずなのになんでこんなことに。


 通りかかったエルフに謝ったら、先ほどの件と引き換えに許してもらえた。本当に申し訳なかった。この部屋にある物はどれも高級だとわかるようなものばかり。

 かなり優しい対応だろう。エルフの心の広さには本当に頭が上がらない。


「なんでこんなことをしたのかな?」

「ベルが俺に冤罪を吹っ掛けてきたのでイラっと来ました」

「ウィルがあたしのことをちんちくりんだというのでムカッときました」


 俺たちの言い分を聞いてアイリスは溜息を吐く。

 どうしようもないなこの屑どもが、といった表情だ。


 すると横でベッドに座って見ていたマリナがくすくすと笑う。

 俺含め三人が不思議なものを見たという感じでマリナを見ると、彼女は笑顔で言った。


「やっぱり……みんなが揃うと楽しいね。ウィルもベルも嬉しそう」


 素っ頓狂なことを言う彼女に、なんだか気が抜けてしまった。

 まあ、いいか。

 物を壊したのはよくないが許してはもらえたし、こうして合流できたのだ。いい結果だろう。

 マリナの言う通りに二人に会えたから嬉しいというわけでは決してない。


「それで結局、何があったんだい」

「ああ、さっきエルフの露出狂が来てな。どうやら今後のことについて話し合うつもりだったらしいが、変な奴だった。話し合いまで至らなかったよ」

「露出狂? エルフに?」

「信じられないでしょ? あたしも信じられなかったわ。でもさっきのエルフを見れば、あのエルフが特殊だったんじゃないかしら」


 さっきのエルフとは、エイリスを連れて行ったエルフのことだ。またかと言わんばかりだった。きっとあの痴女は問題児なんだろう。


「そんな人がなぜ来たのかな?」

「さてな。もうしばらくすれば話をしにやってくるだろう」

「そっか、それじゃあそれまではここで待機?」

「そうだな。今度はいつ来ても平気なようにちゃんと準備しておかないとな」


 こいつらが人の部屋に来て暴れたせいで、ぜんぜん人と会う準備ができてない。

 まあ俺は仮面をつけているから、着替えて寝癖を直せばそれでもう大丈夫なんだけど、気分の問題がある。


 女三人もさすがに身支度はしたいらしく、自室に戻っていった。マリナだけはそのまま俺のベッドで二度寝しようとしたけど。

 なんかマリナはまた依存癖が強くなったか?


 俺が部屋でのんびりエルフたちを待っていると、女三人が先に俺の部屋に戻ってきた。


「そういえば昨晩は聞けなかったけど、お前らはユベールで何してたんだ?」


 気になるのは二人がここで何をしていたのか。

 色気のないベルが閉鎖的なエルフに婚約まで持ちかけられるほどだ。悪魔退治をしたのはわかるが、そもそもどうしてそうなったのか。


「えっと、普通にしてたらあたしたち観光街までしか入れなくてさ。でも暇だしやることもなくて飽きてきたから、ユベールから出て、北に向かってたのよ」

「ベルの魔法があればバレないように出られるし、また入ってこれるから……ウィルが全然来ないから、灼島に観光に行こうと思ったの」


 呆れたな。

 こいつら、二人になると本当に大胆なことするよな。

 大方ベルの発案にマリナが乗った形なんだろうけど。


「そんで、灼島に行こうと北に行ってるときに悪魔の大群がちょうどユベールに北から攻め込もうとしてたからやっつけてやったのよ」

「は? 大軍? それをたった二人で?」

「そう……久しぶりの実戦だったから不安だったけど、意外にあっさり勝った」

「……頼むからもうちょっと自重してくれよ」


 悪魔の大群見かけたけど、暇だからちょっと遊ぼうくらいのノリで殲滅したらしい。そりゃベルの魔法があればできないことはないかもしれないが、高位の悪魔がいたらどうするんだ。

 たった二人で悪魔の大群沈めようなんて、こいつらの頭の中はどうなってるんだ。


「……ボクたち、たった一体の悪魔に手こずってたのにね」

「高位と中位以下を一緒にしちゃだめだぞ……。それにしたって大軍を二人で殲滅は、まあ非常識だけど」

「ん? なぁに? ウィルったらたかが悪魔に手間取ったの? それでこんなに到着が遅れたの? これじゃあどっちが隊長かわかんないわねぇ~」


 イラっと来た。

 どや顔でたいしたことない胸を張って偉そうに言うベルは、あとでお灸をすえてやる。


 まあベルが馬鹿なのはいいとして、マリナも大概だ。彼女はまだ碌に戦えないのに、どうして悪魔に挑もうなんてしたのか。

 問いただそうと思ってマリナを見る。

 そのときに、


「あれ、マリナ、お前……」

「……ん?」


 相変わらず起きてんだか寝てんだかわからない眠たげな眼で俺を見上げてくる。

 そんな彼女は半聖人、正確にはほんのわずかにその身を神気で作っているだけでまだまだ聖人には遠い体だ。


 遠いはずだった。


「なんか、聖人に近付いてないか?」

「そうかも……悪魔と戦ったときから、体の調子がずっといい」


 前よりもマリナから放たれる神気が増えている。まだ聖人になるには足りないし俺よりは遠いが、それでも以前より大きく増えている。


「俺はあれから近づいてもいないのにな」

「レオエイダンでもこっちでも、あれだけ必死に戦ったのにね」


 アイリスとともにがっくりと肩を落とす。

 いや、まあ二人が成果を上げて、あげくマリナが聖人に近付いたなら上々だろう。最高といってもいいくらいだ。


 とりあえず、マリナが聖人に近付いた経緯が知りたいから、もう少し詳しく聞こうとするも、


「あら、迎えが来たみたい」


 ベルの言葉通り、部屋に向かってくる足音が複数聞こえてきた。

 部屋がノックされ、扉を開けると、そこにはルシウスと先ほどの痴女あらためエイリスがちゃんとした服を着て立っていた。


「先ほどは失礼をしました」

「こちらこそ、貴重なものを壊してしまった。申し訳ない」


 お互いに挨拶をする。

 とりあえずエイリスがちゃんと服を着ていて安心した。またあらぬ疑いをかけられたらたまったものじゃない。


 挨拶をした後は部屋を移動して会議室のようなところに入る。王と対談するわけではないので、昨日の部屋よりも少し小さいが十分すぎるほど立派な部屋だ。

 お互いに席に着くとこれからのこと、ヒュドラ討伐について話をする。


 かと思いきや、少しだけ予想と違う提案がなされた。


「皆にはこれから花の一族の里に向かってもらう」

「花の一族? ヒュドラのところじゃないのか?」

「今のままではあなたたちはヒュドラの場所まで行くことができない。これは能力云々の話ではない」


 ルシウスの言葉に俺は首をかしげる。アイリスも同様だがベルとマリナは知っていたようで、特に驚きはない。

 するとルシウスの横にいたエイリスが説明をしてくれる。


「そもそもこのユベールの森全体には精霊があふれているんですよ。精霊の加護なき者がこの森を歩くことは危険。決められた道以外を行けば、すぐに迷子になってどこにもたどり着けずに死ぬ運命を辿ることになる」

「ヒュドラの元まで行くにはあなたたちに精霊の加護を得てもらう必要がある。そのためには花の一族が住む里に赴く必要がある」


 なるほど、惑いの森というやつか。

 おそらくこの城と同じように方向感覚や認識をゆがめる魔法が森全体にかかっているんだろう。森なんてどこも木が生えてるだけの似たような景色だ。そんなところで惑いなんてかけられたら、空を飛ぶでもしない限り二度と出てこれる気がしない。


 花の一族までの道はエイリスが同行してくれるようだ。

 少し不安だが、これでも花の一族の代表というか顔らしい。問題はあるがそれでも精霊使いとして優秀で、芸術家としても有名らしい。


 だから今朝方、彼女が俺たちを訪ねてきたわけか。結局問題が起きて、ルシウスが俺たちの相手をしてくれているが。


 ちなみにルシウスだが、昨日退出した後、食事が始まると戻ってきて俺とフェリオス達の話をずっとしていた。その間も酒が入ったせいか、ちょくちょく涙目になっていた。まあ、その分彼のことを知れたので、彼がいてくれるだけでだいぶ安心できる。


「精霊の加護を得られれば、森を自由に行き来できるだけでなく、彼らの力を借りることもできる。ただどの精霊が加護をくれるかはわからない」

「さらに言うと、行ったからと言って確実にもらえるわけではないです。エルフでも中には加護をもらえないものもいます。まあ、そういう人は大抵悪いことをしている人ですけど」

「エルフであれば大抵、精霊と仲良くなれる。適性があるからだ。だが人間となるとそうではない」


 聞けば、すべてのエルフは成人の儀として精霊の加護を受けるために花の一族の里を訪れる。そこで精霊から加護を得られれば認められ、逆にもらえなければ問題ありとして再教育するらしい。


 太古の昔、人間がこの森にまだいたころ、同様に成人の儀を行おうとしたが多くのものが貰えなかったらしい。中にはもらえる者もいたがその基準はよくわからないという。

 だから俺たちも必ず加護を得られるとは限らない。


「あなたたちなら加護を得られるかもしれん。精霊の存在を感じられるなら十分に可能性はある」


 ルシウスがそう言って締めくくる。


 そんなわけで出発だ。


 花の一族、アイリスの母イリアスに聞いたところ、確か芸術や文化が発展した一族だそうだ。

 一体どんなところだろうか。




次回、「精霊の祭壇」

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