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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第四話 大恩ありし


「「そなた(おまえ)の正体はなんだ」」


 俺の声と王の声が重なる。

 あの記憶は結局見ただけだ。理解はしていない。文化がこの大陸のどこのものとも違うからエルフではないと判断しただけだ。


 エルフ王の質問への答えだが……。


 さて参ったな。どうしようか。


 実は考えていなかった。ならここは普通に回避するとしよう。


「その質問より先に、まずはウィルベルについて話をしたいと思うのですが」

「……ああ、いいだろう」


 レゴラウス王もまだ完全に落ち着いたわけではない。理解できないことが多いから整理したいところだろう。

 ひとまず、先延ばしになってしまっているベルの話だ。


「彼女が自らエルフの国に属したいというのであれば、俺にそれを止める権利はありません。彼女が軍人になったのは俺個人との契約によるものが大きい。彼女が軍人をやめたいというのであれば、そのときは協力しましょう」


 エルフの国に嫁ぐことを彼女自身が望めば、俺にそれを止める権利はない。その代わり、俺がここまで手の内を明かしたのだ。個人的な契約の続行くらいはさせてもらう。

 個人的な契約とはもちろん、魔法について教えてもらうことだ。まだ彼女から空間系の魔法や空を飛ぶ魔法など、教わりたいことがたくさんある。


 ここでベルとは会えないとなると困る。


「ではこうしよう。彼女が余の国に来れば、そなたの国との交易を増やしてもよい。たしかそちらの女性はルチナベルタ家の娘であったな。どうだ? 交易を増やせばそなたの家、ひいては国が潤うことになろう」


 今度はアイリスが話を振られる。確かに交易の増加はアクセルベルクにとって大きな利益となる。ルチナベルタ家にとってもいい話だ。

 だがアイリスは背筋をしゃんと伸ばし、毅然とした態度で答える。


「ルチナベルタ家は既に十分すぎるほどの恩恵を得ております。それに貴国との交易は東部軍の管轄。私たちは南部軍であり、最優先で考えるべきは彼女の身です」

「だが軍人であるならば、国の利益を第一に考えるべきだ。そなたらの判断はその視点が欠けているように思えるが?」

「いえ、そもそも担当が違うのです。武官に技官の仕事をしろというように、全く違う仕事を勝手に行うわけにはいきません。交易は東部軍が決めること、ですが彼女の進退は南部軍が決めること。一緒に考えることはできません」

「それはそなたらの国の事情であろう。余が直接掛け合えば、それこそそなたらの意見など問答無用で彼女を嫁がせることもできる。これは余なりの配慮だ」


 レゴラウス王のいうことはもっともだ。ユベールがベルとの政略結婚を提案すれば、アクセルベルクがそれを飲む可能性がある。そうなればベルは王命で嫁がされることになる。

 そこに俺たちの意見は通らない。


 だがそもそもだ。

 ベルがここに無理やり嫁いでも、結局逃げ出すのが目に見えている。

 説得するならまずベルだ。


「レゴラウス王、まず説得する相手が違います。俺たちではなく、彼女を説得しては? 彼女が自ら行くといえば、俺たちは止めません」

「……」


 王が沈黙し、部屋を沈黙が支配する。

 彼女の説得はすでに失敗したのだろう。だからこうして外堀を埋めようとしているわけだ。

 普通の部隊なら、一人の女性軍人が他国の王族に見初められるというのは大変いい話だ。

 それもエルフ、誰しもが祝福するだろう。本人だってきっと嬉しい。


 ただ特務隊は違う。

 いや、俺たち三人は違う。やるべき目的がある。

 はっきり言ってその目的のためなら、軍だってあっさりやめる。


「どうやら無理か。ぜひとも欲しい逸材だったのだが」


 王が溜息を吐きながらそういった。どうやら諦めてくれたようだ。

 俺もほっと息を吐く。


 王との対談なんて心臓に悪い。何かあっても逃げだせる自信があるからやっていけるが、そうでなければストレスで吐いているところだ。

 さて、ユベール側からの要求は終わった。次は俺たちの要求の番だ。


「レゴラウス王。お願いがあります」

「なんだ」

「ユベールにある大図書館。そこを利用させていただきたいのです」


 王があごに手を当てて考えこむ。頭ごなしに否定されなかっただけましだ。取りつく島がある。

 しばらく王は沈黙する。やがてあごに手を当てたまま告げた。


「いいだろう。ただし条件がある」

「聞きましょう」

「あの図書館は我らエルフの宝庫。本来よそ者を入れるわけにはいかん」


 だが、とレゴラウス王は手を机の上に置き、態勢を前のめりにする。


「この国のために働けば、民たちも納得するであろうな」

「つまり、図書館に入りたければ相応の手柄を立てろということですね」

「そういうことだ。特務隊、そしてウィリアム・アーサー。これらの噂は余の王国にも届いておる。ちょうどおあつらえ向きの仕事があるが?」

「お伺いしましょう」


 聞けばユベールの北方にはいくつかの無人島があるが、そのうちの一つに悪魔の小さな拠点があるらしい。高位の悪魔の存在は確認できていないものの、それに匹敵する存在がそこに棲みついてしまった。


 悪魔どもはその存在を盾に、徹底抗戦をする構えらしい。

 悪魔だけならエルフたちでも対処できた。だがその存在はエルフの天敵ともいえる存在だった。


「その存在とは?」

「ヒュドラだ」


 久しぶりに聞いた名前だ。

 確かにヒュドラはエルフの天敵と言ってもいい。

 強靭な肉体に強力な再生能力、そして森や生物を腐らせる猛毒を持つ。エルフたちは森を利用して戦う。木々すら腐らされてしまう上に、俊敏性を武器に戦うエルフにとってヒュドラは相性が悪い。単純に火力が足りない。鈍重で攻撃は当たるが鱗と再生力に阻まれて倒せないのだ。


 それなのに森は破壊されていくために、自然の化身である精霊とともに生きる彼らにとっては最優先で倒したい相手だろう。


「ヒュドラを相手にした経験は?」

「一度、幼体とだけありますが」

「ほう。何人で戦った? 十か、二十か」

「四人です」


 エルフたちが目の色を変えた。まさか、といった感じだ。

 ただ王はもう慣れてきたのか、うっすら笑みを深めるだけだった。


「幼体とはいえヒュドラを四人で倒すとは。ここにいる四人か?」

「いえ、その頃はまだアクセルベルクにはいませんでしたので。一緒に戦ったのは、ハンターとなっていたエルフ三人です」

「三人のエルフ? そんな報告は聞いたことがないが」


 王を始めとしたエルフたちがざわつき始める。彼らはこの国の重鎮たちだろうから、ヒュドラなんて大物が出てきたら、その報告を知るはずだ。

 エルフが関わっているヒュドラ討伐。

 たった四人で倒せるほどの英傑がいるだろうかと、各々が思考にふけり、記憶を探る。


 やがてレゴラウス王ではなく、別のエルフが王に一言断ってから俺に質問をしてきた。


「アーサー卿。そのエルフとは何者か。名を何という?」

「名は……フェリオス、オルフェウス、サーシェスの三人です。グラノリュースでハンターをしておりました」

「フェリオス!? フェリオスといったか!?」


 告げた名前に反応し、立ち上がったのは横に座っていたルシウスだった。

 俺たちをここまで連れてきてくれたエルフが立ち上がり詰め寄ってくる。


 思わず体をのけぞらせる。

 寄ってきた彼の顔は、今まで見てきた余裕のある顔とは程遠いものだった。


「フェリオスは今、どこにいるのだ!?」

「ルシウス、落ち着き給え。アーサー卿が驚いているであろう」

「……失礼しました」


 レゴラウス王がルシウスをなだめると彼は再び席に着く。

 だがその顔はいまだにこちらを向いたまま。


「失礼した。彼はフェリオスという息子がいる。彼は勘当同然で家を飛び出した。当時、仲の良かったオルフェウスと弟のように可愛がっていたサーシェスも連れて」


 それから一切、音沙汰がなかったのだ、とルシウスが王の言葉に続ける。

 その声には心の底から心配していることが伝わってきた。


 ……やっぱり種族を超えても世界を超えても、子を想う親の気持ちはどこも変わらないようだ。


 俺は安心させるように、できるだけ穏やかな声で言った。


「彼らと別れたのは一年半ほど前です。三人にはとても大事なことを沢山教わりました。彼らがいたから、俺は無事にここまで来ることができました。彼らはとても気高かった」

「……そうか」

「ヒュドラ退治をしたのは彼らに誘われたからです。森を蝕むもの、人々に害をなす存在を見過ごすわけにはおけぬと。だから俺は彼らとともにヒュドラを討伐しました」

「……失礼っ」


 ルシウスが席を立つ。せき止めていたものが流れ出してしまったようだ。

 ルシウスが礼を無くして退出することをだれも止めなかった。王ですらも。

 王はふっと顔を緩めると、俺に対して友人に話しかけるかのような気楽な声をかけてきた。


「余らの同胞の無事を知らせてくれたこと、心より感謝する」

「……無理にでも連れてくるべきだったでしょうか」

「それには及ばぬ。彼らは誇り高きエルフ。自らの選択を後悔することなどせぬ。そうであろう?」


 そうですね、と三人のことを思い出しながら答える。


 元気にしているだろうか。

 グラノリュースは上層と中層以下で争っている状態だ。彼らも参加するといっていたから、今も無事かはわからない。


「さて、改めて実績のあるそなたらにヒュドラ討伐を頼みたい。無論我らも協力する」


 返答は決まっている。


「謹んでお受けいたしましょう。大恩あるエルフの王の頼みとあらば、この程度」


 あの三人から受けた借りをここで返すとしよう。

 本人に返すのが筋だろうが、その術がないのでこれで我慢だ。


 この後はこれまでの経緯と今後の方針を一通り確認してこの会談は終了となった。

 その後は全員で食事と相成ったが、意外にもとても賑やかなものとなった。


 エルフが閉鎖的な理由は正直わからない。どうして彼らは他国との関係をこうまで断っているのだろうか。



 そう思えるほどに、彼らはとても気のいい人たちだった。






次回、「エルフの変人」

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