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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第六章 《諍い果てての三位の契り》
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第二話 招待


「参った、実に参った……」

「どうしたんだい、そんな真っ青な顔をして」


 部屋に来たアイリスが俺の様子を見て声をかけてくる。

 仮面をつけているから顔色なんてわかるはずがないのだが、何故か彼女にはわかるようだった。


 そう、俺は今、猛烈に気分が悪い。


 完全に二日酔いだ。昨晩は飲みすぎてしまって、後半の記憶が怪しい。

 何か良くないことを話してしまったかもしれないが覚えてない。


「なあ、昨日俺は変なことを言わなかったか?」

「いや、何も。普段とは違う隊長が見れて面白かったよ」

「それはよくないものを見られたな」


 決めた。

 金輪際、酒はやめる。人前では絶対に飲まん。


 前の世界で初めて二日酔いになったときも思ったが、今回は絶対だ。現に目の前にいるアイリスは妙に笑っている。これは絶対に何か言った。

 酒癖は悪くないはずだが、この世界に来てからは隠し事は多い。あまりバレそうになる行為は慎んだ方が良さそうだ。


 ましてやアイリスは俺の事情をほとんど知っている。よくない。


「それで、何の用だ?」

「昨日、だいぶ飲んでいたみたいだから、様子を見に来たんだ」

「それならもう済んだな。御覧の通りぴんぴんしている」

「そう? だいぶ体調が悪そうだけど。それはそうともう一つあるんだ。はいこれ」


 アイリスから手渡されたのは封書だ。

 差出人は領事館。おそらくベルとマリナの件だろうが昨日の今日だ。随分と動きが早い。


「もうか? 早すぎないか?」

「どうやら既に領事館には連絡がいっていたみたいだね。あの二人がボク達について何か言ったのかもしれない」


 アイリスのいうことも一理ある。封書を開けて中身を見てみると、彼女のいうことを裏付けることが書いてあった。


「エルフはどうやらベルに興味津々のようだ。その上司である俺と直接話がしたいんだと」

「ウィルベルか、お手柄じゃないか! ユベールからの招待状なんて滅多にないよ。もしかしたら目的の図書館を利用させてくれるかもしれないね」


 手紙を読み進めていくと、招待する日時や場所が書いてある。手紙と一緒に通行証があるから、これで自分たちが向かってこいということか。

 日程的にはかなり余裕がある。ユベールの首都だが、歩いていけば二週間、ちゃんとした道で馬車に乗っていけば一週間くらいだ。それなのに手紙の日程は四か月先までに来いということだ。かなり余裕がある。


 これがエルフとの時間感覚の差か。長寿なエルフにとって、四か月はすぐらしい。


「日程的には早すぎるかもしれないが、こちらとて遊んでいるわけにはいかない。明日には出る」

「了解。それなら準備しておくね」


 早いに越したことはない。向こうで待たされるかもしれないが、こっちでのんびりしても変わらない。


 久しぶりに会うあの二人は、少しは成長しただろうか。


 それにしても気分が悪い。明日までに治るかな。



 *



 ユベールの首都コロンルージュ。

 そこはユベールでは数少ない地面に多くの建築物が立てられている町だ。そのため、非常に多くのエルフがここに集い、国家の中枢を担っている。


 やはりエルフも木の上より地面の方が家を建てやすいのだろう。

 ただそれだけで首都とするには弱い。

 ここまで大きな町になったのは恐らく、ここは標高が比較的高く、もともと開けた場所だったからだ。

 また、王城が立てられているのは丘の中央にある湖のさらに中心だ。モンサンミッシェルのように湖の中心に立っている。


 湖の透明度は非常に高く、深い場所でも湖の底がくっきりと見通せる。城を見れば、まるで巨大な鏡の上に立っているようで、浮いているようにも見える。


 息をするのも忘れ、魅入ってしまうほどの幻想的な景色。

 こんなに素晴らしい場所があるなら、ここを中心としたい気持ちは嫌でもわかるというもの。


 今は手紙をもらってから一週間と少し経った頃。

 手紙に記された道は深い森に覆われてわかりづらい一本道だった。何も知らなければたどり着くことは無理だった。

 そしてようやくたどり着いた先にあったのは、指定されたエルフの城。

 ここまでは順調だったが、ここで問題が起きた。


「これ、橋がないんだが」

「ないね。どうしようか」


 城は湖の中心にある。俺たちはそこに向かおうとしたのだが、湖を渡るための手段がない。船かと思ったが、それも見当たらない。


「潮が引くときじゃないといけないのかな」

「となると今日はもう行けなさそうだな。満ち始めている。そもそもどこにも浅いところがないんだが」


 かれこれ一時間ほど湖周辺を捜索したが、渡れそうなところもない。潮が引けば行けるのかと思ったが、どこも深さは似たようなもの。道が出る気配もない。

 遠目に見える城門の位置から道がありそうな地点を探したが何もない。


 仕方ない、今日のところは引き上げよう。


 そう思ったとき、ふと気配に気づき後ろに振り返る。


 そこには、いつの間に立っていたのだろうか、一目でいいものだとわかる服をまとったエルフの一団が音もなく佇んでいた。


「失礼、ウィリアム・アーサー殿だろうか」

「そうだが」


 エルフの中でも一番立派な装飾が施された服を着た男が尋ねてきた。

 この人たちが連れて行ってくれるのだろうか。


「招待に迅速に答えていただき、感謝する」

「こちらこそ、ご招待いただき感謝する。光栄の極みに思う」


 立派なエルフは優雅に礼をし、湖の方へゆっくりと手を向ける。


「では、城へご案内いたそう」


 エルフたちは先導するように、湖の方へ進んでいく。

 湖に船も何も準備することなく足を踏み入れようとしていた。


 まさかと思うが泳ぐわけじゃないよな?

 足を止め、じっとエルフを見つめる。


 そして予想外の光景を目にすることになった。


 ――湖の上を歩いている。


 沈むはずの水面にしっかりと足が乗り、一歩踏み出すごとにきれいな湖面に波紋が広がる。

 少し進んだところで振り返り、俺たちを迎えるように片手を伸ばす。


「どうぞ、こちらへ。恐れることはない」

「こりゃまた、驚いた」


 不思議に思いながら恐る恐る湖へ踏み込む。

 ゆっくりと足を着ける。足が着いた場所から波紋が広がるが、不思議な感覚だ。まるでふわふわの絨毯の上を歩いているかのようだ。


 摩訶不思議な現象を味わいながらそのまま進んでエルフのもとに向かう。

 そのまま合流するとエルフは何も言わずに、城門まで歩き始めた。俺もアイリスも沈黙したまま何も発さない。


 歩きながら俺はマナの動きに注意する。するとからくりがわかった。


 精霊だ。


 一見してエルフたちの魔力に動きはない。

 ただエルフの周囲で何やら騒がしくしている存在がいる。

 マナとはわずかに違う、肉眼では見ることができない様々な生物のような、はたまた妖精のような形をした存在が俺たちの周囲を舞い、マナを使って俺たちを浮かしている。


 エルフの精霊術とはこういうものか。

 精霊を介して魔法を使うなんて俺にもできるだろうか。

 精霊を観察していたらあっという間に城までたどり着いた。エルフが門を開け、湖のときと同じように、先に少し進んで俺たちを迎え入れる。



 中に入ると、そこには圧倒されるような光景が広がっていた。

 頂上まであるのだろうかと思うほどの吹き抜けの空間が目の前いっぱいに広がっていて、上を向いても、そこにはあるはずの天井が見えずに天高くから燦燦と光が差し込んでいる。


 周囲を見れば、螺旋階段や向きがあべこべな扉、どこに繋がっているのだろうかと思う複雑な階段や廊下があった。

 廊下を歩く一人のエルフが一度死角に入ったと思ったら、まったく違うところから出てきたり、どこかの部屋に入ったと思ったら別の階から扉を開けて出てきたりと、支離滅裂な構造。

 何より気を引くのは、そこら中で精霊が遊びまわっていることだ。城の中のマナの動きが複雑すぎる。


「これは、凄いね」

「……ああ」


 横にいるアイリスが呟く。俺も同意するしかなかった。

 こんな構造、確かにすごいが使いにくいことこの上ないではないか。最上階まで吹き抜けにしてもデッドスペースが多くならないだろうか。

 圧倒的な空間に魅入ってしまい足を止めていると、先頭に立っていたエルフがうっすらと微笑み、説明してくれた。


「ご満足いただけたかな。この城は我らエルフの技術の結集。実際の構造自体はとてもシンプルだが、精霊によってこのように素晴らしい景観が出来上がる」

「へぇ、凄いな。ホントにすごい。だからこんなに精霊が飛び回っているのか」

「おや、見えるのか?」

「なんとなく」


 少しだけエルフたちがざわつく。隣にいるアイリスも驚いている。


「なんだよ」

「いやだって精霊っていうのはね、普通は人には見えないんだよ。エルフにだけ、それも一部の者にしか見えないんだ。それなのにウィルは見えている。驚くのが普通だよ」


 それは俺が魔法使いだからだろう。

 そしてエルフは精霊が見えるということはやはり、魔法に高い適性がある。ベルから聞いた通り祖は魔人なのかもしれない。ドワーフが聖人を祖としているのと同様か。


 ドワーフは聖人だから頑強、エルフは魔人だから敏捷といったところか。どちらも長寿種族だ。文化を除けば似通う部分も多い。


 再び、城の中を進む。

 先ほどエルフが説明してくれた通り、いざ進んでみると城の構造はシンプルだった。ただやはり周囲の光景はかなり複雑に見える。魔法によって認識を歪められているようだ。


「しばらくはこちらで過ごしてもらう。準備ができ次第、使いのものをよこす」

「わかった。これから世話になる。どうもありがとう」


 案内された部屋に入る。連れてきてくれたエルフたちが優雅に礼をするので、俺もアイリスから教わったエルフ流の返礼をする。

 彼らがいなくなったところで自分たちに割り当てられた部屋に入る。当然アイリスとは別だ。とはいえ隣なのですぐに会える。


 部屋の中を見渡すとそこは高級なホテルのような部屋だった。ベッドは天蓋付だし、ランプは蝋燭だが、造りはしっかりしていて趣深い。絵画まで飾ってあるし、家具も細かな造形が凝っている。


「凄いなこれは。一泊いくらするんだろうな」


 いらないとはわかっているが、どうにも値段を気にしてしまう。ベッドもふかふかだし、いったいどうやって作っているのだろうか。

 さすがに動物の羽ではないだろうし、気になる。


「それにしてもさっきのエルフ、誰かに似ている気がするな……」


 案内してくれた見るからに重役のエルフの顔、どこかで見た気がするが気のせいだろうか。他人の空似か?

 しばらく首をひねるが思い出せないままだ。


 まあいい、今はそれより今後のことだ。

 恐らくベルとマリナはここにいる。エルフが俺たちをどうするつもりかはわからないが、先ほどまでの対応を見るに悪い扱いは受けないだろう。

 ここまでくれば、二人はかなりうまくやってくれたといっていい。予想以上の大成果だ。疑ったことを謝罪したいくらいだ。


 酒場で聞いた情報だと、二人はユベールに現れた悪魔の大群を討伐したらしい。恐らくその悪魔の大群は俺たちが倒した高位の悪魔の配下だろう。あいつにはレオエイダンで戦った悪魔バラキエルのような部下がいなかった。

 エルフを攻めるといっていたし、先鋒としてか、もしくは頭がやられて自棄になって攻め込んだのかもしれない。


 あいつ自身は自分の探求心を満たすことしか考えていない感じだった。魔法の研究をして、ついでにユベールを攻めようくらいのノリだ。配下の悪魔のことも大して考えていないだろう。

 ただ、悪魔の大群を倒しただけでベルたちの仲間である俺たちにこんな対応をするだろうか。倒したことを称えるだけなら、本人たちだけでいい。


 あと考えられることと言えば――


「魔人を祖、つまり魔法使いか?」


 ドワーフが聖人である俺を欲したように、エルフたちはベルを欲しているのかもしれない。そうなると今度は彼女が求婚されるのだろうか。



 ……さすがに困るな。

 

 ベルが結婚すると魔法について教えてくれる人がいなくなる。エルフで教えられる人がいれば、代わりに連れて行かせてくれないだろうか。


 いや、まずありえないか。

 金銭感覚のおかしい彼女を王族にしたら、速攻で国家予算が底をつく。


 まあ、あまり考えても仕方ない。

 しばらく過ごせと言われたから、呼ばれるのは今日じゃないかもしれない。食事とか何も聞いていないから今日中に来るとは思うが、こんな部屋を用意されたのだ。


 少しくらい寝てもいいだろう。

 この世界に来て、立派すぎるほどのベッドに出会ったのは初めてで、その心地よさに身を任せて目をつぶる。

 最近眠れていなかったからか、すぐにまどろみに誘われた。





次回、「ウィルベルさん、嫁入り?」

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