プロローグ
知識も力も本質は同じ
よりよく生き、他者より優位に立つためのもの
生かすも殺すも己次第よ
驕りの王
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今度は嵐か!もっと穏やかに進めないもんかね!」
「天候ばかりは仕方ないよ!ここを抜ければもうすぐそこだよ!」
アクセルベルク東部の港町エアファルトからユベールへ向かう航海の途中。
俺たちは嵐に遭い、立派な船の上で大きく揺られていた。
肌を叩く鋭い雨に撃たれ、体ごと吹き飛ばさんばかりの風に負けじと声を張り上げているのは、特務隊副官で東部での一件で昇進したアイリス・ミラ・ルチナベルタ大佐。
背中に届くくらいに伸ばした輝くような金髪も、今は水にぬれて普段の輝きが身を潜めている。
嵐の中、ガレオン船のような船の帆を畳む。風が強すぎてマストが傷んでしまうからだ。
俺たちは乗組員ではなく、扱いは客なのでやる必要は本来ない。
だがこの船を出してくれたのは、ユベールとの交易を一手に吹き受けるルチナベルタ家、アイリスの実家だ。そのお嬢様である彼女が手伝いたいと言い出したので、俺だけじっとしているのも風采が悪いと思い、仕方なくこうして手伝っている。
「魔法で嵐を止められない!?」
「できてもやらん! 何が起こるかわからん!」
天候操作はやろうと思えば、できるようになるかもしれない。だが大抵そういう魔法はえてして後から悪影響を及ぼすものだ。
他の場所で異常気象が起きては元も子もない。
マストを畳み、残りを船員たちに任せて船内に戻る。
「船乗りも大変だね。今まで以上に感謝しないといけないな」
「彼らだってプロだ。任せればよかったろうに」
「大変そうだったから、何かしたかったのさ。みんなが働いているのにボクたちだけ何もしないなんて居心地が悪いじゃないか」
彼らだって子供じゃないし、彼らには船の管理が仕事のように俺たちには別の仕事がある。
気にする必要なんてないのにな。
まあ、心の底から人を護りたいなんて思うようなアイリスだ。変えろというのも難しいだろう。
濡れた頭を拭きながら着替える。
着替えといっても濡れたのは上に着ていた軍服だけで、中の服は大して濡れていない。
アイリスも同様なので、特に恥ずかしがることなく脱ぐ。この軍服は便利なもので防水性も撥水性も優れている。頑丈で動きやすいし、フードもついているため、雨天時も問題ない。
軍服の下は下着というわけではない。むしろ色気のないしっかりした布地の服だ。
嵐の中、外に出て手伝うということで雨具として普段着の上から着たからだ。
「しばらくは進めないかな。あと少しなんだけどね」
「本当にうまく行かない旅だ。ついてからも心配になるな」
「言葉にしないほうがいいと思うよ?エルフは験を担ぐんだ。悪いことを口に出すとその通りになってしまうよ」
日本でも似たようなことはある。縁起がいいということで勝負前にかつ丼を食うとか。
その考えもわからないわけではない。ただ今回に関してはもううまくいくとは考えていない。
何故かって?
「ベルが何も問題を起こさないと思うか? ヴェルナー並みの問題児だぞ」
「マリナがいるじゃないか。それに何か起こしても、入れるのは観光客用の沿岸部だけさ。問題を起こしても追い出されるだけで責任問題にはならないよ」
「追い出されるだけでも十分問題だろ」
「一般人ならそうだろうね。でも彼女たちが追い出されてもボクたちは別だから問題ないよ。それにエアファルトに戻ってきていないんだ。おとなしくしていると思うよ」
「ならいいけどな」
何も起こしていないならそれでいい。
まさか二人が成果を上げるとも思っていないので、最上はちゃんと待機していることだ。鍛錬やら修練やらして個人的に成長してくれていれば文句なしだ。
「ウィルはあの二人を気にかけているようだけど、あまり信用はしていないんだね」
「ベルに関しては尖りすぎているからな。魔法に関しては信じられるが、他がどうもな。特に金銭感覚がな」
「前に聞いた話は本当? 大げさすぎる気がするんだけど」
「本当だよ。誇張なしだ。金の有難味がわかったと思って給料と合わせて小遣いをやったら、全部カジノですった。一晩でな」
以前、王都アクスルで俺が講師をしていたころ、暇を持て余して散財していたベルに金の大切さを教えるために、一時期歩合制にして給料を渡すことにした。
あの頃は目立った成果を上げなくても彼女たちに給料が入ったので、だらだらして遊んでいたから見かねて行ったことだ。
最初はちゃんとハンターとして活動して、金や成果を得たために給料と合わせて俺個人から小遣いをやったら、王都のカジノで全部スリやがった。
大事に使おうと思ったらしいが、たまたま見かけた華やかなカジノで、夢中になってしまったらしい。
あの時は頭の血管が切れるかと思った。
ただ不幸中の幸いというべきか、大敗したベルの代わりにマリナが大勝した。
ポーカーのようなカードゲームだったらしいが、カジノの偉い人にやめてくれと泣きつかれるくらいにボロ勝ちし続けた。
まあもっとも、その稼いだ金をベルが代わりにカジノで使ったら一瞬で溶けてしまったが。
この話を船の中でしたら、アイリスは冗談だと思ったらしい。
「彼女たちの見た目なら止められてもおかしくないと思うんだけどな。カジノって危ない人が多いから」
「そこは国営でちゃんとしているところだったからな。あいつらが通るようなところにある店だったから、そこだけはよかったよ。まあ、そのせいで大した金も持っていない子供だと思って、強く止められなかったんだ」
「まあ、彼女たちならちょっと見に来ただけだと思うかもしれないね。ボクはカジノに行ったことがないからわからないけど、そんなに楽しいのかな。ウィルは行ったことがある?」
「無いな。勝負事は好きだが、ギャンブルはしない主義だ」
勝負は好きだ。元の世界でもゲームとか、それこそやり投げをしていたくらいだ。ただお金を賭けるのはしたことがない。
まだ学生だったから、そんな余裕もなかった。評判もあまり良くないというのもある。
「そうなんだね。賭け事で何か悪いことでもあったのかな」
「とくにはない。ただあまりいい顔はされそうになかったんだ。近くにカジノもなかったし」
アイリスは少し興味があるようだ。箱入りお嬢様が悪いことに憧れるようなものか。まあカジノも賭け事もそれ自体は悪いことではないから、そこまで忌避することでもない。問題なのはそれを利用する輩には浮浪者や危ない連中がいたりして治安が懸念されることか。
アイリスがいれば、ベルもマリナも抑えてくれるだろうから、今度三人で行ってくればいい。
そう言うとアイリスは微妙な顔をした。
「それってボクにあの二人を押し付けるってことかい? ウィルは来てくれないのかい?」
「行っても多分楽しめないだろうな。それにベルと行くと金をせびられそうだ」
「それを聞いたら、ボクも行きたくなくなってしまうよ。ウィルも来てくれないと困るよ」
「気が向いたらな」
私生活に問題ありのベルとじゃ、騒がしいことこの上ない。
見ている分には愉快だけどな。
「おや、嵐を抜けたみたいだよ」
アイリスが窓の外を見て言う。先ほどまで雲に覆われ、薄暗かった外からは、光が差し込む。
雲間からは太陽が海を覗き込むように、斜陽が空から梯子のように降り注いでいた。
「あ! みて! ユベールだよ!」
アイリスの指さした方向を見ると、大きく自然豊かな島が見える。
雲間から差し込む光と相まって、それは幽玄な雰囲気を醸し出していた。
「あいつらは元気にしているかな」
何気なく漏れた言葉。
意外に心配している自分に気づいて、苦笑いを受かべながら外を見れば、畳んだ帆が大きく広がり膨らんでいるのが見えた。
次回、「珍事」
大変申し訳ありません。
明日祝日だということを完全に失念してました。なんということでしょう。
第六章と第七章の更新はもう少しだけお待ちください。
今日明日中には確実に全部上げますので……(-_-;)。
なにとぞご容赦を――