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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第五章 《東の大地に光がさして》
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エピローグ~光あれ~


 パーティが終わり、翌日。

 今日はいよいよユベールに旅立つ日だ。

 世話になったルチナベルタ家も今日でしばらくお別れだ。


 本来なら東部はユベールに行くための通り道でしかなかった。それなのに、ふたを開けてみれば、二か月も滞在してしまった。


 もう季節は秋になる。

 今日はいつもより早く目を覚ましてしまった。寝なおすにも日が昇っているし、もう頭はすっかり起きてしまっている。

 身体でも動かそうかと思ったが、ふと、机の上のヴァイオリンが目に入った。


 そういえば、アイリスに借りたままだったな。

 彼女もさすがにこれを向こうに持っていく気はないだろう。何が起こるかわからないのだから、壊したりしては大変だ。

 今日で返そうと思う。ただ弾けなくなるのもすこし寂しい、せっかく朝早く起きたのだから、演奏室で弾いてからにしよう。


 演奏室はダンスの練習をした部屋でもある。広くて他の部屋に音が行きにくい。部屋の中で響くので、気分はちょっとした音楽家だ。

 実はヴァイオリンを手にした時から弾きたい曲があった。前の世界で好きだった曲だ。

 ただ楽譜もないし、最後に聞いてから何年もたっているからうろ覚えだ。これまではアイリスから簡単な曲の弾き方しか教わってない。


 それでも、最後だから弾いておきたい。


「えっと……こうだったかな?あ、いやこっちか?」


 さすがに最後に聞いてからもう何年も経っているから、難しい。

 でもそれでも何とか一曲丸ごと弾けた。つたないし前の世界で聞いたものとはレベルが全然違ったけれど、楽しかった。


「聞いたことない曲だね。もう作ったのかな?」


 夢中になって弾いていると、アイリスが入ってきており、弾き終わったタイミングで声をかけてきた。


「昔、好きだった曲だ。もうはっきりとは覚えてないけどな」

「そうなのかい?しっかり弾けていたように思えたよ」


 それにいい曲だ、とアイリスは言った。

 彼女のその言葉を聞いて、少しだけ嬉しく思う。前の世界が認められて嬉しいんだ。


「ねぇ、せっかくだし、一緒に弾こうよ。ボクは他のを弾くからさ」

「俺には合わせるなんてできないぞ」

「ボクが合わせるよ。ウィルはさっきの曲を弾いてくれるだけでいいよ」


 アイリスが室内にあるピアノに座り、準備ができたとこちらを見る。


 まあいいか。

 さっきは覚えているかの確認でゆっくり引いたが、一度弾いて確認した。今度はちゃんと弾く。

 弾き始めるとアイリスもうまく合わせてくれる。この曲を知るはずがないのに、知っているかのように彼女は音を奏で出す。


 いくつもの音が絡み合い深く濃密になっていく。

 まるで、静かで何もないキャンパスを、色とりどりの音が自由自在に舞い、彩っているかのようだった。


 奏でられる音は耳だけでなく、直接肺や心臓に響き渡るようで、まるで懸命に生きる生物の鼓動のようで。


 俺の音とアイリスの音、余韻が連鎖して旋律となるその感覚が、とても心地よかった。

 気づけば、俺は夢中になり、そしてアイリスは歌っていた。

 そんな魅惑的な時間もついには終わりを告げる。


 最後に奏でた音が響き、徐々に徐々に、しぼんで消えていく。

 完全に音が聞こえなくなった時に、


「はぁ!楽しかったぁ!」


 アイリスが顔を上げ、満面の笑みをこぼした。


「ふぅ、思ったより良かったな」

「思ったより?とても良かったよ!」


 たったの一曲だったが、彼女は汗をかいていた。

 木々の色が赤く染まり、涼しくなってきているのに。

 まあその理由は大体わかる。


「楽しそうに歌っていたな。アドリブか?」

「うん、つい興が乗ってしまってね。ちゃんと聞いていた?」

「演奏に夢中でぼんやりとしか。悪いな」

「いや、構わないさ。ボクも夢中だったしね。何より少し恥ずかしい」

「きれいな歌声だったよ」

「ありがとう。でも恥ずかしいのは声じゃなくて歌詞の方さ。我ながら少し感情的になってしまったよ」


 そんなに恥ずかしいことを言っていただろうか。注意して聞いてはいなかったとはいえ、そんなにおかしなことは言っていなかった気がする。

 むしろ自然や動物を歌っていたと思うが。

 おっと、それよりちょうどアイリスがいるんだ。これを返してしまおう。


「アイリス、これ」

「え?」

「ヴァイオリン。貸してくれてありがとう。おかげでいい経験ができた」

「もう弾く気はないのかい?」

「向こうに持っていく気はないからな。壊したら悪い」

「つまり、自分のものだったら持っていく気はあるのかい?」


 ああ、と頷く。

 自分のものなら向こうに行って、紛失しようが壊れようが自分の責任だ。ショックを受けるだけで済む。他人のものならそうはいかない。

 俺の答えを聞いて、アイリスは満足そうにうなずくと、持っていた鞄から大きな木製の箱を取り出して渡してきた。


「これは?」

「ルチナベルタ家からウィルにプレゼントだよ。世話になったからね」

「世話になったのは俺の方だろ?」

「こんなんじゃ返せないくらいの恩があるんだ。少し家で滞在してもらったくらいじゃ返せないよ。それともボクの命はそんなに軽いのかな?」


 そういわれると返す言葉が見つからなかったので、ありがたく受け取ることにする。

 受け取った箱は、思いのほか軽かった。

 開けて、と言われたから箱を開ける。

 そこにあったのはヴァイオリンだった。


「ウィルがヴァイオリンを頑張っているからボクたちみんなで買ったんだ」


 正直ちょっと信じられなくて、ヴァイオリンを取り出してあちこち見渡す。


「これは、随分といいものじゃないか。凄く高いんじゃないのか?」


 この世界の物価の相場はだいたい把握している。

 そもそも楽器は元の世界でも高価なものだった。昔からある楽器は何十億とする。この世界ならもっとしてもおかしくない。


「英雄に使われるならそれくらいのものじゃないとね。職人の人も張り切っていたよ。値段も安くしてくれたしね」

「気を使わせてしまったな」

「いいのさ。ウィルはそれだけのことをしたんだ。ただし!せっかく送ったんだ。雑に扱ったり、埃を被せたりしたらただじゃ済まさないからね!」

「肝に銘じておくよ」


 もらったヴァイオリンは装飾も施されている。それでも羽のように軽い。木目も綺麗だ。

 よく見ると側面には文字が彫ってあった。


「ベルタ、ウィル、ルチナアレ?」


 未来(ウィル)に栄誉と光あれ。

 そういう意味だよ、とアイリスは笑った。

 思わず仮面の下で苦笑する。

 本当に大げさすぎる。ルチナベルタの名前を入れているあたり、本当に受け入れてくれているようだ。


「ありがとう、大切にするよ」

「そうしてね。さあ、もうすっかり日が昇ってしまったよ」

「ああ、行こうか」


 この地にも随分と長居してしまった。

 ただそれでも実りある時間を過ごすことができたと思う。




 きっとこれからの未来にも光があると信じよう。



 次章、《諍い果てての三位の契り》


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

 さて、次回以降の更新ですが、少々試したいこともあり、少しだけ間を空けて10/9を予定しております。

 更新内容は六章及び七章で一日で投稿する予定です。

 なにとぞ楽しみにお待ちください。



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