第二十話 後の祭り
さらに一か月が過ぎたころ。
もう十分に怪我は癒え、リハビリもいらないほどに動けるようになった。
ただやはり数週間もベッドの上だったために体が鈍っていたから、二週間程は東部で過ごすことにした。
とはいえ、あまりゆっくりもできない。あと二週間後にはきっちりとユベールに向かう。
いい加減にベルとマリナが気になる。マリナはともかく、ベルは金勘定がいい加減だ。
あの銀髪の金食い虫はちゃんと生活できているだろうか。
「隊長、何か考え事?」
音が響く広い部屋の中で、アイリスが尋ねてきた。
「ああ、他の奴らはどうしているかなと思ってな」
言うとアイリスも気になっていたのか、ああと呟き頷いた。
「しばらく会っていないからね。隊長としてはあの二人が心配かな」
「まあ、そうだな。マリナはともかくベルは自制心が足りないからな。向こうで金欠になってないか心配だ」
肩をすくめて苦笑する。まったく、あの二人にはどれだけ手を焼かされたことか。
「二人とはどこで知り合ったんだい?隊長にしては凄く気にかけているよね」
「あの二人には生活の面倒を見ると言ったからな。気にかけてるように見えたならそのせいだろ。正直、今はあの時の言葉を若干後悔してる」
「あははっ、でもとても楽しそうだ、家族みたいだね。隊長は若いけどもうお父さんか。聖人だから実は結構年上なのかな?」
「歳はほぼ見た目通りだよ。結婚もしてない」
「見た目も仮面を付けているからわからないよ。取って」
「嫌だ」
今は准将なんて高給取りだから何とかなっているものの、軍人にならずにハンターとしていたら、絶対今頃路頭に迷っている。
それはさておき、この部屋で何をしているのかというとヴァイオリンの練習だ。
本当は体を動かしたかったが、医者から止められた。本当だったらまだ動けないはずだから、まだ激しい運動は控えろと言われた。そのため、短い時間しか運動ができない。
一日の大半が暇なためにずっと音楽の時間だ。アイリスも付き合ってくれるが、彼女は俺よりも鍛錬の時間が長い。俺一人の時間はこっそり抜け出して鍛錬をしていたが、つい先日バレてこっぴどく叱られた。
結局、アイリスも俺と同じ時間しか鍛錬をしなくなった。お節介め。
「アイリス、鍛錬はいいのか。強くなりたいんだろ」
「強くなりたいけど、隊長がじっとしないからね。お目付け役さ」
「大丈夫なんだけどな」
「そんなこと言ってつながり切っていなくてまた切れたらどうするの。これ以上、とどまっていられないんだから、今は我慢だよ」
「つっても多少切れてもマリナに会えば治るから別にいいだろ」
「そんなこといってると治してくれないかもしれないよ?それに加護なんだからあまりあてにしすぎるのも良くないよ」
「へぇへぇ」
なんだか、目を離すとすぐにどこかに行く子供のような扱いだ。
世話をするのはともかく、世話を焼かれるのはなんだか癪に触って嫌だ。ルチナベルタ家には世話になっているから、強めにも出られない。
「そういじけないでよ。隊長も子供っぽいね」
「部下に子ども扱いされれば、いじけもする」
「部下の忠言を聞けないと上に立つものとして器量を疑われるよ?」
「大丈夫だ。事実俺は心が小さいから疑われても問題ない」
「まったくもう」
アイリスに小言を言われそうなのでヴァイオリンを弾いて誤魔化す。この一か月間は四六時中練習しているので、だいぶ上達したと思う。簡単な曲なら弾けるようになった。
「うまくなったね。ボクが始めたころよりうまいよ」
「ずっとやっているからな。これだけやってうまくならなかったら泣くぞ」
「泣いた隊長も見てみたいかも。泣かしてみようかな」
「それをやったら、アイリスも泣かしてやるぞ。二度となめた口を利けないようにしてやる」
「うーん、隊長に勝てる気がしないな。やめておこうかな」
アイリスとくだらない会話をしていると、ガチャリと木製の扉が開く。
入ってきたのはライノアとイリアスだった。
「邪魔をするよ」
「お二人とも、仲良くしているかしら」
入ってきたイリアスが柔和な笑みを浮かべて俺を見た。
どうにもこの母親はいらん期待をしている節があるから困る。俺が肩をすくめると、察したアイリスが相手をしてくれた。
「お母さん、お父さん。どうしたの?」
「実は二人にパーティのお誘いだ」
パーティの誘いと聞いてアイリスが首をかしげる。俺もかしげる。
東部でパーティなんて柄じゃない。知り合いがいるわけでもない。
「パーティなんて久しぶりだね。でもボクはともかく隊長は参加しないと思うよ」
「せっかくだから参加してもらいたいと思ってね。彼も東部に来ているんだし、一度くらいは参加しないか?」
「柄じゃないな。世話になってるし、多少はご期待に沿いたいが逆に迷惑かけそうだ。遠慮しておくよ」
「そういわないでくれ、迷惑なんてとんでもない。むしろたくさんの参加者がウィリアム君に会いたいと言っているんだよ」
その言葉に俺は仮面の下の顔をしかめる。
「俺に?なんで?」
「それはもちろん、東西に渡って悪魔を倒した英雄様ですもの。皆様会いたいと思いますよ」
「見世物にはなりたくないですが」
東部ではもうすっかり俺の歌が広まってしまった。
レオエイダンでの一件もそうだが、今回の悪魔退治と大将との戦いも歌にされた。吟遊詩人はいったいどこから情報を仕入れているのだろうか。
あまり有名になりたくないんだが。
「諦めなよ、隊長はどこに行ったって注目の的だよ。パーティに出なくても変わらないさ」
「仮面を変えるか?」
「隊長は仮面がトレードマークだから変えたくらいじゃ変わらないよ。むしろ外したほうがばれないよ」
アイリスがさりげなく外させようと誘導してくる。絶対に外さんぞ。
それはそうとどうしたものか。
まず出たくない。
俺が嫌な気持ちを態度と顔に出していると、その様子を見てライノアは何を勘違いしたのか、得意げに言い放った。
「ウィリアム君、安心するといい。今回のパーティはなんと!仮面舞踏会だ!だから仮面をしても問題ないし、目立つこともない。むしろみんな君を真似して竜を模した仮面をつけてくるだろうから、他のパーティに出るよりも目立たないぞ」
そういう問題じゃないんですけど。
「俺は踊れないんですけど。それにパーティなんて出たくありませんし」
「そう言わないでくれ。ダンスに関してはアイリスに教えてもらうといいし、運動が足りなくて鬱憤が溜まっていると聞いているぞ。舞踏を覚えてればリハビリにもなっていいじゃないか」
「普通に鍛錬したいな」
「それは医者たちが許可しませんよ。そもそもウィリアムさんの鍛錬がハードすぎますもの。これくらいでちょうどいいと思いますよ」
ライノアだけでなく、イリアスまでも俺に舞踏会に参加することを勧めてくる。舞踏会なんて本当に柄じゃない。踊りなんてやったことがない。精々小学校の頃のフォークダンスくらいだ。中学でもやった気がするが記憶がない。
日程を確認したところ二週間後。俺たちが東部を発つ前日だ。そんな日程では、翌日に響く気がする。
「隊長、せっかくなんだから参加しようよ。仮面をつければ目立たないし、今回を逃したらパーティに参加することなんてないかもしれないよ?」
「パーティなんて付き合いで行くもんだろ。東部で付き合いたい人はこの家で十分だ。必要ない」
「嬉しいことを言ってくれる。だが東部には他にも私たちに並ぶほどの名家がたくさんある。付き合いをするのはいいことはあっても悪いことなんてないとも」
ライノアのいうことも一理ある。
ルチナベルタ家の頼みだし、東部の名家は影響力が強い。そんな家と知己になれるなら俺とて参加したほうがいいとはわかってる。
ただ、やっぱり感情的に参加したくない。
俺が渋っていると、アイリスが近くに来て甘えたような声を俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。
「ねぇ、ボク、隊長と一緒にパーティに出たいな」
「……何の真似だよ。俺の目的を知っているだろ。付き合い増やしても意味がないんだ」
「付き合い増やさなくても深めるのには意味があるでしょ?ボクは隊長と仲を深めたいな」
「必要ないし、パーティなんて場所じゃなくても深められるだろ」
俺がそういうとアイリスは少し離れてとても悲しそうな顔をして――
「うぅ、隊長はボクのことが嫌いなんだね。それならボクはユベールに行かないほうがいいね……」
アイリスが瞳に浮かんだ涙をぬぐいだした。
それを見て、盛大にため息を吐く。
「わかった、わかったよ。参加するからいい加減、臭い芝居をやめろ。見ていて恥ずかしくなってくる」
「あ、ばれちゃった?これでも演技には自信があったんだけどな」
アイリスはいたずらがばれたような子供の顔をする。
その笑顔は、普段は落ち着いて大人っぽい雰囲気を放つ彼女とはギャップがあって、男ならコロッと落ちてしまいそうな魅力があった。
あいにくと俺にはあまり響かなかったが。
この世界の人間とはそういう仲にはならないと決めているし、こびてくる相手は好きじゃない。
まあアイリスはどうでもいいとしても、やはりルチナベルタ家には恩がある。
ここまでされれば行かないわけにはいかないし、あとで文句を言われて邪魔をされても面倒だ。
「よし!つまりウィリアム君は参加するということだな!今度のパーティは盛り上がるぞ!」
「ふふ、そうね。これで収益も期待できますね!」
ライノアとイリアスが談笑しながら部屋から退出していく。
あの二人、さては金目当てか、きたねぇぞ。
とはいえ、参加するといってしまった以上はやるしかない。
「はぁ、アイリス。ダンスを教えてくれ」
「任せてね。プロレベルまで仕上げてあげるよ」
「そこまでしなくてもいいだろうに。まあ、やれるだけやるよ」
またこの日から舞踏会に向けてダンスをすることになってしまった。
これならヴァイオリンを弾きたかったなぁ。
次回、「親愛の証」