第十五話 英雄の宿命
トーマン・オーディエルには秘策があった。
その秘策はウィリアムがよく使う魔法を防ぎ、攻撃するためのもの。
その秘策を使うには、ウィリアムにある魔法を使わせる必要があった。
「どうした?不思議な力を使うと聞いていたが、使わないのか?」
「てめぇに使うまでもねぇ!」
ウィリアムも相手が何か考えていると直感し、魔法の使用を控えていた。単純に魔力が心許ないということもあった。
だが相手もウィリアムと同じく、聖人一歩手前の半聖人の男。
身体能力は同等であり、すぐに決着をつけることも難しかった。
「お前らは何が目的だ。事後処理?何もしてないだろうが」
戦いながら、ウィリアムは存分に怒気をはらんだ声を放つ。
その問いに、トーマンは少しの沈黙を挟んだ後にのっそりとゆっくりとしゃべる。
「お前が悪魔と戦うことはわかり切っていた。どちらが勝つか、そんなことはどうでもよかった。大事なのはお前か悪魔が消耗すること。お前が負ければ悪魔を、悪魔が負ければお前を。最初から決まっていたことだ」
「はっ!東部が弱いってのは本当らしいな!大将が部隊長相手にまともに戦えないとはな!」
ウィリアムは挑発を交えながらも、何度も斬りかかる。
トーマンも負けじと防ぎ、反撃する。
剣の腕ではわずかにトーマンが勝っていた。
いくら防御に優れるウィリアムでも、悪魔との戦いで負傷した身では防ぐだけで手いっぱい、反撃の隙をつくことができなかった。
(クソ、剣だけしかないのは厳しいな。槍はとっておくべきだった)
ウィリアムは東部軍がここまでしてくるとは考えていなかったため、部屋からは腰に下げた剣しか持ってきていなかった。そのため、いつもの戦い方ができずに押され始める。
トーマンは先ほどの会話の続きを話す。
「お前たちは東部の事情を知らずに好き勝手にした。よって消すことにした。心配せずとも名誉までは奪わない。悪魔を倒し、しかし毒に冒され死んだこととする。東部民たちはお前たちを忘れはしない」
「誰がそんなことを望んだよ!好き勝手してんのはお前らだろうが!」
「ここは東部、治めるは我がコードフリード大将閣下。閣下の勝手が道理となる。南部のお前にはその権利はない。それにも関わらず、東部の秩序を乱すお前たちに閣下から慈悲が与えられたのだ」
「慈悲?八つ当たりの間違いだ!」
ウィリアムが距離を取るために、トーマンとの間に小規模の爆発を起こす。
盾で身を守りつつ爆風で下がったトーマンは、今の爆発を見て僅かな笑みを浮かべ頷いた。
「なるほど、今のが不思議な力というわけか。エルフや竜人と似ているな」
「お望みのものは見れたかよ。とっとと終わらせてやるよ」
ウィリアムは話をするのをやめ、一気にケリをつけようとする。
トーマンの周囲のマナを操作して、魔法発動の準備をする。トーマンが魔法を誘うような発言をしていたために警戒をしていたが、時間がなかった。
アイリスのところにはコードフリードが向かっている。彼女には厳しい相手だと感じていたからである。
「力を使うか、やってみろ」
「すぐに終わらせる」
ウィリアムがトーマンの元へ走りながら、魔法で電撃を放つ。
ウィリアムの背後から、幾筋もの青白い閃光が不規則に曲がりくねりながら、トーマンに向かい――
しかし電撃はトーマンの投げた物体に吸い寄せられ、そして爆発した。
「なっ!?」
トーマンの元へ走っていたウィリアムは、思わぬ爆発を前に、成すすべなく巻き込まれる。
「あぐッ!」
至近距離で発生した爆発により後方へ吹き飛ばされ、何度も甲板を転がった。
すぐさま立ち上がろうとするが、爆発を至近距離で食らい、立ち上がるのに時間を要す。
爆発による煙によって視界が悪くなる。
ウィリアムは警戒し、即座に風で煙を散らせる。
が、その時には目前にトーマンの剣が迫っていた。
「ッ!グッ!」
横なぎに迫る剣になんとか反応し防ぐも、防いだ剣は弾かれ、無防備となった腹に蹴りを食らう。
蹴りの衝撃を利用して飛び、距離を取るも完全にケリの衝撃を受け流すことはできなかった。
悪魔との戦いで傷ついた腹部に爆発と蹴りを食らったことで甲板に膝をつき、仮面の口から、内臓から湧き上がる赤い液体をぶちまける。
「がはっ」
「さすがコードフリード大将だ。お前への対策は完璧なようだ」
ウィリアムは自分の腹部と左肩を見る。
そこは爆発をもろに受け、軍服が破れて傷ついた肌が露出していた。しかも体には無数の、闇夜に溶け込むような漆黒の鋭利な金属片が突き刺さっていた。
さきほど投げられた物体を察したウィリアムが目を見開き、驚きの声を上げる。
「まさか手榴弾?」
「ほう、これの存在も知っているのか。さすが知勇兼備と謳われるだけはある」
仕掛けがバレたと、トーマンは懐から取り出した球状の無骨な道具を空いた手で弄ぶ。
それは小型の手榴弾。
この世界ではまだ実用化もされていないものだった。
正確には手榴弾と呼ぶのもおこがましいものであり、外装が金属でできており、また内部に火薬と鋭利な刃物が仕込んであるだけのもの。
信管がないために自ら起爆することはできない。
しかし、外装が薄い金属でできているため避雷針替わりとなる上、電撃が火薬に刺激を与えるために爆発を引き起こすことができる。
ピンや信管がないため、作製は容易で、火薬の量は少ないが至近距離でぶつかれば致命傷は免れないものである。
ウィリアムが無事なのは仮面により首から上が守られていたことと、聖人としての頑強さがあったからだ。トーマンは手榴弾を知っていたために、爆発するタイミングで地面に伏せて盾を構えたために大した傷は負っていない。
そもそも軽装のウィリアムとは異なり、トーマンは完全武装である。致命傷を受けるには手榴弾の威力は弱かった。
驚きから一転、ウィリアムはトーマンを睨みつける。
「なんでそんなもんを……」
「大将閣下は決して相手を見くびらない。お前に対してはなおさらだ。徹底的に調べていたよ。得意とする戦い方、使う武器、その性質すべてを。お前が電気というものを使うことは知っていた。そしてその電気は金属に吸い寄せられることも」
舌打ちをしながらも、話している間にウィリアムは剣を杖代わりに立ち上がる。
「はっ、騙し討ちの次はストーカーか。恋愛下手なガキか?」
「閣下を馬鹿にすることは許さない。それにそのガキだと馬鹿にした相手にしてやられているお前は見ものだな。投降しろ、楽に殺してやるぞ」
「それは俺の台詞だ。この世界に俺を殺していい奴なんか一人もいない。大将もろとも海の藻屑にしてやるよ」
「大将閣下どころかこの俺にも勝てないお前に勝機はない。だが礼を言おう。お前のおかげで東部軍は大したリスクもなく悪魔を倒し、名を上げることができる」
ウィリアムは今度は電撃ではなく、純粋な爆発を引き起こした。しかし、その爆発も位置やタイミングがわかっているようにトーマンは盾で防ぐ。
(なんでだ?魔法の発動がバレてる?マナを感じられるのか?)
信じられないとばかりに息を飲む。
先ほどの電撃を防いだのは偶然だと考えていたが、ここにきて魔法の発動が予測されていた。
「なんだ、お前もマナを感じられるのかよ」
「マナ?そうか、これがそういうものなのか。だが残念ながら俺にはマナとやらを感じることはできない。お前が魔法を使おうとした瞬間におぼろげに違和感を感じるだけだ」
トーマンはこの世界の一般的な人間と同様に、マナに対して慣れている。
否、慣れすぎてしまっている。
人は刺激を受け続けるとその刺激に対して鈍感になる。
自分の匂いがわからなくなるように、この世界の人間はマナに慣れすぎてその存在を感じることができない。
だがトーマンは慣れすぎてしまったが故に、ウィリアムが魔法を使う際の変化を違和感として察することができていた。
これはかつて、レオエイダン王国軍元帥ヴァルグリオがウィリアムを悪魔の手先と疑った元凶でもある。
ヴァルグリオも悪魔が魔法を使った際の違和感を感じ取っていたからだ。
ここにきてウィリアムは打つ手が少なくなってきていることに焦りを感じ始める。
このまま戦えば、勝つことはできてもアイリスが持たないと。
現時点ですでにかなり危険なことになっていると。
だが魔法を使えば、さきほどの手榴弾がある。安直な使い方はできない。
しかし、手の込んだ魔法を使おうにも目の前のトーマンがそれを許さない。そもそも手の込んだ魔法を使うための武器がない。盾も槍もない。
盾を浮かしてアイリスの救援に行くことも《種子槍》を使うこともできない。
打つ手なく、ウィリアムは仮面の下、怒りに満ちた瞳をトーマンに向ける。
トーマンは硬く重い鉄の足を一歩、また一歩と踏み鳴らし、ウィリアムに向かう。
「諦めろ、お前に活路はない」
「それを決めるのはお前じゃない。この俺だ」
ウィリアムは腹をくくる。
(やってやる……勝っても負けても死ぬなら、なんだってやってやる!こいつも、あのクソ野郎だって道連れだ!)
一歩間違えば死ぬかもしれない技の使用を。
まだ完成していない、だが研鑽すれば確実にできる技。
レオエイダンでの一戦以降、ウィリアムの魔法の精度と威力は上がっていたために、本格的に始めた技だった。
「ん?また何かしようとしているな。無駄なことだ」
ウィリアムが魔法の準備を始めると、マナの異変を感じたトーマンが手榴弾片手に突撃する。
ウィリアムは魔法の準備ができるまで、剣で防いで凌ぐ。
「どうした?魔法を使わないのか」
「魔法の知識が足らないお前に教えてやるよ。魔法ってのは直接攻撃するだけじゃないんだよ!」
ウィリアムの周囲にほんのわずかに紫電が起こる。小さすぎて手榴弾にも吸われないほど。
難しい魔法の調整を、ウィリアムは剣戟を交えながら行う。
「もう時間だ。終わらせてやろう」
「こっちももう終わる。すぐにわかる」
トーマンが勝負をつけるために、一気に攻め立てる。
重いはずの、避雷針としても使える電気を引き寄せる金属を鍛えて作り上げられた剣を次々と振り下ろす。
ウィリアムは反撃することを止め、防御に集中し、その攻撃を剣一本で防ぎ続ける。
だがボロボロのウィリアムに十全なトーマンの渾身ともいえる一振り一振りは重すぎた。
やがてウィリアムが体勢を崩し、決定的な隙を露呈する。
「これで――」
その隙を逃さずにトーマンが剣を振り下ろす。
無防備になり、仮面に隠れていない綺麗な首に鋭利な刃が差し迫る。
――その刹那、ついに時が来た。
「《伏雷》」
首に落ちるかと思われた刃が空を切る。
ウィリアムの姿がかき消える。
「らあぁ!」
「何!?」
いつの間にか背後に移動したウィリアムがトーマンに斬りかかる。寸前で気配を察したトーマンが振り向きざまに剣を振るい、攻撃を防ぐ。
しかし――
「なっ!がぁ!?」
大上段から振り下ろされたウィリアムの剣は、防ごうとしたトーマンの剣を叩き落とし、勢いそのままにトーマンの肩口を切り裂いた。
トーマンは痺れた腕を動かし、すぐさま予備の剣を取り出してウィリアムと距離を取ろうとする。
しかしまたしてもウィリアムの姿がかき消える。あとには青白いわずかな紫電が残るだけ。
「何がどうなっている!?」
唐突に動きが変わり、目にも止まらない速さで動き回るウィリアムにトーマンは先ほどの落ち着いた声とは一転、声を荒げ、怒鳴る。
ウィリアムとトーマンは同程度のほぼ聖人の体であり、膂力は同程度のはずだった。しかしその速度と膂力が急激に差が開いていた。
目ではウィリアムの姿を追えない。
ほんのわずかに感じるマナの違和感、トーマンはそこからウィリアムの位置を予測しようとした。
しかし、そのときにトーマンの首めがけて白刃が迫る。
とっさに剣をただ目の前に構えて防御をする。しかし迫る白刃に剣がぶつかった瞬間に、まるで巨大な岩にぶつけられたかのように剣が頭上にかちあげられる。
「お前、いったい何を!?」
移動を止めたことで、ようやく見えた獰猛な竜の面。
絶対的な捕食者のごとき竜の顎は大きく開き、歪んだ人の口が露出していた。
「黙って吹き飛べ」
トーマンのがら空きになった胴。
そこにウィリアムの全力の蹴りが叩きこまれる。
「ごふっ」
赤い鮮血が宙を舞う。
いくつもの骨が砕ける鈍い音。
みしみしと筋肉が軋む音。
トーマンは口と目から血を吐きだしながら吹き飛んだ。
ウィリアムの渾身の蹴りによって、頭上高く打ち上げられ、橋によって繋がれた隣の護衛艦の甲板に勢いよく落下した。
ウィリアムもトーマンを追って、隣の護衛艦にただの跳躍によって飛び移る。
ミシミシと筋肉がきしむ音が、どこかから鳴る。
トーマンを追って高く飛びあがり、隣の護衛艦の甲板に降り立ったウィリアムが見たのは――
アイリスの顔を踏みつけて、剣を振り下ろそうとしているコードフリードの姿だった。
次回、「希望の花が咲くときに」