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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第五章 《東の大地に光がさして》
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第十四話 クローヴィス・デア・コードフリード


 アイリスは混乱していた。

 軍が悪魔を倒した自分たちを襲ってくることも、旗艦フォルテストラが接近してきたことも。


 何より目の前に東部を治める領主にして東部軍大将、クローヴィス・ディア・コードフリードが目の前で剣を抜いていることにも。


「コードフリード大将。これはどういうことですか?」

「ん?ああ、気にする必要はないよ。君たちは何もしなくていいんだから」

「そういうことではありません!なぜ!軍が私たちを攻撃するんですか!海に出ていいとおっしゃったではないですか!」


 アイリスの糾弾を聞いても、コードフリードはいつもと同じ笑顔を浮かべながら、やれやれと肩をすくめるばかりだった。


「そうだね。確かに海に出ていいといったよ。でも悪魔と戦えなんて言ったかな?勝手に軍の作戦行動を邪魔したんだ。それに対して罰もないじゃ、軍としてはまずいよね?」

「私たちは大将の教えてくださった航路を行きました!決して戦いに行ったわけではありません!」


 アイリスの必死の叫びに、


「はっはっは!そうだったんだね!うん、そうなのかもしれないね!」


 コードフリードはただ笑う。

 笑顔によって細まった目をそのままに、あごを上げて見下すように語りだす。


「でも結果を見てごらんよ。現に君たちは悪魔と戦った。この時点で軍の作戦はめちゃくちゃだよ。僕たちが退治しようとしたら、すでに君たちが戦っていたんだから、後始末をしなきゃいけないだろう」

「そんなバカな!不意遭遇戦です!それに悪魔を無事に倒したのですよ!軍は被害も出ずに、東部の脅威は去りました!いったいどこが問題なのですか!?この海域に向かう途中にも軍の船とすれ違いました!ここにいる軍艦とも!何も言われませんでした!」

「いやぁ、見間違いじゃないかなぁ。ほら、今は暗いだろう?見違えても仕方ない。すれ違った船はこの作戦を知らなかったから仕方ないね」

「私たちだって知りませんでした!」


 鼻で笑う。


「ここは軍だよ?知らなかったですむとでも?その船とは違い、君たちは問題を起こしたんだ。責任はとってもらわないとね」


 一瞬、アイリスは目の前の男が何をしゃべっているのか理解できなかった。


 問題なんて起きていない。

 精々がここにいる軍が徒労に終わった程度。

 だがそれ以上に悪魔を犠牲無しに討ち取ることに成功し、それを確認したというなら、その被害とも無駄とも言えない軍の行動が問題になんてなるわけがない。


 ましてや、不意に悪魔と遭遇し、命がけで討ち取った自分たちにその問題の責任があるなどありえない。


 アイリスは血が出るほど唇を噛み、コードフリードを睨みつける。


「こんなことがまかり通るとでも?命がけで悪魔と戦い、勝ち、生き残った船員たちにここで死ねと。国が知れば有罪は免れません」


 アイリスのその言葉に、


「はっはっは!傑作だね!確かに国に知られれば何をやっているんだと、裁判にかけられてもおかしくないかもね。うん、確かにその通りかもしれないね」


 腹を抱えて、声をあげて笑う。

 言葉を紡ぐ。


 でもね――


「それをいったい誰が伝えるというんだい?」

「な、何を――」

「ここにいる者は僕たちを除けば、みんな死ぬ。何があったか報告するものは僕たち以外にはいない。一体だれが真実を知れるんだろうね?国はおろか、君のお父さんですら、知ることはできないだろうね」

「……っ!」


 ここにいる者たちは皆殺しにする。


 言外に告げられたその事実に、アイリスは驚愕し、そして恐れた。

 軍規違反で処刑されたと伝えられるか、それとも悪魔に襲われたとして処理されるかわからない。

 どんな結末とされるかわからないが、自分の両親は悲しむ。悲しんで、そしてきっと自分たちを殺した相手が悪魔だと思い込み、軍であるコードフリードを信じるようになってしまう。


 自分の娘を殺した相手を信じてしまう両親を想像したアイリスは、その未来がくることを、なにより恐れた。


「そんなこと、絶対にさせない!」

「誰に物を言っている?僕は東部の大将だぞ」


 アイリスは感情をむき出しにして、コードフリードに斬りかかる。

 コードフリードは変わらぬ笑顔を張り付けているが、アイリスにはその笑顔が醜く歪んで見えた。


「大将である僕にそんな口を利くなど十年早い」

「ぐっ」


 アイリスの一撃を、コードフリードは力任せに振った剣で吹き飛ばす。

 甲板の上を受け身を取りながら転がるアイリスに対して、コードフリードはすぐさま距離を詰めて、彼女の身体を蹴り飛ばす。


「あぐっ!」

「聖人である僕に意見するなんて百年早い!」


 転がる彼女は蹴られた腹部を抑えながら、懸命に立ち上がる。そんな彼女の顔をコードフリードは振りかぶって殴りつける。


「英雄である僕に、勝とうなんて億万年早い!!」

「ガアァっ!」


 再び、アイリスは転がる。いたぶるように戦うコードフリードをアイリスは睨みつける。殴られたときに脳が揺れたために、すぐに起き上がることができない彼女をコードフリードは笑って見降ろす。


 すぐには殺さず、甚振るようなコードフリードをアイリスは心の底から嫌悪した。


「ど、どうしてこんなことを……!」

「まだ痛めつけられたいのかな?僕に意見するなんて、頭が高いよ」


 アイリスの端正な顔をコードフリードの軍靴が踏みつける。

 徐々に強く踏みつけられ、アイリスはうめき声をあげる。船の甲板がミシミシと音を立て軋んでいく。


 それでもアイリスは懸命に声を上げる。


「ただ、知りたいだけだ!私たちが何か気に障るようなことをしましたか!」

「はっはっは!何もしていないよ!少なくとも君は!うん、問題があるのは君の家と、そして彼だ」


 コードフリードは高笑いをしながら、親指を立て、背後のもう一つの護衛艦の甲板上で戦っている自分の副官とウィリアムを指さす。


 そこでは炸裂音と一瞬の閃光、剣戟の音が響き渡っていた。


 その様子を見て、コードフリードは満足そうに笑う。


「うんうん。トーマンはうまくやっているようだね。彼は忠実で有能だ。君達とは違ってね」

「トーマン?まさかオーディエル少将?そんな人まで、なぜ!?」

「決まっているじゃないか。僕の部下だからさ。少将が大将の命令に従うのは当然だろう?君の隊長と違ってね」

「隊長は、命令違反なんてしていません!ずっと国のため、民のために戦っています!」


 アイリスの言葉に、初めてコードフリードは浮かべていた笑顔を引っ込め、ひどく冷たい声を出す。


「少なくとも彼の行動は東部にとって、ひいては僕のためにならない。彼のせいで僕が東部でやろうとした変革も頓挫した。たかが成りたての准将ごときが大将である僕の邪魔をしたんだ。無能以外の何がある?」

「何を言って……変革?一体何をしようとしているのですか?」


 アイリスは可能な限り、コードフリードから情報を引き出そうとした。脳が揺らされたために、まだ思うように動けないということもあるが、時間を稼げばウィリアムが駆けつけてくれると。


 アイリスから見て、ウィリアムは各領の将軍に決して引けを取らない実力を持つと感じていた。彼ならば、トーマンを倒して、助けに来てくれると信じていた。


 コードフリードもアイリスの思惑に気づいてはいるが、彼は再び余裕の笑みを浮かべ、アイリスの余興に付き合う。

 まるでトーマンの勝ちを確信しているかのように。


 にやにや笑いながら、コードフリードは話し始める。


「この東部は他の領より貧弱だ。理由は軍ではなく、商会が力を持ちすぎているからだ。その筆頭が君の家、ルチナベルタ家だ。ユベールとの関係を一手に引き受ける君の家は、ユベールの文化を取り入れて発展した東部において絶大な力を持つ。目障りで仕方ない」

「しかし、それは――」

「僕が喋っている。囀るな」

「ウゥグッ!」


 アイリスが反論しようとすると、気に障ったコードフリードが踏みつける力を強めて彼女を黙らせる。


「僕がこの国でのし上がるためには、東部を変革する必要があった。なぜよりにもよって、この僕が東部を押し付けられたのか。上層部にも腹立たしいが、考えようによってはチャンスだ。この東部を軍がトップに立つ態勢に作り替える。そのためには今回の高位の悪魔出現は渡りに船だったよ」

「……まさか、渡航制限をしたのは」

「そうさ!君たちルチナベルタ家から力を削ぐためさ。運のいいことに悪魔は東部には興味を示さなかった。エルフの国を攻めるつもりだったらしいが、それすらも利用してやろうと思ったんだ!交易で成り立つルチナベルタ家から力を削ぎ、エルフの国が悪魔によって滅ばされそうになった時、この僕が悪魔を倒す!そうすればルチナベルタ家は廃れ、代わりにこの僕が新たなユベールとの交易相手になる!」

「そんな、事のために……!」


 アイリスには許しがたいことだった。

 確かに東部は他の領に比べれば軍事力が劣る。だがほかの領にはない強みがたくさんあった。その強みは各商家が長年かけて積み上げたもの。

 自らの野心を満たすためにその強みを奪い、何より国のために戦ったものを亡き者にし、挙句の果てに逆賊扱い。


 到底許せるものではないと。


「なら、ここでこんなことをするのはっ!」

「予定が狂ったからさ。彼のせいでね」


 コードフリードの背後ではまだウィリアムとトーマンが戦っている。閃光は止んだが、いまだに剣戟の音が響く。


「本来はルチナベルタ家が困窮し、悪魔がユベールに攻め入るのを待つつもりだった。悪魔どもが各地で活発化していることも都合がよかった。中央の目は他に行き、比較的穏やかな東部は後回しにされる。だがそこでイレギュラーが現れた。それが彼だ。彼がレオエイダンで悪魔を倒したことで、悪魔討伐を望む声が一層強くなった。おかげで何も知らない東部の連中が、僕たちを非難し始めた」


 これはアイリスにも心当たりがあった。

 ほとんどの商家は高位の悪魔の危険性を本当の意味で理解していない。悪魔の被害が多い北部や戦争のための武器を作ることが多い西部では、悪魔は身近な脅威であり、危険性も理解している。


 だが悪魔や魔物を東部は甘く見ている。


 そんなところにウィリアムの悪魔討伐の話はそれをさらに増長させることとなった。


 軍は何をしているのか、こんなにも困っているのにいつまで悪魔をのさばらせているのか、と。


 ウィリアムの歌が流行った背景には、交易再開をいち早く望む住民たちの願いもあったからだ。


「目障りで仕方なかったよ。住民たちも、何よりウィリアムとかいう小僧が。聖人にもなり切れない若輩者の分際で、この僕に生意気な口を利くことも気に入らない。英雄などと持て囃されていることも、異常な速さで昇進し続けることも。特務隊なんて大層なものを作り、好き勝手する奴のすべてが気に入らない!」

「そんなの!ただの僻みじゃないか!」

「貴様もだ。ルチナベルタの小娘」

「―――ァァアッッ!!」


 コードフリードが手にしていた剣を、アイリスの左腕に突き刺す。

 顔を踏まれているアイリスが声にもならない叫び声をあげる。


「恵まれた名家に育ち、いかにも愛されていますといったその顔が気に入らない。芸術にも武芸にも秀でたのは、貴様の力じゃない。恵まれた環境にいたからだ。苦しみも世界も知らない愚か者が、この僕に一端の口を利くんじゃない。虫唾が走る」


 アイリスは生まれて初めて、心の底から怒りが湧くのを感じた。痛みに耐え、歯を食いしばって必死に立ち上がろうとする。

 しかし、聖人であるコードフリードには傷ついたアイリスを抑えるなど造作もないことだった。


「ふーっ、ふーっ!」

「もう辛いだろう。楽にしてあげよう。お前の父親には必死に戦ったと伝えておくよ。この僕の命令に背いて、悪魔と必死に戦ったってね!悪魔は僕が討ったことになる。愚かな娘の仇を討ってくれたこの僕に恩を感じるだろうね!」


 アイリスは涙を流しながら、必死に立ち上がろうともがく。

 剣を差された腕からは大量に出血するが、気にせずにもがく。


 だがそれでもコードフリードに立ち向かうこともできない。


 コードフリードは剣を持ち上げ、アイリスに突き刺そうと振り下ろす。


「すぐに君の隊長も後を追わせてあげるよ!」


 アイリスは目の前に迫る死から、目をそらさずに最後まで睨みつけていた。


 剣が彼女の首に迫る。


(隊長……!)


 死ぬと思った直前に、


「殺してやるぞ、クソ野郎」


 彼女の耳に声が届いた。




次回、「英雄の宿命」

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