第十二話 種明かし
「ちょっとやりすぎたな」
「ちょっとどころじゃないよ!なにあれ!聞いてないよ!みんな倒れちゃったんだけど!」
船の周囲は地獄絵図だった。
正確には船の船員たちが乗っていたごく狭い甲板以外。
それ以外の部分は跡形もなく吹っ飛んだ。アイリスの加護と俺の盾、あとは爆発する位置を調整したから、何とか生き残った。
辺りには視界を埋め尽くさんばかりに黒煙が立ち込め、まるで夜のような暗闇が俺達の周囲に降りていた。
その闇を時折発生する雷が一瞬だけ払い、俺達を照らす。
立ち上る煙によって、空を見上げても何も見えなかった。
生き残った船員たちも泡を吹いて意識を失っているものが大半だ。中には失禁しているものもいる。
今は船の残骸をかろうじて魔法で浮かしている状況だ。幸いにも護衛艦の方は被害が少なかったようで健在らしい。煙の向こう側から汽笛の音が聞こえてくる。
ただ爆風による波でだいぶ流されたうえ、周囲が酷いことになっているので近づけないようだ。
魔法で何とかすればいいのだが、俺もさすがに大技を使った上に船員たちを守ることで手いっぱいだ。
もう魔力もない。普段なら魔力切れなんて起こらないのに、あの悪魔は魔力だけならとんでもないから、魔法を防ぐのも毎回全力を出さなければいけなかった。
おかげでへとへとだ。
まあ、魔力は体力と同じでしばらくすればある程度回復するし、これでまた魔力が強くなると考えれば悪くない。
「ねえ!隊長!聞こえてる!?何をどうしたらこんなことになるのさ!」
耳元でアイリスが普段は出さないような大声を出してくる。
うるっせぇ~、耳がキーンとした。
「うるさいな、お前のせいで俺の鼓膜が破れたらどうするんだ?」
「もうみんな破れているよ!いいから教えてよ!」
アイリスが掴みかかってきたので、先ほどの技について説明することにした。
今回使った技、《種子槍》と《開華槍》。
この二つはセットのものだ。
何をしているのかというと、《種子槍》は辺りに金属粉を撒き散らす技だ。そして《開華槍》はその金属粉に着火する。それでなにが起きるのかというとみなさんご存じ、粉塵爆発だ。
ただの粉塵爆発と違うのは、舞っている粉塵が高い密度を誇る金属粉ということ。
これにより、金属粉同士の摩擦電気によって雷も発生するため、非常に危険な技だ。
だからこうして技が終わった後も辺りには雷が鳴り続いている。ここには落ちないように盾を避雷針として辺りに浮かせているが、あの盾に触るのが怖いな。
「ということだ」
「ということだって言われてもね。ちょっと信じられないよ。そもそもどこからその金属粉?取り出したのさ」
「それはこいつだよ」
そういってアイリスに見せたのは、俺が使っていた槍。
「なにか小さくなってない?」
「小さくなった。かなりな」
そう、俺の手には本来の長さの半分くらいになった槍。
それをアイリスはジト目で見つめる。
「……もしかして金属粉って」
「そうだ。この槍を削ってできた金属粉だ。これなら遠距離だろうと邪魔されずに撒けるしな。魔法使い相手には天敵と言ってもいいな」
「自分の武器をよくそんな使い方できるね。ライナーに怒られるよ?」
「心配するな。この槍を作ったのは別の人だ。それに穂先は削ってないからすぐに戻せる」
俺だってこの槍に愛着はある。
性能だけなら錬金術で作ったほうがいいが、この槍には思い出が詰まっている。だから取り換えの聞く柄の部分しか削っていない。柄も金属製にしているので、特に問題はない。
《種子槍》だが、辺り一面に金属粉を発生させる。
だがそんなことをしなくても魔法を使えば、爆発は起こせる。
ではなぜこんなことをするのかというと魔法使い対策のためだ。
もともとそんなことは考えていなかったが、バラキエルとの戦いを経てこれがとても有効であることに気づいた。
理由としては、魔法使いが妨害できるのは、マナを動かすとき、魔法として発生させようとした時だけだ。
デュナミスが使っている魔法は厳密には槍を削って粉末を出している時だけ。
このとき俺は槍に触っていて、マナとの距離が非常に近い。魔力はマナとの距離が近いほど強くなるため、槍に触っていれば妨害される可能性はほとんどゼロだ。
さらに削った後の粉塵は魔法扱いされない。魔法で発生したただの粉末だ。だからその動きを魔力で直接妨害することはできない。
そして辺りに粉末が漂えば、その範囲では火気を使うことはできない。使えば爆発するからだ。
バラキエルもさっきの悪魔もそうだが、魔法使いは単純な火力を好む。それだけで勝てるからだ。下手な小細工なんていらない。
つまりこの技は、魔法で妨害することはほぼ不可能だし、使える魔法を制限される。制限を破れば爆発のおまけつきだ。
しかも放置すれば、金属粉の摩擦電気で辺りに雷が発生する。そうなれば塵中は飛行も不可能だ。
まさしく、爆発の種をまき、花を咲かせる技というわけだ。粋なもんじゃないか。
え?野蛮すぎる?そうでもない?知らんがな。
「我ながら恐ろしい技を作ったものだ」
「格好つけていないでさ。それよりも早くこの状況何とかしてよ。動けないじゃないか」
「無理。船を浮かすのと盾を浮かすので精一杯だ。俺も疲れてるんだよ」
甲板の上であおむけに寝そべりながら投げやりに答える。
隣に座っていたアイリスは、そんな俺を見て小さくため息を吐く。
「はぁ、しょうがないなぁもう。隊長のおかげで助かったしね」
「お前がみんなを守ったおかげさ。でないとこんな技は使えなかったよ」
「だろうね。みんな死んじゃうもんね。感謝してくれていいよ」
「ベルみたいなことを言うな」
アイリスと二人で笑いあう。
なんとか生き残れたのだ。確認したが、重傷者はいるが死者はいなかった。
奇跡的な結果だ。
どうやらアイリスの加護には人々を護る、つまり頑丈にするほかに僅かだが傷を癒す効果もあるようだった。
必死に守ろうとした甲斐があった。
船の周囲の爆発を防ごうと妨害したことで、防ぐことはできなかったが、威力を下げることには成功していたようだった。あの悪魔からも遠い位置だったからできたことだろう。
「このあと、護衛艦に移ってどうする?」
「帰るしかないだろう。俺も爆発を食らっていて骨が逝ってるからな」
「そうだったね。よくそんな体で戦ったね」
「約束したからな」
「約束?」
「お前の父親と」
「……そっか。ありがとう」
「どういたしまして」
話していると徐々に煙が晴れて、雷も収まってきた。
魔力も戻ってきたため、風を吹かして散らす。風と言っても疲れていたのでそよ風程度だったが。
散らすと近くに護衛艦が見えた。船首の近くに人が立っている。望遠鏡か何かでこちらを見ているのがぼんやりとだが見えた。もうしばらくすれば、回収に来てくれるだろう。
「さすがに、今回は堪えたな……」
「そうだね。精神的に辛かったよ」
「死者が出なかったのは奇跡だな。アイリスの加護のおかげだな」
「ボクもあそこで出せるとは思わなかったよ。みんなを守れる加護でよかった」
人を護り癒す加護。大層な加護だ。その力も在り様も。
マリナほど治癒の力は強くないようだが、護る力に関してはかなりのものだ。
人を護るために軍人になったアイリスらしい。
「心の底から思っていないと加護にはならないから、凄いな」
「ありがとう。そういえば隊長の加護はどんな加護なんだい?聖人だから凄いんでしょう?何色かな」
アイリスの疑問に肩をすくめる。
「さあな、発現したことがないからわからないな。意志が弱すぎるのかもな」
「それは無いと思うよ。隊長の意志が弱いならみんな加護なんて発現しないよ」
「どうかな、人の内面なんて他人にはわからねぇよ」
「そうだね。隊長は隠し事をしていたもんね」
アイリスが俺をじっと見てくる。
それが気まずくて顔を逸らす。
隠し事とは俺が天上人だったこと、何より世界を渡る方法を探していることだろう。
これは誰にも話していない。ベルやマリナにさえ、世界を渡るなんて言わなかった。
隠すことに理由は特にない。
ただ喋る気にもならなかった。
誰も信じないだろうし、きっと無理だといわれるのが怖かったから。
あとは無いとは思うが、引き留められたくなかったから。
「言う必要がなかった。誰にも聞かれなかったからな」
「誰もそんなことは考えないよ。世界を渡るなんて聞いたことがないよ」
「言っても信じない。無理だといわれるのが落ちだ。それならいう気になんてなれない」
「無理だなんて言わないよ。たぶん誰も言わない。隊長ならやってしまいそうだから」
気休めかもしれないが、まあ無理だといわれないなら、いいか。
記憶を消すまではする必要はないか。
これからも付き合いのある人間の記憶をいじるのはよくない。記憶の齟齬に気づかれれば、怪しまれるのは俺だ。信用を失いかねない。
二隻の護衛艦が近づいてきた。残骸の上にいた船員たちが歓喜の声をあげて手を振りだした。
護衛艦にいる船員たちも俺たちが無事なことを喜び、大急ぎで救出してくれる。
次々とロープや小型の船が降ろされて、負傷者を優先的に救出されていく。
俺とアイリスは軍人なので、乗り込むのは一番最後だ。
また悪魔が現れたときのために、俺とアイリスは別々の艦に乗る。
高位の悪魔はもうさすがにいないだろうが、中位の悪魔はいるかもしれない。その時は俺かアイリスがいれば何とかなるだろう。護衛艦にもある程度戦える人間はいるだろうから、多少の人数がいても大丈夫だ。
俺の前にアイリスが護衛艦から降ろされたロープにつかまり引き上げられる。上昇しながらアイリスは言った。
「じゃあ、こっちの船は任せてよ。何かあったら知らせるよ」
被害なく悪魔を倒したことで、すっかり安心しているアイリス。
だがまだ考えなくてはいけないことが残っている。
「ああ、しっかりな。それと気をつけろよ」
「何を?」
「軍だ。近くにいたら警戒しろ。ひとまずエアファルトに戻る。その時に問い詰めるが、最悪の場合、交戦する」
「そういえばあの航路を指定したのは軍だったね。わかった、気を付ける」
アイリスも理解したようだ。顔を引き締めて、登っていく。
俺ももう一つの艦に登って、船員たちに礼をして、今後の指示を出す。
彼らの上司はライノアだが、今回の仕事は俺たちの護衛だ。俺たちが帰るといえば帰るしかない。非常事態だ。理解してもらえた。
二隻の護衛艦が転進して、東部の港町エアファルトに戻る。
「はぁ……生き残れたな。よかった」
「旦那のおかげです。本当に良かったですよ」
「お前たちもな。不用意に助けに来ようとしなかったおかげでこうしていられる。ありがとう」
指示を出した後、護衛艦の船長が気さくに話しかけてきた。
俺は笑って挨拶をして、後のことは任せて空いている部屋で休ませてもらうことにした。
さすがに爆発を至近距離で受けて、体中ボロボロだ。
ベッドに横になると、もう二度と起き上がれないんじゃないかというくらいの疲労感に襲われた。
「……東部軍め、帰ったら絶対にとっちめてやる」
悪態をつきながら、俺は目を瞑り、深い眠りの海に落ちていく。
――この後に波乱が起こることを俺は理解していた。
ただその波乱は俺の予想を超えて、すぐに訪れることになった。
次回、「東に落ちる闇」