第十一話 種子と開華
船の周囲を新緑色の光が包む。
「ほう!これはこれは!これが加護ですか!なるほど!マナとは違う不快な気を感じますね!ははは!これはぜひとも殺したい!」
「させるかよ」
悪魔がアイリスを狙って複数の水球を発生させる。しかし、アイリスまでの距離なら俺の方が近い。魔法の妨害は可能だ。盾だってある。
水球は爆発しないか、しても極小の爆発だった。
「ありがとう、隊長」
「礼はいらん。仕事をしただけだ」
「それでもさ。これでみんなを護れるんだから!」
アイリスが悪魔に向かって突っ込む。
宙に浮く悪魔に向かうために、アイリスの前に盾を階段状に配置すると、彼女は加護のおかげで高まった身体能力で、いつも以上、目にも止まらないほどの素早い動きで一気に悪魔に切りかかった。
「はっ!」
「何!?」
悪魔も避けようとしたが、間に合わず初めて攻撃を食らう。
血の流れない悪魔の体の表面に鋭い溝が出来上がった。
大して深くはない。
だがそれでも初めて攻撃を食らったことに悪魔は驚き、柔和だったその顔を、一気に怒りで染め上げる。
「貴様らぁぁぁ!!」
「なっ!?」
悪魔がアイリスの目の前で単純な爆発を起こした。
水球を使った時ほどではないが、それでも至近距離からの爆発を受けたために、アイリスが吹き飛ばされ、船の上に落ちてくる。
「無事か!?」
「な、なんとかね。盾が間に合ってよかったよ」
新緑色に包まれたアイリスは受け身を取りながら船に着地してきた。
加護のおかげか、怪我はなさそうだ。
だがこのままでは決定打に欠ける。悪魔は人よりも頑丈だ。先ほどのアイリスの攻撃程度では死なない。
そのうえ、彼女が攻撃するためには俺の盾が必要で、そうなるとアイリスと俺の距離が空いて魔法防御ができない。
この状況を覆せるとしたら、やはり加護しかない。
「アイリス、お前の加護の効果は?」
「え?うーんと、ボクが護ろうとした人たちを護る力、かな。発動した瞬間になんとなくわかったんだ。おかげで後ろを気にせずに戦えるよ」
悪魔を警戒しつつ、周囲の状況を探る。
護ろうとした人を護る力、か。確かに遠目に見える船員たちの体も新緑色に包まれている。
……これは、いけるかもしれないな。
仮面の下、自分の口の両端が吊り上がっていく気がした。
「つまりその加護があれば、ここにいるやつらは死なないんだな?」
「死なないっていうと語弊があるけど、あの水球の直撃を受けてもギリギリ耐えられると思う。何度も受けると危ないよ」
「十分だ。ははッ!行けるな!」
悪魔はまだこちらを警戒して降りてこない。魔法を発生させようとしているが、上空に浮き上がり距離が開いた状況では、俺の周りで爆発させることはできない。
加護のおかげで他の船員たちも簡単には死なない。いかに魔法に長けた悪魔でもこの距離で全員殺すのは難しい。
いずれ必ず降りてくるはずだ。
その前に準備を整えなければならない。
「アイリス、頼んでいいか?」
「何?勝てるならなんだってするよ」
「船員たちを一か所に集めろ。できるだけ安全なところにな。船内は水没してきているから、甲板の上でいい」
「それで勝てるの?まとまっては危険じゃない?」
「あちこち行かれると守り切れない。お前の加護だけでも怪しいからな」
「……わかった。信じるよ」
アイリスは悪魔を警戒しながら、船員たちを集めに行く。
アイリスが去ったことを確認した悪魔がゆっくりと降りてくる。
朗々と紡がれていた言葉は最初と違い、怒りに満ち満ちていた。
「初めてですよ、この私に傷を負わせた人間は。あの娘は必ず殺す、貴様もだ。もう決して生かしはしない。楽に殺してやらないぞ」
「言ってろよ。馬鹿みたいな爆発しか起こせない野郎がいっちょ前にインテリぶってんじゃねぇ」
「貴様だけは絶対に楽には死なさん!貴様の目の前でこの船の連中と、そしてあの娘の手足を!一本ずつ引きちぎってやる!大切な物が目の前で泣きわめきながら壊れていく様を永劫見せつけてやる!」
「そうか、俺は優しいから、一瞬でお前を殺してやるぞ」
さっきまで余裕綽々だった悪魔が取り乱しているのを見ると、胸がスカッとしてくるな。
話している間にも悪魔が爆発させに来たり、氷を飛ばしたり、船に火をつけようとしてきたがすべて妨害する。
いくつかは発動を防げなかったが、盾を使ったり、敢えて船を崩したりすることで被害が出ることを防いだ。
そうしていくつもの魔法を防いでいると、遠くで叫ぶアイリスの声が聞こえた。
「隊長!みんな集めたよ!」
その声に振り返ると、甲板の中心、比較的無事な位置に即席のバリケードまで作り上げた船員たちが集まっていた。
「よくやった!」
「はっ!何をするかと思ったら!下等な人間らしい!一つ所に集めれば爆発したとき、さぞ愉快だろうな!」
悪魔のその言葉に、集められた船員たちは恐怖の声を上げる。
「悪魔だ!悪魔だぁ!」
「もう俺たちは死ぬんだ……」
「嫌だ、死にたくねぇよ」
誰もが目の前にいる、死を具現化したかのような醜悪な悪魔にふるえていた。
そんな船員たちを前に、
「みんなこっちを見て!」
アイリスが声を張り上げる。
小さく泣く船員たちの注目を集めた彼女は、とてもやさしい声で告げる。
「大丈夫。みんな生きて帰れるから。ほら、あそこにいる人を見て」
「あれは、誰だよ」
「誰でもいいよ。悪魔に勝てるわけねぇんだ」
「こんなところで死にたくねぇよぉ」
すぐに俯く船員たち。
しかし――
「……あの人はね、レオエイダンの英雄、ウィリアム・アーサーだよ!」
その名を聞いて、船員たちが顔を上げる。
アイリスの顔を見て、そして俺のことを見る。
振り向くことはできないが、いくつもの視線を感じる。
「本当だ。仮面をつけている」
「でも偽物だろ。ここはレオエイダンじゃない」
「本物だよ。彼のつけている紋章。空を駆ける竜の紋。英雄である特務隊。みんなを助けに来てくれたんだよ!だから落ち着いて、今からいうことを聞いてほしいんだ!」
背後の様子にほっと息を吐く。
アイリスはうまくやったようだ。ここに来て東部で流行った詩が効いたみたいだ。
これで船員たちは落ち着き、彼女の話を聞くことができるだろう。これなら俺が何かしてもパニックになることはない。
さあ、あとは俺の仕事だ。
「いい加減、終わりにしようぜ」
「はっ!人間風情がこの私に勝てると思うな!」
宙を舞うように戦っていた俺と悪魔。
悪魔が俺から距離を取ろうと爆発を間に起こそうとしたので、俺もその勢いを利用して悪魔から距離を取って船に着地する。
この船ももう限界だ。
幸いにも海が凍っていたために沈没を免れているが、度重なる爆発のために氷も粉々だ。ここで悪魔を倒さなければ、悪魔が何かしなくても全員溺死だ。
振り向いて船員たちを見ると、全員から淡い緑色の光を帯びている。アイリスの加護が全員に宿っている。これなら彼らの命は助かるだろう。
念のために俺の盾も3つとも彼らの周りに配置する。盾に少し驚いた船員たちだが、アイリスのおかげで混乱には至らない。
悪魔が吠える。
「もう終わりにしてやる!この船ごと爆発させてな!」
答えるように――
「ハッ!やってみせろよ!頭を使うってのがどういうことか、その身に教えてやるよ!」
俺は槍の穂先を甲板に突き立てる。
澄んだ金属音が沈みゆく船の上に響き渡る。
「《種子槍》」
それはかつてレオエイダンで海竜を倒した技。
周囲に槍から発生した、赤黒い粒子が大量に舞う。まだ足りない。
あの時よりも今は魔法の腕が上がっているから、きっと威力も馬鹿にならない。
アイリスの加護がなければ使うことはできなかった。
だが今なら使える。海竜も倒せる技だ。あの悪魔だって倒せるはずだ。
赤黒い粒子がどんどんと多くなり、辺り一面を覆う。
これだけあれば十分だ。風の魔法で粒子の位置を調整する。
――そこでタイムリミットだった。
悪魔の周囲にレンズのような薄い水の膜が幾重にも現れ、空から降り注ぐ太陽光が集まっていく。
「食らうがいい!《地獄窯》」
極太の光が俺目掛けて収束していく。
太陽のような強烈な熱気が光線が通った後の船を焼いていく。
その光が俺の目の前まで来た時。
――俺は口を横に歪めて、笑って言った。
「咲け。《開華槍》」
光線が辺りに舞い散る粒子に触れた、その瞬間。
――俺の五感を眩い閃光と強烈な衝撃が染め上げた。
次回、「種明かし」




