第七話 父との約束
「すごい美人できれいな歌を歌う嬢ちゃんがいるぞ!どこの詩人だ!?」
「歌自体もすごくいいぞ!他の詩人よりも詳細で面白い!何で今まで無名なんだ!?」
「こっちむいてー!超かわいい!」
「あの隣の仮面男は誰だ?」
「ありゃ、この歌の聖ウィリアムを表してんだよ!」
「確かに英雄っぽい装いをしてるな!ただ覇気がねぇがな!」
誰が覇気がないだ、好き放題いいやがったあいつは必ず後で〆てやる。
あ、金貨入れやがった。許してやろう。
俺は今、東部の中心近くにある広場にて、硬貨集めをしている。
隣には軍服から着替えて少し肌を出した華美な服装に身を包んだアイリスが歌を歌っていた。
それを聞きに来た客が満足して俺が持つ袋に次々と硬貨を投げ込んでくる。
遠くの客も投げてくるので、あっちこっちに硬貨が舞うから集めるのも一苦労だ。
アイリスは見た目がいい。
それは知っていたが、まさか歌までうまいとは思わなかった。だがそれはまだいい。
しかし歌っているのが俺の歌なのには納得いかない。
俺を辱めてそんなに嬉しいか。
「キャー!こっちを見たわ!私を見てくれたのよ!」
「馬鹿野郎!今のは俺を見たんだ!きっとハンサムな俺に見とれたんだ!こっちだお嬢さーん!」
老若男女問わず、大人気だ。一部変なファンもついているが、人気者の性だろう。
ただ血眼になってこちらに走ってきている男が一人。歌うのを中断させてくれるのは実にありがたいが、変質者なら話は別だ。
「俺と結っこぉ!?」
「「「おぉ!」」」
変態がアイリスを掴もうとしたので、引きはがし、押し倒して意識を奪う。それをみた観客が感心した声を上げ、さらに硬貨を投げ込む。どうやらパフォーマンスだと思われたようだが大事にならないのならそれでいいか。
アイリスもこちらにウインクしてくるが、俺は早く終われと目線で訴える。
やがて歌も終盤に差し掛かる。
歌の締めは王女が俺にキスして終わるといったものだった。
歌が終わると観客たちから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「うおー!凄かったぞ!」
「この話は王女からだったな!それもありでいいな!」
「いやでも男からの方が一般的じゃないか?」
「いやいや、男からが普通かもしれないが、王女が恋心を抑えられずにってことだよ!男の夢じゃないか!」
その後も観客たちがアイリスに近寄っていろいろと声をかけていく。まるでアイドルだ。ただ先ほどの暴漢のような客はいなかったようで、落ち着いて硬貨を集めることができた。
アイリスはもちろん、俺の方にも何人か来たが、適当にあしらう。
しばらくして誰もいなくなると、アイリスは広場の隅にあるベンチに腰を下ろして休む。
俺も飲み物を彼女に渡しながら、隣に腰かける。
「ほら」
「ありがとう。コイン集めもありがとうね」
「まったくだ。いくつもぶつけられて痛かったよ」
「ははは、ごめんね。こんなに集まるとはボクも驚きだよ。歌うのは久しぶりだったのに、今までで一番だ。やっぱり実物が横にいるからかな?」
「誰も俺が本人だなんて気づいてなかったよ。覇気がないなんて言うやつもいたからとっちめてやろうかと思ったくらいだ」
「やめてよ?隊長がとっちめたら死んじゃうよ」
「手加減はするさ」
話しながら、彼女に硬貨の入った袋を渡す。結構な量でズシリと来る。
彼女は受け取るが、持っていた空いた袋にいくらか移してまた手渡してきた。
「はい、隊長の分」
「いいのか?お前の歌で稼いだ金だろうに」
「隊長が硬貨集めてくれたからね。歌っているだけじゃ終わった後に盗られてしまうよ」
アイリスが言うのでありがたくもらうことにする。少しばかり悪い気もするが、彼女の家は名家だ。あまりこの程度の金に頓着しないんだろう。
「こっちで食っていけるんじゃないのか?」
「まさか。本職はもっとすごいよ。それにボクにこんなに集まったのは隊長に詳しく教えてもらえたおかげさ」
なるほど、ルチナベルタ家で恥ずかしい思いをした甲斐があってよかった。
そう思うとこの金をもらう申し訳なさも一気に無くなった。
「そういえば最後のシーン、他の歌は俺からなんだな」
「そうだね。男性から告白するのか一般的だからね。物語でも多くは男性から告白したり、キスしたりしているよ。王女は頑張ったね」
自分で言っといてなんだが恥ずかしくなってしまった。深く考えずに話すんじゃなかった。
ともかくこれで終わったことだし、ルチナベルタ家に帰ろう。
「どこに行くの?」
「どこってもう終わったんだから帰るんだろう」
「まさか、せっかく稼いだんだからこれで遊びに行こうよ。まだまだ見るところはたくさんあるよ。今のは準備で本番はこれからだよ!」
嘘だろ……?
アイリスの言葉に自分の顔が引きつるのがわかった。
正直、観光はいいが芸術となるとさっぱりだ。絵画も彫刻の良さも俺にはいまいちよくわからないから、あまり楽しめないと思う。音楽ならわかるかもしれないが地球で親しんできたものとは違う。
ああ、今日は長くなりそうだ。
ため息を吐きながら、歩き出すアイリスになすがままに引っ張られていった。
*
ルチナベルタ家に帰るころには俺はへとへとになっていた。
あれからは美術館に行ったり、装飾店、服屋、教会に舞台、音楽といろいろなところに連れまわされた。遊び歩いていろいろ買ったためにたくさんあったお金は使い果たし、手には荷物を山ほど持っている。
今はもう夕食の時間だが俺たちはすでにとっているので、アイリスの両親が終わるまで部屋で待つことにした。
ここ数日は兵舎ではなく、この家に泊まっている。アイリスの両親が快く泊まらせてくれた。俺は兵舎でいいといったが母親のイリアスが是非泊まってくれと熱心に誘ってくるから仕方なく泊まった。
部屋で買った荷物を整理していると扉がノックされる。アイリスだ。
「どうした」
「ああ、うん。隊長。今日は付き合ってくれてありがとう。久しぶりに東部に帰ってきたから少しはしゃいじゃったよ」
「まったくだ。おかげでくたくただ」
「あはは、ごめんね。でもなんだかんだ隊長も楽しんでいたじゃないか」
アイリスの言う通り、実は結構楽しかった。
絵画はわからないと思ったが、不思議な画材を使っているようで光の当て方で幾通りにも絵柄が変わったり、彫刻にも不思議な効果があったりと驚きの連続だった。東部の文化や芸術が有名なのも納得というものだ。
あと飯がうまい。とてもうまい。
「まあな。思ったより楽しめたよ。アイリスほどじゃないけどな」
「ボクは地元だからね。楽しみ方なら知っているよ」
アイリスだがすべての分野でとんでもない腕を披露していた。お試しみたいなもので楽器を弾いたり、彫刻をしたり、焼き物や絵画、裁縫と何をさせても非常に上手で専門家も唸らせていた。
本当になぜ軍人になったのか不思議に思うほどだった。
「それで隊長。この後はまっすぐにユベールに行くんだよね」
「そうだな」
「隊長なら、高位の悪魔を倒せたりはしないのかな?」
アイリスが期待を込めた目で見てくる。
彼女のいうことも考えなかったわけではない。ただ悪魔バラキエルの言っていたことが気になる。悪魔にはそれぞれ得意としている力があると。
バラキエルは海竜を操るほどの魔物使いだ。正直、海竜とバラキエルを同時に相手をしていれば負けていたのは俺たちだった。
今回の悪魔はバラキエルとは違う力を持つはずだ。そうなると事前情報なしで挑むのは自殺行為だ。あの戦いをきっかけに魔法戦の修練や戦い方を見直したが、それだけで完封できるほど甘くはない。初見殺しのような力の可能性もある。
だからここはおとなしく東部軍に任せるべきだ。
「悪魔の力が未知数だ。高位の悪魔といってもすべて同じなわけじゃない。情報もない中で挑むのは危険すぎる。せめてベルに合流してからだ」
「ウィルベルがいれば何とかなるのかい?」
「確率はずっと高くなる。ベルはああ見えても特務隊の中では俺やカーティスに並ぶほどの実力者だ。経験が足りないがそれでも十分に強い」
「随分と高く買っているんだね」
「まあその分、金遣いが荒すぎて見ていられないけどな。ベルの実力は買うが、あいつは変なものを買う。手のかかることこの上ない」
ベルのことを経験不足といったがそれは俺もだ。魔法戦の経験が圧倒的に足りない。その点、ベルがいれば魔法戦の不利を補えるし、あいつの実戦経験不足を俺が補える。そうなれば勝率はかなり高くなり、犠牲も減らせる。
それにたとえベルが居なくても戦うなら東部軍と一緒に戦った方がいい。だが東部はしばらく動かないだろうから、必然的にユベールに行くしか道はない。
「そう、だね。悪魔もなぜか大人しくしているし、ボクたちも準備をしてからの方がいいね」
「そういうことだ。さてご両親は食事が終わったころだろう。話を通しに行こう」
2人で父ライノアのいる書斎へ向かう。ノックして中に入るとライノアはソファに座りくつろいでいた。一言断って俺たちも椅子に腰かける。
長話もなんなので、挨拶を一言二言したところで本題に入る。
「そうか、もう発つか」
「はい、許可も出ましたのでユベールに向かおうと思います。つきましてユベールで活動できるようにしていただきたいのです」
「英雄である君が娘を見てくれるというのだ。それくらいはしよう。しかし君には魔物を退治してもらえないかと期待していたんだがね」
アイリスと同じことをライノアが聞いてくる。
あまりあてにしないでもらいたいが、今日一日観光して、東部での詩の影響力の大きさはよくわかった。
あれだけ持ち上げられれば、期待したくなるのも仕方ないのかもしれない。
「俺としても考えなかったわけではないですが、危険な相手ということもわかりました。情報もない中で戦うのは得策ではないのです」
「そうか、今しばらくの我慢となるか」
「ユベールにいる仲間と合流できれば、討伐も可能でしょう。少しだけご辛抱を」
「なに、本来君は東部の人間じゃないのだから、期待するのは筋違いというものだろう」
ライノアは立ち上がり、机からいくつかの書類を取り出し、蝋を垂らし、印を押す。しばらく置いた後に書状を手渡してくる。
「これがユベールへの紹介状だ。向こうに着いたら港で見せなさい。そうすればある程度の活動はできる。ただエルフは閉鎖的だから、あまり動き回ると捕まるから気をつけろ」
「ありがとうございます、気を付けます」
「魔物も出るというからな。明日は私たちの持つ一番頑丈な船で行くといい。何人か護衛もつける」
もらった書状を大事に懐にしまい、礼を言う。
出発は明日の夕方だ。今回は北へ回り込んでからユベールに向かうために数日かかる。順調にいけば夜に出れば4日目の昼頃に到着するらしい。
「ありがとうございます。この礼はかならず」
「なに、娘を無事に返してもらえれば文句は言わんよ……ただし手を出したらわかってるな?」
「もちろんです。何もしませんよ」
相変わらず親バカぶりは健在のようだ。間にいるアイリスは恥ずかしそうにしている。
まあ、俺から手を出すことはまずないし、そこは問題ない。
アイリスと共に部屋から退出する。しかしその直前で――
「ウィリアム殿。少しいいか?」
ライノアに呼び止められる。
二人だけになる。
しかしライノアは黙ったまま、言葉を選んでるようだった。
しばらく沈黙が部屋を支配した。
やがて彼はゆっくりと、その頭を下げた。
「ウィリアム殿……どうか、娘を頼む。あの子は人々を護ろうとするだろう。きっと危険なことに首を突っ込むかもしれない。その時はどうか」
――どうか、君が娘を護ってほしい。
本当は行かせたくないんだろう。
複雑な感情を堪えるようにライノアが言った。
……正直なことを言うと、俺は自分の部下をさほど大事に思ってない。
この世界の人間は好きでもない、それに彼女たちは軍人だ。
死ぬ覚悟はあるはずだ。俺だってそうだ。
最優先は自分の目的を果たすこと。
そのためにベルとマリナは替えが利かないから最優先で守る。
でも替えの利くアイリスを守るために命を懸ける気なんて、さらさらなかった。
……でもライノアの、家族を想う気持ちは痛いほどわかる。
元の世界で、父と交わした約束があった。もうすぐ帰ると。
何気ない、ただの予定。でも心待ちにしていた約束。
それを俺は裏切ってしまった。
だからだろうか。
考えるよりも先に、答えが口をついて出た。
「彼女は俺の部下です。決して死なせません。かならず生きて、あなたのもとへ届けましょう」
「……ありがとう」
ライノアは頭を下げたまま、そういった。俺も頭を下げてから部屋を出る。
扉のすぐ横にアイリスが座っていた。
「聞いていたのか?」
「……うん」
「明日出発なんだ。早く寝ろ」
「……そうだね。おやすみなさい」
彼女は今、何を思っているのだろうか。
家族に迷惑をかけてばかりの俺には、わからなかった。
次回、「受け流し」